第12話 関西弁のお兄さん③


「……『剣』闘士大会だよな? これ……」


 俺は小鳥遊が造り出したえらく尖端的なオブジェに、感嘆を通り越して呆れの声が漏れた。


 地獄には針地獄なるものがあるらしいが、絵面にすればこんな感じなのだろうか。まあ挿絵無いから読者の皆様のご想像にお任せするが。


 地表からは幾つもの鋭く尖った槍の様な岩が、まるで植物みたく不規則に生えていた。生物に例えるならウニとかハリネズミ辺りの背中の上部だけを切り取ったみたいな形だ。


 ……これの直撃を受ければ、串刺しはまず避けられないだろう。


 俺は体力を使い果たし、地面にへたり込んでしまった小鳥遊に近付く。


「お疲れ。……なあ、あれオーバーキルにも程が無いか?」

「全力でぶちかまさないと意味が無かったんです。殺さない様に中途半端に行けば、あのスピードで逃げられてたかもですし……死なない程度の威力にする努力はしましたけど」


 ……チーターの小鳥遊にあれだけ付与を掛けても届かないのか。つくづくあのお兄さんは化物である事を再確認する。


 しかし、流石に真下からの攻撃は躱せなかった様だ。オブジェの先端をよくよく見ると、赤黒い液体を被っているものが幾つか確認できる。


 串刺しの肉体は発見できなかったので直撃は免れた様だが、それでも致命傷を与えたには違いない。


 俺は脅威が去ったとばかりに、思わずほっと胸を撫で下ろす。


「はぁ……良かった。取り敢えず、あのお兄さんは仕留められたって事で……」

「いえ、まだです」

「……えっ」


 あっさりと告げられた言葉に、我が耳を疑う。


 ……こいつ、『まだ』って言ったか?


「……待て待て待て待て、一旦整理するから。……えっと、お前のツィン何とかって奴は当たったんだよな?」

「手応えはありましたよ、。けど、その感触は少し軽かったんです。……恐らく、あの人はまだ動く事が可能なはず」


 神妙な面持ちで述べる小鳥遊に、俺は即座に手を振って否定する。


「……いやいや、冗談だろ? あんなん喰らって動けるなんて人間じゃないって……」

「……元々人間じゃないって考えれば割と自然なのでは」

「どこぞの世界の自然だ。俺には不自然にしか思えんぞ」

「『異世界だから大抵はまかり通る』……先輩、異世界に既存の物理法則とか人間の限界を持ち出してきても意味ないですよ。ご都合主義の世界なんですから」


 ……全くごもっともだ。


 何せ精神論と限界突破論がおかしな程に適用される世界である。というか、そうでもしないと底辺ラノベ主人公は勝てないし、成り上がれもしない。客観的に見ればとんでもない世界論だよな……と、ついそんな事を失笑しっしょう気味に考えてしまう。


 しかし、俺はこの時、一つ重要な事を忘れていた。


 この世界はご都合主義だと。




 そして、それは主人公以外にも適用される事を。





「――今のは、効いたでぇ……」





 地獄の底から響く様な声が、俺達の鼓膜を震わせた。


「ああ、確かにそうやったなぁ……『錬金術』を組み合わせた変則剣術。……まあ、今のは剣術関係あらへんか。意外とやりはるから、すっかりそっちに気が行ってもうてたわ」


 ザリ、と頭上から岩を踏み鳴らす音。


 小鳥遊が造り出したその岩山の一角に――ボロ布をまとった彼は、液体を滴らせて立っていた。


 自分をあざけるかの様に、彼は笑いながら呟く。



「『獣化じゅうか』」



 突如として、影は異形へと身をやつす。



 その身からはしなやかな剛毛が。


 その手からは鎌の様な鉤爪が。


 その口からは槍の様な鋭い牙が。



 そして、彼は天に咆哮する。


「――――――――――ッッッッッ!!!!」



 ビリビリと空気中を伝播する慟哭どうこく



 岩山の頂点で吠えるその姿は、まるで自身こそ強者だと誇示している様だった。


 

 やがて彼は片手の剣を投げ捨てて、鉤爪を太陽に掲げる。



「俺本来の得物はこっちや。まさか――これで戦うなんてなぁ!!」



 まさしく獣と化したお兄さんは岩山の天辺を蹴り砕き、俺達にムササビの如く襲い掛かった――!!

 

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