第04話 膨らむは胸と大海原

 アルカナの町を出発して3日が経過した。馬車にはある程度の食糧は積んでいたものの、それも残りわずかになっていた。次の町は港町『サウスフォーセ』。そこからは船を使わなければいけなかったのだが、アルカナの町からサウスフォーセまでは、砂漠と森と山脈を抜ける過酷な道。砂漠でのモンスター退治に予想外の時間を費やしてしまったため、現在の状況になってしまっていた。


ジャベル「ティアナさん。すいません。俺がもう少し強ければ、あのような無様が戦いにならなかったのに…」

ティアナ「気に病むことはありません。勇者様。おかげで勇者様のレベルは予想以上に上がっているはずです。これは前向きに捉えるべきかと思います。」


 ティアナは至って冷静だった。ジャベルも冷静に居られたのは、道中野宿した際に時折チラリと魅せるティアナののおかげだった。


ジャベル((が無かったら、希望無くしてたかもしれないなぁ))


 馬車を操作しながらジャベルはそう思っていた。


ティアナ「勇者様。鼻の下が伸びていらっしゃいますよ」


 相変わらずティアナの洞察力は鋭かった。これもレベル999の影響なのだろうか。ジャベルは自分の頬を両手でパンパンと叩き、気合いを入れ直した。


ティアナ「しかし、そろそろ食料を調達しなければ、互いに飢えてしまいますので、この森を抜ける前に探す事を進言いたします」

ジャベル「そうだな。次は山道に入るから、あまり馬車を止められないか」

ティアナ「その通りです。勇者様。」


 ティアナが珍しくジャベルの直感に驚いた様子だった。ジャベルは馬車を一旦止めて、森の中を捜索し始めた。

 季節が暖かった影響もあってか、食料はすぐに見つかった。木の実、薬草、果実。すると、奥からズルズルと何かを引きずる音がした。ジャベルが辺りを警戒しつつ音の方向へ向かってみると…。

 そこには大きなビッグフットゴートを引きずるティアナの姿があった。


ティアナ「あ…勇者様。」

ジャベル「… … …」


 あまりの光景に、ジャベルは言葉が出なかった。


ティアナ「お恥ずかしいところをお見せしました。」

ジャベル「いや…いいんだ。」


 顔をほんのり赤らめたティアナに、ジャベルも良い言葉が見つけられなかった。ティアナはビッグフットゴートを丁寧に皮・肉・骨と捌いていく。

 魔法職とは言え聖職者に位置する者は、本来刃物を扱ってはいけない。しかし、ティアナは自らの爪に魔法力を練り込み、刃にすることで、その問題を見事にクリアしていた。


ジャベル「器用なものだな」

ティアナ「はい。昔、母から教わりました。それと肉は保存魔法セーブ・マジックを使えば、しばらく腐る事はありません。」


 ジャベルが採ってきた物も、最初に持ってきていた食料の空き箱に詰め込むと、保存魔法セーブ・マジックをかけて保存していた。


ジャベル((やっぱり、ティアナさんの放漫なは、お肉を食べていたからなのだろうか))


 食料を調達した二人は、森を抜けて最後の山脈越えに入る。道中は険しい上り坂でティアナが馬を操りながら、ジャベルが荷車を押しながら進んでいった。モンスターは比較的少なかった。それはアルカナの町を解放したため、新規に発生するモンスターが抑えられているからだ。


ジャベル「ティアナさん、アルカナを解放した理由はこのためなのですか?」

ティアナ「いいえ?元々アルカナは出発した町からの中継地に過ぎません。勇者様なら開放して当然でしょう」


 ティアナが冷静に説明する。実際モンスターの数は減っている。そのことで助かる命も多くある。山脈越えはモンスターとの遭遇が少なかったこともあり、予想よりも早く越える事ができた。そして夕刻に二人は港町サウスフォーセに到着した。

 港町と言うこともあって、町の夕方は少し寂しい雰囲気だった。ティアナは船の手配へ、ジャベルは宿の手配へ動いた。


ジャベル「ティアナさん、船の手配お疲れ様です。こちらも宿の手配は済みました」

ティアナ「勇者様もお疲れ様です。船は一応馬車も乗せられるよう中型サイズを用意いたしました。」


 待ち合わせ場所の食堂で、ティアナは今後の予定を話した。


ティアナ「まず、船で次の港町『エリザベカ』へ向かいます。この町は海から来るモンスターの襲撃に怯えております。その原因となっている魔法陣を破壊します。」

ジャベル「海系のモンスターと言う事は、魔法陣も海の中とか!?」

ティアナ「それは探してみないと分かりません。実際、海中に存在しているとすれば、それは厄介な事です」


 食事を済ませた二人は、宿に戻った。


ティアナ「我、ティアナの名に於いて、汝ジャベルの力をここに書き示さん。」


 ジャベルの部屋で、ティアナの呪文詠唱が響いている。日課となっている能力チェックだ。何度見てもジャベルには読むスキルが無いため、蛇が這ったような文字にしか見えなかった。


ティアナ「勇者様おめでとうございます。勇者様のレベルは15となりました。」

ジャベル「え!?15!?魔法陣とかも開放したはずなのに…?」


 ジャベルが驚くも、ティアナは冷静な顔をしていた。


ティアナ「はい。魔法陣の守護者は、私が召還した天使によって倒されましたので、勇者様への経験ではございません」

ジャベル「そんなぁー」


 ジャベルは肩を落とした。


ティアナ「しかし、私が喜ばしく感じたのは、レベル15になったという事です。」ジャベル「どういうことですか?」


 ジャベルが聞く。ティアナはペンを取り出すと、能力数値を記した紙の裏側に、分かりやすい構図を描いて説明した。


ティアナ「そもそも"勇者"と言う職業はありません。どちらかと言えば"無職"と同じと考えて差し支えありません」

ティアナ「しかし、レベル15、50、85の区切りで、職業変更クラスチェンジが可能となります」

ジャベル「クラスチェンジか!いいんじゃねー?」


 ジャベルが食いつくと、ティアナは目を閉じて首を横に振った。


ティアナ「それには大きな障害があります。」


 ティアナは更に追加して紙に書き足す。


ティアナ「"勇者"と言う職業は無いですが、職業が無いなりに無限の可能性を秘めております。しかし、一度職業変更クラスチェンジしてしまうと、元には戻せず、スキルも変更後の職業のものに限定されてしまいます。」


ジャベル「つまり、ティアナさんが魔法使いになれないのと同じなのですね」


 ジャベルの理解力の速さにティアナが驚いた。


ティアナ「その通りです。勇者様。勇者様が勇者様であるためには、職業変更クラスチェンジをしないことです。しかも、レベル15以降は新しいスキルを覚えやすくなります」

ティアナ「その証拠に、勇者様は新しいスキルを習得しております。水系の補助魔法です。が、効果まではわかりません。」


 ジャベルはそれを聞いて頭を抱えた。ただでさえ分からないスキルを1つ持っている状態で、更に属性しか分からないスキルが増えたからだ。


ジャベル「ティアナさん、魔法はどうやって使うのでしょうか。」

ティアナ「既に術式が確立されている魔法であれば、呪文を覚えてそのまま使うことが可能ですが、勇者様のスキルは名前も詠唱もわからない状態ですので、イメージでやってみるしかありません」


 その夜、ジャベルは寝付けない一晩を過ごした。


 そして翌日。町である程度の装備と食料を購入すると、早速船に積み込んで海の向こうの町へ向かって出発した。

 出発時の気候も波も穏やかだった。


ジャベル「ティアナさん、海の魔物はやはり強いのでしょうか。」


 船上でジャベルがティアナに質問する。


ティアナ「海の魔物が強いのではなく、我々が海の魔物に対して弱いと言うのが正しい解釈です。海中では我々が力を振るうのに必要な空気の供給が絶たれます。剣撃も魔法も全ては、空気があっての力なのです」


 ティアナの説明は正確だった。魔王が世界を牛耳ぎゅうじる以前の人間は、海の生き物を食の糧にしていたと伝えられている。それが今や魔物を恐れて漁業は衰退、魔物を退治できる人間が船内にいるときしか、船は出港することを許されないようになっていた。


ティアナ「しかし、今更ですが何故そのような質問をなさいますか?勇者様」


 ティアナの返しに、ジャベルは少し苦笑いを浮かべた。


ジャベル「いや、この鎧を身に着けていては、泳ぎは満足にできない。今魔物に襲われて、海に引き込まれたらと思うと…」


 すると、ジャベルの口にティアナの指が当てられた。


ティアナ「ひそひそ(勇者様が、そのような弱気ではいけません。雇い入れた船員にも不安を煽る事になります)」

ジャベル「す…すみません。ティアナさん」


 と、その時。見張りから叫び声が聞こえる。


見張り役「前方に大きな水しぶきを確認!クラーケンが出たぞーー!!」


 船員が慌ただしく動き出す、ティアナとジャベルも船首へ向かい、ティアナが望遠魔法テレフォト・スキルを使って確認する。巨大な水しぶきの中には、数本の足が見えている。

 クラーケンとはかつて魔王が小さなイカに魔力を注入し、魔物へと変化させたもので、全長は20mにも及ぶ巨大な魔物である。


ティアナ「これはいけません。クラーケンは数々の船を海に沈めてきたバケモノです。勇者様、船長に迂回できないか確認を」

ジャベル「はい!わかりました。」


 ジャベルは急いで操舵室へ向かうと、船長に進路を指示する。船長も既に他の船員から状況を把握していた。


船長「今、できるだけの手は打っている。しかし、見張りからの報告で、クラーケンはこちらに向かってきている。戦闘は不可避だ。」


 船は戦闘用にはできていない。クラーケンは飛沫しぶきを上げながらどんどん近づいていた。ジャベルはティアナと共にクラーケンとの戦闘に備え、最短で戦える位置へ移動した。


ジャベル「ティアナさん。効果はわかりませんが、覚えたての火属性魔法を試してもよろしいでしょうか!」


 ジャベルがティアナに聞くと、ティアナは軽く頷く。


ティアナ「はい。水属性のクラーケンではありますが、試してみる価値はあると思います。ただし、かなり引き付けておかなければ、効果は薄いのでご注意ください」


 クラーケンは船から目視で確認できるくらいまで近づいていた。ジャベルは大きく息を吸うと、全神経を魔法力マジカリティの錬成にに集中させた。すると、頭の中に自然に詠唱に必要な呪文が浮かび上がってくる。


ジャベル「我、ジャベルの名の基に、集え!炎の力よ…」


 前に突き出した両掌の前に炎の弾が形成されていく。


ジャベル「炎の弾よ!敵を貫け!炎球魔法ファイヤーボール!」


 ジャベルから放たれた火球は、一直線にクラーケンに向けて飛んでいく。それを察したのか、クラーケンは長い足を数本を海中から勢いよく突き上げる。大きな飛沫の影響で、火球の勢いが少し弱まる。しかし、残った火球がクラーケンの眼に命中した。

 炎はクラーケンの眼を焼く程度の勢いだったが、怯んだクラーケンは海中に潜っていった。


ジャベル「おっしゃー!」


 ジャベルの掛け声と同時に、船員からも歓声が上がる。


ティアナ「やりましたね。勇者様。」


 ティアナも笑みを浮かべる。この日は予定通り船の中での一泊となった、魔物の襲撃はクラーケンの1件以降は無く、見張りこそ常時欠かせなかったが、航海は順調だった。


ジャベル「私もようやく勇者として自信が付きました!」

ティアナ「それはとても良い心境の変化かと思います」


 ティアナの薄い反応に、ジャベルの笑顔が少し疑いの顔になる。


ジャベル「…ティアナさん?」

ティアナ「はい。なんでしょうか。勇者様」

ジャベル「もしかして…クラーケンを撃退したのは、私の魔法ではない…?」


 ティアナは笑顔で頷く。そう、魔法に集中していたジャベルは、その時は全く気付いていなかった。火球を放つと同時に、ティアナがこっそりと火球に、威力増大魔法インクリース・スペルをかけていたのだ。しかも、命中と同時に発動するよう、タイミングも見計らっていた。


ジャベル「はは…ははは。」


 ジャベルはもう笑うしかなかった。


ティアナ「大事なのは、勇者様が魔物を退治なさったと言う事を、船員に魅せることです。それが海の上で船員の大きな安心感を与えるのです」


 ティアナの追い打ちに、ジャベルはすっかり肩を落として落ち込んだ。


ジャベル((だよねー。覚えたての魔法で勝てるなら苦労しないわー))


 その夜、ジャベルは枕を涙で濡らしながら就寝した。

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