第11話 関西弁のお兄さん②


 ――やれる事をやろう。


 そう勇んだのは良いものの……俺に出来る事は非常に限られている。


 取り敢えず、小鳥遊をお兄さんとタイマン張れる様にしなければ。


 お兄さんの『敏捷力』は少なめに見積もっても1000以上。手堅く行くなら1500くらいが妥当だろうか。


 そんな風に思案を巡らせながら、俺は小鳥遊の肩にポンと手を置く。


「【戦神よ、彼の者に剛力ごうりきの加護を】――『身体強化』」


 まだ他人に付与するのは慣れていないので、ここは安パイを取り、詠唱してから『身体強化』を発動させる。


 小鳥遊に掛ける『身体強化』は……十重とえに張っておけば互角程度にはなるか? いや、やっぱり心配だ。十重に更に五重掛けておこう。


 計十五重。これだけあれば初期値が元々高い小鳥遊なら対応が可能なはずだ。


 小鳥遊も付与によるステータス上昇を感じ取ったのか、溢れんばかりの闘気を溜め息に変え、今か今かと待ちかねている様であった。


 本音を言えば俺のありったけの付与を重ねておきたい所だったが、いよいよ時間も迫っている。俺は小鳥遊の肩に手を置いたまま、耳元で囁いた。


「……小鳥遊。俺の大まかなアタリでしかないけど、多分これで速度はお兄さんと張れると思う。……気を付けろ、あの人のステータスは召喚者以上だ。敵わないと判断したら手を引け。分かったな」


 彼女は無言でこくりと頷くと、砂埃を盛大に巻き上げてお兄さんへと駆けていった。


 それを合図として、お兄さんもニヤリと口の端を吊り上げると、真っ向から対立してくる小鳥遊に突貫。


 両者、まさに疾風の如く。あっという間に彼我の差は縮まり、そして――激突した。



 瞬間、そこを中心とし、闘技場の大気が吹き荒れる――いいや、




「「「「「うわあああああああああ!!!!????」」」」」


「ぐ、おおおっ!?」




 鉄と鉄同士の衝突による、耳に痛い金属音を連れ添って大気が地面を大仰に舐める。砂埃、というよりも砂そのものが衝撃波に載って闘技場の人間達に雨あられと降り注ぐ。


「ば、馬鹿げてるぞ、こんな威力……!?」


 衝撃波ですらフィールド内の人間が吹き飛ばされそうな膂力りょりょくを伴っている。


 アホか、アホなのかこの世界の物理法則は!! ……まあそうなる様にしたのは自分なのだが。


 ……やがて砂の雨が過ぎ去ると、砂塵の中から鉄同士をぶつけ合う音が少しずつ聞こえてきた。


 しかし、先程の様な爆砕音ではない。この音はもっと淀みなく、澄んでいる。


 砂埃さえも晴れると、その全貌が観衆に晒される。


 俺達が目の当たりにしたのは――剣の残像すらも残さない、ただひたすらに斬りつけ合う剣技の応酬おうしゅうだった。


「――――っっっ!!!」

「……ッ!!」


 滴る汗は飛沫となって、響くは端々に協調される息遣いのみ。たったそれだけが、渦中の世界速度を全て物語っていた。


 後は一切無言。二人は貝の様に押し黙り、瞳を鋭くして無我夢中で剣を閃かせている。


 小鳥遊が右の剣でお兄さんの脇腹を抉り込む。その寸前、僅かに速度で勝ったお兄さんの剣が脇腹と小鳥遊の攻撃の間に進路を断つ様に差し込まれる。


「っ!」

「ッ――」


 小気味よい金属音が打ち鳴らされる。息を吐く暇も無く、お兄さんは受け流したその一合の力を利用して反転、返す刀で右腰から左肩にかけての逆袈裟を彼女に浴びせんとする。


 しかし小鳥遊は先を行く。流された力に逆らわず、逆に前へと二歩、三歩と勢いそのままに踏み出す。


 刹那、彼女の脇を刃が掠めた。辛うじて凶刃を躱した小鳥遊は急停止、足首のバネを解放して直角に針路を取った彼女はお兄さんの背後を強襲する。


 だが、お兄さんは常軌を逸した反応速度で喰らい付く。剣が辿るはずだったルートに己が剣を置き、小鳥遊を弾き返した。


 素人でも判別できる程、両者の集中力は極限にまで達していた。


 それに反比例するかの様に、観衆の視線は両者の剣戟に釘付けとなり、その歓声のボリュームを空気が震えるまでに上げられていた。


「「「「「イエエエエェエェェエェエエエエェエェエエエエエェエェェ!!!!」」」」」


 轟音。今、この闘技場の注目は、あの二人だけに注がれていた。


「…………」


 喝采がデカ過ぎて逆に音が聞こえなくなった様な錯覚に陥った俺は、その中でも冷静に戦局を観察してみる。


 素人目には、小鳥遊がやや優勢……と言った所だろうか。


 だが、片や一刀、片や二刀。手数では圧倒的に二刀の方が勝っているが、一刀の方はその一撃一撃に無駄なく力が込められている。


 故に小鳥遊が連撃で推し続け、お兄さんが受け流していくという構図が出来上がっている。すると『受け』に回っているお兄さんが劣勢に見えるのは当然の事だろう。


 それでもお兄さんはここまでで一度も小鳥遊の斬撃を食らっていない。現にお兄さんの衣装には血痕はもとより、斬痕ざんこんなぞどこにも刻まれていないのだ。


 すると状況が変わってくる。攻め続けている小鳥遊が一つも傷を付けられないという事は、むしろこちら側が劣勢とも取れる。……もはやこの辺りまで来ると、そこから先は『年季の差』という言葉だけで片付けてしまえるのだが……いずれにせよ、何かしらの対策は必要だ。


 と言っても、その判断は小鳥遊に委ねるしかない。完全に戦力外である俺は手助けは付与を掛ける事ぐらいだが、根本的な解決にはならない。よって、全てをあいつに任せるしか術が無いのだ。


「フウッ……!」

「っ……はっ、はっ……!!」


 剣戟はなおも途切れない。


 ……そろそろここで一発、何かしらの変化が欲しい。


 それは小鳥遊も感じていた様だった。


 純粋な剣術では埒が明かないと判断したらしい。小鳥遊は大きくバックステップし、一旦十分な距離を取った。


「……おぉ、どないしはった? まさか降参して、もらえるんか? そりゃあ、有難いわ~……」


 相当に気を張り詰めていた様だ。軽口を叩いているものの、先程までの余裕はどこへやら。言葉の端々に入る息切れが疲労の色を滲ませていた。


 だが、それは小鳥遊も同じ。むしろ攻め続けていた彼女の方が疲労しており、肩の上下動はお兄さんよりも大きい様に見えた。


「っ……はっ、はぁ、はぁ……。生憎あいにく、そんな気は微塵も」

「はっ……じゃあ何や。残念やけど、今の君は勝負を捨てた様にしか……」

「確かに私は逃げました。けど、勝負を捨てたと勘違いされちゃあ困りますね!!」


 そう力強く言うなり、小鳥遊は地面に手を叩き付ける――すると、小鳥遊の周囲に紫電がはしり始めた。


 これは――『錬金術』の錬成反応だ。


「剣だけじゃない――この大会は『何でもあり』なんでしょう!?」

「……ッ!? まさか、ちょ――」

「『湧き穿て、聳える尖剣山ツィンギ・デ・ベマラ』!!」



 直後、お兄さんの地面が波打ち――噴火するかの様に一斉に隆起した。


 本当にそれは刹那の出来事で――――、





 俺が次に目撃したのは、天空を貫かんと大地にそびえ立つ、まるで幾つも剣を突き刺した様に屹立する岩山の様なオブジェだった。


 

 

 

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