第14話 吸収・放出


 ――目を、疑った。



「何が、起こった……?」



 俺は確かに見た。お兄さんの鉤爪にフード男の手が添えられたのを。



 ただ、それだけだ。



 後はフード男が呟いたかと思えば――物理法則をまるっきり無視してお兄さんが遥か後方へ弾かれた。



 まるで――力を全て跳ね返された様に。



 そんな芸当が出来る原因は……。



「スキル……何か魔法を使ったのか」


 自然の摂理から逸脱できるものなんてそれぐらいしか心当たりが無い。


 ……望み薄だが、念のため、フード男に『鑑定』を使ってみる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


年齢:438 種族:人間 職業クラス:魔導士

レベル:測定不能

体力:57493080/57493080

攻撃:12423840

防御:10394710

魔攻:測定不能

魔防:15365720

敏捷びんしょう:9583920

魔力:測定不能

生命:0


『スキル』

身体強化:Lv.MAX

治癒術:Lv.MAX

全属性付与:Lv.MAX

三重異常付与:Lv.MAX

偽装魔法:Lv.MAX

全武術:Lv.MAX


その他 羅列不能


『固有スキル』

言語理解

神眼:Lv.MAX

吸収・放出キャッチ&リリース


その他 羅列不能

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……おかしいだろ」


 いや、もはやそんな次元では片付けられない。


 測定不能がある時点で異常だ。というか、ステータスも常軌を逸し過ぎている。加えてスキルも固有スキルも充実し過ぎていて全部見れないってどういう事だ。


 これこそ、ザ・チート。本来のチーター主人公達があるべき姿であ――、









 ――――え?








 じゃあ……何でそんな奴がここに――異世界に居るんだ?


 そもそも、俺達召喚者のステータスは冒険者平均の3.5~7倍だ。あんなステータスの持ち主は


 仮に俺達と同時刻で召喚されたが、他の場所に飛ばされた人間達が居たとしよう。


 だとしたって、成長率が桁違いだ。経験値に関するスキルとかがあれば別だが……。


 って言うか、年齢が437なんだから俺達と同世代であるはずが――、








 ――そこまで考えて、俺は気付いた。


 ……もしも、この世界に召喚された人間が、


 もしも、俺達よりも先に召喚された人間が居たとしたら?


 もしも、召喚者が存命している場合――そいつは途轍もなく強い奴なんじゃないか?



 そこから導き出される結論は、たった一つだ。



 俺の思考が終着すると、謎のフード男はくるりと振り向き大仰に腕を広げた。


「やあ! 初めまして、と言うべきだね。ああ、今日という日がやって来るのをずっと待ってたんだ。本当にこの世界で生き永らえてた甲斐があった……」


 男は何やら感慨深げに空を仰ぐ。


 小鳥遊は変人の奇行を見たとでも言う風に軽く引きながらも、おずおずと尋ねた。


「……あの、どちら様……」

「ああ、そうだったそうだった。すっかり先走って忘れてたよ。まあ昔からずっと視ていた光景だけど、実際に目にすると胸に来るものがあってね……。確かに、まず自分から名乗るのが礼儀だ。オレの名前は――」

「それは後回しで良い。それよりも先に質問したい事がある」

「――ん?」


 俺はマシンガンの様に喋り続けるフード男の言葉に口を挟んだ。


 こてり、と首を傾げるフード男に、俺は睨みを利かせる。


「……名前よりも質問したい事?」

「ええ」


 これは推測というよりも、既に確信の域にある。


 異常ステータス。


 異常スキル。


 この二つが揃えば、後は不要だ。


 俺は意を決して、彼の正体を告げる。

 


 






「あなたは……俺達よりも、もっと前にばれた――」



「「――――死ねや、ボンクラァ!!!!」」







 ――俺の問いかけは野太い二つの声によって遮られた。


 フード男の背後――全身を血みどろにしたお兄さんと、マキシマムと呼ばれていた禿頭の大男。二人は結託したのか、憤然とフード男に急襲を仕掛けていた。


 脈を易々と断つ鉤爪と、斬るという概念を捨て去った暴力の剣。


 それは互いにフード男に触れて――、



「――『吸収キャッチ』」



 ――気だるげな呟きと共にフード男は二人に背を向けたまま、それぞれの得物をさも当然であるかの様に軽々と受け止めた。


「「んなっ……!?」」


 一度だけでなく二度までも。


 驚愕に一色に染まった彼らの表情は、そんな事を言わんとしている様だった。


「……学習してくれ。オレの『吸収・放出キャッチ&リリース』に攻撃は通用しないよ。何度やっても結果は覆らない、絶対にね」


 確信に満ちたフード男の言葉は、この世のどんなものよりも説得力がある――そう錯覚させる程の眼前の光景。


 ステータスなんて関係ない。


 たったの二回の手合いで、分かる。




 ――格が違う、と。




 お兄さん達だってそれは理解しているだろう。しかし、本心では意地でも認めたくはない。そんな彼らのプライドは己が武器に伝えられるものの、そこに力学はおよそ存在しない。


 まるでフード男に吸い取られるかの様に――彼らの腕に力が籠っていないのは、眺めていても把捉はそくできた。


「だっ……クソが……ッ!!」

「ぬうう、んッッ……!!」

「そろそろ打ち止めをオススメするよ。オレが触っている限り、君らに力は入らないからね」


 パワー自慢のマキシマムでさえ、フード男の不可解な事象を破壊できない。


 だが二人はそれくらいで抵抗を止めはしない。


 自身の忠告を無視されたフード男はやがて退屈した様に、悪魔の囁きを漏らした。


「……『放出&リリース』」


 瞬間、フード男は特にアクションも起こさずして――、



 ブバッ!!!!



 間抜けな効果音と共に――二人は仰け反りながら、それぞれの片腕から鮮血の火花を散らす。


「「が、ッ……ああぁあぁぁあああああぁあ!?」」


 片腕一本、根こそぎ持っていかれた二人の悲痛な絶叫が闘技場に木霊する。


「……だから言ったのにさ。『獣化』の君はともかく……えーと、マキシマム君、だっけ。君は半巨人なんだろう? だったら『巨人化』とか使えば、それなりに善戦できたと思うんだけどねぇ」


 この期に及んで神経を逆撫でする様な発言をし、挙句の果てには助言まで与える。


 それは余裕か、ただ能無しなだけか。恐らく前者であろう。



 ……舐め腐っている。


 俺達の全力でやっとな人――それも二人も相手にして。


 ……いいや、奴にはそれをする権利があるのかもしれない。


 明らかに次元が違う羽虫に対して――大抵の人間は彼と同じ行為をするだろうから。


 未だに痛みに呻くお兄さんとマキシマムを下に、フード男はつまらない物を見る様な蔑んだ目でしゃがみ込む。


「そんなに痛がらなくても大丈夫だろう? 後でまた腕は治してやるからさ、今はゆっくりと彼らと話させてくれよ。オーケー?」

「……んのおっ……!!」


 お兄さんの返答も聞かず、フード男が立ち上がろうとした。


 直前。




「――――はああぁぁあぁぁぁぁぁああああ!!!!」


 


 雄叫びを上げ、真横から勇猛果敢とフード男に斬りかかる人影。


 その丸っこいシルエットには――馴染みがあった。


 丸い人影は先の二人よりも極限まで肉薄し、その刃でフード男の上半身を薙ごうとする。


「あああああ――――!!!!」

「『吸収キャッチ』」


 ――それも、フード男の掌の前には無力。


 いとも容易く、フード男は影の不意打ちを受け止めて見せた。


「……まだ諦める気が無い奴が居たのか」


 フード男はかったるそうに奇襲してきた人物を見上げる。


 その顔は脂汗でいっぱいになっており、運動するのに不向きであろう太った体を彼は持っていた。


 しかし、その目は死んではいない。


 デブ勇者は現場を目の当たりしたのにも拘わらず、憶する事なく圧倒的なフード男に立ち向かったのだ。


 フード男は少し感心した様に呟く。


「……オレに刃向かってきた事は評価できる。けど、それは蛮勇……差は感じ取って貰わないと、こちらとしても手加減に困る。幾らだからと言って、オレは死なせる事に躊躇ちゅうちょは無いのでね――『放出&リリース』」


 デブ勇者の重そうな体が前触れもなく吹っ飛ぶ。


 チーターでさえも、奴には触れる事も許されない。



 じゃあ、俺は――――どうすれば。



 俺が呆然としている間に、フード男はよっこらしょと立ち上がり、スタスタと俺達に歩み寄って来る。


 今の惨状を作り上げたとは思えない程の……罪悪感というものが一切感じられない、極上の微笑をフードから僅かに覗く口元にたたえて。


「待たせたね。さて、オレに質問したい事があったんだっけ?」


 狂っている。


 どうしようもない程。


 もう、充分に思い知った。


 こんな時にだけ、人間は本能に抗えない。


「あ……」

「せ、先輩……!?」


 

 得体の知れない何かに射竦められ、体が硬直して動けない。



 これは純粋な――恐怖以外の何物でもない。

 


 危険とは無縁に育った人間には、この恐怖は底知れない。



 息が切れる。



 頭がぼやける。



 全身が震える。



 視界が明滅する。



 音が途切れる。



 俺は情けなくも、もはや立っている事も限界だった。



 この威圧感とも取れる恐怖には、立ち向かう事も俺には出来ない。



 このまま倒れてしまった方が気が楽に――そう考えた時。




「おい、お前さん。まだ倒れてもらっては困る」




 しわがれた細い腕に抱きすくめられる。



 その腕には杖の持ち手が掛かっていて。



 正体はすぐに分かった。



「町長……」

「ここは任せい」



 老人は俺を小鳥遊に預けると、その杖から銀に煌めく刀身を露わにする。



「ルール違反じゃが……仕方ない。――貴様の行動は目に余る。早々に立ち去れ」

「あっはは。若いのが出たと思ったら、今度は老人? まあ、オレは別に構わないけど」



 凄まじい、老獪の剣気。


 それに当てられても、フード男は雰囲気を崩さない。


「老躯を、舐めるなよ」

「やってみろよ、お爺さん」


 ――人外の対決が、幕を上げる。


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