ブリッジ

01

 病室のベッドに男が一人。

 蒼龍騎こと沢崎和幸である。

 名古屋のダンジョンに挑戦した日から一週間が経とうとしていた。

 「狂戦士バーサーカーの墓標亭」ではよくあることだったのだろう。

 慣れた手順で病院などの手配をして送り出してくれた先で治療された男たちは全部で九人。

 仲間では蒼龍騎と珠木理ジュリーが含まれていた。

 ジュリーの方は腕や胴に打撲が集中していたが顔にもあざが見られ念のために一日検査入院をして翌日には退院していたが、蒼龍騎は左上腕骨骨折など重傷で担ぎ込まれた時には、復元による痛みの増大と助かった安堵からか気を失っていたこともあり長く入院していたのである。


「生きてるか?」


 病室に顔を出したのはジュリーたち四人だ。

 珍しくというのは失礼かと思うが、普通の格好をしている。

 もちろん服装センスは決して良くはない。


「迎えに来ましたよ」


 三田善治ゼンが努めて穏やかに声をかけてくる。


「ああ、待ってたよ」


 多少不自由なぎこちない動きでベッドから起き上がり、ダークカーキ色のボストンバッグと洗面道具や着替えなどの入った紙袋を収納扉から取り出す。

 それを佐藤航助サスケが受け取る。


「会計は?」


 伊達弘武ロムが尋ねると蒼龍騎は「済ませた」と短く返す。


「肩、貸そうか?」


「やめとくよ。かっこ悪いから」


「そうか」


「…悪かったな」


「何が?」


「その…こんなことになって」


 視線を落として話すジュリーに蒼龍騎は声のトーンを変えることなく淡々と返す。


「自己責任だよ。そもそも『下町の迷宮亭』の店長マスターにも止められていたのを無理言って参加したんだ。考え方が甘かったのもあるけどそれをひっくるめての自己責任さ」


 なにかいいかけたジュリーを制したのはゼンの携帯端末の呼び出し音だった。


「すいません。マナーモードにしていたなかったみたいです」


 申し訳なさそうにいうと周囲を見回してそそくさと通話できそうな場所を探して移動する。


「結局、ダンジョンアタックはどうなったんだ?」


 結論から言えばダンジョンアタックはクリアしたと言えるだろう。

 敵十人のうち最後まで立っていたのはリーダー格の少年・遠藤えんどうしゅうただ一人。

 七人が蒼龍騎たちとともに病院で治療を受け、うち二人が入院していた。


「しかし、あれは驚いたな」


 ジュリーが笑いをこらえてそう言った。

 二対一で戦っていたジュリーとサスケは、彼が天に向かって叫んだ時のことを思い出して述懐する。


『チッ! 何やってんだよ! 他の奴らみんなやられちまっただろうが! さっさとこいつらつまめよ!』


 その瞬間は戦慄した。

 開け放たれた天井から何をされるかわかったものではなかったからだ。

 事実、介入はあったのだ。

 しかし、つままれたのは修斗の方だった。


「すいません、充(みつる)さんからの電話でした。何かあったらしくて来てくれないかと」


 少し慌てた様子で病室に戻ってきたゼンが早口で言う。

 蒼龍騎とジュリーが眉間にしわを寄せる。


「一人で行けないのか?」


 ジュリーがたずねる。


「あそこにですか?」


「俺が付き合う」


「すまぬでござるな」


「では、待ち合わせの場所を決めておきましょう……」






 少々怪しげな住宅街のはずれにある四階建ての雑居ビル。

 「狂戦士の墓標亭」のあるビルである。

 ゼンは無意識に唾を飲み込む。

 入口を入ってすぐ横の古い鉄製の階段で四階まで登り扉横のインターホンを押すとゼンに連絡を取ってきた坂本さかもとみつるが出てきた。


「すまんな。通話ではさすがに話せなくて」


「いえ…」


「ん? お前来てたのか。ちょうどいい」


 充は、ゼンの後ろにいたロムに気づくとそう言った。


「まずは中に入ってくれ」


 申し訳程度の事務机とファイルが並べられたスチール製の書棚があるだけの殺風景な事務所。

 ここはあくまで奥の部屋に設置されているミクロンダンジョンを運営するためだけの事務所なのだと言う。

 一応はくづけのために五分刈り紺スーツの壮年の男が一人、責任者という肩書きで常駐している。

 実際の運営は充が行なっていたようだ。

 前回来た時に案内に立った若い男はゲームの常連からなんとなく事務所に入り浸るようになった垣沼かきぬましょう、茶金の髪の男は闘技場でのバトルを観戦するのが好きでよく来る充の舎弟の一人で名は山形やまがた宏伸ひろのぶだと聞いている。

 今日は二人ともいないようだ。

 充は二人をミクロンシステムのある奥の部屋へ案内する。

 パイプ椅子を用意し座らせると


「何か飲むか?」


「いえ、お構いなく」


「そうか…」


 そう言って彼自身も椅子に座った。促したのはロムである。


「何があったんですか?」


「単刀直入だな」


 充は苦笑しながら一度スクエアのメガネの位置を直し、しばしの沈黙の後低い声で答える。


「……修斗がいなくなった」


「修斗というのは我々が戦ったリーダー格の?」


「ああそうだ。どうも章吾の手引きで彼らと一緒に東京のミクロンダンジョンに行ったらしいんだが…もう五日連絡がつかない」


「東京…というのは確実な情報ですか?」


「間違いない。事務所に章吾のメモが残っていた」


 言いながら胸のポケットから卓上メモ用紙らしきものを取り出し、ゼンに手渡す。

 そこには「帰らずの地下迷宮」という名と住所、連絡先が書かれていた。住所からすると彼らの家からさほど遠くないところにあるようだ。

 しかし「下町の迷宮亭」の店長が調べてくれた都内・都下の既知のダンジョンギルドに該当する名はない。


「知らない名前です。新しいダンジョンでしょうか?」


「宏伸が言うにはうち以上に黒い噂があるダンジョンらしいぞ」


 そう言われた二人は期せずして互いの顔を見合わせた。


「何かあったのか?」


 その様子に感ずるものがあったのか、充は眉間にしわを寄せて心なしか身を乗り出した。


「我々が探していたダンジョンかもしれません」


「…何か事情があるようだな」


「こっちの話は今はいいでしょ。で?」


 ロムに言われて彼は背もたれに寄りかかる。


「そうだな」


「場所までわかっているんならわざわざ俺たちに連絡を取る意味がわからない」


「察しがいいな。宏伸に何人かつけて後を追わせてみたのが昨日。その宏伸との連絡もつかなくなった」


「それで我々に探ってもらいたいと言うことなのですね」


「そう言うことだ。お前らはオレの知る限りもっとも強くて信頼の置けるだ」


「おだてるのが上手いことで」


 と言うロムの言葉には多分に皮肉が込められている。


「ぶっちゃけ言うと出来ればオレが行きたいところなんだが、大人の事情でここを離れるわけにいかなくてな。頼まれてくれないか?」


「……わかりました。まぁ、他のメンバーに確認を取らなければ確約はできませんが、多分行きますよ。我々の事情から見てもね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る