第22話 新社会の勇者

 リアナとティアナが消えてから、2年の月日が経とうとしていた。ジャベルとルドルフはその後、北方戦線同盟の協力もあり、情報の残る2国の魔法陣を破壊することに成功。その後も地道な調査を続けながら、世界中を巡り、魔物の根絶を目指し、奮闘していた。


「ありがとうございます。これで、この村も平和になります」

「いえ、それが仕事ですから。それに、これから行われる復興作業の方が大変かと思います。お手伝いできず、申し訳ありません。」


 ジャベルはそう言って頭を下げた。


「ここにも…居なかったか…」


 それは今より1年ほどさかのぼる―――。


「はぁ…はぁ…はぁ」

「ジャベルよ。少し休め。本当に死んでしまったら意味はないぞ」


 ジャベルはルドルフの手解きを受けていた。それは、リアナ達が消息を絶った際に使用した『転移魔法』である。


「実戦使用はできないとはいえ、その基本をここまで早く覚える事ができたのは、お前が初めてだ。勿論、実践を1発で成功させたリアナは天才的だったのだが…」

「いえ…ルドルフ。無茶なお願いをして申し訳ない」


 ジャベルはこの時まだ、魔法陣破壊作戦の中にあったが、早く二人を見つけたいと言うから、魔法の修行と自身のレベルアップを平行していた。


「いくらレベルが高すぎて、聖職者協会の誰が診断しても判定できなくなったとはいえ、それはあくまでも協会内の誰よりも、お前が強くなってしまっただけ。それだけでは、転移魔法を使用可能になったとは言えんのだからな」

「…分かっている…」


 ジャベルは、ルドルフから『異世界の情報』を沢山聞いた。そして自身の弱さを知る事になった。


 ジャベルの故郷でもある異世界では、レベルと言う概念は無かった。その代わり、精神力メンタリティ魔法力マジカリティの強さを測る事で、その強さを判別していた。例え戦士や武術家といった肉弾戦を得意とする者でも、技の大元がであったため、有効とされてきたのだ。

 ルドルフはその世界において、人狼一族としての最高地位に就いており、普段より仲間の強さを判別するなど、信頼のおける人物だった。そんなルドルフがジャベルを判別した結果、『転移魔法はまだ使えない』とばっさり切り捨てられたのだ。


「気に病むことは無い。今は使えなくとも、お前の強さは私が保証する。そして、可能性がゼロではないと言う事も、覚えておいて欲しいのだ」


 すると、伝令兵の一人がジャベル達に近づいてくる。


「ライザーさんの遣いですね」

「はい。伝令です。『明日、最後の魔法陣破壊に向けての作戦会議を行いますので、正午までに戻られたし』とのことです」


「分かった。ありがとう。」

「ついにここまで来たな。ジャベル…」

「ルドルフ…君が居たから、俺はここまで来れたのだ。感謝する。」


「それと…もう一つ、これは至急伝えて欲しい情報だそうです」

「なんだ」


「はい。『最近、兵同士の情報共有で、世界中の町にて『謎の失踪事件』が発生しているとの事で、ジャベル殿も注意されたし』とのことです」


「失踪事件…!?まさか…」

「何かご存知なのでしょうか。」

「いや…気のせいだ。伝令ご苦労」

「はっ!」


 伝令兵は敬礼すると、持ち場へ戻って行った。


「ジャベル…」

「ああ…もしかするかもしれない。」


(他の世界で…異世界召還が行われている…)


 ジャベルはそう思った。


「なぁルドルフよ。」

「なんだ…改まって…」

「転移魔法の行き先は探せなくとも、転移の痕跡を見つける事はできないのか?」


 ルドルフはジャベルの言った言葉の意味に気付き、ジャベルに顔を向けて言う。


「魔法によって引き込まれたのなら、何らかの痕跡が残るはず…なるほど、その先にリアナ達がいる…と?」


 ジャベルは頷く。


「分かった。もし現場に行くことができたなら、調査してみよう」

「頼む…」


―――そしてその後行われた調査で、ルドルフは行方不明者がいた現場から、転移魔法の痕跡を発見。しかも、その痕跡は座標までしっかりと分かるものだった。


「俺達を探しているのかもしれない」


 ジャベルはそう感じていた―――。


「罠かもしれないぞ?魔法を使えるのなら、も可能なのではないか。」

「確かに…そうなんだけど…」


 ルドルフはジャベルの肩をポンと叩いた。


「まぁ…あくまでも推測にすぎない。俺も、転送魔法でを転送した人物は聞いたことが無い…それは、お前も例外ではないのだぞ。ジャベル」

「… …なぁ…ルドルフ…」

「ん?なんだジャベル。」


 ルドルフの見るジャベルの顔は、真剣そのものだった。


「君が強制転送された瞬間は…本当に覚えていないのかい?」

「ああ…意識を取り戻したのは、リアナの力が働いたあとだと言っただろう」


 ジャベルは拳を握りしめる。


「もし…俺が自分自身を異世界転送させることができたとして、俺も自我を維持することができないのかもしれない…」

「ジャベル…」

「だが…その先にリアナやティアナさんがいてくれるなら…。」


 ルドルフは、もうジャベルを止められない事はわかっていた。


「だからこそ君は、一刻も早く転送魔法をマスターしなければならない。」

「ありがとう…。ルドルフ…。」


 ジャベルはルドルフと固く握手を交わす。


「―――あれからもう1年経つのか…。」


 ジャベルはため息をついた。それは痕跡を辿る事はできたが、肝心の自分が、その当時まだ転送魔法を使用できなかった事に対してのものだった。


―――それから更に数日が過ぎた頃、ジャベルの元へ一報がもたらされた。それは、宿としている町より、僅かに離れた村で、失踪事件が起こったというものだった。


「はぁはぁ…ジャベル…そう急ぐな!」

「しかし!…はぁはぁ…今が…チャンスなんです!」


 二人は急いで村へ向かった。転送魔法の痕跡が新しいほど、本人が近くにいる可能性が高いとジャベルは考えていた。

 村へ到着し、早速現場を視察する。


「これは…。」


 ジャベルも驚いた。現場には禍々しいが残存し、魔法陣が描かれていたのだ。


「ジャベル…これほどはっきりと魔法陣まで残っていた現場は…俺も初めて見たが、これほどとは…」


 ルドルフは少し動揺していた。しかし、そんなルドルフを横に、ジャベルがいきなり詠唱を始める。


「ドゥ・ティ・ディバル。エイル・ジ・オン。バエル・ヒ・ライ。オン・ッエル・イアイアン・ジュウ・トゥベル・イン!!」


「まて!!早まるな。ジャベ…!!!」


 ジャベルの体が光に包まれる。しかし、リアナが使用した時とは違い、目を開けることができないほど強くはなかった。

 現場に残る魔法陣に、ジャベルから発せられた光が吸収されてく。


「成功…させたというのか…ジャベル」


 すると、ジャベルがルドルフを見て言う。


「君も…故郷に帰れるかもしれないが…一緒に来るかい?」


 2年も一緒にいて、ジャベルのを目の当たりにしていたルドフルは、思わず笑みが零れる。


「くくく…はははは…。ジャベル…お前はどこまでお節介焼きなのだ。」

「はははは。そう言うなルドルフ。」

「異世界転送なんだぞ。俺も…お前も。自我を失って共に争う事になるかもしれないのだぞ。と言うか…この先がって保証もねぇだろ」

「確かにな。」


 ジャベルとルドフルは、拳と拳をぶつけ合う。


「どうせリアナに救ってもらった命だ。惜しくはない。」

「死ぬなんて言うなよ。相棒。」


 二人は意を決して、光の中に飛び込んだ。術者が消えた事で、魔法陣の光も消え、残ったのは唖然とする住民だけであった。


―――光の中に入ったジャベルが覚えていたのは、何も無い闇の世界。意識はあるものの、自身の姿も確認できない。手を振っても、足を動かしても、何も感じない。冷たい感じも温かい感じもない。本当に何も無い空間。

 飛んでいるのか、浮いているのか、沈んでいるのか。徐々に自分自身が壊れていくような感覚に襲われる。


「誰か!!いないのか!!」


 そう叫んだと自分では思っているのだが、耳からその音を聞き取る事ができなかった。


(ダメだ…このままでは本当に…)


 そう思った刹那。


(お前は…独りじゃない)

(誰だ…?)

(我が主よ。遅くなった…)

(フェル?フェルニーゲシュか!?)

(俺も…いるぜ。)

(ルドフル!?)


 姿は見えないし、耳にも聞こえないが、に直接声が届いてくる。


(我が主。ここは主がいてはいけない世界)

(どこへ…行けばいいのだ)


 姿は見えないが、気配は感じる。それだけでジャベルの心は安らいだ。


(主ならきっとできる。自身が想う場所へ。強く想えば…きっと)

(俺の…行きたい場所へ…)


 目を開けているのかも分からない闇の世界で、ジャベルは、呼吸を整えた。


(行ける!俺の…行きたい場所へ!!)


「―――ベル…。―――ジャベル!!」

「ん…。」


 目が覚めると、見慣れない天井。そして横にはルドルフと…もう一人、尖った耳をした女の子がいた。


「ここは…?」

「…わからん。」

「儂にもわからん…」


 ジャベルは寝ていたベッドから起き上がり辺りを見回してみると、それは元々ジャベル達が持っていただった。


「ジャベル。とりあえずおめでとう。転送は成功のようだ」

「ははは。確かに。自我は失っていないようだしね。」


 ジャベルは、ルドルフの隣にいる『女の子』を見つめる。


「誰?」

「なぁっ!」

「ああ…俺も気が付いたらそこにいた。」


 どうやらルドルフもだったようだ。


「我が主よ。誰のおかげでを抜けたと思うておる♪」

「ま…まさか…フェルニーゲシュ!?」

「いかにも」


 二人とも驚いて、一歩後ろへ引いてしまった。


「お…女の子だったのか」


 ジャベルの言葉を聞くなり、フェルは咳払いを一回する。


「コホン。失敬な。仮の姿へ変化するにあたり、お主の記憶から姿にしただけであるぞ」

「ジャベル…お前…なんて趣味してんだ」


 ルドルフは更に一歩後ろへ引いた。


「ち…違っ!確かに昔、絵本とかでそう言った女の子のやつを読んだことはあったが…」

「何も違わぬではないか」


 間髪入れないツッコミに、ジャベルは言葉を失った。


「とにかく、ここの世界で姿はマズかろう。名前も、フェルのままで良いぞ?気に入っておるからの」


 そう言って、フェルは高らかに笑った。窓から外を見ると、見渡す限りの草原だった。そして近くには大きな岩。その岩にはが描かれていた。


(リアナ…ティアナさん…二人は本当にこの世界にいるのでしょうか…)


 果たしてジャベルはどこへ辿り着いたのか。そして、無事二人と再会できるのだろうか。

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