49話 転がる田中

 参ったなぁ……。




「マリも、イチロウさんと一緒に行きたいなぁ……」




 小悪魔ギャルにそんな風に言われては、断ることなどできようか。


俺は童貞だぞ!? 無理無理、絶対、無理!




「……お任せください!」




 俺に微笑みを向けるマリちゃん。


険しい道のりだ。 だがしっかりとエスコートして見せる!




「やったぁ! そしたらずっと一緒にいられるね?」




 ひょ、近いです、マリちゃん!


童貞殺しの急接近ボイスはやめてください。


 俺なんてイチコロでしゅ。






「フヒヒ……」




 妄想を胸に、俺は砂浜を一人で歩く。


砂浜で目を覚ました時には気付かなかったが、なんと綺麗な海なんだろう。


 曇り空なのにその透明度は変わらない、美しい海。




「おお! この貝殻いいぞぉ。 ウヒヒ、ネックレスとか作ってプレゼントしよう!!」




 イチロウさん素敵! なんて抱き着かれたり。


ニヤケるのが止まらない。 


 しかし人目も気にせず、俺は砂浜を歩いて行く。




「……」




 日陰で休む人たちが多い。


水場の拠点は移動したばかりだったから、皆が頑張って動き回っていた。


 ここじゃ頑張りようがないってのもあるのかな?


水が出来るのを待ち、魚とか貝をとるくらい。 後は助けを待つだけ。




「これじゃマリちゃんも、俺について来たくなるのも無理はないな」




 なにより雰囲気が悪い。


どうしちゃったんだ、これは?


 砂浜を離れる時はこんな感じではなかった。


皆がニートみたいに無気力な感じがする。




「仲間選びは大切だな……」




 最初の選択を間違っていれば俺も彼らの仲間入りだったろう。


おっさんに弟子入りしたのは間違いかとも思ったけど、虫喰わされたり死にかけたし。


 やはり大きな試練を乗り越えたおかげか、報酬もでかい。




「帰ったらおっさんに土下座しなきゃな……」




 ハチミツを手に入れたい。


マリちゃんがハチミツをかなり気に入っていた。


 これはチャンスだ。 俺は何がなんでもハチミツを手に入れるぞ。


絶対二人でハチミツプレイをするんだ!




「へへへ……」




 いいぞ。 妄想は無限大。


俺の活力も未だかつてないほどに漲っている。




「……おまえ、真理ちゃんに近づくな」 




「――ふごッッ!?」




 俺の脂肪に守られた腹部に、近づいて来た男の拳がめり込んだ。


体を揺るがす激痛に、俺は腹を押さえ膝から崩れ落ちる。


 


「いいか? 次はこんなモノじゃない、分かったか?」




「げほっ、げほっ、……嫌だ、ね」




「あっ?」




 痛い。


嫌なものがこみ上げてくる。


 男の言葉に状況をすぐ理解した。


男は体格が良く日焼けした肌と、怒りを顕わにした表情は俺の息子を縮み上がらせる。


 だけど、俺は男の恐喝に否定の答えを浴びせた。




「嫌だって、言ったんだよ!!」




「く……!?」




 砂もついでに浴びせ、砂浜を転がるように逃げる。


転がる奴を追撃するのは難しいと、漫画で見たことがあるぜ!




「コノ……」




 俺は全力で転がる。


海水に突っ込むまで転がる。




「ぷあぁっぷ!!」




 海の匂いとしょっぱさが、俺に覆いかぶさる。


起き上がり襲撃者を確認すると、すでにいなかった。


 海水に浸かる必要はなかったかもしれない。




「ふぅ……新たな試練か」




 ビックリした。 痛かったし、まだ痛いけど。


でもイノシシの時ほどの恐怖はなかった。




「真理ちゃんのストーカーか?」




 見るからに危なそうで、ストーカーになりそうなタイプ。


つまり、俺の為のかませ犬。


 マリちゃんが襲われている所を助けて、めでたく卒業しちゃうパターンですね、分かります!




「おっさんに護身術も習わないと」




 おっさんなら護身術くらい使えそうだ。


どんどんおっさんへの依存度が高くなっている気がするが、気のせいだろう。




「おっさんは今頃楽しくやってんだろうなぁ……」




 俺も早くあんな風になりたいぜ。






◇◆◇






「山ピー、なんですっぽんぽんなんですかぁ!?」




「なんでって、服今乾かしてるから」




 そして焚き火でネイキッドクッキングだ。




「……そ、そうですかぁ」 




 なんだか『シュン……』と俯むいてしまたった亜理紗。


どうかしたのだろうか?




「あのですね、山ピー。 亜理紗、謝らないとなんですぅ……」




「?」




「そ、そのぉ、朝起きたら山ピーのキノコ、すっごく大きくて。 気になって調べてたら、いっぱい出てきちゃったですぅーー!」




 ですぅーー。 じゃないぞ?


寝ている間に人にやられた場合も夢精と言うのだろうか?




「ごめんなさいですぅ……」




 素直に頭を下げた亜理紗。




「ふぅ。 分かった、許してやるから、もうするなよ?」




「はいですぅ……」




「ほら、ちょうどできたから、朝飯にしようぜ?」




 別に怒ってないしね。 ただパンツ洗うの大変だからもうしないで欲しいけど。


俺は亜理紗に朝食を食べるように勧めた、全裸で。




「美味しそうですぅ……!」




 朝食だよね?


俺のキノコじゃないよね!?




 全裸のおっさんと天然系ピンクは、湖を眺めながら優雅に朝食を済ますのだった。






 

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