第10話 狙われた少女

―――目が覚めると、そこは見知らぬ部屋。室内は薄暗かったが、乱雑に物が置かれているところを見ると、恐らくそれは倉庫なのだろうと察しが付く。

 声を出そうとしても、口に何かが巻かれいて、唸り声しか出すことができなかった。

 体もロープのようなもので縛り付けられている。


(ここ…どこ…?)


 暗さに目が慣れてくる。


「ほほう…気が付きましたか。お嬢さん。」


 トーンは低めだが、少し若く感じるその声の方向へ目を向けると、そこには真紅の眼を持つ男性が立っていた。

 まるで執事のように黒いスーツを身に着けたその男性が、徐々に近づいてくる。


貴女あなたのその能力ちから、とても興味が湧きました。是非、我々のために使っていただきたく存じます」


 よく見ると、自分が下着しか身に着けていない事に気付く。白い手袋を着けた男性の手が、自分の顎を持ち上げてくるのがわかる。


「さぁ…わたくしの眼をよーくご覧ください」


 すると、真紅の眼が更に光り出してくるのが見えた。体が火照ってくる。そして徐々に意識が薄れていく。


(たす…けて…、ジャベ…ちゃん)



―――一方その頃、バルバドの町では、ジャベルがティアナと合流していた。


「リアナが行方不明…ですか」

「はい、リアナの母親も含め、死者3名、20名以上が負傷しておりますが、リアナの姿はありませんでした。」


 血の繋がりはないとはいえ、ティアナにとってもリアナの母親は、自分の母親でもある。ティアナの表情に動揺が見られるのは、ジャベルにも容易に察することができた。


「町人からの情報では、モンスターと共に若い男性がいたらしいです。その男性がリアナを連れ去った…と」

「… … …そう、ですか」


 ティアナの返事に力が無い。レベルの高い彼女も、メンタルは普通の女性なのだと、ジャベルは感じていた。ジャベルは商人二人に引き続き調査をお願いした。


「わかりやした。何か情報が掴めましたら、すぐにお知らせしやす」

「お任せくださいませ。ティアナ様」

「お願いします」


 商人二人は宿を後にした。


―――それからしばらく、室内は静寂としていた。


「勇者様、ありがとうございます。お付き合いいただきまして…」


 最初に話しかけたのはティアナだった。


「―――どういたしまして」


 ジャベルは少しハニカミながらそう言う。静寂の間、ジャベルはティアナに何もしなかったが、ティアナにとっては、その横にずっとついている行為こそが一番嬉しかった。

 ティアナはくしゃくしゃな顔から涙を拭うと、両手で思いっきり自分の頬を2回叩いた。突然の気合い入れに、ジャベルは少しビクッっとした。

 少し赤らんだ頬になったティアナだが、その眼にはジャベルも見た事の無いほどの力がみなぎっていた。


「行きましょう。勇者様。義妹リアナを助けに行きます」

「例え、どんな結末になってもですか?」


 そう言うジャベルに、ティアナは軽く頷く。


「その肉体が滅んでいない限り、私が治します。」


 この世界の蘇生魔法は禁呪とされている。それは過去に死を操り、謀略の限りを尽くした人間がいたからという理由と、死を受け入れた人間の意志に反して蘇生させた場合のトラブルを避ける理由の二つから、そのようになっているのだ。


 ティアナは魔法袋マジック・ポーチから、大量のスクロールを取り出した。それは、聖職者であるティアナが覚えることができない魔法が刻印されたもので、魔法の心得があるものでなくても魔法が使用できる魔道具マジカル・ウェポンなのだ。


『スペル、魔法探索マジカル・サーチ

『スペル、逆探知封印リバース・ディテクション・シール

『スペル、―――』

―――いくつかのスクロールを同時に発動させていくティアナ。ただ茫然とするジャベル。改めてLv999との力の差を感じさせるのだった。


「―――ふぅ…」

「いったい、何がどうなってるんですか?」


 ジャベルには何が起こっているのか理解不能だったが、ティアナは自己完結しているかのように語りだす。

 行った作業はただ一つ『リアナを見つけ出す』事。しかし、相手の強さも考慮にいれて、最大限の防御策を張り巡らせた上で作業を行い、特定に至ったという。


「リアナの連れ去られた場所は、私たちが今回の目標としていたからほど近い場所の岩場です」

「岩場?建物などは無いのか?」


 ティアナは軽く頷く。


「詳しくは分かりません。地図では岩場ですが、洞窟といった形で、居住スペースが構築されている可能性もあります」


「しかし―――。」


 ジャベルが言葉を少し濁しつつも、ティアナに率直な意見を口にする。


「しかし、ティアナさん。ここまで多彩な術を駆使できるのに、聖職者なんてもったいないなぁ」

「―――そうでしょうか」


 ティアナが冷静に言葉を返す。


「私が…、私が聖職者の道を選んだのは―――」


―――――――。


「―――すまない。作戦会議中に変な事聞いてしまって…。」

「いいえ…、勇者様にも、いずれは話さなければならなかった事です」


 ティアナが聖職者である理由を聞いたジャベルは、思わず自分の胸が締め付けられる想いを感じた。


「話を逸らしてすまない。続けてくれ」

「はい。―――」


 ティアナは説明を続ける。まずティアナが使を召還し、上空から現地を視察する。次にその情報を基に、岩場に向けて進行を開始する。リアナを救出したら、その足で洋館へ向かって魔法陣を破壊する。


「そこまで巧い具合にいきますでしょうか」

「本来であれば、成功率はあまり高くない方法ですが、今回は緊急事態です。私が全力を以て臨みます」


 ―――その夜、二人の姿は町から遠く離れた森の中にいた。内戦が続いている国とはいえ、真夜中のしかも新月の夜に戦闘をする軍隊はいなかった。明かりを灯せば、すぐに居場所が知れてしまうからだ。

 二人は照明無しに、ひたすら暗闇の森を進んでいく。ただ無計画に進んでいるわけではない。


補助スキル『夜目イービル・アイ


 闇を光に反転させて見えるようになるスキルである。(ただし、光は闇に見えてしまう)


(まさか、こんな夜中に行動を開始するなんて…)


 ジャベルはティアナの強引な作戦に驚きを隠せなかった。普段は夜に行動することが無かったティアナだけに、この行動力は恐らくから来るものだろうとジャベルは考えていた。


―――上空から天使の監視もあって、岩場付近への到着に時間はかからなかった。すると、二人の視界には黒く見える恐らくであろうを二つ捉えた。


「ひそひそ」(今から夜目のスキルを解きますので、眼を少し閉じてください)

「ひそひそ」(分かりました。お願いします」


 ティアナが念じると、ジャベルの眼がフッと軽くなった気がする。静かに目を開けてみると、そこには二つの松明が灯る洞窟が口を開けていた。

 門番は二人…いや、二体というべきであろう。骨が鎧をまとった姿をしている人型モンスター「スケルトンナイト」が、周囲を警戒していた。


「正解ですね」

「はい」


 茂みから状況を確認する二人。


「ティアナさん、私が彼らを引き付けま…」


 ジャベルの一言が終わる前に、スケルトンナイトは上空から来た天使が瞬殺する。


「行きましょう。勇者様」

「…は…はい。」


 ティアナの行動に一点の躊躇も無かった。洞窟内の通路は意外にも広く、恐らく元々鉱山であったであろう崩落防止の囲いが所々に見られた。

 入口から50メートルほど進んでところで、突然大きな爆発音と共に、出口が見えなくなった。


「しまった…罠か!!」


 崩落した影響で、二人に土埃が混じる風が襲い掛かる。しかし、ティアナの視線は崩落した入口ではなく、洞窟の奥へ向けられていた。


「ようこそ。強き姫よ。」


 そこには二人の男女がいた。女性はリアナ。そして執事のように黒いスーツを身に着けた男性だった。


「おっと失礼。まずは私から名乗らせていただきます。」


 男性はそう言うと、片手を前に出し、軽くお辞儀した。


「私、セバーニャと申します。以後、お見知りおきを」


 ジャベルが剣を構えると、ティアナがそれを静止させた。むしろ、静止せざるを得ないほど、ティアナの体から力が溢れているのをジャベルは感じた。


「彼のお相手は私がいたします。勇者様は手出しなされぬよう」


 そんなティアナを目の当たりにしているにも関わらず、セバーニャと名乗る男は、身に着けている少し下がった丸眼鏡を右手の人差し指で元に戻す仕草を見せている。

 それよりも、リアナの様子が少しおかしかった。目はほとんど生気を失い。呆然とただ立っているようにしかジャベルには見えなかった。


「彼の種族はインキュバス、恐らくある程度のレベルにいる女性ならほぼ間違いなく、その魔力の虜にされてしまうでしょう」

「え!?じゃあティアナさんもマズいんじゃあ…」


 しかし、ティアナは何事も無かったような平気な顔をしている。


「ご安心ください。あの程度の術にかかるような私ではございません」


 ティアナは杖を構える。


「これはこれは…あなたのような美しい女性が、そのような無粋な物を振り回すとは…ぐほぉ」


 セバーニャの余裕の表情が、ティアナの一撃で苦痛に歪んだ。一瞬のスキに、ティアナの杖がセバーニャの腹にクリーンヒットしたためだ。勢いでセバーニャは後方に吹き飛ばされる。


「がは…がは…い…いいのですか?私を殺せば、その娘は自ら命を絶ちますよ?そういう暗示をかけてありますので…」

「お生憎様。私が解呪魔法をかければ良いだけの事…」

「な…私はレベル100。人間ごときに私の術が破れるとでも?」


 それを聞いた瞬間、ティアナの顔が満面の笑みに変わった。


「あら…私はそのレベルをゆうに超えてしまっておりますが…何か?」

「は…?う…嘘だ…」


 セバーニャの顔にもう余裕は見られなかった。


「ティアナの名の基に発現せよ。リアナにかけられた全ての呪術を解き放て!超絶解呪魔法カーズド・オールクリア

「ティアナの名に於いて聖なる光よここに集え!我が前に立ち塞がりし悪しき闇の眷属に、等しく聖なる罰を与えん。超絶聖法術セイント・クリアランス


 ティアナは左手でリアナの解呪魔法を、右手でセバーニャに攻撃魔法を同時に放つ。


「ぐぉぉぉぁぁぁぁぁぁ。おーのーれーーーー人間無勢におれがぁぁぁあ」


 それはジャベルにとってとても綺麗な光景だった。リアナの体から断末魔の如く呪いの根源が抜けていく様と、セバーニャの体が溶けて塵になる様が同時に行われている。呪いが解けたリアナの体は力なく倒れ掛かってくると、ジャベルはすぐに抱きかかえた。


「あなたの敗因はただ一つ」


 ティアナは、既に塵と化した相手の方向を指差す。


「私との実力差も分からずに、戦いを挑んだことよ」


 ジャベルは思った。


(もしかして、本当の魔王はティアナさんかもしれない…な)

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