第6話 まつ子、帰路につく

※前回までのあらすじ。まつ子、投げるの下手。


「やっぱりここにいたんだ」


 寝転がっているルージュが寝たまま顔を上に向けると、誰かが立っていました。


「はあ・・・なんだ、正夫ですのね」

「なんだ、なんて言われたくないな。それに俺の名前はアッシュ。神速のアッシュさ」


 すぐさまルージュの言葉を否定、急に登場した少年正夫・・・いえアッシュは、ルージュの住んでいる家の近くに住む同い年の少年です。

 付け加えるのは不要かもしれませんが、もちろん、アッシュもそんな少年です。

 アッシュとは所謂幼馴染でした。

ルージュは昔、お師匠様の所に修行に来た時に母子で挨拶に来て、アッシュが照れくさそうに立っていた幼少時代を思い出し、こいつにも初々しい時代があったな、と思い出します。


「顔は可もなく不可もなく・・・整っていないわけじゃないんだけど、平凡の域をでない。将来性C・・・そう、それを平凡と皆は言いますわ。それに」


ルージュはアッシュの頭からつま先まで、そしてもう一度お腹と首回りを見ます。アッシュのお腹周りは太めでした。


「神速、にしては"身の守り"が高いですわよね」


 そんなルージュの独り言にアッシュはため息をつきます。


「ルージュ。また俺の評価が声にでてる。それに俺の神速は重力に囚われないんだ」

「あら、自覚がありませんの?」

「俺だって、まだ成長期なんだぜ。そんな評価してると後で後悔することになるよ」


 ーーールージュた〜ん、あそぼうよ〜


 ああ、あの頃のアッシュのままで居てくれたらいいのに。昔を思い出して、ルージュは少し微笑みます。

 今ではイケメンでもないくせにかなり馴れ馴れしくルージュに話しかけていますが、この辺りに同年代は少なく、あまり友達がいないルージュにはそれが嫌いではありませんでした。


「まあアッシュのイケメン評価は一旦保留にしますが・・・」

「保留・・・まあ、そうしてよ。で、何をそんなに怒ってるの?」

「それは・・・それはですね」


 そう言うとルージュはすっくと立ち上がりました。


「私のお師匠様が~♪」

「あ、それ長い?・・・あ〜長そうだなぁ」


 ルージュは腰に手を当ててアッシュを睨みます。アッシュも慣れているので、お付き合いで聴きますが、あまり長い歌は苦手でした。

 ルージュは無視して続けます。


「私をとっても怒るの~♪(怒るの~)」


 ひとりで小さくコーラスを入れます。


「それはあの日あの夜あの馬車で~♪」


 ルージュがチラリとアッシュを見ると、アッシュは、近くの草をちぎって長さを比べる一人遊び『雑草たちのララバイ』していました。


「って、聞いていませんわね!!」


 ルージュは歌をやめて、ほっぺたを膨らませながら土手に座りました。そうそれはもうとても柔らかで瑞々しいほっぺたです。

 そう、それはもうとて「いや、2回いわなくていい」。


 アッシュはどこかに向かって話を遮り、ルージュの横に座りました。

 ルージュはそんなアッシュを見て、眉をひそめます。


「あなたが近いわアッシュ・・・」

「そ、そそそ、そう?俺はべ、別に気にしないけど?」

「そう・・・パーソナルゾーンってご存知?」


 アッシュはどうやらルージュに片思いらしいですが、ルージュはイケメン以外には近寄らせるつもりはありません。


「・・・わかったよ」


 アッシュは体ひとつ離れます。


「では」

「ルージュ、話すまでの前置き長いよ」

「淑女の嗜みですの」

「・・・ふーん、淑女ねぇ」


 そしてルージュは昨日の顛末をアッシュに話しました。


「・・・そこでその憎き商人に私が火柱の魔法をどどーんと!!私の隠れた能力に驚くお師匠様の顔!!」

「ほんほん」

「許しを請う商人に私は言いますの・・・『よろしくて?罪を憎んで人を憎まず』と」

「へーへー」

「・・・って、ちゃんと聞いてますの?!アッシュ!!」

「ルージュ、まだ魔法教えてもらってないって言ってたし。お師匠さんに助けてもらったんでしょ?そもそもルージュがリンゴに釣られて連れられたって?聞いた話と全然違うし」

「ププッなにそれ・・・リンゴに釣られて連れられって・・・韻を踏んでますの?それとなんだかとてもおバカさんな人みたい・・・って、それ私?!そして、な、何故それを?!」


 ルージュの笑いのツボは少し老けています。


「そんなに面白かったかな・・・まあ、ここに来る前に母さんから聞いてるんだ」


 アッシュはルージュの昨日の出来事をお師匠様からお母さん経由で聞いていたのでした。そしてルージュにウケたことが満更でもないあたり、少し残念です。


「なぁんだ。知ってたんですの」

「だからさ、いい加減にしてお師匠さんとこ帰りなよ。わかってるとは思うけど、ルージュの事を心配してるから、怒ったんだろう?」

「そりゃまあ・・・そうですけど」

「ルージュ、心配してくれる人がいるってとても大切なことなんだよ」


 アッシュは深呼吸します。


「も、もっと、す、素直になれよ」


 アッシュはもっともなことを言っていましたが、この会話からは少しずれている気がします。

 アッシュは昨日の夜にベッドの中で練習した、いつか言う事があるかもしれない為の『素直になれよ』が、ただ言いたいだけでした。


「素直に・・・これ以上素直に?」


 ルージュが信じられない、と被りを振ります。


「えっ・・・そこは、『そうですわねアッシュ、その・・・とても心に響きましたわ』じゃないの?!」

「それはイケメン用ですの」

「くっ、結局イケメンか」

「真理ですのよ」


 そんな感じでしたが、結局はルージュらアッシュと夕方まで話しました。

 ルージュは沢山いろんなことを話して、少し気分がよくなりました。

 そう、ハンバーグができる少し前くらいに家出をやめよう、というくらいには。


「そろそろお師匠様も心配しすぎて疲れしているかもしれませんわ。帰りましょう」

「無理してる?実はもっと早く帰るつもりだったんだよね?」

「・・・そんなの知りませんわ」


 そしてルージュの家出騒動はお師匠様には全く気付かれていませんでした。

 そしてまた次の日にナスのお使いを頼まれたのでした。

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