第17話 強さの代償

 コンコンコン…。


(…ん?)


 ノック音で目が覚めたジャベル。辺りはまだ暗く、日も明けていない。


コンコンコン…。


 再びノック音がする。


(ここは部屋が仕切られている大部屋だから、ノックするってことは…)


 ジャベルは起き上がり、部屋の鍵を開ける。ゆっくりとドアが開き…


「ごめん…こんな夜中に…」


 入ってきたのはリアナだった。右の胸辺りにかわいい兎の刺繍入りのポケットがついた可愛らしいパジャマを着ている。ゆっくりと部屋に入ってくるリアナ。


「どうしたんだい?こんな…夜中に…」

「うん。今日の話…。」


 ランプの明かりはあるものの、この日は空が曇っていたためか、窓からの光もほとんど感じられず薄暗い部屋の中で二人っきり。ジャベルはリアナの手を取り、近くのテーブルまで案内した。

 リアナ自身恐らく入る事を躊躇ためらって、しばらく部屋の前にいたのではないかと感じるほど、リアナの手は冷たかった。ジャベルはベッドから毛布を引き出すと、リアナに手渡した。


「今宵は冷えるから、使って」

「ありがとう…」


 ジャベルから渡された毛布で体を包むリアナ。先ほどまで寝ていたためほんのりと温かく、そして何よりジャベル自身の香りがするその毛布に、リアナは少しドキドキしながらも、本題を話し始めた。


「あの人の言っていた事…私、お義姉ねえちゃんの事…なんじゃないかって…。」

「いや、彼は俺達を見て、魔王と言った。ではなく。だから…」


「違う…。ジャベちゃんは…魔王なんかじゃ…ない…」

「しかし…邪悪な化身を解放してしまったのは…俺の祖父だ…。そして、その邪悪な化身に寄生された最初の犠牲者が、もし祖父だった場合、俺はその邪悪な化身の力を生まれつき持っていることになるし、顔も似ている理由になる」


「…」


 リアナは胸元から一枚の紙を取り出した。それは魔法力マジカリティを使って紙に映像を念写した『写真』と言われる物だった。


「ティアナ…さん?」


 そこにはティアナそっくりな女性と、若い男性が並んで写った物だった。


「これは…お義姉ねえちゃんで…間違いないと思います」

「ですよね。口元のホクロとか特徴がとても別人とは思えない。でも、隣の男性は…?」


 ジャベルの質問にティアナはしばらく口を閉ざしていた。


「リアナ…?」

「この男性は…。」


「この男性は、私の…祖父です。」

「ええええ!?うぐぐぐ」

「静かにしてください。お義姉ねえちゃんが起きちゃう」


 驚いて大きな声を出しかけたジャベルの口を、リアナは慌てて両手で塞いだ。


「これが…私がお義姉ねえちゃんを疑う理由わけです。お義姉ねえちゃんは…、私の祖母でもあるの…。この事実は、多分、お義姉ねえちゃんも知らない。」


「い…いやだって…、君の母とティアナさんの父が…」

「それも嘘。私…父親の顔を一度も見た事が無いの…」


 ジャベルにとってそれは衝撃だった。ティアナがリアナの祖母だとするなら、自分の祖父が生きていた時代には存在していたことになる。


「ティアナさんは…まさか…う…」


 ジャベルが何かを言おうとしたその時、急に頭が割れそうなほど痛みだし、そのまま意識が遠のいていく。


「ジャベちゃん!?…ジャベちゃん!!!」


 意識を失う瞬間ジャベルの耳には、リアナが自分を呼ぶ声だけが聞こえていた。


―――ジャベルが目を覚ましたのは、その日から3日後のことだった。


 あの晩、リアナはすぐにティアナに治療を依頼して一命を取り止めた。しかし、ティアナ自身はジャベルが倒れた本当に理由がわかっていた。


「魔法力欠乏症です」

「魔法力…欠乏症!?」

「はい。本来、召還スキルは精神力メンタリティを消費するものです。しかし、ごく稀に、召還した者のスキルで、あるじ魔法力マジカリティを消費してしまう事があります」


「ああ…暗黒龍…あいつの使った破壊光線は、俺の魔法力を使っていたわけだ」


 ティアナは軽く頷く。


「その通りでございます」

「ジャベちゃん…そんなに凄いモンスターを召還してたんですか!?もう…すんごく心配してたんですからねっ」

「ごめん。二人とも」


 ホッとした表情を浮かべる二人を見ると、ジャベルは3日前に起こった様々な事が、全部嘘なのではと思ってしまうくらい、自らも安堵の表情が出てしまっていた。


「ところで勇者様。倒れた日にリアナがお部屋にいたようですが、どのようなお話をされていたのですか?」

「い…いやぁー」

「眠れなくって、その…雑談相手をしてもらっていたのです。お義姉ねえ

ちゃん」


 ティアナの勘は相変わらず鋭かった。ジャベルもまさかその質問から来るとは予想外の事だった。


「そうですか。話の内容までは詮索しません。」


 ティアナはそう言って話題を続けなかった。


「ティアナさん。私が倒れた事で少し予定がズレましたが、次はどこへ向かうのですか?」


 ジャベルが問う。


「次はへ向かいます。そこにある北海戦線同盟の都市『サウストゥイルブ』では、モンスターの激戦が続いており、その殲滅が急務とのことです」


 ジャベルはそれを聞いて一つ、ティアナに質問を投げかける。


「私達以外に、魔法陣の存在を知る者はいないのですか?」


 ティアナは目を一瞬閉じて、それから話し始めた。


「北海戦線同盟は、国ではなく民間の団体です。彼らは独自の情報網で魔法陣の事を把握し、行動しております。しかし、かの地の魔法陣を守護するモンスターは、これまでのとはケタ違いの強さを持っていて、数万の兵士を相手にしても倒せなかったと聞きます」


 それを聞いてジャベルは顔を引きつかせる。


「いやいや。そんな化け物を、我々三人だけで退治できるとは思えませんが?」


 すると、ティアナは首を横に振る。


「そんな事はございません。兵士と言えど、今の勇者様と比べたらレベルも半分程度。勇者様はこれから更にお強くなりますので、100万力まんりきかと思います」

「いやいやいや。マジでそんなに凄くないって俺」


 サラリと言い放つティアナに、ジャベルも手を何度も横に振る。


「私も…ジャベちゃんならやれると思います!!」


 リアナも両手を握りしめてそう言う。


「や…やっぱり、北ってことは寒いんでしょうね」


 ジャベルは慌てて話題を変えようとする。


「はい。しかも、本来はもう少しで治まってもよろしい寒波が、魔法陣の守護モンスターの力で強化されており、なかなかの雪景色になっていると聞いております」


「…ここで買える物に、防寒のは無い…かな」

「暖かいからねぇ~」


一行に不穏な空気が漂う。


「いや…無ければ…作ればいい!!」

「ジャベちゃん…作れるの!?」

「俺はスキルでアイテムを生成することができるのだ」

「まだ、鍛錬が足りませんけどね」


 驚くリアナに、すかさずティアナのツッコミが入る。


「それは言わないでください。ティアナさん」


 落ち込むジャベルを見て、リアナとティアナは笑い出した。


(そうだ。俺はこんな賑やかな雰囲気を望んでいたんだ。ティアナが何故長い間生きていたのか、そんなの…今はどうでもよかったんだ)


 二人の笑顔を見て、ジャベルはそう思った。


「さて…俺のとっておきの力で、二人を北国でもぽっかぽかにしてやるぜ」

「楽しみにしてるわよ。ジャベちゃん」

「過度な期待はしませんが…よろしくお願いします。勇者様」


―――ジャベルは二人の期待を胸に受け、一心不乱にアイテムを作り続けた。

しかし、案の定最初は、ボロボロの雑巾と同じ物が出来上がる。


「あんれー!?おっかしいなぁ…は綺麗に出来てたはずなのに」

「勇者様。あれはお互いに必死でしたので…まぁ一概に綺麗とは言えませんでしたが…」

「ティアナ、ありったけの戦利品使ってどんどん作るぞ」


―――二日目。


「まだだ…まだ…こんなものじゃねぇ!」

「勇者様。昨日よりは上手になっております…しかし…穴あきでは外を歩けません」

「これはこれで、セクシーだけどねぇ」


―――三日目。


「勇者様。私手製の精力ドリンクでございます」

「ぅぃぃぇぇぇぇい。ありがとう。ティアナさん」

「ジャベちゃん。目にクマができてる…」


―――四日目。


「できたぞーーー!!」

「おめでとうございます。勇者様」

「あはは…ブラック企業も真っ青だね」


 完成した防具は、ジャベルが考えるリアナとティアナのイメージを具現化させたような仕上がりになっていた。

 リアナの防具は、動物の毛皮を使いつつ、防御力を高めている。猫耳や尻尾が付いているのは、ジャベルの趣味だろう。

 ティアナの防具は、聖職者に相応しくローブをベースに、生地を厚く丈夫に仕上げている。胸元の露出が多少あっても温かくしているところが、ジャベルの心を反映させているのだろう。


「少し…休ませてはくれないだろうか…」


 心なしかゲッソリと痩せた姿のジャベルを見た二人は、多少の不満は言わない事にした。


「お疲れ様です。ジャベちゃん。ゆっくり休んでくださいね」

「お疲れ様です。勇者様。その他の準備はこちらで行います」


 二人はジャベルを部屋に送り出すと、ため息がシンクロした。


「お義姉ねえちゃん…」

「ん?どうかしましたか?」

「ん~ん。なんでもない。私、あの子(狼)達の元に行ってきます」


 リアナは、ジャベルがいないうちに真相を聞き出そうと思っていたが、うまく切り出す事ができず、部屋を後にした。


 町から少し離れたところまでやってきたリアナは、再び狼を呼び出した。


「はぁ…私ってダメな女なのかなぁ」


 すると、狼はリアナの用意したエサを食べながら、時折リアナの顔をチラ見している。


(そんな事は無い。)

「そんなこと言ったって…ってしゃべった!?」


 リアナは驚いて狼を見下ろした。


(別に驚くほどのものではない。我は元々人狼である。満月の日になれば、人型か獣型かを自らの意志で変化させる事が可能なのだ)

「へ…ふぇえー。そうなんだー。知らなかった」

(悩みか?リアナよ)


 リアナは狼に悩みを打ち明ける。


(そうか…私もティアナ殿には、何か只ならぬ気配を感じていたが…)

「狼さんも?」


 狼はエサを綺麗に食べ終わり、話を続ける。


(ああ…ただ、彼女は何かが違う。それは魔王としての本質ではない)

「どういうこと?」

(彼女は間違いなく聖なる力を行使できる。魔王であればそれは叶わぬ。それは自身の力で身を滅ぼしかねないからだ)

「じゃあ、お義姉ねえちゃんは、魔王じゃないってこと?」

(それは―――)

「!!」


 リアナはこの時、衝撃的な言葉を聞くのだった。


(魔王は…既にこの世にはいないのだよ。リアナ)

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