第07話 勇者、覚醒…?

 無人島に上陸して2日目、昨晩は寝る暇も無く戦い続けた二人。休みながら戦うジャベルとは反対に、不眠不休で戦い続けるティアナとでは、疲労感の違いは明らかだった。


(ティアナさんの精神力メンタリティは、もう相当減っているはず…なのに…)


 ジャベルは少しの間だけ仮眠をとったあとに見たティアナの姿は、満身創痍で立っているのがやっとのように見えた。ジャベルにはもう戦える武器が無かった。残されたのは、剣ではなく調理用のナイフ1本。ジャベルはできるだけ刃物の仕様を控えるため、拳で敵を殴るしかなかった。


(このままではジリ貧だ…。)


 そう思ったジャベルは、モンスターが途切れた時間を使ってティアナに相談を持ち掛ける。


「ティアナさん、一つ提案が浮かびました。この状況を打開できるかもしれない方法を」


「―――、勇者様の提案であれば、私に拒否する権利はございません」

「違うんです。ティアナさん。」

「―――?」

「見てて欲しいのです。私の進化を…」


 ティアナは、ジャベルの発言に一瞬だけ顔がキョトンとなった。しかし、すぐに敵の気配を感じフラフラと立ち上がろうとした。が、その瞬間ドスンと鈍い音と共に、意識が遠のいていく。

 それはジャベルが、ティアナの首の後ろを思いっきり手刀で叩いたためだ。


(ゆう…しゃ…さ…)


 ティアナは意識を失い、力なくジャベルに覆いかぶさるように倒れた。


「すいません。ティアナさん」


 ジャベルはそう言うと、ボロボロになった最後の剣を取り、刃部分とつか部分を分離させ、柄のみを握りしめる。


「目覚めよ!!俺の力!我が魔法力を以て、我が刃とならん!」


 それは精神力メンタリティではなく、魔法力マジカリティだった。柄に集中されたその魔法の力は、光り輝く刃へと変化した。


「名付けて…、魔法宝剣マジカル・ウェポン!!」


 ジャベルが考えていた方法とは、召還に必要で温存したいのは精神力メンタリティなのだから、魔法力マジカリティを使って戦えばいいというものだった。

 そしてその威力は絶大だった。魔法力で生み出された刃は、相手が盾や剣を持って受けようとしても、それごと敵を切り裂くほどだった。

 初めて使うスキルだったが、それが諸刃の剣であることも重々承知であった。恐らくティアナに説明していたら、使用の許可すら出さなかったかもしれない。


魔法力マジカリティが尽きる前に…魔法陣を…破壊する!!」

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ジャベルはモンスターを次々となぎ倒しながら森を抜け、海岸へ向かってひたすら走り続けた。モンスターの勢いは昨晩よりも衰えていた。これも全てティアナが夜通し戦っていた影響からだろう。


 海岸に到着すると、そこには無数のモンスターの残骸やらアイテムなどが散らばっていた。恐らくジャベル達が森に逃げる間も、水竜が戦っていたのだろう。


(どこだ!!どこにある!!魔法陣!!)


 ジャベルにはもうひとつ考えがあった。このモンスターがもし魔法陣から生み出されているのなら、モンスターが来る方向へ進めばいいと―――。

 海岸沿いをモンスターを掃討しながら進むと、それほど時間がかからない距離にはあった。

 しかし、大きな問題が立ちふさがる。


「―――っく…一目族サイクロプス…かよ」


 以前、アルカナの町に辿り着く前に遭遇し、しかも一撃で瀕死にされた相手。ジャベルにとって苦い思い出と痛みが頭をよぎる。

 しかし、考えている暇はなかった。魔法力マジカリティを消費する魔法宝剣マジカル・ウェポンを使用している以上、戦闘が長引けば不利になる。


(以前の俺とは違うんだ!!)


 ジャベルは、一目族サイクロプスに向かっていく。殺気を感じた一目族は、大きな斧を振りかざしてジャベルに襲い掛かる。その一撃をジャベルは難なくかわすと、相手の膝に切りかかる。


(相手の攻撃が遅い…?いや違う。俺のレベルのが上なんだ。)

「いける!!!」


 ジャベルは魔法力マジカリティをフルに剣へ集中させる。すると、今まで普通サイズだった魔法力の刃が、その倍近くまで伸びた。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇい」


 大きく、そして高く飛び上がって振り下ろされた一撃は、一目族サイクロプスを頭から真っ二つに切り裂いた。二つの巨体が大きな音を立てて地面に倒れ、そして消えていった。


「―――はぁはぁ…や…やっ…たぁ」


 魔法力マジカリティが切れたのか、刃は光を失い元の柄だけになった。だが、ここからは何も考えいなかった。


「魔法陣の魔力は、誰が中和するんだ…!?」


 このままでは、魔法陣から一定時間でモンスターが生み出されて。あっという間にその餌食となってしまうだろう。すると…


「悪しき魔力よ…我が神の清き力を以て消しされん!」


 ジャベルが後ろを振り返ると、そこにはマントに身を包んだティアナの姿がいた。マントの隙間から魔法陣へ向けられたティアナの手から発せられたその力によって、魔法陣の魔力が失われていく。


「ティアナ…さん。」


 ジャベルはフラフラと立ち上がり、魔法陣の書かれた岩をぶん殴る。が、岩である以上そう簡単には壊れない。


「くそ…何か武器は無いのか!」


 周囲を見回すジャベルにあるものが見えた。


―――一目族サイクロプスが持ってた…大きな斧。その大きな斧ならばと、ジャベルは斧のを握りしめると、思いっきり力を込める。斧はゆっくりと持ち上がり、そして限界まで振り上げる。


「どっしゃぁぁぁぁぁ!!」


 振り降ろされた斧は、魔法陣の書かれた岩に命中。大きな音と共に岩が割れて、魔法陣は崩れていく。と同時に魔物の気配が和らいでいくのを感じた。


「任務…完了…だぁーー」


 ジャベルはその場に仰向けで倒れ込んだ。そして、ティアナのいる方向へ顔を向けると、そこには鬼の形相をしたティアナの顔が見えた。


「ゆーしゃさまーーー。どーーして私を置いて危険な行動をしたのですかー」

「ティ…ティアナさん。そんなに怒らないでくださいよ」


 さすがレベル999のティアナ。ジャベルが気絶させた時間はほんの数分程度だった。すぐに追いかけたが、追い付いた頃には全てが終わった直後だったと言う。


「私の事はお気になさらずともよかったのです」

「し…しかし…」


―――びゅうううううう


 ジャベルが発現しようとしたその刹那、強い海風が二人を襲う。その風はティアナのマントをふわりと吹き上げた―――。

 ジャベルの目の前に見えたのは…ティアナのたわわな胸の片方…。生足。そして純白のパンツ…。そう、ティアナの防具は追いかける際に破れ、それを隠すためにマントを羽織っていたのだった。


「―――きゃああああああああああああ」


 ティアナの大きな悲鳴が無人島に響き渡る。ティアナはマントで再び体を隠すと、その場に座り込んだ。顔は真っ赤になり、大粒の涙が溢れている。


「ティ…ティアナ…さん・・・これは…不可抗力…です」

「―――分かっています…分かっていますが…」


 ティアナはジャベルを指さす。すると、ジャベルもまた上半身は裸で、パンツ一丁に靴だけの姿になっていた。さっき魔法陣を破壊するために力んだ際、破れていたのだろう。


「のわ!!」


 ジャベルも思わず女の子が体を隠すような仕草をしてしまった。そして互いが互いを見ないよう、背中を向けた。すると…。


「っぷ…あはは。あはははははは」


 最初にティアナが笑いだす。


「ははは…あははははは」


 ジャベルもそれにつられて笑い出した。


「さて…ティアナさん。どうやって町に戻りましょうか」

「そうですね。勇者様。これでは二人とも変態扱いになってしまいます」


 二人に笑顔が溢れる。海岸にはこれまで掃討したモンスターの戦利品がごろごろ転がっている。しかし、例えお金が拾えてもここは無人島。装備が買えない以上、この姿で町に入る事になるのが明白だった。


「―――ところで、勇者様…?」

「なんでしょうか」


「勇者様は、武器がもう無かったはずですが―――、どうやってこれだけの魔物を倒せたのですか?」


 ジャベルは自身に目覚めたスキルの事をティアナに話し、一目族サイクロプスを撃破した事を伝えた。


「―――はぁ…」


 全てを聞かされたティアナはため息をついた。


「まさか…」


「―――まさかその程度で強くなったと思ったのですか?」

「―――え?」


 褒めてくれる事を期待していたジャベルは、ティアナの予想外の言葉に、返す言葉を失った。


「それは本来、魔法でしか傷を付けられないなどに効率良くダメージを与えられるように、武器へ魔法力を込めて攻撃力を高めるためのスキルです。」

「汎用性があって、高レベルの戦いにもなれば、このスキルが必須事項になるのです」


「それって…つまり…」


 ジャベルの顔が引きつっている。ティアナは呆れた顔で言い放つ。


「勇者様がようやく戦士としての戦い方、その初歩を身に付けられたという事です」

「しかし…芯の無いアイスで戦うような無謀な戦いで、よくまぁ生き残れたものです。これも日頃が高かった証拠と言えましょうね」


 それを聞いて、ジャベルはもう笑うしかなかった。つまり、初めからこのスキルを武器に纏わせて戦っていたなら、何本も武器を壊す必要は無かったし、魔法力マジカリティを大量消費することも無かったのだ。


「勇者様…。」

「はい…?」

「少し、そのまま後ろを見ていてください。」


 元々少し離れて互いに反対方向を見ていたので、ジャベルはこのあと何があるのかわからなかったが、その答えはすぐに分かった。

 ほんの少し香水と汗とかが混じった、なんとも言えない香りがジャベルの鼻に香って来る。そして、マント越しに伝わるティアナのたわわな胸の感触と、両脇から伸びるティアナの両腕。

 

―――ティアナがジャベルの背中に抱きついている。


「ティア…ナ…さん…?」

「泣いて…いるのですか?」


「―――はい…。」

「あんな無茶なこと…。私が…認めるわけ…ないじゃないですか…」


 ジャベルはそれを聞いて初めて、体が震えてきているのに気付いた。今まで過酷な環境でも生きてこれたのは、ティアナの補助があっての事。それをたった一人で乗り越えたと思い込んでいる自分は、確かに無謀だった。


「ティアナさん…」

「すいません。私は自分の甘さで…傲慢さで…、もしかしたら死んでいたかもしれないんですね」


 ジャベルは、ティアナの右手を自分の両手でそっと包み込む。


「これからも、私の成長をお手伝いしていただけますか?」

「―――当たり前です。勇者様。」


「だって、勇者様が…勇者であるからこそ、魔王を討つことができるのですから」


 ジャベルは今回の一件で、より一層強くなろうと決意した。


(俺も…レベル999を…いや…それ以上を目指し、そして魔王を討つ!)


「帰りましょう。ティアナさん。平和になったエリザベカへ」

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