第08話 帰還…そして。

 無人島から帰還したのは、魔法陣破壊から2日過ぎた日だった。港町エリザベカ付近の浜辺に到着した二人の姿は、出発前とはまるで違っている。

 木の皮を剥いで作ったような衣類を身に纏うジャベルと、多少ほつれがあるが、暖かい季節に似合わない羊毛で編まれたワンピースを着たティアナの姿。

 二人はそのまま町まで行くと、真っ先に洋服店を訪れ、そこで購入した品物にその場で着替えた。


「いやー。なんとか怪しまれないで済みましたね」

「いえ…勇者様においては、他のお客様の注目の的でしたよ」

「えぇー!?あれ力作だったのになー」


―――二人の装備していた衣類は、ジャベルが無人島で作成したものだった。ジャベルは最中さなかに取得した特殊スキル、道具作成魔法クリエイト・アイテム

 ジャベルは無人島の森にある木々の皮から皮の服を作成し、ティアナには元々所持していたビッグフットゴートの毛を使って、一晩かけてワンピースを作成したのだ。


「このスキルに磨きをかければ、平和になったあとも使えますね。」

「勇者様が器用な方とは思っておりましたが、ここまでとは思いませんでした」


 エリザベカの宿屋で二人は地図を広げて、次の目的地を相談していた。


「―――次の目的地は、ディランダ国の首都バルバドです。」

「ここは隣国であるドゥランダとの交戦状態になっているところです」

「その原因が、二国の国境をまたぐように建っている洋館に住むだと言われております」


「―――なるほど、美女を我が物にすれば、洋館その物と共に領土も獲得できる…と」


 ティアナは頷いた。


「その通りです。しかし実態はそんな小さいものではありません」

「と…言いますと?」


 ティアナは説明する。


 ドゥランダとディランダは、元々『ドゥルーディ』と言う一つの国家だったと言う。しかし、前王が何者かに暗殺され、後継者争いとなった第一王子マサラと第二王子ササルは、互いに支持者を擁立して内戦が勃発した。

 二人は国境を、その国で絶世の美女と言われたミランの住む館を中心に布いて、どちらか勝利した方がミランを妃にしたうえ、国の全土を統一すると宣言したのだった。


「―――ティアナさん…」

「はい、勇者様。」

「私達がそのような内戦の国へ行くと言う事は、目的の魔法陣もその国にある…と?」


 ティアナは頷いた。


「その通りです。そして魔法陣の場所の目途もついております」

「その場所とは?」


 ティアナは地図のを指差した。そこはがある国境付近だった。


「その美女が住むとされる館…その付近と思われます。」

「ええ!?」


 ジャベルは驚いた。


「勇者様、何を驚いていらっしゃるのですか?」

「いや、だってそこに魔法陣があったら、そのミランさんの館もモンスターの襲撃に遭っているのでは?」

「これからご説明します」


 ティアナは地図に色の付いた石を置いていった。


「これらの石は、モンスター目撃情報のあった場所です。そして…」


 ティアナは次に、凸型に成形した木片の駒を置いていった。


「これらが現在の戦場です」

「これは…」


 すると、国境付近の兵士同士で起こっている戦場と、モンスターの目撃情報が一致している。


「なるほど…、つまり戦場になっている場所の近くにモンスターが現れている…という事ですか」

「その通りです。勇者様。」


 するとジャベルは少し考え、そして地図にある館の場所を指差した。


「その…例外かもしれませんが、ミランさんが実はモンスターで、内戦を鎮めるためにモンスターで戦いを妨害している。もしくは、国自体を乗っ取ろうとしているとは考えられませんか?」

「その証拠…というわけでもないですが、館付近のモンスター目撃例が極端に少ないのです」


 ジャベルの一言に、ティアナは一瞬驚いた顔をしつつ、モンスター図鑑をめくると、とあるページをジャベルに魅せた。


「―――ありえなくはありません。サキュバスやインキュバス、ドラキュラなど、人間に見た目が酷似しているモンスターの存在は、既に確認されております。」

「では、勇者様のお考えも、一つの可能性として考えるべきですね」


 二人はまず、バルバドの町で情報を集めるべく、翌日に旅の準備を整え出発した。今回の旅は旅商人を装うため、ジャベル・ティアナの二人以外に、町で雇った商人の男女二人も同行していた。


「旦那、まもなく安全圏を抜けますぜ。ここからはモンスターも出ますので、その時はよろしくおねがいしやす」

「ああ、任せてくれ」

「ティアナ様、本当にバルバドへ向かわれるのですか?」

「はい。とは違い、内戦中ですので…お二人のお力をお借りいたします」

「ティアナ様、お任せくでさいやせ」


 商人とはいえ、二人は索敵能力に優れていて、ティアナとは何度か顔を合わせ事のある人物。ティアナにを付けている辺り、過去に何かあったことは、ジャベルにも察することができた。


「ティアナさんは、バルバドへ行ったことがあるんですね」

「はい。過去に1度。その時は前王時代でしたが、とても行商人の多い印象がありましたので、今回の作戦に取り入れようと思いました」


 ジャベルは、ティアナの年齢を聞いたことは無かったが、その容姿から年齢を推察することができないほど、ティアナは若くそして美しかった。

 少なくとも自分よりは年上なのだろう。そのくらいはジャベルも認識していた。しかし、実際にティアナの口から過去の話が出るたびに、どうしても気になってしまうのだった。


 ―――港町エリザベカが所属する中立連盟とディランダ国との国境付近。

 ジャベル達一行は、ディランダ国の兵士による手荷物検査が行われていた。


「これはなんだ」

「へい。こちらはエリザベカで取れました新鮮な魚介類でございやして―――」

「ふむ…ふむ…」


 さすが手慣れた行商人。二人の華麗な連携で兵士に商品の説明をしていく。検査の理由は、兵器の輸出入を警戒しているためで、ジャベル達も魔法袋マジック・ポーチに武器を収め、丸腰でいなければならないほどだった。


「よし!入国を許可する」

「ありがとうございます」


 兵士が入国許可の木札をジャベルに手渡した。ジャベル達は兵士が見えない位置まで馬車を走らせると、ようやく緊張の糸が解れた。


「さすが内戦しているだけはありますね。まさかここまで徹底しているとは」

「ジャベルさんや。これは商人達から聞いた話でやんすがね」


 男商人が言う―――内戦勃発当初は、混乱に乗じて大量の武器や防具などが飛ぶように売れたのだが、互いの国が相手国の武器商人をも攻撃の対象と定め、その結果多数の商人が処刑されてしまったそうだ。

 事態を重く見た双方の国は、国内での売買活動を厳しく制限することで合意。以後、国境での手荷物検査を義務図ける事となった。


「―――なるほど…つまり、モンスター退治と言えども、武器を携帯しての入国も厳しいのはそのためなのか」

「その通りです勇者様。その情報をいち早く知らせてくれたのが、彼らというわけです」


 それからさほどの時間もかからず、4人はバルバドの町に到着した。ティアナとジャベルは二人の商人と別れ、宿へ向かった。


「今日は一日、緊張しっぱなしでしたね。ティアナさん」

「はい。この調子で目的の地までたどり着ければ良いのですが…」


 ジャベルはベッドの上に地図を広げた。


「ここからドゥランダの国境までは、少なく見積もっても1日がかりになる距離がありそうですね」

「はい。しかもモンスターの襲撃もありますし、兵士に見つかってもいけません」

「ティアナさんの魔力探知では、モンスターは感知できても、人間は術士しか感知できませんからね」


 ジャベルは少し考えてからティアナに提案する。


「ティアナさん、姿を消すようなスキルは無いのでしょうか」


 ティアナは目を閉じ考えている様子を見せたが、すぐに目を開けて答えた。


「モンスターには効果がありませんが、人の視界程度なら騙せるスキルがあります」

「しかし、音までは消せません。発動させたら身動き一つでもバレてしまう可能性はあります」


 それを聞いてジャベルは腕を組み考えた。


(音は動かなければなんとかなるか…。しかし、兵士とモンスターのダブルブッキングになった場合も想定する必要があるかな)

「ティアナさん、兵士対策はお任せします」


 ジャベルの答えにティアナは軽く首をかしげている様子だった。


「分かりました。では、兵士との遭遇は、私のスキルで対処します」

「頼みます。あと、町の中を少し散策したいのですが、よろしいでしょうか」

「分かりました。では夕食時になりましたら、宿前に来てください」


 ジャベルは町へ向かっていった。宿から少し離れたところまで来ると、そこは家の造りも雑で、周囲の人間もあまり良い服装をしていない。いわば貧乏人が集まる場所だった。ジャベルはそのうちの家の前に立ち、ドアをノックした。


「はい…どちらさまでしょうか」


 出てきたのは、煤けて少し着古した服を着た若い女性だった。


「ジャベ…ちゃん?」

「久しぶり。リアナちゃん。もう10年ぶりってところかな」


 ジャベルがリアナと呼ぶその女性は、ジャベルが幼少の頃、父親と共に訪れた際に、モンスターに襲われていたのを助けたジャベルよりも2つ年下の子だった。

 身長はジャベルよりも頭一つ小さく、顔もまだ幼さは残るが、体つきはあの頃とは違い、大人の姿となっていた。

 いきなりの来訪に驚きつつも、懐かしさのあまりジャベルに抱き着くリアナ。


「大きくなったね。お互いに。」

「はい。ジャベちゃんもすっかりたくましくなって…」


 リアナの家に入ると、そこには手作りなのか、少し不格好な椅子やテーブルが並び、リアナの母親が笑顔で迎えてくれた。ジャベルは手持ちのお金の入った袋をリアナに手渡した。


「これ…少ないかもだけど使って欲しい」

「そ…そんな、頂けません。私、ジャベちゃんに恩も返せていないのに」

「いいんだ。手紙のやり取りで、ここの状況がヤバいことはなんとなくわかっていた。助けたいんだ」


 ジャベルはそう言うと、テーブルの上に袋を置いた。リアナの母親も何度も頭を下げていた。


「それと、リアナちゃんの助けが必要なんだ」

「私の…助け?」

「ああ、確かリアナちゃんは動物を手なずけるのがとても上手かったよね」

「…はい。」

「その力が必要なんだ」

「ジャベちゃんの助けになるなら、なんでもします!」


(もしかすると…彼女には生まれつき、があるのかも…)


ジャベルの類まれな直感が、今後の作戦に役に立つのか…。

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