第十三話 復讐するは俺にあり 3

 男のゴツゴツしたデカイ手が乳房を荒々しく揉みしだく。ドレスの生地が薄いため手のひらの温かさを直に感じる。でも感じるのは温度と粗暴さだけだ。遊び人風の見た目から想像していたほど女の扱いは巧くない。いや、これはもう下手と言ってもいいレベルだろう。

 本庄海渡は代議士の息子らしく女の扱いには慣れていた。より正確に言うならば財力と遊んできた経験値、それに加えて女性に受けそうな端正なマスクの恩恵で、女を誘う能力に長けていた……と言った方が正解かもしれない。

 いくら中身が男の俺だって、触られる側に立ってみればすぐわかる。本庄は女を誘う卓越したスキルに恵まれた代わりに、ベッドの上で女を悦ばせる能力を持ち合わせていなかった。自分の欲望を満たすためにそれは必ずしも必要なことではなかったからだ。


 本庄の右手が俺の……のえるの性器に触れる。その指は相手が期待しているのか、性的に興奮しているのかどうか……そんなことはお構いなしに深部へと侵入を試みる。


「痛い痛い痛い!」


 経験したことがない痛みに俺は暴れて抵抗した。本当は叫ぶほどの痛みではないが、無遠慮に指を突っ込まれる恐怖と嫌悪感に脳が過剰に反応する。俺のそんな様子にも一向に気づかず、本庄は胸と性器をそれぞれの手でまさぐり続けた。


「時間だよ。兄さん」


 痴漢野郎が自分の時計を見ながら苦痛の終わりを告げた。


「コイツはなかなか手強いだろう?」


「五分は短すぎるんじゃねぇか?」


 本庄はまるで詐欺に遭った被害者のような顔で痴漢野郎に言う。


「次は俺の番だけど、俺がイカせちまったら兄さんの負けだ。負けたら兄さん……アンタいったいなにしてくれる?」


 痴漢野郎がウオッカを満たしたショットグラスを持ち上げて笑う。

 本庄は一瞬だけ思案すると、尻ポケットから長財布を出してテーブルに投げた。


「現金で三十万ほど入ってる。俺が負けたら財布ごとくれてやるよ」


 痴漢野郎はそれを見て笑うと、ショットグラスを煽った。金に興味があるように演じているのか。空になったグラスをテーブルに置くと俺を自分のデッキチェアに手招きした。

 俺はまだ胸を掴んだままだった本庄の手を払い除けると、ずり上がったドレスの裾を直しながら立ち上がって痴漢野郎の横に腰掛けた。


「スタートだ」


 本庄が時計のボタンを押した。腕に巻かれたクロノグラフの大針が微細なテンポで動き出す。

 痴漢野郎の手が俺の腰を少し強引に引き寄せ、そのまま移動して乳房を捉える。そして荒々しく揉みしだき始めた。とりあえず本庄の真似をするつもりらしい。こちらの目的は勝つことではなく、接戦状態をできるだけ長く持続して本庄に大量のアルコールを飲ませることだ。

 しかし、痴漢野郎は過去に何度も快感を与えられた相手だ。その手の温もりを乳房に感じているうちに、腰の奥深くから快感が湧き上がってきそうになる。

 俺の背中がビクリと反応するたびに彼の手の動きを止めてしまう。これでは手加減されているのがバレてしまうかもしれない。俺は本庄から見えない位置で自分の太ももをつねって襲いくる快感に耐えていた。


「五分経ったぜ。なんだよアンタ。自分の奴隷なんて言うわりに、この娘……全然感じてねぇじゃねーか」


 本庄がそう言ってクロノグラフを停止する。二杯目のウオッカを煽ってから自分のデッキチェアを叩いて俺を呼んだ。

 再び立ち上がってドレスの裾を直すと、俺は本庄の横に座る。尻が椅子に触れる寸前に腰に腕を回して引き倒された。不意を突かれてさっきと同じく脚を大きく開いてしまう。この野郎。調子に乗りやがって! 怒りで奴のみぞおちに肘打ちをお見舞いしてやりたくなる。

 本庄の手は再び胸と性器に殺到して、児戯に等しい愛撫を再開する。こんな低レベルな戦いを続けている限り、俺がイカされる心配はなさそうだ。嫌悪感とわずかな痛みがただひたすら与えられ続けているが、我慢できないほどではない。


「五分経っちまったぜ、兄さん。どうだい? なかなか手強いだろう」


 痴漢野郎が煽っても本庄はもう何も言い返さない。

 クラブミュージックが大音響で流れるプールサイドで、俺の身体をターゲットにした戦いが続けられる。さらに四ターンほど経過した辺りで本庄が突然叫び出した。


「なんだこの女! 不感症じゃねぇのか?」


 激昂した奴が俺の首に腕を回して拘束する。いつでも殺せるぞというポーズだ。背中に感じる体温が熱い。息には濃密なアルコール臭を感じる。太い腕で首を固定されている俺は、身動きができないばかりか頭がぼおっとしてきた。苦しい。


「待ちなよ兄さん。仕方ないな、特別にコイツが感じるトコを見せてやるから、ちょっと離してくれないか」


 痴漢野郎がのんびりした声で答える。

 それでも本庄の腕は俺の首から離れない。酸欠になって目の前が暗くなってきたころになってやっと腕が解かれた。窒息状態にあった脳に新鮮な酸素が急に送られたために、一瞬だけ目がくらむ。絞められていたのは一分くらいのはずだが、とても長い時間に感じられた。まだ荒い息を整えられない。

 視界の端にダークスーツの裾と黒い革靴が見えた。痴漢野郎の力強い手が俺の手首を掴んで引き上げる。そのまま腰を抱き寄せられて彼のデッキチェアに腰掛けた。

 後ろから両腕で抱きしめられる。

 俺をイカせるつもりなのか? そうなったら痴漢野郎は本庄の財布を手に入れて、俺の復讐は失敗に終わる。

 そんなことを考えていたら、痴漢野郎が俺の耳元で囁いた。


「ボウヤはお前が不感症だと疑っている。このまま奴が降りちまったら作戦は失敗だ。だから信用させるためにお前が感じるところを見せてやれ」


 それってつまり、痴漢野郎に感じさせられた後に、本庄に触られて耐えろ……ってことだよなあ。かなり無茶なことを言ってないか? それとも俺に演技しろってことなのか?

 考えるまもなく痴漢野郎の手が乳房を掴む。彼が再び耳元に顔を寄せてきた。


「どうだ? あのボウヤにチチを揉まれて感じたのか?」


 なんだって? 痴漢野郎の態度が急に変わった。口調も変わる。一体どうしてしまったんだ?


「感じっ……!」


 否定しようとした唇がデカい手で塞がれた。


「しゃべるな! お前はボウヤにいくら触られても感じなかったんだろう? 俺にはわかってるんだ。アイツは童貞と同じだよ。女の扱いがまるでわかってねぇ。俺は見ててイライラしてたんだ。だから、今夜はお前のカラダであのボウヤに女の扱い方を教えてやるのさ。まずはどうすれば女が感じるのかジックリと見せてやろうぜ」


 痴漢野郎が耳元で囁く。その言葉を聞きながら俺の身体が徐々に支配されていくのを感じた。下腹の奥底からしびれるような感覚が湧き上がり、それが強い電流となって背骨を駆け上がる。その度に腰が勝手にビクビクと大き跳ね上がって、自分で自分の身体が制御できなくなってしまう。

 他人に強制的に快感を与えられ、誰の目にも明らかなくらいそれに反応してしまう。その羞恥に肌は紅潮し、さらなる快感を伴って俺を突き上げる。

 今までに何度も味わった快感を思い出して、この後に俺を襲うだろう強烈なオーガズムを身体が勝手に期待する。性器から溢れ出した何かが裸の尻を伝わって流れ落ちる冷たさに、自分の身体が彼に屈服させられたことを知って愕然とした。

 俺の目は快感に硬く閉じられていて、二人の顔を見ることもできない。だが、男達の視線が自分の痴態に釘付けになっていることを心の片隅で確信する。


「んんぅ!」


 大きな手で抑えられていた口からくぐもった声が漏れてしまう。


「どうだ、兄さん。コイツは本気で感じちまってるぜ。女の扱いに慣れてるアンタだったら、これが演技じゃないのがわかるだろう?」


 痴漢野郎の声が聞こえる。本庄は黙ったままだ。表情は見えないが、悔しそうな顔をしてるのだろうか。

 口を抑えていた大きな手がふいに外された。


「あはぁぁうぅっ!」


 声は手のひらで抑えられていたため、油断していた唇から嬌声が溢れ出てしまう。はしたない自分の喘ぎ声にさらに性感を刺激され、俺は慌てて両手で口を塞いだ。

 このままではまたイカされてしまう。あの、強烈な快感の奔流に飲みこまれてしまえば作戦は失敗だ。どんなことがあっても耐えなくてはならない。

 でも、もう……我慢できそうにない。耐えなくてはならないという気持ちと、今すぐにでもイってしまいたい気持ちとがせめぎ合う。我慢しなくては。我慢しなくては。我慢……。

 でも、本当に我慢する価値があるのだろうか。

 俺の女である身体が、女の脳が、拒絶しきれない快感に身を委ねる幸福と引き換えに、今、必死にしがみついている理性を手放すことを強要する。

 だんだん何を我慢しているのかさえ、自分でもわからなくなってきた。耐えるという言葉が頭の中で意味を失っていく。

 ああ、もうダメだ。

 何がダメなのか。ダメならどうなるのか。そんなことさえ考えることができなくなって、『ダメ』という気持ちに思考が支配される。


「だめ。だめっ! だめ。だめぇっ!」


 意味のない思考が口をついて溢れ出る。

 もう、ホントにイってしまう。イきたい。イってしまいたい。そう思ったとき。


「誰のためだ?」


 耳元で男の声が聞こえた。誰のため? 言葉の意味が理解できない。


「誰のための復讐だ?」


 再び痴漢野郎の声が耳元でささやかれる。誰のため? 復讐?

 そんなものは決まっている。この身体の本来の持ち主。俺の最愛の彼女。立花のえるの復讐だ。


「五分だ!」


 本庄の声が鋭く突き刺さる。俺はなんとか痴漢野郎のターンを耐え抜いた。腰から駆け上がる快感で身体がビクビクと反応し、視線がどこを向いているのか自分でもわからない。荒い呼吸は治まらず、震えてしゃべることもままならない。


「じゃぁ、次は俺の番だ」


 そう言うと本庄は立ち上がることもできないでいる俺を抱き上げて、自分のデッキチェアに寝かせた。奴が俺に近づく寸前、痴漢野郎が耳元でまた囁いた。


「ボウヤの愛撫で感じていいぜ」


 そんなっ! 何のためにここまで快感に耐えてきたと思ってるんだ。耐えるんだ。感じちゃダメなんだ。復讐するんだ。そうやって自分を鼓舞しないと、オーガズムへの期待に流されてしまいそうになる。

 デッキチェアに仰向けに寝そべった俺の上に、本庄がのし掛かってきた。奴の目の色がさっきまでとまるで違う。痴漢野郎に感じさせられている俺を見て興奮したのだろうか。

 そのままドレスの裾を掴むと、乳首が全部露出するところまで一気に捲り上げた。奴の手が直に乳房を揉みしだく。両手がゆっくりと移動して白い肌の感触を確かめていく。

 痴漢野郎に極限まで高められてしまった性感は、本庄の拙い愛撫にも反応を許してしまう。

 一分。二分。時間の流れがとても遅い。


「あぁぁ……あはぁぁぁぅ……あぁぁっ!」


 三分。これ以上感じないようにするのに精一杯で、漏れ出る喘ぎ声を自分の意志で抑えることができない。

 四分。なんとか耐えることができそうだ。そう思った瞬間。


「ちくしょうっ!」


 本庄の怒声が聞こえた。


「もう少しなんだが惜しいなあ、兄さん。どうするよ、続けてやってみるかい? このまま延長するならウオッカ一杯で三分だ。何分延長してもいいがチャンスは一度きり。酒は最初にまとめて飲んでもらう。どうだい。試してみるかい?」


 痴漢野郎の声がプールに響く。


「いいだろう。残りの酒、全部よこせ!」


 本庄がテーブルにあった幾つものショットグラスを並べると、痴漢野郎がウオッカを注いでいく。ボトルはすぐに空になった。


「四杯半しかないな。まぁ、十五分延長でいいか。足りない分はサービスだ」


 痴漢野郎の言葉を聞くや否や、本庄が端から煽って空にしていく。ものすごいスピードだ。ウオッカは次々と本庄の胃の中に消えて行き、空のグラスが次々とプールサイドの床に転がった。

 どれだけ酒に強いんだ? 化け物か、コイツは。俺は途切れそうな意識に活を入れてそれを眺めていた。

 本庄はデッキチェアに寝そべった俺に再びまたがると、パンツからベルトを抜いて椅子の背もたれの隙間に通した。それを使って俺の両手首を頭上で縛って拘束してしまう。手脚を動かして暴れてもビクともしない。ほとんど全裸で縛られているシチュエーションに俺の羞恥心が再び燃え上がる。


「今度こそ、お前を好きなように嬲ってやる」


 そう言うと本庄の両手が俺の肌を這いずり回り始めた。

 このままでは奴にイかされてしまう。でも……激しい攻めに身体が屈服しようとした瞬間、世界はホワイトアウトした。

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