第21話 博多口の戦い

 博多駅に近づくにつれ白い小山が見えてくる、現実世界ではありえなかった光景だ。

 巨大、見ればわかる。その大きさは。駅ビルを優に上回る。

 醜悪、見ることを憚る程だ。蠢く蛆が寄り集って人型を真似ようとしている。


 巨人の足元から、ビルの物陰から、線路の脇から、巣穴をつついたシロアリの様に、うじゃうじゃと、ぞわぞわと、こちらを飲み干さんばかりの勢いで現れてくる。そして――


 弾幕


 目の前に広がる白き領域から弾丸が放たれる。それは敷石だったり、ガラス片だったりコンクリ片であったり、それらの体組織だったりと様々だが、音速を超す速度で、一斉に放たれる。

 だが、牛若はかわさない。もとよりかわす隙間などありはしない。

 ならば押し通る。歩みを緩める事無く突き進む。

 

 放たれる弾丸が音速ならば――


「ちッ!」


 ――それを迎え撃つ剣閃もまた音速

 

 一呼吸で九閃、縦横に放たれたその軌跡は早九字の印にも似ていた。そして牛若の正面に迫っていた白い壁は霧散する。





 軋む関節を無視し、駆ける。加速と小回りはお粗末なものだが、最高速度ならば7割は出る。

 目標座標のはるか手前より敵は目視できる。今回の戦法は、今までの様な組体操ではなく完全に1個体として合体するようだ。こちらの世界でのGENの振る舞いを見ていると知性ある存在に見えて来てしまう。現実世界では触れることは出来ないし、八正世界では器官も骨格も神経も何も無いただの白い塊でしかないので、分析はさっぱり進んでいないのでどう結論付けるかさっぱりだ。

 そんな事は、置いとくとしても、今回の敵の出方は今の我々には非常に辛い。真一様が変化?進化?したおかげで、牛若様の能力は向上した。筋力、速度、持久力等全てにおいて目まぐるしい向上だ。

 だが、足りない。いくら切れ味が上がった所で、太刀で小山を更地にしろと言うのはどだい無茶な話だ。

 無論私はそれを補うために存在しているのだが


「流石にこのような怪獣大決戦は想定されておりませんでございます」


 弁慶はそう呟きながら、武装を投影する。





「ふッ!」


 絶え間なく降り注ぐ弾幕を、一振りの太刀で捌き続けるのは、押し寄せる津波をコップで捌き続けるようなものだ。

 超人的な技量で、半分以上距離を詰めはしたが……。


「主殿、飽きました」

『うぉおおおおい!何言い出してんのお前!!』

「いや、某。気が高ぶり過ぎて、戦の中で戦を忘れてました。いやはや、牛若一生の不覚」

『いやいや、なんでこんな十字砲火のど真ん中で賢者モードになってんだよ!もうちょっと頑張れよ!』


 接敵の少し前には完全に意識を取り戻すことが出来、訳の分からない勢いで弾幕を食い破っていく牛若に声をかけることも出来ずにいたが、いきなりのこの発言だ。

 珍しく、戦いに熱が入っていると思っていたら、悪い方に熱が入っていたようだ。しかし、今更我に返った所で、行くも地獄返るも地獄の、八方塞がり。と言うか何故この弾幕の中にいて無傷なのか訳が分からない。


『弁慶、仕切り直しだ。下へ抜ける』

『了解でございます』


 牛若が弁慶と通信をしたほぼ直後、後方よりの砲撃で牛若の周囲に火柱が立ち上った。


「主殿、下はどうなっておりますか?」

『あっ?筑紫通りも敵で一杯だよ!』


 砲撃で開いた穴に吸い込まれるようにして落下する。博多駅南のアンダーパス、筑紫通りは駅よりおよそ150m、まさに目と鼻の先なのだが、その距離が遠すぎる。そして何より……。





「奴に取りついてもやれることがございませぬ」


 右へ行こうが左へ行こうが、敵の数はそう変わらないので、どちらかと言えば本体に近い博多口方面へ向かうため、筑紫通りを西へ。


「奴が生物ならば、一寸法師よろしく、体内に潜り込んでひと暴れと言う手もあるのでございますが」


 住吉通りへ出たら、博多駅の正面、博多口を目指すため北進する。


「表情を模したものを頭部に浮かばせる事はあっても、実際には目も口もございませぬ」


 流石に、路線上より敵の数は少ないものの、奴らは物陰から、ビルの窓から、屋上から、次々と止めどなくあふれ出てくる。


「かと言え、この太刀で幾ら表面を撫でたとしても、奴にとっては蚊に刺された程の効果もありますまい」


 それらの敵をすれ違いざまに、切り、撃ち、無視して突き進む。


「現状、某らの最大火力は、弁慶の腕部に内蔵された高性能爆弾『奥の手』なのですが、それを何とかして奴の中心で炸裂させるかが勝負と考えます」


 奴らは個体、否、末端の反応は素早いものの、総体としての反応はそうでもない。前線が反射的に攻撃を行うが、司令部の意思決定がかなり遅れる。と言うよりも、前線の反応に引っ張られて司令部が動くと言った感じだ。

 そこをついて上手く立ち回った所で、本体の圧倒的な物量が立ちふさがるのだが、何とか俺たちは博多口にて巨人と相対した。





 奴から伸びた多数の鞭が縦横無尽に振るわれる。

 最初は不格好ながらも人型を模していた奴は、歩くことが面倒になったのか、スライムの様な外見に変化していた。それもドラゴンをクエストするゲームに出てくる愛らしいタイプじゃなくて、ファイナルなファンタジーや悪魔を召喚するゲームに出てくるグロテスクな奴だ。

 しかもスケール感の違いから、その破壊力は凄まじい、衝撃波を纏いながら振るわれるその触手は、容易く一撃でビルを粉砕する。


 ノリと勢いで正面切ってご挨拶して見たものの、案の定と言うか何というか全く手も足も出ずに、現在は脱兎のごとく逃走中だ。

 それでも、一応最初は攻撃を試みてみた。ビュンビュン振るわれる触手に、太刀を合わせると言う神業を何度か試しはした。ビルの側面、飛び散る瓦礫あらゆるものを足場にしての正しく神業だ。だがそれでも切り裂けるのは表面だけ、単純にスケールが違いすぎる。


 しかもむかつくことに、その程度の傷は即座に回復してしまう。これは単純に再生能力を備えてしまって厄介と言うだけの話ではない。奴が狙ってそうしたのか分からないが、今まで使っていた戦術の一つが潰されたことを意味していた。

 この空間に奴を引き摺り込んでしまえば、奴はそれ以上手当たり次第の感染増殖を行えなくなるので、プチプチと少しずつでも兵力を潰していけば、戦力の増強が出来ない奴はいずれ倒せると言う消耗戦が使えていた。

 しかし、集合体となった奴は違う。削っていけばいずれ倒せると言うのはまぁ変わらないが、それまでのハードルが異常に高くなってしまった。奴が得たのは回復能力と再利用能力、多少の損傷は回復するし、道中に切り捨てた末端は消滅する前に本体に取り込まれ再利用されていた。おかげでタフさが異常に跳ね上がってしまった。防御力自体は変わっていないのが僅かな救いだが、こんなもんどうしろと言うのだ。





 そんな訳で、絶賛逃走中なのだが……。


『牛若!何かうまい手は浮かんだか!』


 奴の行動予測と逃走ルートのナビゲートをしながら牛若に問いかける。


「うーむ、そう言われましても。事前にあれこれ仕込めるのなら話は別ですが。そもそも、某ここのような大雑把な戦いには向いていませんでして」

『こんな怪獣みたいな相手に向いてる人間なんかいやしねぇよ!それでも何とかしないとジリ貧だぞ』

「むー、そうおっしゃるのなら。主殿こそ何か妙案を下知してくださいよ。あっそうだ、義仲の八正を吸収した時に奴の能力も一緒に取り込んだりしてないんですか?」

『知らねーよ!俺が取り込んだのは八正だけだ!それ多分鎧の特殊スキルだろ継信さんみたいな!』

「はー、全く使えませんねーこの主殿は」

『おい、テメェ!ちょっと前までの殊勝なお前はどこに行ったんだ!?』

「いやー、危機的状況だからと言って、何時までも眉を顰めてばかりでは前に進めません。無論主殿を思う気持ちは変わりませんが。それはそれ、これはこれ、そのうち何とかしますんで、切り替えていきましょう」


 牛若は春の陽気の様なふわりとした笑顔を浮かべ、気負うことなくそう言った。まったくこいつは……、生死の掛かった戦いが日常の世界に生まれた故の思考なのか、それとも生まれついてのものなのか知らんが、何処までも真っ直ぐで、楽観的で、前向きな奴だ。

 しょうがない、取りあえず今はこいつに付き合って、前向きに全力で…………後ろを向いて逃走しよう。取りあえずは生き残ってからだ。





 現在の戦力では打開策が打てないと言うことで、取りあえずは継信(つぐのぶ)様と屋島(やしま)が駆け付けるまでは遅延戦術と言う名の逃避行を行う事となった。

 外部との通信は2人が八正展開地域に到着するまで出来ないので到着時間は未定だが、こちらまで直線距離で40km、山岳地帯を踏破することになるが、より移動が困難な博多駅郊外の住宅地まで届けば、展開地域に入るので、そう時間はかからないだろう。


 遠方のビル屋上を移動しつつ援護射撃を行う。大口径狙撃銃でも触手の軌道をほんの少し変える程度だが――。


『よいぞ弁慶、大分慣れて来たか』

『その様でございます』


 牛若は、ビルの乱立する市街地を、ピンボールの様に跳ねまわりながら逃走していた。右へ左へ、上へ下へと一定の速度で飛び回る。


『― ―― ―――― ― ――』


 真一は、システムに徹していた。世界と同一していると言え、地震や竜巻を起こすことなど出来ない。彼にできるのは、これまでと同様に観測し、予測することだけ。

 だが、変化したこともある。これまで彼の声は、彼を装着している牛若にのみテレパシーめいた形で伝えるのが精いっぱいだったが、今では牛若の通信装置を介して弁慶とも通信出来るようになっていた。


 『この予測精度は吉野に匹敵するかもしれません』

 と、真一より提供されたデータを基に射撃を続ける弁慶は独り言ちる。

 情報処理に特化したアンドロイドと唯の人間が同レベルの処理を行うなど、悪い冗談の様な話だが。真一様の場合、悪い冗談のその上を行く存在になっているので、もはや何でもありなのでしょう。

 そして、この状況にあり、自らを餌に、連携訓練を行う牛若様も、相変わらず悪い冗談の様なお方です。


 牛若は、触手と瓦礫が乱舞する空間を飛び回る。敵の学習能力がどの程度か不明なので、可能な限り単調なリズム、最低限の攻撃で、当たれば即死の状況の中で舞い踊る。

 敵を討つ策は浮かんでいた。真一から提供されたデータの中で、利用できるものがあった。

 敵は小手先の技でどうにかなる規模ではない。ならば大には大をぶつければよい。だが、それを成すには駒が足りない。

 まぁ、駒が足りたところで荒だらけで綱渡りの作戦には違いないが、そこはそれ、いつも通りそれぞれの創意工夫で補えばよいと、いつも通りに考えていた。




 予測された、援軍到着時間が近づく。弁慶には援護射撃を中止させ、仕込みに回らせた。

 敵は相変わらずに、目の前の敵を反射的に攻撃するだけなので、離脱した弁慶の事は気にも留めない事は行幸だった。

 こちらも仕込みのため、逃走速度を上げる。

 進路は西、弁慶から奴を遠ざける。援軍の到着方向からは離れることになるが、誤差の範囲。いや、援軍には先に弁慶と合流してほしいので好都合。

 某は西、取りあえず目指すは鴻臚館(こうろかん)、外交使節で奴を迎え撃つのは洒落が効いていていいだろう。後に建てられた福岡城は知らないが、鴻臚館なら某の世界にも存在していた。現在、こちらの世界では舞鶴公園と言うらしい、平面的に回避を行う事になるが、まぁなんとでもなるだろう。

 そして、弁慶が目指すは東。博多駅のすぐ裏と言っていいその場所にある施設――。





『福岡空港?』

「しばらく遊んで再確認しましたが、奴は目の前の敵を追いかけるばかりで、後ろの弁慶に注意を図っておりません。ですので、弁慶にはそこへ向かわせ仕込みを行わせます、主殿の情報では飛行可能な機体が存分に並んでいましたから」

『って、飛行機を突撃させるのか!?でも!』

「はい、そのままでは触手で撃ち落とされましょう。ですが弁慶の力場で保護してやれば多少は持ちます。

 弁慶が狙撃手で、某がそれを守ると言う形ですね」

『守るって言っても』

「先ほど、軽く太刀を合わせて確認しました。全力で行けば、触手の一つ両断できます」

『触手の一つなら確かに可能だろうが……』

「はい。当然、攻撃に力を注げば、守りがおろそかになります。ですからお願いしますね。この作戦の肝は主殿です、主殿の予測精度と速度に我々の命をお預けします」


 そんな風に、こいつは笑顔でとんでもないことを要求して来た。俺が今まで行ってきたのは、振るわれる触手から逃げるルートの計算だ。だけど今から行うことは迎撃。

 200トン近いジャンボジェットならその破壊力は絶大だろうが、防御力が弱すぎる。幾ら弁慶さんが強化しようが、ビルを積み木のように粉砕する触手の前では、アルミ缶の様な飛行機がどれ程持つか分からない。

 それに向かって伸ばされる触手を、奴の上に登ってモグラたたきよろしく、一本一本潰して行くだと?


「まぁ、継信と屋島が到着すれば遥かに楽な仕事となります。ですので、もうしばらく時間を潰しましょう」


 そう言ったのが、数分前。その後弁慶さんを福岡空港へ向かわせ、俺たちは舞鶴公園へと向かう。

 そして、八正空間外部からの干渉が確認された、待ちに待った援軍が到着した。反撃開始の時間だ。

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