仮面の王子と古い時代の魔法使い

 戦場にいる魔法使いは最速で抹殺する。

 傭兵として戦っていたとき、ディエルはそうしてきた。

 何しろ一発で数十人が吹き飛ぶ魔法を、平気でぶっ放してくるのだ。さっさと始末しなければこちらの戦力が減ってしまう。雇い主が死ねば金は得られない。傭兵稼業は実入りはいいがリスクが大きいのだ。


――誰も死なずに終わるよう、魔法使いはしつけられています。


 メティはそう言ったが、そんなものを守る魔法使いが戦場にいるものか。

 ディエルは知っている。人を殺すというのは簡単なことだ。だからこそ殺されたくない弱者という大多数が法律を作って規制した。でなければ戦争など地上にありはしない。

 そんなことを思い出しながら、首をひねると骨が鳴る。


「さて」


 顔面に張り付いた硬質な感触を撫でる。それは正しく鉄の冷たさだ。

 森の端まで来たディエルは、人質に取られた魔法羊とエルルを連れた集団を見つけた。


 エルルは森の中に家を建てる事を希望したので、一人だけ離れて暮らしている。しょぼんとした様子で魔法羊の上にのせられ、枷をはめられていた。おそらく魔封じの枷だろう。

 魔法羊は右半分の毛を綺麗に狩られていた。殺されていなくて良かったが、あまりにも酷い刈り方に慈悲はないな、とディエルは思った。


「エルル」

「えっ!? あ、殿下ー!」


 一瞬誰かわからなかったのだろう。びっくり顔のエルルは、声を聞いてディエルだと気付いたようだ。半泣きで「この人達捕まえてくださいー!」とディエルに訴えている。


「わかってるよ。で、あんたら何の用だ? 早朝に来るなんて礼儀知らずだぞ」

「お前の気色悪い面の方が常識がないぞ? 年長者を敬う気持ちがあるなら顔を見せろ」


 敵の数は十二。その内の一人が進み出た。

 見たところ、ローブ姿は八人。わかりやすい。

 二十五人の上司のうち、八人もやってきたと考えるべきか、八人で済んだと言うべきか迷うところだ。

 残りの四人は雇われ傭兵らしく後ろで控えている。エルルと魔法羊を確保するために四方を固めていた。


「あいにくと、これが顔なんだ。で、今ならエルルと羊を開放すれば見逃してやるか考えよう」


 考えるだけだがな、と悪役丸出しの台詞を吐き出した。

 ディエルの背後では、静まっていたはずの城下が騒がしくなり、ぽつぽつと明かりが点り始めていた。魔法使い達が準備を始めているのだ。


「フン、お前はお呼びじゃないのだよ! 魔法使い共を連れてこい!」

「全員だぞ!」

「二十五人もか?」

「二十六人だ!」


 内一人が顔を赤らめながら怒鳴る。

 あれがメティの上司か、とディエルは睨む。


「やられる気まんまんだな」


 ディエルの言葉に、敵の魔法使い達は笑い出す。


「我らは負けぬよ。こちらには人質がいるからな!」

「祖国を捨てて寝返った者どもに制裁をしに来たのだ。全員、人質の命が惜しくば枷をはめろ。お前の国に入り込んだ犯罪者共を捕まえてやる」


 足下に投げつけられた手錠を見てフン、と鼻を鳴らす。魔封じの枷だろう。


「魔法使いなら、絶対に負けないなどと思っているのか? 思い上がりも甚だしい。お前達は今日、ここで、俺と戦って負ける」

「ただの人間が何を言うか。小国の王族など、アルランドの民にさえ劣るくせに!」

「侮辱は受け取った。後で外交官に尋ねようか。で、後ろの傭兵共」


 視線を向ければ、彼らはびくりと身をすくませる。怯えたように視線が左右を彷徨った。


「俺が誰か知っているなら口をつぐんで、今すぐエルルを放せ。羊もだ。そうしたら命だけは助けてやる」


 言うが早いか、四人は慌ててエルルを離し逃げ出した。


「な! お前達、誰が金を払ってると思ってるんだ!」

「あんたらこそ契約違反だぞ! 魔王の使いが出るなんて聞いてねぇ!」

「俺達は降りるからなぁ!」

「わぁっ!」


 一人が魔法羊の尻を押すと「メェっ」と驚いた魔法羊が森へ逃げていく。エルルも一緒に行ってしまったので、後で回収しなければ。


「さて、改めて名乗ろう」


 ディエルは腰の剣を抜き、切っ先を八人の魔法使いに突きつける。


「俺はディエル・フォカレ。フォカレ王国の王太子だ。そしてこの国の魔法使いは全て俺の庇護にある。彼らに用があるなら、まず俺を通してからにしてもらおうか!」

「ちっ! まあいい、あいつはまた捕まえることにして、人質の補充からいくか」

「変な面をかぶっている奇妙な王族か。ふん、やはり小国の王族など馬鹿ばかりだ」

「どうかな」


 彼らが杖を構えた瞬間、ディエルは大きく脚を開き、剣を横に振り払った。ぐんと風を切る音と同時に、杖の先端が切り飛ばされる。

 あっけにとられる魔法使い達が怯んだ隙に、先頭の男へ肉薄する。

 老いた老人を手にかけることは少ない。そのせいで加減を間違えたのか、腹に食い込んだ膝から嫌な感触が伝わる。数十メートル飛んだ魔法使いはもんどり打って倒れ、腹を押さえて「く」の字に体を曲げる。その口から、大量の胃液が吐き出された。


「内蔵をつぶしたか? 細い骨だ。カルシウムが足りないな」


 二、三本折れたな、と呟きながら大きく後退。先ほどまで経っていた場所が盛り上がり、土の棘が吹き出した。


「ちっ! ガンザンリ-プがやられたぞ!」

「なんだこいつは、人間の動きじゃない」


 おののいた顔を見て「失礼な」といいながらディエルは剣を薙ぎ払う。飛んできた火球が二つに割れ、風圧で消し飛んだ。

 青ざめた魔法使い達は息を飲み、または悲鳴を噛み殺した。


「ご自慢の魔法が切られたのは初めてか? 準備運動は終わりにして、全員お縄についてもらおうか」


 ちょうど良く足下に転がっている魔封じの枷を拾い上げて、ディエルは笑う。


「何をしている、怯むなぁ!」


 叱咤と共に数種類の魔法が叩きつけられる。しかし火球も水球も等しく切り裂かれ、砂塵も風の刃も一振りで霧散する。


「なんだ、なんなんだお前は!!」

「その年で初陣はまだなのか?」


 魔法は無効化され、気づけば背後に肉薄される。繰り出された蹴り一つ避けることかなわず、襲撃者は一人、また一人と地に落ちる。


「只人が魔法使いに敵わない時代は、大昔に終わっているんだよ」

「あり得ない!」


 彼らの叫びは全て意味を成さず、最後に残ったのはメティの上司だった。


「こ、こんな、こんな所で私は……!」

「あんた、ドーアリウだろ。メティの元上司の」

「く、あいつが話したのか? 来るなぁっ! あの萎びきった鶏ガラめ、あいつのせいで私は、私はっ!」


 髪を振り乱したドーアリウは、メティに聞いた通りの容姿をしていた。そして、今や目は血走って狂気じみた雰囲気を発している。


「なぜ辞めて移住した人間をここまで追ってくる?」


 ゆらりとディエルの髪が逆立った。面の隙間から見える目が影となり、完全に人外そのものに見える。


「お前は自分が大事なだけだ。他人を逆恨みして足を引っ張るな。そういうやつを見ると、ぶち殺したくなる」

「ひぃ!」


 するりと伸びた指先がドーリアウの首を締める。見る間に顔を赤くしたドーリアウがディエルの手を引き剥がそうとするが、指先は皮膚に食い込み動かない。盛り上がった肉が血流を止め、色を変えていく。


「や、やめてくれ、殺さないでくれ……」

「直ぐに殺さないのは温情だと思え。二度とメティの邪魔をするな。お前の居場所はフォカレにはない――落ちたか」


 酸欠で意識を失ったドーリアウを投げ捨てる。恐怖に染まった表情のまま砂まみれになった彼に、手早く手錠をかける。

 周囲を見回したディエルは倒れ伏す魔法使いを見回し、嘆息する。全員が年を取った魔法使いだった。彼らは座っていた椅子から落とされ、その矛先を下へ向けた。


「上に立つ資格はない」


 冷めた視線で見下ろしていると、恐る恐る声をかけられる。


「殿下、怪我はありませんでしたか?」

「帰ってきたのか。エルルはどうだ」


 振り返ると同時にディエルの顔に張り付いていた面は消えた。

 一瞬言葉に詰まったエルルだったが、首を振って答える。


「平気です。でも、この子は毛を刈られちゃったんです。毛生え薬ってないでしょうか」


 しょんぼりと聞いてくる。


「わからないが、とりあえず城に戻ろう。ほら、こっちに来い。縄をほどいてやるから」

「殿下、ありがとうございます」


 縄をほどいてもらったエルルは思いっきり伸びをしながら周囲を見回す。死屍累々と言った様子だが、誰も死んでいない。それに喜べば良いのか悲しめば良いのか、迷う所だった。


「それで、どうしましょうか。この人達」

「とりあえず地下牢だな」


 それ以外ないだろう。

 二人は昏倒する襲撃者をひとまとめにすると、嫌がる魔法羊の上に積み上げた。

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