第四十七話:『勇者(男)と結ばれる魔王(男)』

 

「夏です。なので花火セットを用意しました」

『この空間に四季はないのですがね。そもそも室内っぽさを演出している空間なのですから部屋の中で花火はいかがなものかと』

「そこは問題ありません。昔ながらの空き地セットを用意しております」

『最近の日本事情では空き地での花火は大概通報案件なのですがね』

「私有地ですから問題ありませんよ」

『最近は私有地で花火をしていても通報される事例もあるそうですよ』

「目撃者がいないので問題ありませんよ」

『どうしてもやりたいようですね』

「せっかく四尺玉を造ったので」

『打ち上げ花火でしたか。半径数百メートルは吹き飛ぶことになりますね』

 ※ちょっと前まで世界ギネスになっていたとても大きな打ち上げ花火

「きちんと高さも増してあるので大丈夫ですよ。では点火……たーまやー」

『豪華ではありますが、真下から見るものではない気がします』

「言われてみれば。川辺でも造れば良かったですね」

『自室に川を流される身にもなってください。それで花火はこれで終わりですか』

「花火セットと言ったじゃないですか。線香花火を大量に用意していますよ。あとへび花火」

『落差が極端過ぎますね。もう少し普通の花火はなかったのでしょうか』

「普段女神様が爆発させているから、激しい花火はあまりお気に召さないかなと思いまして」

『星ごと爆破もできますし、規模的にはどれも大差ありませんよ』

「スケールが違い過ぎた。なら気にせずに秘蔵の花火シリーズも出せますね」

『花火を秘蔵する理由が分かりませんね。しかし随分と色々な種類がありますね』

「一応オチ用に人間大砲も用意しておきました」

『その態度は殊勝ですが、最終的に貴方を打ち上げるのが決まっているわけではありませんし、そうならない努力はすべきかと』

「派手に爆発できるように自爆の魔法も覚えたんですがね」

『気が向いたら大砲の中に詰め込んであげましょう。ただ先に異世界転生のお時間です』

「線香花火をする時間もないとは。ガサゴソッシャ。きのこの里星人さんより『勇者(男)と結ばれる魔王(男)』」

『ほう』

「女神様の食いつきが半端ない。しかし魔王ですか。なかなかの当たりですね」

『ある意味ではヤドカリの時点で魔王の座を奪っていたともいえるのですがね』

 ※第二話参照。

「しかし男が相手かぁ……モチベーション下がりますね。自爆魔法をつい使ってしまいそうです」

『仮にも世界の魔王として転生するのですから、世界の物語はある程度紡いでもらわねばなりませんね』

「やるからにはやりますがね。ただ魔王ともなると待ち時間が長いんですよね」

『久々に待ち時間の話題が出ましたね。確かに言われてみれば、需要の高い転生先ですからね』

「何かしら設定を見直して、待ち時間を調整しなきゃだ」

『非業の死でも約束されれば意外と待ち時間が減るのではないでしょうか』

「それだと俺が満足して死ねない気がするんですが……ダメですね。待ち時間がほとんど減りません」

『悲劇をあえて好む人も多いですからね』

「俺としてはハッピーエンドが一番なんですがね。ただ待ち時間が長いのは嫌だなぁ」

『今まで待ち時間がほとんどありませんでしたからね。とりあえず上手いこと調整することですね』


 ◇


『あれだけあった花火もこれで最後ですね。最後の線香花火というのは一段と寂しさを感じますね』

「ただいま戻りました。あ、女神様花火セット買ってきましたよ」

『私の哀愁を返してください』

「気を遣ったのに怒られた」

『花火なら散々一人でやりましたよ。もう飽きました』

「他人と一緒にやる花火というのも乙な物ですよ」

『花火のし過ぎでこの空間が火薬臭いのです。一度換気しましょう』

「女神様の周囲はいつも焦げ臭いので気にしてなかったですね」

『事ある毎に誰かを燃やし尽くしていますからね。では花火ついでに報告を聞きましょうか。勇者(男)と結ばれる魔王(男)でしたね』

「はい。こちらが勇者リティカです」

『両腕を縄で縛られて牢屋に拘束されている勇者っぽい方ですね』

「はい。それでその腕の縄が俺です」

『結ばれるってそういう意味ですか』

「いや、物系魔王に異世界転生すれば待ち時間がないかなと思いまして。縄になったら解釈違いでこうなってしまいました」

『仮にも魔王ですよね。捕らわれた勇者を拘束するのに貴方を使う理由とは』

「世界の創造主が『縄の魔王……まあ私に反旗を翻そうとしている勇者を縛るには丁度良いか』といった感じです」

『物語の序盤から勇者が世界の創造主に反旗を翻しているのはなかなか飛ばしていますね』

「もう少し丁寧に説明しますとですね。この世界では勇者と魔王を定期的に争わせ、世界の秩序を安定化させようとしていた風習があったのです」

『共通の敵がいれば人間は簡単に団結しますからね』

「そこで創造主は勇者と魔王を定期的に異世界召喚して上手く祀り上げていたようなんですよ」

『それぞれの中心となる勇者と魔王が異世界転生者ならば、その都度の変化も加わって良い変化が生まれますからね』

「リティカもそんな祀り上げられた勇者の一人で、見事先代の魔王レッドサーモンを打倒します」

『紅鮭師匠の弱さに少しばかり貴方の分のチートポイントを分けたくなりますね』

「今回は大分活躍してたらしいですよ。珍しく戦闘系のチートオプションも装備してたみたいですし」

『それでも異世界転生者に普通に負けているじゃないですか。散々転生しているのに』

「魔法のない世界からの異世界転生者って妙に強いんですよね」

『それは何となくわかります』

「話を戻すと、リティカは世界を救った褒美として元の世界に戻れるといった特約を創造主から与えられる事になったのですが、リティカはそれを拒否します」

『元の世界に戻る系の恩恵ってほとんど有効活用されませんよね』

「リティカには拒否する理由があったのですが、それはさておき。代わりにリティカは創造主にこの勇者と魔王のシステムを止めるようにと要求します。世界の都合で誰かを異世界に招き寄せ、争わせることに不満があったようで」

『定期的に勇者と魔王の両陣営を争わせ、世界の均衡を調整するというのも賛否両論ですからね』

「創造主の怒りを買ったリティカはダンジョンに幽閉され、ついでに次の出番用に召喚されていた俺で拘束されたというわけです」

『流石に縄の魔王ではビジュアル的に問題がありますからね』

「酷い話ですよね。こちとら呼ばれたから転生してきてやってるのに」

『魔王を呼んだのに縄できた貴方の落ち度だとしか言えませんね』

「俺も創造主には不満を持って、リティカに協力しようと持ちかけました」

『縄が普通に喋る』

「ただ俺は結ばれる魔王(男【縄】)ですからね。自分の意志で解いてやることはできません」

『カッコを増やさないように』

「でもリティカの腕からは解けなくても、結ばれていた牢からは自由に解けたので直ぐに脱出は出来ましたけどね」

『勝手に解ける縄とか不良品もいい所ですね』

「一緒にダンジョンを脱出しようと思ったのですが、両腕が封じられているリティカは満足に剣を振るうことすらできません」

『両腕がくっついている状態で剣を扱うのは大変そうですしね』

「更に着替えも、風呂も、トイレもできないという地獄です」

『えげつないですね』

「俺が魔法で洗剤を出せたので着替えと風呂はなんとか代用出来たんですがね。トイレはなかなか」

『辛さの共感が想像に容易いですね』

「別に漏らしても魔法で綺麗にするから問題ないとは言ったんですがね。リティカはそれだけは嫌だと顔を真っ赤にして、涙目で訴えてきました」

『勇者にも人としてのプライドはあったんですね。ですが緊急時なのですからそれくらいは我慢しても良いでしょうに。女々しい勇者ですね』

「もともとは女性だったようで」

『なるほど。ややこしい勇者(男)ですね』

「結局物凄く器用に脱いで用を足す技を身につけていましたね」

『それを傍で聞いている貴方に対しては並ならぬ思いがあったでしょうね』

「ただ現在の肉体は男、俺の中ではセーフかアウトかで悩みましたね」

『よしんばセーフだとしても貴方がアウトなことには違いありませんよ』

「ただこのダンジョン。歴代の勇者の中でも最強と言われた男が、伝説の武器を保管するために造ったダンジョンでして。かなりの超高難易度だったのです」

『どこかで聞いた設定ですね』

「その勇者の名は田中」

『同じ設定ですね』

 ※第四十五話参照。

「田中さん、やり過ぎた時の黒歴史があると、ダンジョンを造って隠すクセがありますからね」

『クセなんですか、それ』

「最深部ならまだしも、俺達が捕らわれていたのは創造主でも何とか辿り着ける中層部分でしたからね。比較的マシだなとは思っていました」

『創造主でも中層までしか行けないダンジョンとか、世界にとってのオーパーツもいいところですね』

「リティカと共に出口を目指すのですが、流石は田中さんの用意したダンジョン。歯ごたえがありましたね。並の異世界転生者であるリティカはとても苦労を強いられます」

『貴方や田中が並じゃないのは理解できますが、釈然としませんね』

「レベルがカンストしている筈のリティカが一撃で瀕死になる雑魚敵がうじゃうじゃしていましたからね」

『田中のダンジョンだけ世界の理を無視しまくっていますね。創造主でも苦戦する理由がわかりました。しかし貴方がいるのであればどうにかなったのではないのですか』

「それが、全身を器用に結ばれている状態では縄らしい動きも満足にできなくてですね」

『さては縄として戦うオプションを主体に組みましたね』

「一応縛り付けた相手の骨を粉々に砕く力はありましたけどね」

『使わなかったことに関しては褒めてあげましょう』

「俺にできることは洗剤やら水やら出してリティカを清潔に保つことくらいでしたね」

『縄から滲み出てくる洗剤とか逆に汚れてそうですけどね。もう少し率先して協力してあげれば良いのに』

「何と言うか、手伝いたいという気分になれなくてですね」

『普段全力で生きている貴方らしからぬ発言ですね』

「俺の問題ではなく、リティカが原因ですね。リティカは高難易度ダンジョンの攻略を楽しんでいる感じでして。どうも俺の強引な手法で突破するのが躊躇われまして」

『勇者も異世界転生者ですからね。ハードルの高さを喜びに感じたのでしょうか』

「両手が満足に使えない分は俺がきっちりとレモン汁でサポートしましたけどね」

『両腕の不自由の対価がレモン汁というのも等価交換の原則を無視していますよね』

「でも俺のレモン汁攻撃は宝石をも切断できる高圧カッターですよ」

『わりと等価交換でしたね。むしろやり過ぎなくらいでしたね』

「まあその攻撃を行うと漏れなくリティカもレモン汁まみれになりますね」

『でしょうね』

「目に入って泣いてましたね」

『でしょうね』

「結局どんな攻撃でも傷一つつかない縄としての特性を活かして、防具として使われるのが主でしたね」

『縄はどんな攻撃でも傷一つつかない物ではないのですがね』

「縄なんて切られるイメージしかないですからね。抜かりはありませんよ」

『その抜かりのなさのせいで勇者が苦戦しているわけですがね』

「三日くらい俺を切断しようと頑張っていましたからね」

『中身が元々女性で日常を常に監視してくる縄なんてそりゃあ切断したいでしょうからね』

「くすぐったくてつい力んで両腕の骨にヒビを入れちゃいましたね」

『つくづくろくな縄じゃないですね』

「でもまあどうにかこうにかリティカは出口に到着。ダンジョンから脱出することに成功します」

『レモン汁を飛ばしているくらいしか貴方の活躍がありませんでしたね』

「でもそのレモン汁で倒した魔物の数はリティカの倒した数を超えていますよ」

『田中もまさか自分の造ったダンジョンをレモン汁で攻略されるとは思わなかったでしょうね』

「いえ、敵の中にはレモン汁耐性のある魔物もいましたよ」

『貴方対策をしっかりと考えていたようですね』

「強かったですね、レモン男爵」

『レモン汁耐性高そう』

「洗剤による高圧カッターでなんとか倒せましたね」

『液体全般の対策が必要ですね。それはそうと、展開的には再び創造主に挑む感じでしょうか』

「俺もそう思ったんですがね。どういうわけかリティカは再びダンジョンに入ってしまったのです」

『おや、それは予想外』

「どうも探求心に火がついたらしく、最下層を目指すことになったのです」

『わりとトレジャーハッピーな人のようですね』

「最下層付近の難易度は本当に辛かったですよ。魔物の強さも桁違いで」

『貴方対策をしていた程です。田中も本気で用意したのでしょう』

「強かったですね、レモン公爵」

『敵のレパートリーに適当さを感じざるを得ない』

「洗剤による高圧カッターでなんとか倒せましたね」

『レモン男爵と同じじゃないですか』

「いえ、レモン男爵を倒した時の洗剤は台所洗剤でしたが、レモン公爵を倒した時の洗剤はお風呂のカビまで落とす強力な奴です」

『高圧カッターとして使う以上、差を感じられない』

「なおリティカの両腕が見事にかぶれてしまいましたね」

『でしょうね』

「仕方ないので治癒効果のある馬油を全身に浴びせて治癒させましたが」

『治療行為ですら精神的ダメージが大きいですね』

「全身を様々な液体にまみれながらも、リティカはついに最下層へと到着します」

『被害の大半が貴方からもたらされているようですね』

「最下層には一本の剣と田中さんからのメッセージの刻まれた石碑がありました」

『以前の内容と同じでしょうかね』

「いえ、今回のは少々違いましたね。どうも田中さんもこの世界の創造主のやり方にはあまり賛同的ではなかったらしく、かといってわざわざ正そうとは思わなかったそうです。そこで将来、創造主のやり方に反旗を翻そうとする人の為にこのダンジョンを用意したとのことです。創造主でも突破の難しいダンジョンを用意し、異世界転生者を鍛えるために」

『田中もなかなか味な真似をしますね』

「さらにはボタン一つで魔王が即死する機能を持った剣も」

『さては捻りが苦手なタイプですね』

「リティカはボタンを躊躇わずに押します」

『相当恨まれてましたね』

「すると丁度創造主の元に呼ばれていた新たな魔王、レフトジョンが即死しました」

 ※余談ですがジョン・スミスとは日本で言う太郎的なありふれた名前です。

『久々の登場で扱いが酷いですね』

「リティカはボタンを連打しましたが、俺は既に魔王属性はあってもこの世界にとっての魔王ではなくなっているので効果はありませんでした」

『概念系ならこの辺で消えているでしょうに』

「最近ふとしたことで消滅することが多かったので、ちょっと気まぐれでその辺を強化するオプションを増やしておきました」

『無駄に運は良いですよね』

「舌打ちするリティカにレモン汁を浴びせつつ、俺達は結託して創造主を倒しに行くことにしました」

『結託できるほど仲が良いようには見えませんね』

「田中さんのダンジョンを攻略したリティカにとって、創造主はもはや敵ではありません。両腕のハンデをものともせずに創造主を打倒します」

『創造主にもなると異世界転生者相手には早々負けないはずなのですがね』

「リティカはレモン汁だらけになった創造主に、現在のシステムを改めるように約束させます」

『決まり手がレモン汁だった疑惑』

「創造主は強い信念を感じ、その要求を受け入れレモン汁だらけのリティカと手を交わします」

『いっそ汗にした方が清々しい気がしますね』

「でも他人の汗まみれはちょっと嫌じゃありませんかね」

『確かに失言でしたね』

「ちなみに完全に撤廃と言う形ではなく、必要に応じては状況を説明し事前承認を確認した上で勇者や魔王を召喚するといった形になりましたね」

『結局はやるんですね。ですが巻き込まれた挙句に殺し合いを強要されるよりかは大分マシですかね。それでも世界の都合には変わりないでしょうが』

「ちなみに俺は珍しく消滅する気配もなかったのですが、リティカと創造主が結託して世界から排除されました。世界に置いておくには危険過ぎるとの判断です」

『珍しく妥当な結果ですね』

「レモン汁ではなくみかん汁にしておけばワンチャンありましたかね」

『ないですね』

「ちなみにお土産として田中さんの剣を持たされました」

『見事な危険物処理ですね。私のところに押し付けられたと考えるとちょっと腹が立ちますね。ポチリ』

「リスポン。迷わず押しますね」

『そういう貴方もそれを予期して花火風に散る演出を用意していましたね』

「至近距離なので爆発することはできませんが、なんかそれっぽくなるようにはしておきました」

『わりと綺麗な花火でしたね、ではもう一度大砲に詰めてから押すとしましょう』


 ◇


 あの人はいつも私より歩む速度が早かった。隣に並んで歩いてくれることなんて本当に稀。

 一度理由を尋ねたことがある。その時あの人は言った。

 振り返ればいつも君が歩いて来てくれる。その光景が嬉しくて、つい、と。傍にいることよりも、君を見ていたいのだと。

 そんなあの人は住む世界が変わっても変わらない。いつも足早に進み、そして次の場所へと旅立っている。私の方が先に死んだ筈なのに、あの人は既に私の先へ先へと人生を繰り返していた。

 あの人が生きた痕跡を見つけた時、私はとても嬉しく思った。まさか本当に追いかけてきているなんて、と。

 最初の一瞬こそ、偶然だと否定しようとしていた。でもあの人はとても分かりやすい足跡を残してくれていた。見間違うことのない、あの人だと確信できる生き方を。

 世界の因果は私達に味方をしてくれている。だって異なる世界ですら、すれ違うことができるのだから。

 ただちょっと問題があるとすれば、あの人の進む速度がちょっと早すぎるということだ。

 私が新しい世界に到着した時には、あの人はもう次の世界へと旅立っているのだ。本当にせっかちな人。

 だけど急いで追いかけない私も私なのでそれを悪く言うつもりはない。

 だって私もまた、私の前を歩くあの人の背中を見るのが好きなのだから。

 あの人が生きた世界をしっかりと見て、聞いて、味わいたい。あの人が成したことを私も経験したい。あの人の人生を余すところなく知りたいのだ。

 あの人は異世界だからととても滅茶苦茶に行動している。それでもあの人のらしさは残っている。それがたまらなく愛しくて仕方がない。

 あの人のことだ。私が例え昔の姿でなくとも、性別すら違った姿でも見つけてしまえさえすれば見間違うことはないのだろう。

 だって、それほどまでにもあの人の私を求める気持ちが、あの人の足跡に残っているのだから。

 きっとそのうちあの人はその場に留まり、振り返り、私が追いつくのを待ち始めるだろう。再開を喜ぶのはその時までの楽しみとしておこう。

 欲を言えばその時くらいは女として、あの人の前にありたい。流石に今回みたいに男の体で、良く分からない縄と一緒と言うのはご遠慮願いたい。

 そう言えばあの縄の人、どうもあの人のことを知っている様子だった。勘付かれる前に別れようと色々酷いことをしたのだけど、驚くほどに彼は動じなかった。きっと余程の死線を潜り抜けてきたのだろう。でも縄て。

 察しがかなり悪い人で私とあの人の関係には気づかなかったけど、私が転生を続ける理由を『いつか逢いたい人がいる』と語った時、彼は『羨ましい』と言った。

 今まで『無理だ』とか、『応援しているよ』とか様々なことを言われたことはあったけど、あそこまで純粋に羨ましがられたのは初めてだった。

 彼は私達の再会を、私の意志を、疑う余地なく信じたのだろう。それほどまでに彼の心は真っすぐだったのだ。

 彼はいつも恋をしていると言っていた。私もまた、少しだけ羨ましいと思った。

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