第21話 降臨、災厄の魔王

「やべぇ…全く勝てる気がしねぇ…」


 ジャベルは震える足の大腿部ふとももを、右手で数回叩いた。


「ふぅ…、フェル…戻れ。」


 ジャベルは暗黒龍の召還状態を解除する。暗黒龍の躯体は静かに消えていく。その状態を見届けると、ジャベルは一旦剣を鞘に納めた。


「貴女はティアナさんなのか。それとも魔王なのか。言葉が通じるようなら、名前を聞きたい」


 すると、ヴァルゲェルミャンダの喉を撫でながら、ティアナの口が開く。


「我に名前は無い…お前がティアナの呼ぶのであれば、そう…呼ぶがよい」

「名前が…無い?」


 ジャベルは、一族から魔王の話は聞いていたが、名前までは伝わっていなかった。しかし、本人と接触してみると、本当に名前が無いようだった。


「ならば、貴女の部下は、貴女を何と呼んでいたのだ」


 剣を納め、無防備の状態で話しかけてくるジャベルに、魔王ティアナは微笑を浮かべる。


「お前は、他の人間とは…違うな。今までの人間は、私を魔王と見るや襲い掛かってきたものだが…」

「… …」

「人間と言う生き物は…。社会の中で調和を望む者。その調和が少しでも歪むと…それを正そうとする。」

「何が…言いたい…」


 ジャベルが聞き返す。


「分からぬか…?。私も…人間なのだ。」

「…確かに、今はティアナさんの体だから…な」

「今は…な。だが…この体も、私の意識も…。元々は二つの人間だったのだ。分かるか?」


 ジャベルは、自分が予想以上に落ち着いている事が不思議だった。いつの間にか、足の震えは止まっている。目の前の魔王ティアナは、今も闇のオーラを発し続けているにも関わらず、その声を聞くだけで、安心感を得られていた。


「私はティアナさんと共に、ここまで旅をしてきました。今の貴女は魔王だとしても、こうして話ができているし、抜刀していない私を攻撃しようともしない。それだけでも、貴女が確かな証拠なのではないでしょうか」


「そうか…。やはり貴様は、他の人間とは何か違う…。この体の人間も、私と対峙した者の一人だった…」

「ティアナさんが!?」

「そうだ。弱い力しか持たぬ者が、強者に挑むは無謀。だが、私はあえてこの者の中に封印された…いや、潜り込んだと表現した方が正しい。」


「それが…真実だったんですね。厄災の魔王さん。」

「え?」


 ジャベルが後ろを振り返ると、そこにはリアナの姿があった。


「厄災…か。かつての人間が、私をそう呼んだな。」


 魔王ティアナが、昔を思い出したように呟く。


「どうして戻ってきたんだ。リアナ」


 ジャベルの言葉よりも、リアナの目線は魔王ティアナにあった。


「言ったでしょ!私は…貴女に負けないって!」

「はぁ!?いや…今言う事!?」


 ジャベルは唖然とした。


「例え姿が魔王になっても、私の好敵手ライバルは変わりませんから」


 その言葉を聞いた魔王ティアナの顔に、少しだけ笑顔が零れたようにジャベルには見えた。


「それにね…私には見えるんです…。」

「リアナ…何がですか?」


 ジャベルが問う。リアナは魔王となったティアナを指差す。


「あんな真っ黒なオーラの中に、ほんのりと小さく…お義姉ねえちゃんの光を感じるんです。貴女は、完全にその体を乗っ取ったわけじゃないんです。」


 そう言われて、一瞬だけ魔王ティアナが自身のてのひらを見る。


「何を根拠にそのような事を…この体のレベルは、私がいたからこそのレベル。私が顕現した以上、もはや表に出てくることは無い!」


 怒りを露わにする魔王ティアナ。体からは更に強い魔法力が、二人の体にを感じさせるほどに溢れてくる。それはかつて、魔法陣を守護する魔物から発せられていたモノと同じで、弱いレベルの人間は、浴びるだけでも死に至る『魔力風』だった。

 すると、リアナはそんな魔力風を受けながらも前に進んでいく。


「リアナ!止せ!この風は危険だ!」


 ジャベルが静止しようとするも、リアナは止まらなかった。


「何故だ!貴様は確か、そこまでのレベルではなかったはず!何故だ!」


 すると、背後から一人の男性がやって来る。


「それは、僕が力を分けてあげたからだよ」

「君は…?」


 ジャベルがその姿をよく見ると、人の姿はしていたが、耳の位置が頭の上にあり、その背中には尻尾が見え隠れしていた。


「獣人族…まさか、ルドルフ?」

「ええ、今宵は月が良く見える。そして満月の日だけ、僕は人の姿になるか、獣のまま残るかを選択することができるのさ」


 リアナは余裕の笑顔を見せていた。


「リアナさんには、僕が結界を張らせていただきましたので、魔力風くらいなら凌ぐ事はできますよ」

「ありがとうございます。ルドちゃん。私…やってみます。」


「何をするんですか。リアナ。」


 どんどん魔王ティアナに近づいていくリアナ。


「何故だ…体が…体が動かない!!」


 魔王ティアナは、何かに押さえつけられているかのように動けなくなっていた。リアナは魔王ティアナのすぐ前まで来ると、一旦、ジャベルを見る。そして笑顔を見せた。


「ごめんね…ジャベちゃん…」


 そう言うと、リアナは魔王ティアナを強く抱きしめる。


「お婆ちゃんでも、お義姉ちゃんでもどっちでもいい!!帰ってきて!!」

「―――ディバル――――オン――――ライ―――ッエル―――ジュウ―――イン」

 リアナが何かブツブツと呟いたと同時に、二人が光に包まれる。


「リアナーーー、ティアナーーー」


 強い光は更に強くなり、ジャベルはついに、目を開けていられなくなる。


―――しばらくすると光は弱くなり、ジャベルはゆっくりと目を開ける。しかし、その場所に二人の姿は無かった。それどころか、ヴァルゲェルミャンダの姿さえなかった。


 その場にいたのは、ジャベルと人間化したルドルフだった。ジャベルはルドルフの胸倉を掴んでいきどおる。


「てめぇ!リアナに何を教えた!!」


 ルドルフはしばらくの沈黙の後、重い口を開いた。


「俺達の世界で伝えられてきた『転送魔法』その術式さ…」

「転送…魔法!?」


 ジャベルは掴んでいたルドルフの衣服を離し、腰が抜けるようにその場へ座り込んだ。


「そうだ。もちろんリアナには難易度が高すぎて、まず成功することはない」

「どういう…ことだ…。現に彼女達は消えてしまっているのだぞ」


 ルドフルは説明を続ける。


「転送魔法は高度なテクニックと、強大な魔法力マジカリティを消費する魔法だが、それはあくまでも目的地へ100%転送できるようになる条件がなだけで、手順を正しく進めても魔法力が足りなかった場合…」


「足りなかった場合…?」


「術者の僅かな周囲のみが、瞬時に異空間へ飲み込まれる。」


「っ!!」


 ジャベルの動眼が開き、呼吸は荒く、額から汗が止まらなかった。目から涙が溢れ、汗と共に顔から零れ落ちる。


「すまん…ジャベル…。この方法を聞いてきたのは、他ならぬ彼女リアナ自身なのだ。ジャベル…あんたも、義姉ティアナも助けたい…とね」


 ジャベルはタオルで顔を拭い、立ち上がる。


「どこに行ったのか…分からない…のか?」

「転送先は俺にも見当はつかない。行き先はこの世界だけとは限らん。もしかすると、俺の故郷であるに繋がった可能性も、捨てきれんのだ」


「リアナ…何故だ…何故…そんな危険な魔法を使ってまで俺を…助けた…」


 すると、ルドルフは一通の手紙をジャベルに手渡す。


「これは…?」

「リアナからの預かりモノだ。中身は俺も読んでいない。」


 ジャベルは手紙を読み始めた。


『私の大好きなジャベちゃんへ

 この手紙を読んでいると言うことは、たぶん私は、ジャベちゃんを助けられたんだと思います。

 私はルドちゃんに教わったこの転送魔法を使って、おねえちゃんと二人きりで、どこか別の場所へ移ります。上手くいけば、あの猫ちゃんも一緒です。でも、心配しないでください。

 例え、姿が魔王になっても、おねえちゃんの意識がほんの少しでも残っていたのなら、きっとおねえちゃんは、私を見捨てたりはしません。

 それに、ジャベちゃんは勇者様なのです。きっと私達を見つけてくれると信じてます。それまで待ってます。ずっと。待ってます。』


 ジャベルの目から再び涙が溢れる。


「リアナ…そう…だよな。俺は…勇者なんだ」

「ジャベル…」


 ジャベルは再び流れた涙を拭うと、すっきりとした顔でルドルフを見る。


「俺達は、俺達の仕事をする!」

「どうやら、吹っ切れたようだな」


 気合いを入れ直したジャベルは、散乱した荷物を拾い集めると、ゆっくりと歩き始めた。がしかし、すぐ立ち止まった。


「なぁルドルフ。」

「なんだ。ジャベル」

「魔法陣はどっちの方向だ!」

「は?」


 ルドルフは唖然とした。


「おま…対象物の場所、知ってるんじゃねぇのかよ!」

「いや…知らねぇよ!だって、普段はティアナさんの魔法探知で調べてたんだからさ」

「仕方ない…町に戻るぞ!」


 二人は町へ向かって歩き出そうとする。


「ルドルフ…」

「ああ…みなまで言うな」

「だよな…」


『ここ…どこなんだーーー!?』


 そう、空中からやってきた二人には、現在の居場所を知るすべは無かった。二人の叫びが、空しく木霊こだましていく。


―――結局、ルドルフのを頼りに、それでも半日かかって町へ帰還するのだった。


「―――すいません。貴重な情報ありがとうございました」

「何…大したことじゃない。あの化け物を追っ払った勇者殿には、感謝しかない」


 町に戻ったジャベルは、北方戦線同盟の隊長、ライザーと接触し、情報を得ることができた。


「しかし、あの化け物を退治できるとは…勇者の噂はかねがね、こちらにも届いておりました」

「とんでもないです。勇者だなんて…そんな」


 ジャベル、ルドルフ、ライザーの三人は、衛士休憩所で、勝利の美酒に酔っていた。魔法陣は既に、別動隊が破壊に成功したとの知らせが、届いていたためである。


「ときに、ティアナ様はご一緒ではなかったのですか?」

「… ああ …。えっと」


 痛いところを突かれて、ジャベルは口ごもってしまう。


「ティアナ様は、ご報告事項があるらしく、先に別の町へ向かわれました。」

「ほう?そうでしたか。いや、失礼しました」


 ルドルフが素早くフォローに入る。


(ナイス!ルドちゃん!)


 ジャベルは心の中で、そんな事を考えていた。


「それで、そちらが現状で掴んでいる魔法陣の数は、どれくらいあるのでしょうか」

「我々が得た情報によると、あと2国にモンスターの出現情報が寄せられております。つまり…」


「つまり、その2国に魔法陣の可能性がありますね」

「その通りです。ジャベル様」

「ジャベルで構わない。」

「では、私もライザーでお願いします。ジャベル」


 ジャベルとライザーの情報交換は、その後深夜まで続いた。


(リアナ…ティアナさん…待っててください。この世界を平和にして、そして、お二人も絶対に見つけてみせます!)


 ジャベルはそう決意するのだった。

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