魔法使いは煮込まれ王子を見る

 翌週の、よく晴れた日の午後。

 魔法使い達が設置した会場に、大鍋が運び込まれた。年代物の釜は寸胴で、人が一人入っても十分な高さがある。円柱状のその大鍋の中にはお湯がたっぷり入っていた。


「そんなにブラックだったかな」


 と首をかしげながら湯船につかるディエルは、上半身裸でズボンだけを身につけている。頭にタオルを乗せたままぶつぶつと文句を言っていた。


「なにを言ってるんですか、メティさんを宙づりにしたり、ほっぺたをぐにゅっとしたり、敵さんをボコボコにしてたじゃありませんか!」

「早朝に叩き起こしたやつも入れて欲しいっす」

「最後のは別に良いだろう」

「聞いてねぇし」

「過剰防衛です! お面の厚さもほら! びっくりの4センチタイプです!!」


 メジャーを高々と掲げると、住民が最高記録だとブーイングし出した。これにはディエルもタジタジである。

 ぷりぷりと怒ったエイリーが、入浴剤の入った箱をひっくり返した。手慣れたように黄色くなる湯を混ぜながら「そうだけどさー」とディエルはぐるぐる回る。


「殿下、熱くなったら言ってくださいね」


 と言うのは下で薪を放り込んでいる法相だ。今日はラフな格好で参加している。


「お兄様、お面つけてください」

「わかった」


 一瞬にして硬質な鉄の面がディエルの顔に表れる。毎回違うデザインで出てくるらしい。共通しているのは目と口があることだそうだ。


「これがハウゼンさんですか?」


 思わずメティが面をつついていると、エイリーが慌ただしく壇上に上がる。今日は元々フォカレに住んでいた住人が勢揃いしている。

 小さな壇上と、王子の釜。その周囲に椅子が並べられ、皆が座っている。


「では! これより第三十二回、「住民による王子浄化のど自慢大会」を開始しますー!」


 歓声と拍手が上がり一人目がやってくる。

 ちょっとしたお祭り騒ぎになり、商売根性たくましい商人が売り子を雇って飲み物や出店を出している。


「三丁目のリトルルーキー! アジェスちゃんです」

「ままー!」


 六歳くらいの女の子が一生懸命手を振っている。お母さんは親馬鹿を発揮して泣いて喜んでいた。隣の旦那さんも娘の晴れ舞台に釘付けである。

 そして幼女の外れた歌に、仮面は大爆笑し「お面嫌い!」と顔面に泥団子を投げつけられていた。ディエルは慣れた様子でお湯にタオルをつけると、泥を拭って絞った。


 明らかにお面の形が変形して声を上げていた。周辺で様子を見ていた魔法使い達はお菓子に集まる蟻のようにディエルに群がって観察し始める。


「えー! なにこれ、何でしょうか!?」

「明らかに精霊と同じ反応を示してますな」

「新しい精霊ですね……。昔書いた論文があるんですが、私の予想当たってたんでしょうか」

「メティさん、あとでそれ見せてくださいよ!」

「続いては四丁目のバラスタさん! 今回で二十四回目参加の大ベテランです!」

「バラスター! ちったぁうまくなったかよ」

「うるせー! いつも通りじゃボケ!」

「お父ちゃーん!」


 次々にのど自慢達がやってくる。参加者は妙に調子が外れており、ハウゼンが笑った時間を法相が記録している。一番短かった人が優勝らしい。

 終わると参加者は思い思いの品をハウゼンに投げつけて帰っていく。泥団子、腐りかけの牛乳などなど。馬糞系は禁止されているらしい。


「では十六人目は国立小学校の皆さんですー」


 とリーシャが子供達を連れてやってくる。

 始まった合唱は、それぞれのパートがきちんと役割を果たし、とても綺麗な旋律を奏でる。とうのハウゼンは「へっ」と鼻で笑うような声を出して終わった。


「これは強敵です! 最短記録が出ましたー!」


 子供達はリンゴジャムなどを面になすりつけて去って行った。

 そして人数が十八人目になると、エイリーがぴょんと壇上の中心に立つ。最後は彼女なのだろう。

 エイリーはポケットからマラカスを取り出すと、メティを手招きして持たせた。


「じゃあ、よろしくお願いしますね!」

「え!?」


 何も聞いてなかったメティは驚いたが、エイリーはかまわずカスタネットを鳴らし始める。それは二人が一緒に眠った時に歌った曲だった。

 メティは戸惑いながらもマラカスを振り出す。


 透き通るような柔らかい声のエイリーは楽しそうに声を伸ばす。自然と観客は手拍子を始め「姫様ー!」と喜んでいた。その中にスリッド王国からのお客様が二人混じっているのをメティは見つける。ヘスティの方はぽーっとなっているが、アズールの方は「ぼっちゃんよかったですね」と言いながら主人のほっぺたをつまんでいた。


 当のハウゼンは少しも笑わず、目と口がぼんやりして眠そうな顔になっていた。エイリーが歌い終わると拍手喝采。ハウゼンは完全に寝てしまい、ただのお面になったかのようにディエルの顔から落ちた。どこかぼうっとしたディエルは目を擦りながら欠伸を噛み殺す。


 こうしてのど自慢大会は終わり、ディエルの顔面から剥がれ落ちた面は、ただの鉄の塊として精製場に持ち込まれる。これまでは二束三文で買いたたかれ、夕飯のおかずが一品増えるだけという感じだったが、今回は魔法使い達が競り合って高額商品になっていた。お金は城の修繕に足すとディエルは言った。


 なんとなくディエルが柔らかい雰囲気になっていた。それは彼本来の姿なのかもしれない。

 そういえばメティがディエルと出会ったとき、こんな感じだった気がする。忙しさや生活に追われて行くうちにいろんなものを見逃してしまったのだろう。


 のど自慢大会は、皆でディエルの入った大鍋を掻き回してお開きとなった。

 ほかほかになったディエルは、今日はまっすぐ家に帰って寝るそうだ。

 しかし、魔法使い達の戦いはこれからだ。


「既に精霊反応は消えてるっすね」

「もしかしたら剥がれ落ちた時に既になかったかもしれません。聞いた話なのですが、実は魔法を切ることは誰にでもできるらしいんです」


 一瞬顔を見合わせた一同は、新しく作った講堂の端で額を付き合わせる。


「え、誰でもって、どの規模で?」

「老若男女誰でもなら困りますねぇ。首都開発の基礎を根本から考え直さないとあっちこっち壊されちまいますよ」

「魔法生物も危険です! ゆゆしき事態です!」


 実は最近、都市整備を進めているのだが、水道管の破裂や亀裂や破壊がたまにあって、近隣住民から「ごめん壊しちったー」と連絡が来るのだ。

 そのたびに魔法部隊が出動して「なんで壊れたんでしょう。強度が足りなかったのかな」と鉄の精製度を上げていたりした。


「魔法が切られた衝撃で物質破壊を引き起こしてたとしたら、根本から見直さないとですね」

「また水道引き直すのかよー」


 それは避けたい。


「一番使えるのはやはり王家の人みたいですよ。あとで陛下に掛け合って、どういう現象か調べましょう。物によっては防護魔法の追加付与で済むかもしれませんし」


 それはいい、と顔を明るくして、話し合いはリマスが迎えに来るまで進んだ。

 事業についてはメティも外注という形で研究を委託されることとなった。後ほど昔書いた「高度な科学技術は魔法に勝る可能性がある」という論文をひっくり返してみなければ。科学技術かどうかはわからないが、課程は参考になるかもしれない。


 そこはかとなく筋肉に物を言わせた結果な気がするが、そこはのちのち証明していけば良い。

 と、


「お師匠様!」

「リマス! どうしたんですか、こんな夜更けに……。魔法牛さんまで」

「もー」

「それはこっちの台詞です。のど自慢大会が終わっても帰ってこないから迎えに来たんですよ。夜遅くなっちゃいました」

「ごめんなさいリマス、話し込んでしまいました」


 今日はお開きと言うことになり、メティ達は家へ帰った。

 魔法牛は客室に泊まってもらっている。

 『トイレもお風呂も掃除も洗濯さえできる、一家に一人魔法牛』というキャッチフレーズが生まれる、有能な魔法生物が悩ませてくる問題はただ一つ。どうやって食べるまでの時間を引き延ばそう。


 メティは今日の出来事を日記に綴り終わると、ベッドに潜り込んだ。

 天井には「現状の問題点」と書かれた紙が貼られ、その下に「スローライフが遠い」、「上司が襲ってきた」、「牛」という三項目がある。


 リマスの教育方針についてはお友達に手紙でどうしたら良いのか問い合わせているし、過去にやってしまった犯罪の方は、これからアルランド王国とディエルが内々に処理する方向で持って行くというので、メティはノータッチとなった。


 魔法羊はあと一週間もすれば森に帰れるだろう。

 そんな風に思っていると自然と眠りについた。

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超絶社畜魔法使いは枯れたド田舎国でスローライフの夢をみられるか 夏白 @tyokobokawaii

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