第05話 エリザベカの町

 航海2日目は慌ただしい始まりだった。朝も明けぬうちからモンスターの襲来。これを撃退するも、船は動力炉を損傷し動けなくなっていた。

 行き先であるエリザベカまではまだ距離がある。ジャベルは操舵室で船長と今後の航海について話をしている。


「すまねぇ、動力炉は応急処置で直せないか今検討中でな。それまでは進路に注意しつつ、風を使っての航海になる」

「船長、よろしくお願いします。こちらも全力で船を守らせていただきます。」

「ありがとうな。あんたがいなかったら、動力炉の破損では済まされなかったかもしれない。」

「… … …」


 船長の話にジャベルは責任を感じていた。急襲だったとはいえ、船がこんな状態になってしまったのは自分のせいだと、しかし今は沈没を逃れたと言う事を前向きに考えて行動に移していた。


 ジャベルはティアナの待つ船室に向かう―――。

 船室でティアナはベッドで横になっていた。ジャベルが来ることを感じると、ベッドから起き上がった。


「動力炉の様子はいかがでしたか?」

「今、技師たちが懸命の復旧作業を行っているようですが、まだ時間がかかりそうです」

「そうですか…」

「ティアナさん、まだ気分が優れませんか?」


 ジャベルがそう聞くと、ティアナは軽く頷いた。レベル999でもどうやら船酔いだけは克服できていなかったようだ。


「勇者様、私もこのような状態でなかったら、お手伝いいたしますのに…」

「ティアナさんは休んでいてください」


 ティアナは再びベッドに横になる。ジャベルはそれを確認すると、甲板へ向かった―――。


(俺はこのような時、何ができるのだろう)


 ジャベルは思いつく限りの対策を、可能性を考えていた。そこでふと頭によぎったことがひとつあった。


水系補助魔法―――。


 ジャベルが取得した新しいスキルではあるが、効果が分からないというものだった。ティアナはその際に『イメージでやってみるしかない』と言っていた。


(今は海の上、しかし補助魔法なら攻撃魔法とは違って、試しに発動させても問題ないのでは)


 ジャベルはそう考えていた。


(もし、この補助魔法がなものだったら、目覚めてほしい)


 ジャベルは、今現状で考えられる事をイメージしながら、精神力メンタリティを集中させた―――。


(集中するんだ。もっと、もっとイメージを膨らませて…)


 ジャベルは自分のイメージを練り上げる。すると、パッと思いついた事が頭の中で呪文となっていく。


「我、ジャベルの名の基に顕現けんげんせよ水の眷属よ。我が命に従いて我を助けよ!!」


 ジャベルはティアナが天使を召還した時の事を思い出し、自分にもできないか考えていたのだ。


―――しかし、何も起こらなかった。


「だーめかーー。良い考えだと思ったんだけどなーー」


 ジャベルは、その場に座り込む。すると、船が大きく揺らいでいるのを感じた。そして、船員が慌ただしくなっているのに気付いた。


「うわーーーー、ど‥‥ドラゴンだーーー」

「た…助けてくれーーー!!」


 聞こえてきたのは船尾の方角だった。ジャベルは急いで剣を構えると、船尾へ向かった―――。

 そこにはほぼ首しか見えないほどの大きさの、青い鱗を纏った水竜ウォータードラゴンが出現していた。


「っく…こんな時に水竜なんて…」

「皆は船内へ!ここは俺が食い止める!」


 ジャベルは震える剣先を抑えながら、必死で船員を誘導した。すると、ジャベルの頭に誰かの声が聞こえた。


(…るじ…)

(あ…る…じ…)

(我が…主よ…)


 ジャベルは思った。


(ま…さか…)

「まさか、水竜を召還なさるとは、さすが勇者様です」


 ふと後ろには、船室の壁伝いに出てきたティアナの姿がいた。


「いや…これは…その…」


 ジャベルは一瞬怒られると思い苦笑した。


「早く、水竜との契約を…、勇者様」

「え…?」


 ティアナの反応に少し戸惑いながらも、ジャベルは剣を収めて右手を水竜に向ける。すると、ジャベルの右手に龍の形をした紋章が浮かび上がった。


「勇者様の水属性魔法、それは水属性の召還魔法サモンマジックだったようですね…しかし…」


 ティアナが疑問に思うのも仕方がない。召還魔法で召還可能なのは、自身のレベルよりも低い者に限られるからだ。そんなティアナをよそに、ジャベルは契約を終える。


「あなたの名前を聞かせて欲しい」

(我が名は、水竜リーヴァイヤザン)

「長いな…リヴァイと呼ばせてほしい」

(仰せのままに)

「では、リヴァイよ。近くの港町付近までこの船を引っ張ってほしい。」

(容易いことだ)

「できるだけ、住民に見られないようにね」

(努力しよう)


 ジャベルの指示を受けると、水竜リヴァイは水中へと潜っていった。すると船は、まるで動力が復活したかのように速度を上げて動き出した。


「ふ…船が動き出したぞーーーー」

「奇跡‥‥奇跡だーーー」


 状況を知らない船員の歓喜が船内から漏れてくる。どのようにえい航しているのかは分からなかったがさすが水竜。その後のモンスターの襲来も無く船は港町へと進んでいった―――。


 船は予定よりも若干の遅れで、港町エリザベカに到着した。


(船は無事送り届けた)


 相変わらず水竜リヴァイはジャベルの頭に直接意識を送ってくる。

「ありがとう。リヴァイ。しばらく休んでいてください」


 ジャベルがそう話すと、右手に輝いていた紋章がすぅっと消えた。


「魔法の効果が消えたようですね」

「ええ!?じゃあ水竜リヴァイはもう呼べない?」


 ジャベルがティアナに聞くと、ティアナは首を横に振った。


「いいえ、一度契約した眷属は、再召喚が可能です。恐らく、勇者様の精神力メンタリティが少なくなったのが原因と思われます」

「それよりも…」


 ティアナがジャベルをジッと見つめる。その眼にジャベルはドキッとしてしまう。


「本来、召還魔法は相当の精神力メンタリティを消費する魔法。勇者様、お体に何か異変はございませんか?」

「あ…いえ…少し疲れましたけど…」

「少し…でございますか!?」


 ティアナの顔がドンドン近くなっていく。


「と…とりあえず、宿に行きましょう。ティアナさんもお疲れでしょう」

「宿に着きましたら、徹底的に調べさせていただきます」


 話題を変更し、近くの宿を求めて歩き出すジャベルに、ティアナはピタリとついていくのだった。

 宿に到着し二人分の部屋を借りると、ティアナは早速ジャベルの体を調べ始めた―――。


「うーーー、うーーーー。」

「め…珍しいですね。ティアナさんがそんなうめき声をあげるなんて…」


 ジャベルは冷や汗をかきながらそう言う。


「勇者様、本当にお体は大丈夫なんでしょうか!」


 ベッドの上で再び互いのが始まる。


「ほ…本当になんともないですって…」


 ジャベルは何度もティアナに自身の事を話す。ティアナが説明するに、ジャベルのレベルは18にまで上がっていた。しかしスキルに関しては、以前より不明のスキル一つと、火球魔法ファイヤーボール水属性召還サモン・ウォーター以外に覚えている気配がなく、能力自体も一般的な上昇しか見られていない。

 ジャベルはティアナに質問をぶつけてみた。


「あの…スキルの名前が出たのは、私が名付けたからでしょうか」

「はい。勇者様が初めて使用した際、その名前で固定されたものと思われます」


「では…私にあるもうひとつの謎スキルについても、私が名付ければ変わるのでしょうか」

「… … …わかりかねます」


 ティアナはそう答えた。


「ティアナさん、私が水竜リヴァイを従えることができたのは、もしかすると、この謎のスキルが影響しているとは考えられないでしょうか」


 ジャベルの言葉に、ティアナは少し考えている様子だった。


「あり得ない話ではないです。」

「従来、召還スキルを持つ者。つまり召還者サモナー職業変更クラスチェンジしている人間は、召還者として必要なスキルを兼ね備えております。勇者様のスキルもそれに近いスキルだった場合。可能かと」


 結局、謎スキルの正体は未だ不明のまま。しかし、ジャベルにはそのスキルの正体がなんとなくわかってきたような気がしていた。


―――全ての生き物と友達になれますように―――


 幼き頃のジャベルは、両親にいつもそう話す子供だった。

 その言葉通り、ジャベルの周りは友達で溢れていた。普段気性の荒い犬ですら、ジャベルには甘えてくる。

 町の人間でジャベルを知らない人はいなかった。それはジャベルが単に厄災を招いた一族の末裔だからではなく、実際にジャベル自身がとてつもなくお人好しだったからだ。


 ジャベルは考えていた。


(もしかすると、を持っていたから、水竜リヴァイを呼べたのではないだろうか)


 だとしても、低レベルの人間がいきなり高次元の竜族を呼べる理由にはならない。ジャベルはこの話題を、しっかりと分かるまで考えないことにした。

 ティアナのイライラは、食事中も収まらなかった。


「これまれ、いろいろなひろろたびひてきまひたが、ゆうしゃさまのようなとくいたいひつのもちぬしはあじめてれふ(これまでいろんな人と旅をしてきましたが、勇者様のような特異体質の持ち主は初めてです。)」


「… … …、ティ、ティアナさん飲みすぎですよ」


 ティアナが酒に逃げている姿を、ジャベルは見るのが初めてだった。ティアナは顔をほんのりと赤らめて、虚ろな目をジャベルに向けていた。


「ゆうしゃさまぁー、きょうくらいはのまへてくらはいぃ(勇者様ー。今日くらいは飲ませてください。)」

「ティアナさん。いけません。ただでさえ今日は船酔いで気分が悪かったんですから」


―――その後、ジャベルは酔いつぶれたティアナを背負って、店を後にした。お互いに軽装に着替えていたためか、ジャベルは自分の背中に当たる膨らみにドキドキしながらも、ティアナを宿へ運んだ。

 ベッドにティアナを寝かせると、ジャベルも自分の部屋へ向かおうとする。と、ティアナの手がジャベルの手を掴んだ。


「何も…しないのですね…」

「へ…?」


 ティアナの一言に、ジャベルはな事を想像してしまい、顔を真っ赤にした。振り返ると、ティアナがうっすらと目を開けてジャベルを見つめている。


「ふふふ。冗談ですわ。勇者様。ありがとうございます」

「あ…いえ…、おやすみなさい!」


 ジャベルはティアナの手をそっと布団の中へ入れると、そそくさと部屋を後にした。


(やっぱり、勇者様は優しいお方です。様々な人間のも見てきた私が、初めて一目でかれたお方。)


 ティアナはドキドキする胸を両手で感じながら眠りについたのでした。

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