手掛かり

バイオダンジョン

01

 下町の迷宮亭。

 ジュリーたち三人の住むマンションの向かいにあるオモチャ屋の地下にあるミクロンダンジョンのギルド名である。

 店長マスターは、違法な上に違法を重ねることを承知で作業をしていた。

 胸騒ぎがあるのだ。

 杞憂きゆうに終わればいいと思うが念には念を入れるべき性質のものだと思っている。

 この用心深さが彼のギルドを守っていると言っていい。


 ミクロンダンジョン。


 かつて一世を風靡したゲームだった。

 某国が非合法・非人道的な研究によって発明した人体縮小ミクロンシステムを利用して、ミニチュアアスレチックをプレーヤーに遊んでもらうゲームである。その開発経緯や「ゲームエクスポミクロンダンジョン崩壊事故」でミクロンシステムの民生利用が国際的に禁止された曰く付きのゲームである。

 民生機が国によって強制的に回収されたはずなのにネット上で裏取引がなされ、事故直後から非合法のミクロンダンジョンが全国各地で運営されている。それらはゲームの世界観に合わせてか組合ギルドと呼ばれ摘発の対象になっている。

 下町の迷宮亭は開設から一年以上経っているが未だに疑われた気配はない。


「店長」


「ん? ああ、すまない」


 ぼーっと思考世界に沈んでいた店長に声をかけたのは三田みたぜん、最近ギルドに加入したパーティの一人だ。仲間内にはゼンのニックネームで呼ばれている。


「でもなんでまたカードの作り直しとかいいだしたんですか?」


「気になることがあってな」


 それぞれにカードを渡しながら、問いかけたジュリーことたまおさむに彼はそう答えた。

 ミクロンシステムは人を十分の一サイズに縮小・復元する技術である。DNA情報を解析し、プレイ前にバイタルデータをスキャン。それらを元に十分の一に縮小、プレイ後に復元する。

 手渡されたカードとはDNA情報をICチップに記録したカードである。ジーンクリエイティブ社製ミクロンシステムが採用したもので、DNA情報が個人情報保護のためプレイ後ホストコンピューターから削除されてしまいプレイのたびに採血・解析していた他社製従来機の不便を解消したものだ。

 究極の個人情報であり、またミクロンダンジョンをプレイしている決定的証拠でもあるカードはどこのギルドも原則保管管理はプレイヤーに任せている。

 そのカードを店長は改めて作り直し、従来のカードを回収したのだ。


「そのカードは廃棄するでござるか?」


 とう航助こうすけ通称サスケが時代がかった口調で訊ねてくる。


「いや、うちで保管する」


「それって…」


「君たちには摘発リスクだろうが、セーフティーネットだと思ってくれ」


「店長もやばいものを感じてるってこと?」


 仲間内でロムと呼ばれている伊達だてひろもまた彼と同じ胸騒ぎを感じていたのだろう。


「ああ、そうだ」


 言って彼は四人に十枚ほどのプリントを渡す。彼らがこれから挑もうとしているダンジョンに関する資料らしい。


「ギルドの名前が知れたんでな、調べることができた」


「都市伝説じみた噂があるって割にはプレイしている冒険者、意外と多いな」


 ジュリーはさっと目を通すとサスケに渡す。それを覗き込むゼンが話を引き継ぐ。


「『そのダンジョンに挑むと戻ってこない』…でしたか? 確かにギルドの存在に関する噂レベルでなく遊んだ感想がありますね」


 ゼンは古いアニメのキャラを真似た少し鼻にかかった、独特の抑揚がある話し方をする。対してジュリーは芝居掛かった熱血口調だ。


「だが、ギルドメンバーはおらんようでござる」


「そのようですね」


「みんなゲストプレイ?」


「ギルドってのはみんな登録制じゃないのかい?」


 まだプリントの回ってこないロムがたずねる。答えてくれたのは店長だ。


「ミクロンギルドは非合法組織だ。ダンジョンアタックをするためにはギルドに出入りしなくちゃならないから、会員登録的に情報を提出してもらうって意味ならどのギルドも登録制だな。でも君らだって登録したからと言って狂戦士バーサーカーの墓標亭には多分二度と行かないだろ? この場合のギルドメンバーってのはまぁギルドに入り浸っている常連のことさ」


「なるほど。つまり常連の情報がないってことか」


「そういうこと。しかし、狂戦士の墓標亭と違って決して評判が悪い感じじゃあない」


「そうですね、おおむね難易度が高いこと以外で悪い感想は見当たりません」


 ゼンはサスケから手渡されたプリントを改めて精査しながら親指を顎に当て、人差し指は鼻をゆっくり軽く叩くような仕草を始める。


「それがどうしてあんな噂が立つ?」


「しかし、実際行方不明になっておるから今回の件を頼まれたのでござろう?」


「そこだよなぁ」


 オーバーにうんざりと言った仕草をしてみせるジュリーは、すでにその件で考えることを放棄したようだ。


「……マスター」


「どうした」


「個人情報として伏せているのは承知でお願いしたいのですが……情報源、教えてもらえませんか?」


「情報源に何かあるでござるか?」


 ゼンは例の仕草で視線をプリントに落としたままサスケに答える。


「感想が、未熟な気がするのです」


「未熟?」


「ええ。直接書かれてはいませんが、この感想…どれも第一階層のものではないかと思うんですよねぇ」


「なるほどな。個人を特定できるような情報は信用問題にもなるから教えるわけにいかないが、そうだな…私が直接聞き取りした範囲の印象で言わせてもらえば、君の考えている通りだ」


 店長はあくまでも個人の感想であることを強調してから初心者や決して上手な冒険者ではないものばかりであることをうかがわせるエピソードを話してくれた。


「それからこれは不確かな情報すぎて君たちに教えるのもどうかと思ったが、そのダンジョンであさこうを見かけたやつがいるらしい。まぁ、本人が直接見たわけじゃない又聞きだからしんぴょうせいは都市伝説以下だがな」


「浅見洸汰って、去年のウルトラマンでこの間失踪した浅見洸汰ですか?」


「その浅見洸汰らしいぞ」






 四人の冒険者が「帰らずの地下迷宮」にアタックしたのは三日後の土曜日だった。

 そこは「下町の迷宮亭」の目の前にある彼らの家から歩いても三、四十分ほどのところにあった築十年以内と見える三階建ての小さなテナントビルにあった。

 裏の通用口から入り、窓口の男に合言葉を言うと「ちょっとこっちへ来てください」と連れていかれた事務所の奥にエレベーターがあり、エレベーターの中にはたった一つのボタン以外には何もない。

 顔を見合わせた四人はそっとうなずきあう。

 ジュリーがボタンを押すとエレベーター内の照明が消えてほんの僅かに揺れる。

 緊張感にあふれた沈黙が狭い空間を支配する。どれほどたったのか。確認はしていないが数分経った頃、


「動き出したんだよな」


 と、ほとんど加速によるGを感じなかったことをいぶかしんでジュリーが言う。


 ゼンも「おそらく」としか言えなかった。

 四人は上昇したのか下降したのかもわからないまま体感でさらに数分暗闇の中で待たされ、やがて突然戻った照明の明るさに目を細める。

 その瞬間、やはりほんの僅かに揺れたようだった。

 ポンと電子的な音がなりドアが開くと、そこには雰囲気抜群の煉瓦造りのファンタジックな酒場が広がっている。


「ようこそ帰らずの地下迷宮へ。ここは入り口前の冒険者用酒場兼宿屋『嘆きの酒場亭』です」


 出迎えに来たのはクラシックなドイツの民族衣装ディアンドルを着た豊満な若い女性だった。えりぐりの広い木綿生成きなりのブラウスに前開きで襟ぐりの深い短い袖なし胴衣ボディスは草染だろうか、深い緑色できつめに紐で絞められていてハムを連想させる。同色のスカートは膝下丈でふくらはぎまで隠れている。エプロンはブラウスと同じ木綿の生成り、灰白かいはくしょくのハイソックスに飴色あめいろの木靴もドイツ風デザインと時代考証でもしたのかと言いたくなるほどの本格派であった。

 彼らはそんな田舎娘ディアンドルに促されて手続きをすませると、酒場の奥に設置れていたミクロンシステムに案内される。

 縮小された四人の前に広がっていたりは十分の一の酒場であった。

 自分たちは本当に縮小されたのか? と悩んでしまうほどに精巧なミニチュア酒場で待っていたのは制服なのだろう、先ほどの豊満な女性が来ていたのと同じデザインのディアンドルを着たやせ気味のメリハリのない女性だった。


「冒険の道具はお揃いですか?」


「え?」


「当嘆きの酒場亭では冒険初心者のために冒険装備などの貸し出しもしております。……皆様は一通り揃えて準備されているようですね」


 マニュアルトークだったのだろう。話の途中で彼らの格好に気づいたようだ。


 ジュリーの鎧は狂戦士の墓標亭の経験を生かしてか改良が施されていた。綿入りのトレーナーの上に着込んでいるくさり帷子かたびらは従来通りのチタン製七分袖・膝上丈の筒型衣チュニックデザイン。その上に練色ねりいろの麻製袖なし筒型衣を着るところまでは従来通り。当世とうせいそくを参考にしていたツヤ消し処理のされた鈍色にびいろのアルミ合金製プレート装甲は認識の甘さからデザインを優先させていた箇所がよりシンプルに防御能力を優先したものに変わっていて。南蛮具足然とした無骨な中に機動力を最大限に求めた作りになっている。

 武器は腰にいているこんに塗られたシンプルなさやに収められたているショートソードで、身長に合わせた七十センチ級の従来品。背中には予備なのか黒鞘に収められた八十センチ級のソリのある日本刀風の両手持ち剣を背負っている。


 サスケは非常に細かく編まれた鎖帷子を着込み、伝統的な墨染の伊賀袴ばきという忍者装束を着ている。手甲てっこう籠手こてすねても目だけ露出している覆面頭巾姿というのもいつも通りだ。

 武器も帯の後ろに差した刃渡り二十五センチ級の短刀と、狂戦士の墓標亭アタックの時に用意した八十センチ級の日本刀を背中にくくりつけている。


 ゼンの今日は濃紺のローブを羽織っている。ローブの中はバレーボール用の肘・膝サポーターを巻き、いつも通りアウトドアベストのようなポケットだらけの中衣には色々と入れてある。

 右手には狂戦士の墓標亭での反省を生かし手直しされた杖を握っている。ジュリーの鎧同様時間のない中で改造されたものだからか、デザインが元のものより不恰好になっていた。


 ロムは今日も筋肉の動きなどで技の始動が悟られないよう配慮されたゆったりとした藍色の拳法着を着ている。例によって裾は邪魔にならないように足首のあたりで布紐で縛られていて、袖は拳が見える程度に折り返してある。

 武器として二メートルサイズの棍を持ち、腰には水と炊いた米が一粒それぞれ袋に入れて提げられている。


「ここは初心者が多く来るのかい?」


 ジュリーが勇者志望の熱血少年然とした芝居掛かった口調で話しかける。


「初心者かどうかはよくわかりませんが、私の知る限りリピーターはほとんどいないんですよね。ダンジョン内のことはわかりませんけど内装はご覧の通り相当凝ってますし、きっとダンジョンの方もよくできてると思うのですが。皆様もしよかったら今後ともご贔屓に」


「ご贔屓にって言われてもミクロンはプレイ料金高いし通うのは簡単じゃないよ」


 ロムが三人を促しながら軽口で答えると「それもそうですね」と納得顔を見せ、彼らの背中に声をかける。


「皆様のご健闘をお祈りします。頑張って」


と。


 嘆きの酒場亭を出ると街道を模した通路が伸びていた。風景として書割かきわりが建てられていたがその風景も細部まで書き込まれていてなかなかに凝った演出になっている。


「気づきましたか?」


 歩きながらゼンが言う。その声は心持ち上ずっているようだ。


「気づかないわけないだろ」


 ジュリーが答える。彼もまた声が震えている。

 そう、この演出の凝りようが嫌でもダンジョンを想起させるのだ。


「このダンジョン、何が何でもクリアするぜ」


 洞窟を模したダンジョンの入り口の前に立ち、ジュリーがそう宣言してダンジョンアタックは始まった。

 リアルに作り込まれた洞窟は足元がでこぼことしていて歩きにくく壁肌も荒く掘り出されたようにゴツゴツとしている。いくらも進まないうちに外からの光が届かず薄暗くなる。


「初心者が多いと言っていましたね」


 ゼンが呟くと先頭に立っていたジュリーが立ち止まって振り返った。


「多いかどうかはわからないが、初心者のために道具を貸し出していた。だ」


「事前のレポートによれば雰囲気は良いがそれだけ。まるでグラフィック以外に評価することがないコンピューターゲームみたいな評価でござった」


「ライト」


 ゼンは杖のスイッチを押して明かりを灯す。

 明かりに照らされた洞窟は人が三人並べば通路が塞げそうな道幅で、なんとなくまっすぐ奥へと続き左に折れている。


「マッピングも大変そうでござるな」


 サスケの言葉には苦々しそうな表現とは別に喜色が含まれていた。

 ここ「帰らずの地下迷宮」は冒険者用酒場兼宿屋と言う設定の『嘆きの酒場亭』と呼ばれるフロントによってその外観が隠されていたので、どれほどのサイズのダンジョンなのかもわからないようになっている。これはまさにTRPGテーブルトークロールプレイングゲームや攻略情報のないCRPGコンピューターロールプレイングゲーム同様の、もっと言えば実際の冒険そのものとも言えた。

 ここが東京都内の小さなテナントビルである以上、実寸でそれ以上の面積はないとしても十分の一サイズの彼にらにとっては相当な広さになる。

 そんな状況に置かれてそのことに喜びを感じるあたり、サスケはやはり冒険者気質ということなのだろう。この辺りは他の仲間も同様だった。

 洞窟は自然な空洞を模しているのではなく人為的に掘られた洞窟として造形されていた。その様を見てゼンはなんらかの意図を持って作られた洞窟であり、奥には何かが仕掛けられていると考えられる。とシナリオを分析する。


「そう言えばダンジョンの設定しらねぇな」


 ジュリーは測量のためいつも以上に進まない探索に多少の苛立ちを覚えつつ、気を紛らわせるためか呟いた。

 ミクロンダンジョンはRPGにカテゴライズされているゲームである。その性質上目的がありシナリオがあるはずだ。だから通常冒険者プレイヤーがダンジョンアタックをする理由になる設定が公開されている。

 もっとも大体において冒険者はミクロンダンジョンを遊ぶこと自体が目的なわけで、シナリオ上の設定などあまり気にしているものは多くないだろう。ジュリーもこのダンジョンの設定を聞いていなかったことに気づき、それを話題にしたに過ぎない。


「私も知りませんよ」


 TRPGのシナリオライターとしてそれなりに名の知れたゼンが設定に興味を示さなかったとジュリーは受け取り、「珍しいな」と呟くいた。

 しかし、返ってきたのは想定外の返答だった。


「ないんですよ」


「え?」


「全く未開のダンジョン。そういう設定なんです。まぁ、ありといえばありな設定です。そもそもいわいつ付きの場所などそうそうあるものじゃない。リアリティというのであればむしろこちらの方が全然リアルです」


「そして勝手に曰くつきになる」


「ロムの言う通り、プレイヤーが有る事無い事噂にして勝手に曰くがついたのがこのダンジョン」


「その曰くが『そのダンジョンに挑むと戻ってこない』か」


 ジュリーが右に曲がる通路の先を警戒しながら低い声で呟いた。

 曲がり角の手前でゼンが光源である杖の先を突き出す。少し間を開けてジュリーがそっと覗き込むが通路が続いているだけだった。

 四人の冒険者は適度な緊張感を持って先へ進む。

 ダンジョンは複雑に紆余曲折しながらも延々と通路が続くだけのどちらかと言うと単調なものだ。

 彼らはここまでに二度、洞窟の横穴で待ち伏せに出くわしたが非常に簡素な固定型のオークが攻撃してくるでもなくゼンに殴り倒されている。

 やがて洞窟は行き止まりになり、どん詰まりには簡素な木製の扉があった。

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