第四十五話:『転生勇者の翻訳スキル』 

「オセロをしましょう」

『別に構いませんが、女神空間なら普通に地球のゲームとかを持ってこれますよ』

「たまにはシンプルな遊びも取り入れ、緩急をつけようかなと」

『ドット絵のゲームをして初めて3Dのありがたみが分かるような感じでしょうか』

「そこまで考えているわけではないですが、その辺で行きましょう。では先攻は女神様から」

『そういえばオセロは後攻が有利だと聞きましたね。まあ問題ありませんが』

「――こちらの勝ちですね」

『では先攻後攻入れ替えてやりましょうか』

「――こちらの勝ちですね」

『ではもう一度』

「――こちらが優勢ですね」

『ではここで黄色を投入』

「おっと異次元オセロが始まった。でもオセロで新色を出しても直ぐに取られるのでは」

『では二回行動』

「これは地味に辛い。でもまだ何とか」

『隣接駒の寝返り』

「ただ意味もなく裏返しているだけにしか見えない。まあ勝ちましたけど」

『何事においても白黒はっきりつければ良いと言うものではありませんね』

「白黒しかない世界なんですからその辺ははっきりさせてあげれば良いのでは」

『現実はそう簡単なものではありません。しかしそうまで言うのならリアルオセロといきましょう』

「一応ルール確認を」

『互いの召喚した白と黒の兵士を競わせ、最後に生き残った方の勝利です』

「それただの戦争では。あと召喚魔法は使えないですね」

『そういえば召喚魔法関連に転生したことはあっても召喚魔法を使ったシーンは聞きませんね』

「おおよそ自前で何とかなりますからね」

『ではこちらの特殊なアイテムを、貴方の寿命を十年削って一体の召喚獣を召喚できます』

「結構コストが重いですね。でも試しに召喚。おお、黒い騎士だ。しかもこの強さ、紅鮭師匠以上じゃないですか」

『では私の手番ですね。まずは私の力で黒の騎士を消し飛ばし、白の騎士を召喚。白の騎士で貴方にダイレクトアタックを行います。私の勝利です』

「リスポン。流石に女神様の自力を出すのはずるくないですかね」

『これが現実です。対等な勝負なんて早々できるものではありません。何かしら差があるのが常なのです』

「戦う前から勝敗は決まっているとはよく言いますよね。とりあえずこれで三勝一敗と」

『私が言うのもなんですが、今のを一勝とカウントできるのはなかなかにどうかしていますね』

「異世界転生した時の暇つぶしに一人オセロをして極めていましたからね。それくらいは許容すべきかなと」

『一人オセロで強くなるのでしょうか』

「無生物の時は基本冒険より、オセロしている時間の方が長いですよ」

『基本その場から動きませんからね。ですがオセロをするというわけでもないのですがね』

「意外と暇つぶしを考えないと退屈で心が死にかねませんし」

『普通の人間の精神構造で数百年単位での孤立ですからね。耐えている時点でもはや普通の人間ではないと思いますが』

「最近は自然と一体になるとか、そういった仙人スキルも身についていますね」

『自然と一体になるというか、自然そのものになっていましたからね。どちらかと言えば職業病に近いかと。そろそろ異世界転生の時間ですね』

「それなりに忙しい転生先が好ましいところ。がさごそがさごそ、いてっ、がさごそがさごそ。あうらさんより『転生勇者の翻訳スキル』」

『常時出番がありそうですね。そして何かダメージを受けたようですが』

「なんか中にいるんですよね。いつからかは覚えていませんけど」

『いつからか中にいる謎の存在を、今まで気にも留めずに引いていたのですか』

「多分お題を届けてくれる妖精さんかなと思いまして。ちょっと噛まれましたが」

『その目安箱については触れないようにしていたのですが、放置していい案件なのか悩み始めましたね』

「それにしても翻訳スキルかぁ。俺も良くお世話になってますね」

『リアリティが落ちる反面、面倒な展開が省けるというのは大きなメリットですよね』

「ボディランゲージでもいけなくはないのですが、無生物だとなかなか表現の幅が狭いんですよね」

『場合によっては一切可変しない体の時もありますからね』

「ま、ここは転生先輩として頼れる翻訳スキルになってきますよ」

『粉微塵にも期待していませんが、頑張ってきてください』


 ◇


『それにしてもこの目安箱も随分と増えましたね。転生間隔よりも早くお題が増えるというのは目安箱としては悩ましいと思うのですが』

「ただいま戻りました。おや、目安箱を振ってどうかしましたか」

『抜き打ちで振れば中の妖精とやらが反応するかなと思いまして』

「本気にしていたんですか」

『たった今本気で嘘つきを消し飛ばしました』

「リスポン、予備動作なく吹き飛ぶのはなかなか新鮮ですね。別に嘘を付いていたとかそう言う話ではなく、勝手にお題が増えるからいるんじゃないかなってメルヘンチックに考えていただけなんですけどね」

『抽選の時に手を噛まれたと言っていたじゃないですか』

「それは噛まれましたよ」

『信じることができませんね』

「では試しに腕を入れて乱雑にかき回してみてください。雑にやると結構噛まれます」

『それが嘘だったら後が酷いですよ――うわ、噛まれた』

「でしょ。それが何かは知りません。それよりも大丈夫ですか」

『バリアを張っていたので多分噛んだ方がダメージを受けていると思います』

「それはそれで痛々しい。でも開けても中には何もいなかったんですよね。まあそんなわけです」

『とりあえずこの目安箱の謎は今度解き明かすとして報告を聞きましょうか。転生勇者の翻訳スキルでしたか』

「はい。ただ転生してからある致命的なミスに気が付きまして」

『聞きましょうか』

「転生したての勇者、ルガオと言いまして。そのルガオ、転生したてではスキルポイントを振ることができませんでした」

『つまり』

「ルガオがある程度まで育つまで翻訳スキルを取得することができませんでした」

『転移勇者ならすぐに出番があったかもしれませんが、転生してからある程度育てば言語取得は済んでしまいますね』

「はい。そんなわけで俺はステータス項目で一人寂しく十数年を過ごしていました」

『十数年で済んだということは何かしらの出番はあったようですね』

「ええ。ルガオは勇者として冒険を始めたところ、亜人の村へと到着します。顔もばっちり獣な感じの方々です」

『俗に言う獣人ですか。なるほど、地方に住む亜人ならば扱う言語が違う。翻訳スキルの出番というわけですね』

「いえ、言語は一緒でした。ですが地方訛りが凄くて」

『訛りが酷いからと翻訳スキルを使う例はあまり聞きませんね』

「ちなみに『おはよう』は『んごはお』でした」

『なるほど翻訳スキル使用不可避ですね』

「『こんにちは』が『ばうろとう』、『おやすみなさい』が『どふぁとむはん』、『田中さん』が『田中さん』ですね」

『最近田中の出番が多いですね』

 ※田中さんは田中さん。

「まあ田中さんは俺が転生する数世紀前に天寿を全うして、次の転生先に行っていたので会えませんでしたけど」

『普通天寿をまっとうすれば次の異世界転生にいくことはないのですがね』

「やはり心の芯にある願いが果たされない限りはって感じでしょうか」

『運命の相手を見つけることですか。選り好みが激しいだけではないでしょうか』

「以前試しに女神様の写真を見せた時も嘲笑しながらのダメ認定だったので相当拘りはあるようです」

『面白い人ですね、今度会ったら田中の文字をゲシュタルト崩壊する空間にでも放り込んであげましょう』

「まあまあ。俺も最初は怒りましたが、田中さんの話を聞いたら意外と納得してしまったんですよ」

『貴方がそこまで納得するのであれば興味も湧きますが、そのことについてはまた後日にでも聞くとしましょうか』

「そうですね。ルガオはその亜人の村へ伝説の勇者が残した伝説の剣のありかを訪ねに来たのです」

『わりとありがちな設定とも言えますが訛りが酷いというオマケはレアケースでしょうかね』

「ルガオはどうにかコンタクトが取れないものかとステータス画面をチェックし、俺を見つけたわけです」

『迷わず取るでしょうね』

「しかし必要なスキルポイントを見て愕然とします。何せ勇者の最強の攻撃魔法の十倍は掛かりますからね」

『翻訳スキル如きに何をそんなに』

「どうも俺がオプションをつけすぎたせいで色々と付加価値が付いたようで」

『異世界転生を繰り返し、様々なオプションを持った存在を獲得するという意味では確かにその世界の最強魔法より価値はあるかもしれませんね』

「しかしこのルガオ、転生前は英語と国語が非常に苦手で一から勉強するのは相当骨が折れます。この世界の標準語の取得だけで脳のメモリーが限界でしたしね」

『英語が得意な転生者なら、新たな言語を学ぶ方法もそれなりに捗るでしょうからね』

「諦めようとした時、俺はステータス画面からルガオに話しかけます『世界を救おうとする勇者がこの程度で挫折しようとは笑わせる』と」

『ぼったくり価格のスキルから煽られる経験は他の転生者でもなかなか経験したことがないでしょうね』

「俺はルガオに俺を取得することの大切さを説明します。そしてルガオはやる気になりました」

『その辺ざっくりされてしまうと、その勇者のちょろさが計りかねないので詳細をお願いします』

「亜人の村で祀られていたのは伝説の勇者、田中さんの像でした」

『田中もろくなことしてませんね。いや、伝説の勇者ということは比較的マシなのでしょうか』

「田中さんも歴戦の異世界転生者ですからね。普通に行動していれば勇者になる可能性は6割以上ありますよ」

『意外と高いのか、低いのか、判断に悩みますね』

「ちなみに勇者として転生せずに勇者になる確率ですね」

『高く感じましたね』

「まあ俺も魔王のキル数的に、勇者にならずとも勇者的な行いをしていると言えばしていますからね」

『貴方の場合勇者のキル数も相当なのでどちらかと言えば魔王よりなのですが』

 ※数えようと思ったけど面倒なので誰かお願いします。

「話は戻り、田中さんの使っていた伝説の武器が弱い筈がありません。それを入手すればきっとルガオは強くなれるだろうと保証してあげました」

『貴方と違って、普通な感じはしますしね』

「そう言ったわけでルガオは俺を手に入れるために、スキルポイントを稼ぐ修行に明け暮れます」

『異世界転生してコツコツとレベリングするというのも悲しい話ですね』

「とは言え、俺も鬼じゃありません。折角なのでステータス画面越しに色々なアドバイスをして、ルガオに効率的にスキルポイントを稼ぐ手段を身につけさせましたよ」

『育成モードの貴方は基本まともな存在を生み出しませんからね』

「厳しい修行の末、ルガオは素手でドラゴンを倒せるまでに成長します」

『勇者が鬼になってますね。普通に通訳を雇って言語学習をさせた方が良いのではないでしょうか』

「その危険性は最初に予想していましたからね。俺のチートオプション『世界に干渉し他言語の取得難易度を上昇させる』と『世界に干渉し他言語相手との意思疎通の難易度を上昇させる』できっちり予防線は張ってあります」

『かつてバベルの塔規模で世界に悪影響を及ぼした翻訳スキルを見たことがあるでしょうか』

「おかげでスキルポイントが増えちゃったんですよね」

『チートスキル二つ分も追加した上に、そのスキルで言語関連の必要スキルポイント難易度を上昇させればそうもなるでしょうね』

「しかしこれで晴れてルガオは俺を取得、ついに亜人の村の人々と会話ができるようになったのです」

『無駄に感動が大きかったでしょうね』

「ルガオは何度も『んごはお』と言っていましたね」

『言葉を覚えたての子供でしょうか。近いと言えば近そうですが』

「そしてルガオはついに、田中さんの残した伝説の剣のある洞窟の場所を聞き出し、その場所へと向かったのです」

『これで不発だったらと思うと、悲しみで貴方を消去していたかもしれませんね』

「洞窟に住む魔物や罠は世界でも類を見ない超高難易度のダンジョンでしたが、俺を取得できるまでにスキルポイントを溜めたルガオの敵ではありません」

『スキルポイントの無駄使い感は半端ないですがね』

「レベルが高ければ基礎ステータスも高いですからね」

『昔にやった武具やスキルを取得しないまま、レベリングだけでRPGゲームをクリアした経験を思い出しましたね』

「最終階層にいたベニシャケドラゴンを容易く屠り、ルガオは剣の場所へと辿り着きます」

『早すぎる紅鮭。聞き逃すところでしたね』

 ※戦闘力では主人公>田中さん=主人公が鍛え過ぎたキャラ>紅鮭師匠>一般勇者魔王くらいです。

「ルガオは念願の剣を手に入れます。その性能は俺がちょっと引くくらいに高性能でしたね」

『貴方が引くレベルとは一体』

「押したら魔王が死ぬボタンが付いていました」

『都合が良すぎて確かに引きますね。田中がわざわざ超高難易度ダンジョンに封印した理由がわかりましたね』

「気を良くしたルガオでしたが、そこには剣だけではなく田中さんの残した碑文も残されていました」

『まあ伝説の勇者ともなれば後世に残したい言葉くらいはあるでしょうね。ですがそう言ったものを知り合いに見られるというのはなかなかに恥ずかしそうですね』

「良い言葉だったので写メってあります。後で本文をお見せしますよ」

『貴方も鬼ですね』

「大雑把に言うと力を手に入れた者への田中さんなりの忠告ですね。力を手に入れて満足するなー的な」

『魔王を即死させるボタン付きの剣を手に入れさせておいて、忠告もなにもあったものではないでしょうに』

「ですがルガオはその碑文を読んだ後、剣を置いていく決断をします」

『おや、折角楽に世界を救う手段を手に入れたのに』

「ルガオは異世界転生人生を楽しんでいました。世界を救うという最大のイベントをあっけなく済ませるのが嫌になったようで」

『ボタン一つですからね』

「その後ルガオは仲間を集め、実力を隠しながら冒険し、最終的には魔王を倒しました」

『わざわざ手間を増やしたというわけですか。社会的に見れば即死させた方が良いでしょうに』

「いえ、ルガオは魔王を倒した後、魔王と和解しました。人間界と魔界、共によりよい世界を創る選択肢をとったのです。これはあの剣を使っていれば手に入らない結末でしたからね」

『なるほど。自分で更に良い結果を求めたということですか』

「ちなみにその際に言語の壁がネックだったので、ルガオは俺を手に入れた際に同時に取得したチートスキル『世界に干渉し他言語の取得難易度を上昇させる』と『世界に干渉し他言語相手との意思疎通の難易度を上昇させる』の効果を解除しました。俺はただの翻訳スキルにまで成り下がったわけですね」

『ただの翻訳スキルが成り上がり過ぎてた感はありましたけどね』

「結局ルガオは自分で言語を学習することを選び、俺を破棄することにしました。それで俺の人生は終わりです」

『異世界転生をしても苦労を求める者はいますからね。貴方の様に一足飛びで駆け抜けるタイプとは波長が合わなかったようですね』

「まあ礼は言われましたよ。『おかげでこの先、退屈せずに生きて行く心構えができた』とね」

『一度頂点に立った者ならではの余裕ですね』

「俺としてもルガオの取った選択は嫌いじゃありませんでしたからね。『俺が消えても第二第三のバランスブレイカーが現れるだろう』と捨て台詞を残して消えてやりましたよ」

『やはり魔王よりじゃないですか』

「ちなみにお土産は押し付けられた伝説の剣ですね」

『まあ、質は悪くありませんがボタンが装飾を台無しにしていますね。ポチリ』

「リスポン、なんかいきなり即死しましたね」

『やはり魔王よりじゃないですか』


 ◇


 この場所に辿り着き、この剣を手に取った者へこの碑文を残します。

 貴方はきっと強い。この場所に辿り着けたのだから、もう何者にも劣らぬ力を手にしていることでしょう。

 さらにこの剣を使えば敵はいなくなるでしょう。世界を統べることすら可能となるでしょう。

 その力の使い道に是非を問うつもりはありません。ですが、少しだけこの碑文にお付き合いください。

 私はこの世界の人間ではありません。別の世界から転生してきた存在です。

 異世界のノウハウを活かした私は伝説の勇者として称えられ、歴史に名を残すこととなりました。

 世界最強の力を手に入れ、名実ともに世界に認められる立場となったのです。

 ですが私はこの世界で願ったものを得ることはできませんでした。

 私の欲するもの、それは運命の人との出会いです。

 異世界転生を始める前、私には恋人がいました。

 私は彼女を本気で愛していました。

 しかし記すことすら躊躇いたくなるような陳腐な悲劇により、その間は引き裂かれてしまいました。

 彼女の後を追い、命を絶った私はある神と出会い、異世界転生をすることになりました。

 迷うことはありませんでした。元の世界にはもう彼女の魂は存在せず、いずこかの異世界へと転生していたからです。

 彼女と再会するため転生を繰り返し、繰り返し、今回もまたダメでした。

 この世界の全てを探しましたが彼女はいませんでした。流石は運命の人、簡単にはいきませんね。

 なので私はこの世界での人生を終わらせようと終活を始めました。

 異世界転生者としての役割を果たし、後世に現れる希望への道標を残し、最後はいつも通りに命を絶ちます。

 私の行動に狂気を感じる方は多いでしょう。ですが中には酔狂にも支持をしてくれる変わった方もいます。

 人は皆違います。ですが何かを願い、欲することは同じです。

 貴方はこの世界で最強の力を手に入れた。ですがそれで終わらないでください。

 こんな力で貴方の人生の価値を埋めないでください。

 貴方が真に欲するものを、見つけてください。


 田中より。

 】

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