第13話 関西弁のお兄さん④


「「なっ――――!?」」


 唐突として獣の様な姿に変貌したお兄さん。そしてお兄さんはその鉤爪で俺達の首元を切り裂かんと高所から飛び掛かってきた。


 色々と情報処理が間に合わないが、四の五の言っている場合ではない。


「先輩、下がって!!」


 しかし、俺よりも小鳥遊が行動する方が先だった。


 小鳥遊は再度地面に触れ、周囲に紫電を奔らせる。


「『錬成』!!」


 小鳥遊の一言を合図に地が隆起し、先端を極限まで尖らせた岩槍が空中のお兄さんへと一直線に伸びる。


 空中での動きは少なからず制限される。避ける事も普通はままならないのだが――、


「ガァアアァアッ!!」


 だがお兄さんはあろう事か、岩槍を躱してそれの上を駆ける。


 平均台よりも遥かに細い足場でも、お兄さんの猛然とした勢いは止められない。


 もう無理だ。


 だから逃げる!!


「ぐおおりゃあああっ!!」


 俺は未だぺたんと座り込んでいる小鳥遊の首根っこをいい加減に引っ掴んで、全力全開でその場から即座に離脱した。


 次の瞬間、俺達の居た場所にお兄さんが弾丸の様に突っ込み――。ドッオオオオンッッ!! と地面との激突による衝撃が地盤を僅かに揺るがした。


「どわっ……!?」


 その足場の揺れによって、離脱速度にブレーキを掛けていた体勢が崩される。


 それは本当に一瞬だったはずだ。


 俺が体勢を崩した直後――お兄さんは既に鋭い牙を俺の脇腹に突き立てようとしていた。


「っ!?」


 お兄さんの炯々けいけいと光る瞳に迷いなどは無かった。


 野生の本能に忠実に――ただ眼前のエサを狩ろうとしている。


 俺になす術は無い。


 大人しく狩られるべきか――。


「……って、させるか畜生!!」


 痛いのなんざ真っ平ご免だ、この野郎!


 俺は咄嗟に『創成魔法』を発動させ、今まさに噛みつかれんとしていた脇腹からピンポイントで魔力の剣を顕現させる。


「ヴ、ガッ!?」


 人体から剣が出現するという不可解な事態には、流石のお兄さんも対応できなかったのだろう。彼がやむを得ず食らい付いてしまった異物は、上顎と下顎を正確に貫いた。


 しかし瞬間的に魔力で構築した剣は一秒と保たず、仕事を終えると音も無く霧散してしまい、お兄さんを串刺しから解き放つ。


 でも、それだけで充分だった。


 ほんの刹那――痛みに怯んだお兄さんを突き放すのは。


「小鳥遊ぃ!!」

「あぁあああ――!!」


 俺の呼び掛けに、小鳥遊は剣で応じた。


 小鳥遊は俺の手から離れると、着地と同時に足のバネを使ってお兄さんへと跳躍。


 ただ引っぺがす事のみを考えた太刀筋はデタラメだったが、剣の峰がお兄さんの側頭部を殴打し、車から投げ出されたかの様に彼を派手に吹っ飛ばした。


 そして体勢を崩していた俺も、自身が出したスピードにも拘わらず、ズザザーッ! とひっくり返った亀みたく背中からもろに滑って、摩擦による熱さを感じつつようやく止まる。


 俺は軽い火傷をしたであろう肩甲骨辺りをさすりながら起き上がる。


「痛ってて……」


 ひとまず吹っ飛ばしたお兄さんを確認してみると、付近の地面をラインを引いたみたいな血痕で彩った先にぐったりと倒れていた。あんなので死ぬとも到底思えないので、単に気絶しているだけだろう。


 暫く放っておいても大丈夫そうなので、もう一方の小鳥遊に目を転じると、彼女はこちらに背を向けたまま、己が手に持つ二刀をじっと見つめていた。


 まるで蝋人形の様に固まったまま身じろぎ一つしないので、俺は首を傾げる。


「……おい、どうした小鳥遊」

「……緊急事態です」

「緊急事態?」

「剣、折れました」

「は!?」


 振り返った小鳥遊は顔面蒼白だった。その隣で、二刀がさらさら~と粉塵となり、そよ風に載ってどこかへ舞って行った。


 ……折れたというか、粉々になっとるがな。


「……さっきの一撃に耐えきれなかったみたいです。とうとう逝きました」

「まあ、あんな攻防繰り広げてれば無理もないか……むしろ最初のぶつかり合いで弾け飛ばなかったのが奇跡だ」


 妙に耐久性に優れ過ぎている代物である。洞爺湖とうやことか逆刃刀じゃあるまいし、どんな材質で出来てたんだ? 少なくとも現代の物質じゃ作り出せないのは確定だが。


「どうしましょう」

「どうしましょうってお前な……そうだ、『錬金術』で同じ奴を作れないのか?」

「出来なくもないですが……私は刀剣の作り方を知りませんし、そこらの武器よりも切れ味悪い物になると思いますよ? 『錬金術』で武器を作るなら、その構造を把握してないとまともに使える物にならないんです」


 つまり、現時点であれを再現するのは不可能だという事だ。


 取り敢えず、俺は最初から持っていた支給剣を小鳥遊に渡しておく。俺は魔力で剣は用意できるし、問題は特に無いだろう。


 と、そこで、闘技場の端で呻き声が漏れるのを耳にする。


「うあー……アカンとこやったわぁ……。後ちょびっとで持ってかれそうやったやんか……」


 体の砂を払いながら、男は立ち上がって血痰を吐き捨てる。


 ……やはりお兄さんは、あの程度で倒れて頂けないらしい。


 俺と小鳥遊は反射的に剣を構える。


「おお、おっかない。そう邪険にせんでもええやんか。さっきみたいにはならんから、安心せぇや」


 先程の獣の雰囲気はどこへいったのか、お兄さんはへらへらとして、俺達に気さくに笑いかける。


 しかし、全く油断できない。


 何故なら。


「……傷が綺麗さっぱり塞がってる」


 顎に刻んだはずの刺創が――無い。


 ひとえに『獣化』とかいうスキルの再生能力によるものか、もしくは治癒系のスキルを使用したのか。どちらでも構わない、どうせ効果は一緒だ。


「二人がかりはしんど思て、つい『獣化』を使うたけど……ご無沙汰やからなあ、暴走してもーた。いや、しょうもないとこ見せて、ほんま堪忍や」


 ふう、とお兄さんは虚空に溜め息を吐く。


「……せやけど、まさか止めはるとは思てへんかったわ。短時間とは言えなぁ」


 お兄さんはゴキリ、ゴキリと体中の関節を鳴らすと、その獣の指の鉤爪をぺろりと舐めた。


「――せやから、今度は理性を保ったまま行くわ。ここまで楽しいのも久々やし、終いにするのはもったいないからなぁ」


 そこでお兄さんは獣の様な闘争本能剥き出しの風格へと戻る。


 だが、さっきの野生に任せたのとは訳が違う。正真正銘の理性で以って、俺達を潰すつもりだ。


 今にも視認できそうな覇気を纏い、お兄さんはその獣毛を更に白く、白く染めていく。



「ほな、やろか――――!!!!」



 その有り余る程の本能を咆哮に変え、お兄さんは俺達にその凶爪を向ける――!!











「はーい、ちょっとしっつれーい」










 ――それはひどく場違いだった。



 スタスタと、まるで友人にでも会いに行くかの様に。



 俺達とお兄さんの間に割って入ったのは、煤けた外套のフードを目深に被った男だった。



 その顔も分からないまま、男は呆気に取られている俺達を一瞥いちべつすると、全身を総毛立たせているお兄さんに俺達を指さしながらあっけらかんと言い放つ。


「いやー、ごめんねー。ちょっとね、オレこの子達に用があってさー。君、邪魔だから引っ込んでて貰えるかなー?」


 ひどく緊張感の無い傲慢不遜としたフード男の物言いに、お兄さんはこめかみに青筋を浮き上がらせる。


「……引っ込んでろ、やてぇ?」

「うん、そうそう。だから早くしてー」



「――ふざけんのも大概にせぇやワレェ!!!!」



 あれだけへらへらとしていたお兄さんも、とうとう堪忍袋の緒が切れた。彼は激昂し、謎のフード男に怒号を飛ばす。


 ぶわり、突風が噴いた様に俺の体中の毛が逆立つ。物理的なものによるものではない。もっと精神的な――恐らくお兄さんの今日一番の殺気を無意識に感じ取ったのだろう。


 だが、フード男は意にも介していない様だった。あまつさえ、やれやれと言った風に嘆息する。


「……ふざけてる訳じゃないんだけどな」

「アホが!! そいつは俺の相手や、横取りのどこがふざけてへんと抜かす!?」

「そういう気は全く無いのだけど……どうも君は少々頭に血が上り易いらしいね。大丈夫? カルシウムちゃんと取ってる?」

「おちょくっとんのか……!?」


 お兄さんの堪忍袋は既に爆発しているのに、そこにドバドバと言葉をぶち込んでいくフード男。


 お兄さんは顔を真っ赤にし、その怒りの大きさが大気中に振動となって伝播する。


「もう、我慢ならへん……!!」

「ふーん」

「いっぺん死ね――――!!!!」



 直後、お兄さんの姿が消失した――そう錯覚する程、音にも迫る速度でお兄さんが駆け出したのをどうにか目撃した。



 まるでコマ送りの様に、俺に映る景色は切り替わって――次のコマで、お兄さんはフード男の喉元を抉ろうとしていた。



 そのスピードの領域は既に生物を超えている。



 反応できるとしたら、この世界には存在しない機械か。



 それか――、




「『吸収キャッチ』」




 ――化物だ。




「『解放&リリース』」




 俺にはフード男がそっと手の平をお兄さんの鉤爪に添えた様にしか映らなかった。




 しかし、次の瞬間には――――お兄さんはフード男の客席前のフェンスに、隕石でも落ちたのかと思う程に、その体を無残にもめり込ませていた。


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