第四十六話:『決めポーズで発生する爆発と煙』

「お、紅鮭師匠から飲みの誘いが来た」

『行けませんからね。次の異世界転生までのインターバルはここにしかいられませんよ』

「へへ、なんていうかヤンデレの女神様に縛られてるって感じがして良いですね」

『でしたらヤンデレっぽく貴方を大切に宝箱にしまってあげましょう。よいしょ、よいしょ』

「よいしょの可愛さに万力が込められている。それはそうとこの宝箱、体積的に小さくありませんか」

『むしろなんで入ったのか、私でも驚きを隠せませんね。どう見てもミミックにしか見えない』

「これで一発芸の幅が広がりましたね」

『人間の姿で異世界転生できれば芸と呼べますが、物に転生しては普通ですからね』

「ああ、でもなんだかこういう狭い場所って落ち着く時ありますよね」

『閉所恐怖症の方からすれば地獄でしょうが、そういう方もいますね』

 ※作者は高所恐怖症です。あと閉所は平気ですがエレベーターは苦手です。

「ただ足を生やさないと移動ができませんね。穴でも空けられないかな」

『女神製の宝箱ですから、その辺に転がっている聖剣でも傷一つ尽きませんよ』

「よし、生えた」

『生やさないでください。どんな原理ですか』

「ファンタジー世界にどっぷり染まっているのに、原理とかいまさら必要ですかね」

『なるほど、言われてみれば』

「真面目に答えるなら手足を生やすオプションを使い過ぎたせいで、大体そんな感じの能力がデフォルトで使えるようになり始めた、とかですかね」

『わりと自信はない感じなのですね』

「まさか生やせるとは思ってなかったので」

『最近人間離れと言うより、存在が適当になり始めていませんかね』

「固定概念に囚われない異世界転生を繰り返してきた影響ですね」

『影響と言うか弊害ですね。昔は……いえ、そんなに中身は変わっていませんね』

「初心を忘れないことが大切ですからね。それにしても意外とこの宝箱の中は居心地が良いですね。なんだかとても懐かしいような」

『ヤドカリの時に入っていた箱ですからね』

 ※第二話の最後~第三話の冒頭参照。

「なるほど。流石に昔過ぎて思い出せませんでした」

『ヤドカリのまま入るのと、人間の姿のまま入るのでは何から何まで違う感じでしょうからね』

「僅かに香る女神様の匂いは一緒ですけどね」

『芳香剤でも流し込みたくなる気持ち悪さですね。まあ私自身が臭うことはないのでしませんが』

「しかし、一つ問題がありますね。出られません」

『罰で詰め込んだのですからそのままでいなさい。ただそろそろ異世界転生の時間ですね』

「では目安箱を……にょきっとな。ガサゴソ……京さんより、『決めポーズで発生する爆発と煙』」

『腕が生える瞬間を見るのはなかなかに新鮮ですね。そして爆発と煙、複数と来ましたか』

「お得じゃないですか」

『果たして二つに分裂したとして、それは両方とも貴方たりえるのでしょうか。お題を投稿した人は自我の分裂に関して真面目に考えていたのでしょうか』

「そもそも異世界転生先のお題だって認識している人の方が少ないと思いますよ」

『確かに』

 ※この作品で募集しているのは異世界転生先です。面白い物ではありません。

「まあ実際に転生してみれば分かることでしょうし、サクッと転生してきますよ」

『なんやかんやで大丈夫だとは思いますがね』

「あ、紅鮭師匠に合流する店の返信をしなきゃ」

『異世界転生先で待ち合わせするのは止めなさい』


 ◇


『……本当にこれ、どうやって入ったのでしょうか』

「ただいま戻りました」

『おかえりなさい。では早速実験を、よいしょ、よいしょ』

「帰ってくるなり箱に詰められる人生。中身が詰まってますね」

『前向きですね。そしてやはり何故か入ると。体積的に入らないはずなのですがね』

「スポンジ的な感覚なんですかね」

『もはや人の体ですらないと。まあ報告を聞きましょう。決めポーズで発生する爆発と煙でしたか』

「ええ、ただ不特定多数の決めポーズだと忙し過ぎるので決めポーズのレベルをある程度選定することにしました」

『決めポーズにレベルがあるんですか』

「とりあえず五人一組の場合は許可としています」

『戦隊モノの決めポーズでは爆発がデフォルトですからね』

 ※最近がそうなのかは知りません。

「次に少人数でも、そのタイミングが非常に良い時はOKサインを出しました」

『シーンで映える時ですか。そもそも決めポーズを取る時ってそういう時だけでは』

「そうは言いますけど、『君の瞳に乾杯』とかのウインクも決めポーズに含まれますからね」

『それで爆発が発生していたら傍迷惑もいいところですね。貴方にしては自重しているようでなにより』

「まあキザ過ぎて苛ついた時は当人を爆破しましたが」

『自重なんてなかった。そして決めポーズを決めた相手を爆破とか迷惑にもほどがある』

「普通に考えて、決めポーズの背後で爆発が起きたら吹き飛びますよ」

『特撮では火薬をしっかりと調整していても、熱い時は熱いらしいですからね』

「ちなみによく俺を召喚したのは魔王軍と戦う異世界戦隊、ファンタジーレンジャーって五人組です」

『特撮に無理やりハイファンタジーを捻じ込んで来ましたね』

「まずリーダーの勇者レッド」

『妥当ではありますね』

「次に勇者ブルー」

『勇者が早速被った』

「紅一点の勇者ピンク」

『紅一点でも勇者が三点』

「紅鮭レッド」

『今度は赤が被った。そして普通に紅鮭が混ざってきましたね』

「最後に紅鮭ブルー」

『青も被った。紅鮭なのにブルーとは一体。と言うより二人目の紅鮭ですか』

「一人は言わずもがな紅鮭師匠ですね。紅鮭レッドの方です」

『では紅鮭ブルーは一体、田中や左太郎あたりだとは思いますが』

「石井ですね」

『誰でしたっけ』

「ええと、永久歯の人です」

『今だにピンとこない』

「俺が魔王クチャラーの犬歯になった時、後の未来を託した後輩異世界転生者ですね」

 ※第三十八話参照。『いや、無理無理』の人。割と転生歴の浅い異世界転生者。

『言われてもピンときませんね』

「まあ彼もなんやかんやで異世界転生を繰り返していまして、紅鮭師匠に気に入られ、一緒にファンタジーレンジャーに加入したというわけです」

『それで紅鮭ブルーという良く分からない名前を付けられるあたり、面倒な先輩に捕まった後輩感が半端ありませんね。そもそもよく入れましたね』

「強さは二人が首位でしたからね」

『異世界転生者って連中はこれだから』

「でも二人は仲が良かったですよ。俺も二人の仲に加わってよく談笑していましたね」

『決めポーズの時に発生する爆発と煙がどうやって』

「煙は残るじゃないですか」

『決めポーズの後に行われるであろうシーン後には消えていると思いますがね』

「そこはほら、爆発の規模を大きくすれば」

『勇者達が吹き飛びますね』

「大丈夫ですよ。彼らは勇者と異世界転生者、並大抵の爆発じゃビクともしませんとも」

『はたしてそうでしょうか』

「まあ紅鮭ブルーはいつも病弱なのか、残りライフが一割前後でしたけど」

『それは病弱ではなく瀕死なだけかと。他の勇者達は良く平気でしたね』

「勇者レッド、勇者ブルー、勇者ピンクは火属性でしたからね」

『属性まで被りますか』

「紅鮭ブルーは草属性」

『効果はばつぐんそうですね。ちなみに紅鮭レッドは』

「紅鮭レッドは紅鮭属性でしたね」

『種族ならまだしも、紅鮭という属性があるのですか』

「紅鮭師匠がいつも持ち込んでいるオプションですね」

『彼の紅鮭への熱意は一体』

「ああ、ちなみに爆発と煙、それぞれに意識がありましたね。なかなか新鮮な体験でしたよ」

『自分の体が複数あると言うのは人間ではありえませんからね』

「爆発の方は現れる瞬間辺りで意識が芽生え、爆発が終わると同時にフェードアウトする感じです。煙の方は爆発後から暫くの間行動ができると言った感じですね」

『よくそんな限られた時間で談笑する余裕があるものだと感心しますね』

「爆発でピンクを包み込む感触はなかなか新しい道に目覚めそうでしたね」

『目を閉じてなさい』

「ちなみに紅鮭師匠が直ぐに俺の存在に気づいて、仲間に紹介してくれたおかげで意外とすんなりと受け入れられましたよ」

『決めポーズの際に発生する爆発と煙に意識があると紅鮭に言われ、納得できるファンタジー世界の住人と言うのも珍しい方だとは思いますが』

「紅鮭師匠はなんやかんやで人に好かれる才能がありますからね。いつも炙られた紅鮭のような良い匂いもしてましたし」

『それ貴方の爆風で炙られただけでは』

「ああ、たまに燻製のような香りも」

『それ貴方の煙で燻されただけでは』

「肉食系女子である勇者ピンクの紅鮭師匠を見る目も、他の男達に向けられるものとは一味違いましたからね」

『肉食系の意味合いがストレート過ぎる気もしますがね。ああ、でも紅鮭ブルーと違うのであれば一味違うということにはなりますね』

「紅鮭ブルーは魚介系勇者としてはまだまだ青臭い奴ですからね」

『青臭いと言うより生臭いと言うべきでしょうね。しかしいつもの紅鮭は良いとして、その後輩である石井は何故紅鮭に転生したのでしょうか』

「奇をてらう異世界転生をして、偉業を成すことを目的としているようですよ。俗にいう縛りプレイヤーですね」

『魔王の歯も、紅鮭も先人がいたようですがね』

「まあそんなわけで色物転生者である紅鮭師匠にリスペクト精神を持ったようでして」

『貴方の方が色物転生者だと太鼓判を押してあげたいのですが』

「一応俺も過去の異世界転生を語りましたけど、狂った奴を見る目で見られましたね」

『生物どころか、概念にもなっていますからね。奇をてらおうとしている癖に、常識人枠ですね』

「まあ彼も次回、それでもダメならいつの日か輝ける転生先を見つけられるでしょう」

『少なくとも紅鮭ブルーではダメだったようですね』

「ちなみにファンタジーレンジャー、必殺技は五人での決めポーズからの『ポージングエクスプロージョン』という技でして」

『貴方が必殺技になってしまいましたか』

「大抵の雑魚なら一瞬で蒸発しますからね」

『良い様に扱われていますね』

「ピンクを都度巻き込めたので、報酬としては悪くなかったです」

『頭のピンクさでは代理を務められたんじゃないですかね』

「戦闘後には紅鮭レッド達と一緒に飲んだりして楽しめたし、なかなか悪くありませんでしたね」

『結局異世界転生先で飲み会をやってしまいましたか』

「俺は合間にキザな奴を爆破しつつの冒険でしたが、彼らの大きな助けになれたと思います」

『瞳に乾杯とか言い出すキザな人が何人いたのでしょうかね。その都度に瀕死になっている紅鮭ブルーこと石井が少しだけ不憫ですが』

「でも俺は便利な全体攻撃魔法的な扱いですからね。世界最強と言われた魔王相手にはやはり決定打として欠けてしまっていました」

『決めポーズの時点で毎回戦闘が終わっているのも酷いですが、最終回までその流れでないのは喜ばしいことです』

「二発目を撃てば間違いなく紅鮭ブルーが死んでしまう。それ故にファンタジーレンジャー達は魔王相手に四人で立ち向かう他なかったのです」

『紅鮭ブルーの存在理由ってなんでしょうかね』

「ですが彼らは今までの戦闘の九割以上をポージングエクスプロージョンで攻略してきた。レベルがほとんど上がっていなかったのです」

『貴方のレベルはカンストしてそうですね』

「メタルキザな男キングとかよく倒してましたからね」

『キザな男をレアモンスター扱いしないように』

「地に伏すファンタジーレンジャー達、そんな絶体絶命のピンチを前に、俺は近くのキザな男を爆破することしかできません」

『魔王との最終決戦の場の近くで、キザな男が決めポーズをしていることにいささか驚いています』

「魔王は勝ち誇りながら言います。『弱い、弱すぎる。貴様らのような勇者が束になろうとも、所詮私の敵ではない。さあ、怯えろ、泣き喚け、恐怖に絶望しろ』と右腕を高々と掲げ、トドメの魔法を唱えようとします」

『テンプレのようなセリフ回しですね』

「そして俺はふと思いました。『あ、なんかこれ、決めポーズっぽい』と」

『なるほど、つまり――』

「認定OKと言うことで爆破しました」

『格好つけたセリフなんか言うから……』

「完全に意表を突かれた爆発攻撃に多大なダメージを受ける魔王。しかしそれでも魔王は倒れません。最強の武器ダークネスソードを取り出し、ファンタジーレンジャー達へと突きつけながら『まだだ、この世界は腐っている。私が正さねばならんのだ。そう、私こそが、世界の真実を受け止められる私こそが――』」

『爆破しましたね』

「凄く格好良かったので念入りに」

『饒舌さが仇になると言うのも酷い話ですね』

「魔王もまたキザだった。それが奴の敗因ですね」

『シリアスそうな流れだったのに』

「魔王を倒したことで俺は四人の仲間達と手を取り合いながら健闘を称え合います」

『紅鮭ブルー辺りが死んでませんかね』

「まあ念入りに魔王を吹き飛ばせば、その場にいた者達が余波に巻き込まれることは想像に容易いですからね」

『石井は紅鮭をリスペクトしても、貴方に対しては今後警戒心を抱き続けるでしょうね』

「彼は見込みありますから、まだまだこれからですよ」

『初手で勇者の肋骨になるような貴方に言われるのであれば、要注意リストに入れて置くべきでしょうかね』

「ちなみにその後の顛末として、決めポーズを取り続けて自滅した魔王、ついでに決めポーズを取って爆破されたキザな男の話が世界に広まって、決めポーズは禁断の所作として封印されることとなり、俺と言う存在は消滅することになります」

『魔王を倒した云々よりも、決めポーズをうっかり取れば爆破される世界と言う方が危険度は伝わりますからね』

「それでも紅鮭レッドはそれまでの間、ちょくちょく決めポーズを取って俺を呼び出し、一緒に酒を飲んでくれたんですがね」

『付き合いは良いんですよね』

「まあ酔っ払った勢いで決めポーズを連打して、最期は黒焦げになりましたが」

『酔った勢いで仲間を仕留めるあたり、貴方には仲間を作る資格はないと思いますね』

「紅鮭レッド、いえ、紅鮭師匠としても今回の異世界転生は俺と遊ぶために合わせてくれたようなものですからね」

『本当に飲むためだけに一回分の人生を費やすとは、どちらも度し難い愚か者ですね』

「ちなみにお土産は紅鮭師匠から貰った紅鮭とオススメのお酒です。紅鮭に合う酒を数百年単位で探し求めたガチな品ですよ」

『見事な紅鮭に、美味しそうなお酒ですね。しかし本当にこの熱意は一体何処から。確か最初はスペイシャスとかいう封印された魔王だったと思うのですが』

 ※第七話参照。

「そう言えば、宝箱に封印されていたスペイシャスこと紅鮭師匠に、『外には色々と美味しい物がある。今の季節は紅鮭が旬で美味しいんだよなぁ』って話した記憶が」

『発端は貴方でしたか。しかしその後紅鮭に転生し、紅鮭に拘り続ける人生……余程気に入ったのでしょうね』

「多分味ではなく、紅鮭に転生して、その生き方に惚れ込んだんだと思いますよ。あの人はそういう人ですし」

『その初の紅鮭ライフの際に、ヤドカリに恋人を殺され、自身も原子分解されたと言うのに』

 ※第二話参照。


 ◇


『また紅鮭か。構わんが、偶には別の魚にでもなったらどうじゃ?』


 いや、紅鮭が良いのだ。それでこそ意味がある。

 私はかつて強大な力を持つだけの、ただの魔王だった。

 世界の創造主へと反逆する存在として、世界を破壊することを宿命づけられ、そして倒されるために生み出された。

 だがその末路は創造主の威光を示す道具であり、見せしめとして倒され、更には箱の中に永遠に封印されると言うものだった。

 最初は創造主を恨み、罵詈雑言を重ね続けた。あらゆる悪態を吐き続け、まともな悪口すら言い飽きた頃、ある男と出会えた。

 その時の彼は錠前だったから、男と言うべきなのか今でも議論の題材として討論しているがね。

 彼は一言で言えば外道だった。問答無用でレモン汁で水責めしてくるわ、サラダ油で油責めしてくるわ、よく分からない溶解液で液責めしてくるわ、自己進化で身を守らねば精神が壊れかねないような酷い目に何度も遭わされた。

 結局は彼に巻き込まれたまま、私は死んだ。いや、死なせてくれたのだ。

 よもや魔王である私を唯一倒せるとされていた勇者が、私を閉じ込めていた物言わぬ宝箱だったとは誰が想像できようか。

 創造主は私を永遠に封印するため、勇者と言う概念を弄り、決して戦えぬようにと手を尽くしていた。

 勇者も解き放たれようと思っても、その力を磨き上げることが叶わず、私と同じように永遠に囚われ続ける運命だった。

 だが彼は全てを理解した上で、トラブルを発生させ、創造主を煽り、手を出させ、私を巻き込ませたのだ。

 彼の助力により、勇者の雷撃は私の命を奪える域にまで昇華されたのだ。


『(本当に理解していたんじゃろうか)』


 長い年月を苦悩に塗れて死んだ私は異世界転生を行う資格を得た。

 だが私は元々が全ての力を得た魔王だった。何かに成れると言われても、何にも興味を示せなかった。

 そんな中、彼の話に出ていた食材のことを思い出した。それが紅鮭だ。

 私は思った。いっそ、食材のような低次元の存在に身を落とせば何か得られるものもあるのかもしれないと。だから私は紅鮭を選んだ。


『(最初に言われた時は正気を疑ったわい)』


 紅鮭としての人生はとても有意義だった。つい楽しみ過ぎて魔王になってしまったが、それほどまでに自由な生き方と言うのは素晴らしかった。

 世界を自由に泳ぎ回る快感、愛する者との出会いと別れ、若き者に意志を託す誇らしさ。

 どれをとっても、箱の中に囚われていた人生からでは味わえぬ経験だった。

 ちなみにその時の愛する者の命を奪ったのも、私に引導を渡したのもヤドカリに転生していた彼だと後に発覚したのだが。


『(よくそれで許せたもんじゃな)』


 神よ、よくも許せたものだと言いたげだな。言いたいことは分かる。

 だがそれにも理由はある。まず私に引導を渡したことについてはただのヤドカリでありながら、魔王にまでなった私を倒した強者への純粋なリスペクトがある。

 そして愛する者だが……。彼女を愛していたかと言われれば確かに愛していた。同じ紅鮭同士、初めての恋愛を教えてもらった貴重な相手だからな。

 ただ、その、なんだ。途中から彼の言葉を思い出してな。肉欲よりも食欲が勝ってしまった。

 まさか紅鮭になりながら紅鮭を食べることになるとは。私にはカニバリズム的な嗜好があるのかもしれないな。だが断言しよう。彼女は最高に美味かった。


『(ドン引きじゃな)』


 私が今もなお、食材として紅鮭を愛しているのは彼女がいたからこそだ。今でも彼女の味を超える紅鮭はお目に掛かれないが、そのうち出会うこともあるだろう。

 ――彼の口癖の中に最も好きな言葉がある。それは『初心を忘れないこと』だ。

 私と言う存在は紅鮭から始まった。新たな人生を謳歌することへの期待、喜び、感謝。

 それらを感じたあの紅鮭として生きた日々を決して忘れぬよう、紅鮭の姿を残し続けようと心に誓ったのだ。

 私は欲張りな存在だ。本来ならば満足し、新たな異世界転生を行う事はできないはず。

 だがそれでも彼と遭遇することで思うのだ。『ああ、私の未来にはもっと刺激があるはずだ』と。

 何せ毎度毎度、必死に生きて様々な地位に就いたとしても、彼はそんな私を一笑に付すかの如く、鮮烈な生き様を見せつけてくる。

 そんな姿を見せられたら、悔しいではないか。もっと鮮烈な人生を歩める者がいるのに、私は今の人生で満足して良いのかと。


『(あれは正直神々の中でも問題視されとるんじゃが、まあ儂も美味しい思いをさせてもらったからのぅ)』


 彼は私のことを紅鮭師匠と呼ぶ。だが本当は師匠と呼びたいのは私の方だ。

 私は彼に引けを取らないような素晴らしい人生を送れることを願っている。それが果たされる日まで私の異世界転生は続くのだろう。

 私を拾った神よ、私の満足のために協力してくれることには感謝をしても、し足りない。


『儂のことは気にせんで良い。確かにお前さんの偉業の程度はそこまでではない。だがお前さんが招き寄せた因果により、儂は神として格が数段上がっておる。お前さんは十分に尽くしてくれておる。お前さん一人が満足するまでの間くらい、気長に付き合わせてもらうとも』


 本当に、私を生み出した神とは似ても似つかぬな。

 だが私は恵まれている。私を支え続けてくれる貴方と、私の目指す先を照らす彼がいる。

 広大な道を進み、人生を謳歌し続けられる。なんと幸せなことか。


『じゃがぶっちゃけた話、その者やその縁ある者に瞬殺されるのはどうなんじゃ?』


 ――割と悲しかったりする。


『じゃろうな。ちいとおぷしょん、増やすかの?』


 ――たまにはつけようかな。うん。


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