第11話 約束…そして

「ん…ん…」


 リアナが目を覚ますと、目の前はまだ暗かった。しかし、誰かに背負われているのだと感じる事が出来た。

 移動しているのか、心地よい風が顔に当たる。嗅いだ事のある匂い、鎧の影響もあってか少し硬く大きな背中。すぐにそれはジャベルのものだと分かった。


「はぁ…はぁ…気が付いた…か。リアナ」

「ジャ…べ…ちゃん…?」

「ああ…はぁはぁ…そうだ」


 ジャベルは足を止める。リアナには夜目イービル・アイがかかっていないため、顔をよく視認することはできなかったが、その雰囲気から、隣はティアナだと分かる。


「お…お義姉ねえちゃん…ありがとう」

「…リアナ。」


 ジャベルはリアナを背中から降ろす。リアナの衣服は、拉致されたときのものではなく、作戦前にティアナが町で購入したものになっていた。リアナは少しよろめきながらも、しっかりとした足取りで立ち上がった。


「どこに向かっているのですか?」

「これから、この辺りを荒らす魔物の根源を絶ちに行く」


 リアナの顔には疲れが見えているものの、ジャベルの言葉に対して動揺しまい、としているようだった。


「私にも何かお手伝いできることはありませんでしょうか。」

「リアナ…。お気持ちは嬉しいです。ですが、貴方はまだ十分な休息が取れておりません。精神力メンタリティの回復が不完全な状態では、無理はさせられません」

「しかし…」


 リアナは反論しかけたが、自分が異常なほど疲労している事に薄々気づいていたため、それ以上の事が言えなくなっていた。


「まぁまぁお二人とも。このまま町に戻るわけにも行きません。ティアナさん、精神力を少しですが、回復させるお薬があったかと思いますので、何とかこの場を凌ぎましょう」


 そう言うと、ジャベルはサイドバックから青色の小瓶を取り出した。それは、以前ティアナから預かった精神回復剤(通称:青ポーション)。

 レベルの低かった頃のジャベルであれば、十分なくらいの精神力回復が見込まれるものだった。


「あ…ありがとうございます」


 リアナは渡されたポーションを一気に飲み干した。精神力メンタリティの回復なので、見た目が変わるわけではないが、それまでの疲労感が落ち着いているようには見えた。


「では…行きましょう!」

「はい」

「参りましょう。勇者様。リアナ、眼を少しだけ閉じてください」


 ティアナは、リアナにも夜目イービル・アイをかけ、三人は館へ向かって走り出した。


―――しばらく進むと、辺りが急にひらけ、目の前に大きな建物が見えてきた。


「大きいですね」

「ええ、あと、モンスターもこちらに気付いているようです」


 綺麗な模様が施された門の奥には、何体かのモンスターがこちらを見ているのが分かる。しかしそれは、実際に人影を見ているのではなく、こちらの匂いか体温を感じているようだった。


「ステルスなんてしても意味ないって感じの異形タイプが多いな」

「そのようですね。勇者様」


 ジャベルはそう言うと、リアナの肩をポンと叩いた。


「リアナ、あの中で1体でもいい、操れそうなモンスターはいそうか?」


 その言葉にリアナは辺りを見回すと、爬虫類系モンスターが3匹、獣系モンスターが3匹、うち1匹は獣人も確認できる。その中で、リアナは獣人モンスターを指差した。


「なるほど、獣人なら知能も兼ね備えている…か」


 リアナは軽く頷く。


「良い選択だ。俺が引き付ける。」


 ジャベルは石を拾い上げると、獣人めがけて全力で投げる。石は楕円の軌道を描き、獣人の近くへ落ちる。

 その音に反応し、獣人がこちらへ向かってゆっくりと移動してくる。ジャベルはもう一つ石を、獣人の更に手前に向かって投げる。続けて3投目を投げ込むジャベル。しかし、これが狙い悪く獣人を直撃してしまった。


「しまっ!」


 完全にこちらへ視界を向けた獣人が、獣モンスター2匹と共にこちらに向かってくる。


「任せてください!」


 リアナが両手を獣人へ向け、意識を集中させた。

「お願い!私の言う事…聞いてちょうだい。」

「いや…それ呪文じゃねぇし…」


 ジャベルもついツッコミを入れてしまったが、それとは裏腹に獣人の走り方が少し遅くなっている。そして、三人の目の前に来る頃には、尻尾をフリフリしながらリアナの前にひざまずいた。


「マジで?」


 ジャベルはポカンと口を開けた。練習ではちゃんと呪文らしきものを呟いていたからだ。


「勇者様、こちらの2匹は片付きました」


 ティアナがそう言って合流してきた。


「あ…すいませんティアナさん」

「気になさらず。それに…スキルと言うのは時に、一種のというものもあって、詠唱を独自に簡略化することも可能です。彼女にとっては、先ほどの言葉が無意識にだったのでしょう」

「ふーん。そういうものなのか…」


 ジャベルは、獣人の頭を撫でるリアナの姿を見ながら、苦笑いした。


「リアナ、ここから先はモンスターが次々と襲ってくるだろう。覚悟はいいか?」


 ジャベルはリアナに言う。


「本当は少し怖いです。覚悟と言われると、まだ不安ですが、ジャベちゃんが一緒なら…。だから」


 リアナの手が少し震えていた。しかし、何か覚悟が決まったのか、その震えが止まる。


「だから、ジャベちゃんも私の前から、いなくならないでください!」

「当たり前だ。俺が絶対守る。世界を救うのが目的ですから、こんなところで死ぬつもりはありませんよ。約束です。」


 ジャベルの微笑みにリアナも安心したのか、その顔に笑みが戻った。しかし、そのときティアナは少し曇った顔をした。


「さぁ…早くここのモンスターを退治して、ついでに国も平和にしちゃいましょう」

「え?できるのですか?」

「まぁ…なんとなく…ね」

「ホント、勇者様は能天気なんですから」


 三人+一匹は、門から館の敷地内に侵入した。獣人とジャベルが先行し爬虫類系モンスターを一掃する。

 そして正面玄関以外の侵入経路が無いか、館の外周を慎重に進んでいくと、丁度真裏のところに一か所、入口を発見した。


 館の中に入ると、そこは厨房内であることが分かる。夜目イービル・アイのおかげで、周囲の確認は容易だったが、さすがに内部構造までは分からなかったので、一行は扉のひとつひとつを慎重に開けて進んでいかなければならなかった。


「不気味なほど静かですね…」


 館の外には監視とも言えるモンスターが存在しているにも関わらず、内部はモンスターの襲撃がまるでなかった。


「おかしい…」

「ティアナさん、どうしましたか?」

「勇者様、館内部の魔力反応がほぼありません。」


 館の1階は厨房、食堂、リビング、書斎にトイレに至るまで隈なく探したが、モンスターどころか虫1匹見つけられなかった。

 一行は2階も探し始めた。2階はしばらく使っていないのか、床には埃が堆積している。


「ティアナさん。ここには内戦の原因である女性がいるということでしたけど…」

「はい。しかしこの有様は、しばらく使用されていない…と見て間違いないでしょうね」

「…どういうこと?二人とも」


 不思議そうに見つめるリアナ。ティアナは館内で魔法探知を発動させる。


「―――間違いなく、魔法陣の反応はここにあります」


 リビングに戻ってきた一行は、夜目イービル・アイを解除し、ランプに火を灯してみた。

 すると、それまで反転していた風景が一変した。


「な…なんだ…と…」


 床も壁も、まるで生き物のように動き、さながら内臓のような形相を見せていた。


「勇者様…これは、明らかに罠ですね…迂闊でした。まさか館その物が魔物だったとは…」

「は…ははは。俺達はモンスターの胃袋に自分から飛び込んだってか?」

「いやあああああ」


 リアナが事実に驚き、窓を開けようとするが、当然それは幻。開くはずもなくなかった。


「ど…どうしよう。私達…閉じ込められた?」

「そのようです。リアナ。」

「な…ジャベちゃん、なんでそんなに落ち着ているんですか」


 リアナは獣人に命令し、壁に向かって攻撃を仕掛けた。しかし、傷を付けると同時に、その傷が無情にも塞がっていく。


「回復が…早い…」

「下がっていなさい」


 すると、ティアナがポキポキと腕を鳴らしながら、リアナの横を抜けて、壁に向かってありったけの力で殴りつけた。

 すると、鈍い音を立てて、壁に大きな穴が開く。と同時に血のような赤い液体が噴き出す。ティアナは瞬時に背後へ飛び、液体の直撃を避けた。


「す…凄い…」

「ティアナさんのレベルにまでなれば、素手であの通りです。私が落ち着いていられるもの、彼女のおかげです」


 すると、それまで静かに動いていた壁や床が激しく動き出した。


「人間で言うところの、胃潰瘍ってやつでしょうか。穴が開いて苦しんでいるようですよ」

「勇者様、もう1発入れましょうか」


 ティアナは別の壁にも、先ほどと同じくらいの力で殴りつける。2つも穴を開けられると、周囲の動きが更に活発となり、同時に天井にぽっかりと穴が開く。


「なるほど、人の胃袋と同じで、上に抜け道がありましたのね」


空中散歩スカイ・ウォーク!!』


 ティアナがスキルを発動させると、全員の体がふわりと浮き上がり、天井の穴へ向かって行く。人が一人通れるくらいの穴をどんどん上に進んでいくと、やがて暗闇へと飛び出した。


照明魔法ライティング!!』


 上空で放つ光が、一行は愚か、遠方の監視兵にすら、その全貌を曝け出す。それは、巨人の女性であった。


「美女の正体は、巨人族だったのね…」

「幻影で自分を館に仕立てて、入った者をそのまま飲み込んでいたのか…」


 ジャベルは、空中で剣を抜くと、そのまま巨人の額に剣を突き刺す。しかし、その大きさに剣があまり刺さらない。


「なら…これで…どうだーーー!!」

「我、ジャベルの名の基に、集え!炎の力よ、炎の弾よ!敵を貫け!炎球魔法ファイヤーボール!!」


「我、ティアナの名の基に、汝ジャベルの魔法を強化せよ!最大強化マックスパワー!!」


 以前にも、クラーケンに使用した最大強化版の炎球が、大きく口を開けて苦しむ巨人の口から体内へ撃ち込まれる。


「ぐぼぁぁぁぁぁぁぁ」


 内蔵を焼かれた巨人は、そのまま膝から崩れ落ち、大きな音と共に倒れ込んだ。


「っしゃーー!!」


 思わず拳を突き上げるジャベル。


―――地上に降りると、遠くから声が聞こえる。


「騒ぎを聞いて、各国から兵士が集まる事でしょう。魔法陣反応も消えました。ここから立ち去りましょう」

「はい!ティアナさん。リアナも早く!」


「…はい…」


 ジャベルとティアナが先行して走り出す。すると、ティアナの背中に激痛が走る。


「んがっ…あ…」

「ティアナさん!?」


 ジャベルが後ろを見ると、獣人の爪とリアナの短剣が、ティアナを背後から襲っている状態だった。


「り…りあ…な…?」

「これで…ジャベちゃんは…私のモノよ…お義姉ねえちゃん!!」


「なんでだよーーーー!!リアナーーーー!!」


 遠くから兵士が持つ灯りが近づいている森の中で、ジャベルの咆哮が響いていた。

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