第19話 最終防衛ライン攻防戦(前編)
「んん…んー。」
ジャベルは簡易テントの中で目が覚める。
(いくら手持ちの資金が少なくなってきているとはいえ、もうちょっと良い寝床を購入すればよかったかなぁ)
ジャベルは簡易テントの天井を見ながらそう思った。
(さてっと…そろそろ起きて、準備をしなければ… あれ?)
ジャベルは体を動かそうとするも、何かに縛り付けられたように動かない。それどころか…少し甘い香りがした。
(うわわわわ!!!)
ジャベルが右側を向くと、そこには自身の右腕を完全にホールドした状態のリアナがいた。右腕はリアナの育ちざかりな胸の谷間に挟まれ、か細い両腕でしっかりと包み込まれていた。
(な…リオナ。マジか…。これじゃ迂闊に動けな…はっ!)
ジャベルは左腕も同じ状態になっている事に気付く。
(まさか…)
左側を見ると、そこには自身の右腕を完全にホールドした状態のティアナがいる。左腕はティアナのたわわな胸の谷間に挟まれ、力強い二の腕でしっかりと包み込まれている。
そして、昨晩寝る前に着ていた衣服を身に着けておらず、二人とも上下の下着のみの状態だった。
左右どちらを見ても視線は、胸の谷間に向けられてしまうため、ジャベルは上を向くしかなかった。
(さて…どうしたものか…)
すると、ジャベルの視線に狼が見えた。
「お…おはよう…ルドルフ」
(おはよう…その、気持ちは分からなくはない…)
狼の姿では顔色が分からなかったが、ジャベルにもなんとなくルドルフの気持ちを察することはできた。
「すまない…なんとか彼女たちを穏便に起こせないものかな」
(… … … やってみよう)
ルドルフはまず、リアナの元へ行き、頬を舐め始めた。
「ふふふ…くすぐったいよぉ…」
リアナはまだ寝言を言っている様子だったが、次第に意識が戻ってきていた。
「ん… んんん … あ … え? お…おはよう…ございま…す」
「お…おはよう…リオナ」
リアナには悪びれた様子は無かった。少し顔を赤らめ、しかし、体勢は変わらなかった。
「お…お
(ナイス!リオナ)
リオナの声に、ティアナの意識も戻ってくる。
「ん … … んん … あ、おはよう…ござい…ます。ゆ…勇者様」
「お…おはよう…ティアナ…さん」
ティアナもリアナと同じく体勢を変えようとはしなかった。が、ルドルフの一声で空気が変わる。
(君達、私もいると言うことを、忘れては困る)
この一声で、二人はジャベルから離れ、互いに自分の毛布に身を包んだ。
「す… すいません。ルドルフ。と言うか、二人とも私が眠りに入ったあと、何してたんですか」
ティアナとリアナは互いを見つめ、そして再びジャベルを見る。
「もちろん、リアナとの決戦を前に、前哨戦…というところでしょうか」
「何のだよ…」
「それは…どちらが第一妻に相応しいか…ですわ。ジャベちゃん」
「はは…ははは」
ジャベルは冷や汗をかいていた。
「と…とりあえず、お二人とも…。私は朝食の準備を行いますので、その間に着替えててください」
そう言い残すと、ジャベルはテントを後にした。
「はぁ…俺の理性がモタないよ…」
ジャベルはため息をつきながらも、手早く火を起こす。そこへルドルフもやってくる。
(大変なのだな。ジャベルよ)
「さっきはありがとう。助かったよ」
(なに…容易い事。しかし、我も人の姿であったなら、あれくらいはモテたものだが…)
そこへ、食材を持ってティアナとリアナが出てくる。
「ご苦労様です。ゆ…勇者様。」
さっきまでの出来事が、まだ尾を引いているのか、ティアナの笑顔は少し引きつっている。
「お…お
リアナの笑顔も引きつってはいたが、その先に見つめるのは、ジャベルではなくティアナだった。
リアナは姉ほど手早くはなかったが、それでも丁寧にサンドウィッチを作り上げた。
「はい。ジャベちゃん。」
「おう。ありがとう。リアナ」
ジャベルにサンドウィッチを手渡すリアナの指は、少し傷ついていた。
「ん?リアナ…指、どうした?怪我ならティアナさんに治してもらった方が…」
「な…なんでもないです。大したことないです」
指の怪我に気付かれたリアナは、すぐにその手を自身の後ろに隠した。そんな妹の姿を見て、ティアナは少し微笑んだ。
それは昨晩、ジャベルが寝入ったあとに、リアナの相談でティアナが教えた料理だった。仲良くサンドウィッチを食べる二人を見ていたティアナに、魔法の通信が入る。
「お二人とも、
ティアナの言葉に、ジャベルとリアナも食事の手を早めた。
「んぐ…、通信が入ひったのですか?」
「はい…北海戦線同盟の第一防衛ラインが破られ、第二防衛ラインも陥落寸前とのことです」
ジャベルは考える。
(なんてことだ。こっちは最初の町まで行くことすらできていない…このままでは、北海戦線同盟軍は全滅してしまう)
考えた末に、ジャベルは答えを出す。
「ここは、全速力で最終防衛ラインまで飛びましょう!」
「でも、ジャベちゃんどうやって?町までまだ1日はかかるのよ」
ジャベルの考えにいち早く気づいたのはティアナだった。
「空を飛べば…或いは…」
「お
この世界の人間は、空を飛ぶ
「ふ…あるぞ…俺には…。最強の黒き龍が…な」
「我、ジャベルの名の基に
ジャベルの召還により、空から暗黒龍「フェルニーゲシュ」がやってくる。
(また…我の助けが必要か…?か弱き人間よ)
「ジャベルだ!フェルよ。」
(ふ…ではジャベルよ。私は何をすればよいか?)
「フェルよ。私達を乗せ、北海戦線同盟軍の最終防衛ラインまで送るのだ」
暗黒龍のあまりの大きさに、リアナは驚き、腰から地面に座り込んでしまっていた。
「す…凄い…。」
「平気ですか?リアナ」
それを見て、ティアナはリアナの元へ駆け寄り、そのままお姫様抱っこで抱え上げた。
「お…おね…きゃああ」
ジャベルとリアナを抱えたティアナは、そのまま暗黒龍の頭付近に駆け上がる。
(しっかり捕まっておらねば、落ちても気づかないやもしれぬぞ)
そう言うと、フェルニーゲシュは上空へ昇っていく。その速度は馬車で進むより遥に早く、一瞬で見えた地平線の奥に、戦闘で上がったであろう"立ちのぼる煙"が確認できるほどだった。
(ほう…興味深い者がいるではないか…)
フェルニーゲシュがそう呟く。
「フェル。興味深い者とは何者だ」
ジャベルの問いに、フェルニーゲシュが答える。
(あいつは、ヴァルゲェルミャンダ。かつての魔王が最初に生み出した
「あれが…」
上空からは、その躯体がはっきりと見えなかった。目的地が近いのか、暗黒龍が降下を始めていた。
「見えた!…まさか…あれは…」
現地では恐らく一晩中、戦闘が続いていたのだろう。数十人の兵士が取り囲み、前から後ろからと攻撃しているのが見えてくる。その中央にいたのが…
虎のような毛皮に包まれ、長い尾を鞭のように振り回して兵士をなぎ倒す…。
―――巨大な猫がいた。
「わぁぁぁぁ。おっきい猫さん~♪」
リオナも思わずそう口に出してしまうほど、
「巨大な…猫…だとぉ…」
ジャベルが歯を食いしばり、拳を握りしめている。
「勇者様。相手はモンスターです。私情は持ち込まない方が…」
ティアナが止めるもジャベルは止まらなかった。
「なんで、あんな可愛い猫を倒さなければならないんだーーー!!」
(くくくく、わははははは。やはりお前は変わり者だなジャベルよ)
大きな声を張り上げるジャベルに、高笑いをする暗黒龍。そしてキョトンとするリアナとティアナ。そう、ジャベルは無類の猫好きだったのだ。
「勇者様…ヴァルゲェルミャンダに熱源反応!!来ますわ!」
ヴァルゲェルミャンダの口が大きく開くと、そこから熱線が空中へ放たれる。暗黒龍は間一髪のところで熱線を回避する。
(こいつはまずい威力だぞ。可愛いかどうかは知らないが、倒さなければこの辺の人間は一瞬で灰になるぞ)
「フェル。あの猫‥‥いや、ヴァルゲェルミャンダの手前まで、俺達を送ってくれるか」
(容易い事だが…お前にアレが倒せるか?)
暗黒龍の問いに、ジャベルは無反応だった。しかし、その眼を見たリアナとティアナは軽く頷く。
(ほう…とても良い絆である。ならば、我もその期待に応えようぞ)
暗黒龍はヴァルゲェルミャンダの手前に三人を下すと、素早く空中を回遊する。
「我、ティアナの名の基に
ティアナの呼び声に応えて、上空から現れた天使は、今まで見ていた天使とは違い、4枚の羽根を持つ神々しい光を放っていた。
「
主天使はその躯体ほどの長さをした『光の槍』を生み出すと、ヴァルゲェルミャンダを突き刺す。しかし、ヴァルゲェルミャンダは手の爪を伸ばし、その槍を爪で受け流す。
「フェル!天使を援護するんだ」
ジャベルも暗黒龍に命令を行うが、暗黒龍は動かない。
「どうした。フェル。何故動かない」
(その指示は考慮しよう。しかし、援護する相手は神聖なる光の使者。我に牙を向かないとも限らないのでな、慎重に行かせてもらう)
光と闇は常に正反対。ティアナの召還した主天使と、ジャベルの召還した暗黒龍は相性が悪い。もし、援護射撃をどちらかが間違って受けてしまった場合、互いに大ダメージとなってしまうのだ。
(っく…どうする…。的確にヤツにダメージを負わせるには、天使と暗黒龍の同時攻撃が必要なのに…)
主天使の猛攻をも凌ぐ巨大な猫を目の前に、ジャベルは踏み出せないでいた。そんな壮絶な戦いを目の当たりにしていたリアナ。しかし、ほんの一瞬だけヴァルゲェルミャンダの目がティアナを見ているように感じた。
(あの子…お
その瞬間、ヴァルゲェルミャンダが急に走り出す、その先は…。
「まずい!アイツ…召還主を狙うつもりか!」
その先には主天使を操るティアナの姿。ティアナは天使を操る事に集中していて無防備となっている。ジャベルは急いでティアナへ向かって走り出す。
「間に合えーーー!!」
果たして、ジャベルは間に合うのか。
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