第12話 禁断の魔法

 獣人とリアナが、ティアナを背後から襲っていた。


「何故だ…何故こんなことを、リアナ!」


 叫ぶジャベル。その瞬間、獣人がティアナの左手から放たれた聖属性魔法により消滅する。リアナも衝撃で少し飛ばされる。


「ティアナさん!」

「はぁはぁ…大丈夫です。この程度は…かすり傷です。」


 ジャベルはリアナの方向に視界を向けると、そこにリアナの姿は無かった。


「勇者様、落ち着いて聞いてください。」

「ティアナさん…?」

「リアナの母を殺したのは、リアナ自身かもしれないのです」

「な…」


 ティアナの一言に、ジャベルの顔が凍り付く。


「なんで、自分の親を殺すんだよ」


 ジャベルが息を荒げてティアナに迫る。


「リアナは、もう誰も失いたくないと言いました。けれど、母の死因は獣系モンスターによる惨殺。彼女を誘拐した者が犯人ならば、刃物を使用している可能性が高いのです」


「… …!!」


 ジャベルは言葉を失った。


(なんでだよ…なんで母親を殺して…そして今度は姉まで…)


 ジャベルは無言のまま拳を握りしめる。ティアナは回復魔法で自身の傷を完全に回復させた。服の破れまでは直せないので、ティアナは布切れを取り出すと、体に巻き付けて対応していた。


「母殺しの犯人はあくまで推測にすぎません。が、私の攻撃したということは、少なくとも、私には敵意があったということでしょう。」

「ティアナさん。リアナの呪いは完全に解けている。そうですよね」


 ティアナは頷く。


「はい。最上級の解呪魔法をかけたのです。それは、間違いないかと」

「とにかく…リアナを探そう」

「はい。勇者様」


「ティアナの名の基に発現せよ。美しき花は花壇の中に、大きな木は森の中にその身を隠さん」

透明化トランスペアレント!!』


 二人の姿が風景と同化し、見えなくなる。しばらくすると、兵士がその周りを取り囲んだ。


「確かにこちらで声が聞こえたはずなのだが…」

「誰もいないではないか」


 兵士たちをやり過ごした二人は、リアナを追って森の中を進みだした。


「ティアナ、リアナの反応は分かりますか」

「いいえ、勇者様。もっと魔力が回復していれば、分かりやすかったのですが、かなり疲労しておりましたので、残存しているモンスターとも見分けがつきません」

「では、疲労しているのなら、そう遠くへも行けないはず…そうですね」

「はい。モンスターを使役するだけの精神力メンタリティが少しでも残っていなければ…というのが前提です」


 透明化しているとはいえ、足音でモンスターが徐々に迫っているのがわかる。


「っく!こんな時に!」

「勇者様、今下手に攻撃すれば、周囲の兵士にも気づかれます」


 ティアナは剣を抜きそうになったジャベルを静止する。ジャベルは石を拾っては、モンスターの意識を逸らすために、あちこちに投げつつ、リアナを追った。


―――その頃、リアナは森の中をどんどん進んでいた。ティアナにかけてもらっていた夜目イービル・アイは、彼女の効果範囲外に抜けているので、解除されていた。それでも、慣れない暗闇の中を無我夢中でリアナは逃げた。


(はぁ…はぁ…はぁ…)


 逃げる途中で靴は脱げ、木に当たって倒れても、それでもリアナは逃げた。藪の中にはいばらもあり、服も無残に切り裂かれ、体中が傷だらけだった。


「もう…ジャベちゃんには…会えない。会えないよ…こんな私…」


 ついに痛みに耐えきれず、膝から崩れるように倒れた。


「痛い…痛いよ…誰か…助けて…」


 血の匂いを嗅ぎつけてか、モンスターの足音が聞こえてくる。暗闇でほとんど視認できないが、息遣いからそれが獣であることが分かる。


「お願い…まだ…残ってて…私の力」


 リアナはモンスターの息遣いが聞こえる方向へ掌を向ける。しかし、痛みが酷くて精神集中ができない。


「もう…ダメ…」


 リアナは覚悟を決め、眼を閉じる。目の前のモンスターが雄叫びを上げる。


「そうね…仲間を呼んでいるんだよね…私…殺されちゃう…のね…でも、それでいい…のかなぁ」


 ジャベルとティアナは必死でリアナを探していた。兵士が持つ灯りが小さく見えるほど離れた位置。透明化を解除して二人は走った。

 すると、遠くから獣の遠吠えが聞こえてきた。


「ティアナさん。聞こえましたか」

「えぇ。勇者様。近いですよ」

「私はこの声の主を知っている…気がするのです」


 二人は声のする方向へ進んでいく。


「リアナ!!!」


 そこには1匹の狼とぐったりと倒れるリアナの姿がいた。ジャベルはすぐさまリアナの胸に耳を当てる。


「やべぇ…心臓が動いてねぇ…」


 ジャベルはリアナに心臓マッサージを施す。


「リアナ…戻ってこい!俺に…俺に正直に話してくれ!」


 そんな必死のジャベルを見て、ティアナは両手を胸に当てる。


(聖職者である私が…嫉妬している…?)


 ティアナは自分の心の中から溢れる気持ちを抑えていた。


「ティアナさん!回復魔法!早く!!」

「無理です!勇者様。彼女は…もう…」

「まだ…まだ…間に合う!!間に合わせる!!」


 ジャベルの気迫に圧され、ティアナはリアナに回復魔法を施す。しかし、肉体に変化はない。何度も、何度も、ジャベルの心臓マッサージとティアナの回復魔法が、二人に無情な時間を浪費させていく。


「…生き返らせましょう」

「…!!」


 ティアナはそう呟く。


「しかし…蘇生魔法は禁呪…そんなの使ったら、ティアナさんは…」

「はい。聖職者ギルドからは追放…幽閉されることでしょう」

「それじゃあダメだ!ティアナさんがいないと…俺はティアナさんと共に魔王を倒すんだ」

「他に…他に方法があるのでしょうか!?」


 ジャベルは心臓マッサージを続けながら考える。そして答えを導き出す。


「どのギルドに所属していない俺に…蘇生魔法は使えるのでしょうか」

「蘇生魔法は、回復系の最も上位に当たる魔法…勇者様には…無理です」

「なら…心臓に何かショックを与えられたら…」


 ジャベルは魔法力マジカリティを両手に込めて、心臓マッサージを行う。


「勇者様、お止めください。一歩間違えたら、彼女の肋骨を粉砕するかもしれません…」

「俺に…俺に…もっと力を!!」


 ジャベルが両手に込めた魔法力が、徐々に青白い光を発してくる。


「リアナ…戻って…こーーーーい!!」


 すると、ジャベルの魔法力が一気に光り輝き、周囲を包み込む。


「こ…これは…勇者様!!」


――――――大きな光が治まると、二人は目の前に起こった奇跡を見る。


「ん…」


 リアナの体中の傷が回復されている。ジャベルが再びリアナの胸に耳を当てると、心臓が活発に動き、鼓動しているのがわかる。


「信じられません。いったい何が起こったのでしょうか」


 ティアナの知らない魔法。それは精神力を使用する蘇生魔法とも区別がつかなかった。リアナの意識はまだ戻らないが、その口からは呼吸も確認できる。


「ティアナさん。すいません。俺が…蘇生魔法を使ってしまったのでしょうか」


 ジャベルの言葉に、ティアナは首を横に振った。


「いいえ、勇者様。蘇生魔法は精神力メンタリティを使用する魔法。魔法力マジカリティを使用した、それも回復まで一気に行う魔法は、見た事がありません」

「では…私は幽閉されないで…済みますね」


 ジャベルは微笑んだ。すると、隣でずっと一連の流れを見ていた狼が、リアナの頬を舐め始めた。


「この…リアナに懐いてますね…」

「ティアナさん…多分この狼は、ティアナが子供の頃に懐かせた狼…ではないでしょうか」


 それは、10年前に彼女が無意識に力を使えていた頃、罠にかかって動けなくなっていた小さな狼を、誰にも言わずこっそりと助け、育てていた。その事を知っているのは、ジャベルとジャベルの父親だけだった。


「恐らく、この森で彼女をずっと見守っていたんだ。遠吠えは仲間を近づけさせまいとした、この狼のやさしさだったんだろう」


 ジャベルはリアナを背負うと、町へ帰還した。


―――翌日。目を覚ましたリアナは全てを話した。


 リアナの母を殺したのは、やはりリアナが使役したモンスターによるものだった。母はリアナが少しずつ働き、稼いだお金を全て、博打で使い果たしていた。そのうえ借金まで抱えたリアナに対し、暴力まで振るった。

 そんなリアナとは正反対に、順風な生活と、かつて好きになったジャベルと共に旅をする義姉ティアナを見てしまい、抱いた憎しみをインキュバスに増幅されてしまったことで、呪いとは別に、ティアナへの憎しみだけが残ってしまったのだと言う。


「お義姉ねえ様。本当に申し訳ありません。」

「…私が…貴女リアナを許しても、母を殺した罪は、消える事はありません」

「ティアナさん…」


「―――でも、この事実を知っているのは私達だけです。」

「………!?」

「母を討ったのは、モンスターであり、リアナではありません」

「お義姉ねえさま?」


 ティアナは、リアナの両手をしっかり握りしめた。


「リアナ。私達と旅を続けましょう。」

「ええーー!?」


 ジャベルは驚いて、椅子ごと倒れた。


「もちろんです。ジャベちゃんと一緒なら、どこでも着いていきます!」

「そ・れ・と」


 ティアナは、起き上がったジャベルと右腕を掴んで言う


「勇者様にはどちらがふさわしいのか。私は負ける気なんてありませんので」


 リアナも負けじとジャベルの左腕を掴む。


「お義姉ねえ様。私の方が早く、ジャベちゃんと会っているのです。抜け駆けなんて許さないんだから」


 ジャベルは、二人の睨み合いに苦笑いするしかなかった。


「私は禁断の魔法『惚れ魔法』だって使えますのよ」

「それはズルいですわよ!お義姉様!それとも、そのようなものに頼るほど、自信が無いのですか?」

「そんな事はございませんわリアナ。貴女あなたよりも、私の方がスタイルだって上ですわ」

「血が繋がっていないんですから、対格差なんてあって当然。私だって胸くらいすぐに追いつきます!」


「まぁまぁ…二人とも落ち着いてください」


「勇者様   は、黙っててください!!」

「ジャベちゃんは、黙っててください!!」


 ジャベルは思った。


(この国を平和にする前に、まずはこっちから平和にしなきゃならないなぁ)


 姉妹二人の言い争いは、この日しばらく続くのであった。

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