第18話 北海戦線同盟

「んっ…んーーー。爆睡と生成で1週間も滞在したこの町とも、今日でお別れ!」


 翌朝、ベッドから起き上がったジャベルは、すっきりとした目覚めだった。自部屋から出てリビングに来てみると、そこにはティアナが既に、出発の準備にとりかかっていた。


「おはようございます…皆さん」


 最後に遅れながらリアナが部屋から出てきた。


「おはようございます。勇者様。リアナ」


 ティアナは二人の姿を見て、すぐに挨拶をしてきた。そんなティアナを見ていたリアナは、昨日の出来事を思い出していた。


―――昨日、その後…


「魔王が…いない…ってどう言う意味!?」


 リアナは狼に問いかける。


(その通りの意味さ。僕達モンスターは、あくまで魔王の作り出した亜空間転送装置…君達が魔法陣と呼んでいるモノを通じて、別世界からやってきたのさ)


「別の…世界…」


(そう…。そして元の世界には魔王は存在しないし、僕達が召喚された時には、この世界にも魔王はいなかった)


「それとお義姉ねえちゃんと、何の関係があるって言うの?」


(あの方…ティアナ…。彼女から感じられる力は、魔王と同等のもの…いや、彼女が魔王なのかもしれない。しかし、それを確信とする証拠は無い)


「じゃあ、ジャベちゃんが倒そうとしている魔王は…いないじゃない。今更、何をするために旅をしているって言うの!?」


(もしかすると… … …)


「… … … まさか …」


――――リ…アナ――――?


「リアナ?」


 リアナは二人の呼び声で我に返った。


「え?な…何?」


「何ボーっとしているのですか?『準備はできましたか』と聞いているのですが…」


「あ…はい。ごめんね。今準備する。」


 リアナは慌てて荷物を整理する。手で運べる範囲の小物は、自分のカバンの中へ、その他はティアナが魔法袋マジック・ポーチへ送る。


「お待たせしました。」

「うし!いざ北の地へ!」

「まずは、サウストゥイルブの手前、国境のある町『サマナ』へ向かいます」


 三人はキリエラの町を出発した。


―――サマナへの道のりは馬車で2日はかかる。魔法陣を破壊していたので、道中のモンスター遭遇は少なかった。しかし、それではジャベルやリアナのレベルアップにはならなかったため、あえて迂回する道を選択し、出現するモンスターを退治しながら進んでいった。

 それは、事実を聞かされたリアナの心を苦しめた。


(あのモンスターも、異世界から召還されたのだとしたら…。こちらに来なければ倒されずに済んだのでしょうか…)


 リアナはそう思いながら戦っていた。


(リアナよ。あまり気に病むことは無い)


リアナは召還もしていないのに、狼の声が聞こえてきた。


(かの者達は、元の世界においても、其方そなた達の言葉で言い表せば、『弱肉強食』の世界で生きている。しかも、この世界に召喚された時、大半の仲間は自我を失っていた。だから…)


「それでも…私は…」

「どうした?リアナ。独り言…じゃないか」


 つい言葉が出てしまい、それをジャベルに聞かれたリアナは、思わず顔を赤らめた。


「ななななな。なんでもないんです」


 両手を横に振って焦るリアナの頭を、ジャベルは軽くポンポンと撫でる。


「気にするこたぁない。私も召還モンスターと会話する時は、頭ん中に直接来るから、独り言みたいになるし…な」

「気づいて…いたんですか?」


 ジャベルは頷く。


「んで…リアナ。君の相棒は何と言っているのですか?」


 すると、リアナのカバンから、呼んでもいないのに、狼が1匹飛び出してきた。


(それには及ばない。初めまして、ジャベル殿、ティアナ殿。私は人狼一族。名を『ルドルフ』と申します)


 ルドルフと名乗ったその狼の声は、ジャベルとティアナにも届いていた。


「あ…これはご丁寧に…どうも」

「ルドルフさん。初めまして」


(彼女が、モンスターの討伐に少し躊躇ためらってうたようなので、気になって話かけた次第です)


 あまりに丁寧に挨拶をする狼に、ジャベル達も少し驚いていた。


「あ…あの…」


 リアナはまだオドオドしている。


((さすがに本人の前で、事実を言うわけにはいかないか…))


 ルドルフはそう感じていた。そこで、魔王とティアナの関係は伏せたうえで、自身の事を語り始めた。


 ルドルフは”魔法陣”によって、異世界より強制的に召還された人狼一族の一人だと言う。しかし、他の仲間も同様。この世界に来た時の記憶を失っており、気が付いた時には、幼かったリアナと共にいたと言うのだ。


「つまり…リアナの特殊能力は、『モンスターを仲間にする』ではなく、『異世界から来た者の理性を取り戻す』と言うことになりますね」


「勇者様。そうであれば、獣系にしか効かないのは何故でしょうか?」


(それは恐らく我々が一番、リアナ殿との相性が良かったのでしょう。もっと強くなれば、他の仲間にも通じるようになるだろう)


「でも…強くなるには、お仲間を倒さなければいけない…、それが嫌なんです」


 リアナはルドルフを撫でながら言う。


(リアナ殿、我々の事は気にするなと…少なくとも、今発生している程度の召還で、あちらの世界が全滅することは無い)


「リアナは…優しいんですよ。ルドルフさん。」


(ジャベル殿、リアナ殿のそのが、我々の心を取り戻す力になったのかもしれない)


「ルドちゃん。その殿じゃなくて、普通に呼んでいいのよ。私達、になれたのですから」


 リアナの言葉に、ルドルフは高々に笑い出す。ジャベルもリアナの略称呼びセンスがツボになったのか、口元を手で塞ぎ、笑いをこらえていた。


(わはははは。友‥‥か。かつての世界で、私も友と呼べる者を沢山知っている)


「では、こちらの世界では、私が最初のお友達ですね!」


(そうだな。ならば遠慮なく、呼び捨てで構わないかな?)


「もちろんです。よろしくね。ルドちゃん」

「なるほど…異世界の住人。それは興味あります。ねぇ勇者様」


「はい。ティアナさん。ルドルフさんの世界話。一度聞いてみたく思います」


(分かった。町で落ち着いた時にでも…話すとしよう)


 このあと一同は順調に進行していたが、遠回りの影響もあって予定よりやや遅れた地点で、日没を迎えることになった。


「今日はこの辺で休みましょう」


 ジャベルは馬の手綱を丈夫な木にくくり付けると、手慣れた行動力で辺りの枯れ枝を集め、あっという間に火の準備を整えた。


「ティアナさん。火の用意ができました」

「勇者様。いつもありがとうございます」


 手際の良いジャベルを見て、ティアナに駆け寄る。


「いいんですか?ジャベちゃんにいろいろやらせちゃって…」

「以前は、火起こしをアイテムに頼ってきましたので、お互いに分担しておりました。しかし、勇者様が火属性魔法を取得されてからは、率先して火起こしを行うようになったのです。聖職者である私には、火属性魔法が扱えませんので…」


「ああ…そっかぁ。」

「そうですよ。リアナ。あのアイテムは確かに良い物なのですが、薪に火を起こすことには向いてないんですよ」


 すると、ティアナが魔法袋マジック・ポーチから鍋と食材を取り出し、器用に料理を作り出した。


「ほえぇぇ」


 リアナはその様子をずっと見ているしかなかった。


魔法袋マジック・ポーチは非常に便利なんですよ。保存魔法と併用しておけば、事前に仕込んだ状態のまま、持ち運びが可能。これによって旅の料理が迅速になりました」


 と、あっという間に煮込み料理が完成する。リアナも持ってきた携帯食料(ペット用)を取り出すと、ルドルフに与えた。


「ってか。ルドルフ。そのペット用の食料で大丈夫なのか?」


(問題ない。人型だったならさすがに扱いが雑だと思ったかもしれないが、今は獣型だ。それに、これはこれで結構イケるぞ)


「そうなのか!?」


 ジャベルはそう言って覗き込むが、ルドルフはお構いなしに食らいつき、すぐに平らげるのだった。


「勇者様。ペット用の食料は、基本的にどのモンスターにも利用可能です。が、さすがに人の姿をしたものが、これを食べている姿を見られたら、誰だって恥ずかしいでしょう」


「た…確かに…」


 ジャベルは頭をポリポリ掻きながらそう言うと、器に盛られた鍋料理の汁をすすった。


「美味い!」


 ジャベルの大きな声に、一同から笑みがこぼれる。


 一方その頃―――。


「救援はまだ来ないのか!」

「体調!伝令です。西地区に展開していた部隊がほぼ壊滅!!」


「何というバケモノだ。ただモンスターを率いているだけではない。こちらの戦力にあるを突いて、的確に攻撃を仕掛けてくるとは…。」

「いかがしますか。隊長!」


「っく…第二防衛ラインまで兵を引いて、体制を立て直すよう、各部隊へ伝えろ。急げ!」

『はっ!』


 北海戦線同盟とモンスター軍との戦闘は激しさを増していた。同盟側は敗戦が続き、第一防衛ラインを突破されていた。

 第二防衛ラインでは、主に後衛が陣を張っていて、クレリック等の回復役ヒーラーやウィザード等の魔法攻撃役マジック・アタッカーが多かった。そこへ前線で敗れた前衛陣や負傷兵が運ばれてくる。


「回復を終えた前衛は防衛ラインに戻り、先に向かった兵と交代!攻撃魔法の援護はあるが、深追いはするな。射程外で出れば、襲われる可能性が高くなるぞ」


 隊長の名は『ライザー』。と言っても元々は下っ端の兵であり、戦いの最中で倒れた隊長に変わって、指揮を執っている状態だった。


「隊長。キリエラに潜伏していた同志より、魔法陣の破壊が確認されました。」

「本当か。それは心強い!誰がやったのか聞いているか?」


「それですが、男1名女2名で聖地に向かうところが目撃されてます。」

「なんだと!?たったそれだけでか?」


 ライザーは長引く戦いで伸びた顎鬚あごひげを触りながら少し考えていた。


「もしかすると、聖職者協会から聞いている、かもしれん」

「まさか、と言う噂の?」


「ああ…しかも、その者の素性は、協会でも把握していないらしい。まあ、この話は前隊長から聞いた話だがな」


 二人の会話の途中で、軽傷を負った兵士が駆け込んでくる。


「隊長!例のバケモノが動き出したとのことです」

「遂に来るか…ふぅ…彼らの到着が先か…俺達の全滅が先か…」


 ライザーはため息をつくと、陣地から立ち上がり、剣を握る。


「望みがまだあるのなら、俺達はまずここを死守するぞ!そして、奇跡とやらをこの目で見ようじゃあないか!」

『おーーーー』


 ライザーの鼓舞に兵の士気が一気に上がるのだった。

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