チャプター12 Octavarium(前編)

 見覚えのない剃刀がポツンと置いてあった。


 朝、出勤準備の為に、隣で眠っているハルを叩き起こし、洗面台に向かったら、見慣れぬ剃刀が置いてあったのだ。安いビジネスホテルのアメニティのような使い捨てのものではなく、理髪店で男性の髭を剃るときに使えそうな、立派なものだ。刃に映ったわたしの顔と目が合うと、わたしは得体の知れない不安を覚え、その剃刀を元の場所へと置いた。


 顔を洗い、歯を磨き、タイマー予約したご飯が炊けた心地良い匂いが充満するキッチンに向かい、お昼の弁当の具材をどうしようかと、冷蔵庫の中を確認中、ハルがボリボリと腹をかきながら、気だるそうにわたしへ「おはよー」と、洗面所に向かった。昨日はしこたま飲んだから、当然だろう。コップにペットボトルのミネラルウォーターを注ぎ、テーブルに置く。


「ハル、お弁当の具材だけどさ、昨日の残り物の焼肉と、パックサラダ、冷凍のやつでいいかな? 春巻きと唐揚げならどっちがいい? あとさ、今日燃えるゴミの日だから、洗面台にあるゴミ箱持ってきてよ」


 洗面所にいるハルから返事がない。そんなに寝ぼけているのだろうか。


「そういえば、そこに剃刀みたいなのが、あるんだけどさ……それってハルのやつ? ムダ毛剃るにはちょっと、大袈裟すぎない?」


 お弁当箱にご飯を敷き詰めて、サラダにドレッシングをかけようとしたら、虫でも横切ったのだろうか、なにか……なにか、首に生温かい感触があった。お弁当の方に目線を落とすと、さっきまで、真っ白だったご飯が、イチゴシロップをこぼしたかのように真っ赤に染まっていた。わたしの鮮血でだ。


「ハル?」


 つんざくような痛みに襲われながら、振り向くと、さっき洗面所で見た剃刀をハルが持っていた。そのハルは、わたしの知っているハルではなく、別の……別人のハルが……わたしの喉を切り裂いていた。出血による激痛で、遠のく意識の中、わたしはハルを抱きしめる。IFグレードのダイヤモンドのような、なんて……冷たく透き通った瞳なんだろう……だけど、ハルには似合わない。事切れる寸前、わたしは、ハルへこう囁いた。


「ハルのようになりたかった」と。



「(真っ昼間だ、酸っぱい紅茶の為ならば魂を売ろう、九年間も苦労した甲斐があった」


「はあ……レインボーのスターゲイザー? 酸っぱい紅茶じゃなくて、ただの水でしょ」


「カラオケでハルとよく歌ったなー……別にいいじゃん、この酸っぱい紅茶だけが生きがいなんだからさー……九年、そういえば、わたしとノブヨが合成してから、どれくらいの歳月が流れたのかな……大体、一人のハルを倒すのに、体感時間で平均一分ぐらいとして、それが十億人分のハルだとすれば」


「はあ……十億分……千九百飛んで、二年掛かる計算になりますね、それが、二十億、三十億なら……」


「わーっ! 数を言わんでもいいノブヨ! 気が遠くなる!」


「はあ? そもそも、ハジメが言い出しっぺでしょうが!」


 こんなノブヨとのやり取りを何度、繰り返しただろう。百人分のハルを狩るたびに、わたしたちは、こうしてノブヨとささやかな息抜きとして、お茶をする時間を設けている。所謂、インターバルというやつだった。レプリケーターという、スタートレックに出てきそうな、インクルージョンの謎技術によって、食べ物に困る心配(そもそも、食事を必要とする身体ではなくなったけど)はなかった。


 とある雑居ビルの屋上には不釣り合いなくらいの、肉、菓子、肉、菓子、お茶の山々。わたしとノブヨは時々優雅に、ほとんどがむしゃらに、それらを頬張り、お茶をすすり続けた。


「……で、次のハルの事だけどさ」


「はあ……ルールを忘れたんですか? ハジメ」


「インターバルで、ハルの事を話すのは禁止ってヤツでしょ……でもさ、アレを見ながら、そんな悠長な事言ってられるの?」


 わたしが指さすアレというのは、空高く……成層圏ギリギリの高度から落下してくるハルの事だ。


「あのフラクチャーケープの名はエックス……翡翠ジェードのミネラルウェアです。EIを転々と移動しながら、高度約二十一キロメートル、成層圏の超高高度から……外殻を翡翠でコーティングした運動エネルギー弾頭となり、対象のハルへ衝突。自己修復を繰り返しながら、また別のEIに転移を繰り返すドローン型フラクチャー」


「ドローンって、あのハルには意思っていうものはないの?」


「はあ……わたしたちは死ぬほど目撃してきたでしょ? この理不尽な悪循環によって正気を保てなくなったハルたちを……あの翡翠のハルは、とっくの過去に発狂し、止まることのない、並列する和嶋治を殺戮し続けるキリングマシンに成れ果てた。彼女を解放するには……」


「まるで、水族館のマグロだな……わたしが、ハルを止めるしかないってわけね」


「はあ……そういうこと、いつもの事だけど」


「(灼熱と雨の中、鞭と鎖に繋がれながら、彼が飛ぶのを見る)」


 ゴオオ……っと、雲や飛行機一つもないピーカン晴れの空に轟くハルの雄叫びのエンジン音。


「はあ……この音は、あのハルから……」


「ハルが叫んでいるだよ。助けて……ってね」


 わたしとノブヨは紅茶のカップをソーサーにゆっくり置き、各々のフラクチャーを展開させ、互いに軽くキスをしながら合成した。


「プロポーショングリッドに予測着弾地点を、現EIでの和嶋治をマーク。ちゃちゃっと、済ませましょうハジメ」


「(多くが死んで、我々は石の塔を建てた、この肉と骨で、ただ彼が飛ぶのを見るために、なぜだか知らない、今我々はどこへ行こうというのだろう)」


 地面を蹴り飛ばし、角襟のダイヤモンドの蝶のような羽を広げ、全速力でハルの落下地点に飛翔する。道路や車を蹴散らし、木々を吹き飛ばし、ビルのガラスを粉々にして、わたしたちは弾丸となったハルへ突っ込んでいった。プロポーショングリッドがけたたましく警告する。ジェードのハルがスズメガのような外殻をパージし、長細い弓矢のような形となり、急加速した。


「はあっ!? APFSDS弾かよ!」


「日本語で! ノブヨ!」

 

 ノブヨもわたしも、いくつかの形への相転移を繰り返しながら、やがて筒状になり、ジェードのハル同様に、巨大な矢の弾頭となり、猛スピードで着弾予測地点という名の対象のハルへ向かっていく。


「ヘッドオンまで、半秒! フラクチャーを抜いて!」


「鈴木選手、振りかぶってぇ……」


 アーガイル柄の鞘からピンクダイヤモンドの刀身を抜き、空中で野球のバットのように構え、ハルへ衝突するハルをぶった斬ろうとしたら、クンっと、ハルの矢羽が、少しだけ傾いたと思えば、こちらへ向かって方向を変えてきやがった。


「やっばっ! ビーンボール!?」


「それは野球! ハジメ!」


 EIのハルではなく、わたしを優先して破壊しにきたのは、とても嬉しいというか光栄とも思いたいが、なんせタイミングが最悪だった。


「(熱風が砂漠を横切り、我らの時が来たのを悟った、世界は周る、我らが彼の夢と共にあるとき、石の塔が彼を一直線に空へ運ぶのだ、ああ、あの顔が見える)」


 猛スピードのハルとキスをし、想像を絶する衝撃が襲い掛かった。こちらの肉体がそのまま抉れ、粉砕されるかと思ったが、こちとら、インクルージョンの最大限の庇護と、最先端の支援を受けたミネラルウェア・フラクチャーである。易々と壊れていいシロモノではなかった。


「ノブヨ!」


「絶対にっ! 絶対にハルを離さないで! ハジメ!」


 ハルの矢弾にしがみつき、地面へこのまま叩きつけられそうだった。即座に、わたしのフラクチャーの羽が相転移し、ノブヨの腕へと変わり、わたしの刀を用いて、何も無い空間を一気に切り裂き、他のEIへのポータルの扉を開いた。


「(あなたの星はどこなんだ? はるか、はるか彼方なのだろうか? 我々はいつ旅立てるんだ? なあ、私は信じているんだ、信じている)」


 視界を覆いつくす、目が悪くなりそうな果てのない幾何学模様のペンローズ・タイルの大海原。五十六億七千万もの五次元データ結晶によって構築されたクラスターストレージ。それが、インクルージョンたち、わたしたちのEIと呼ばれる世界の外側の光景だった。無限に煌めき蠢く虹色の正五角形の星々と銀河たちが、万華鏡のようにグルグルと回転し、干渉し合い、折り重なったと思えば、わたしとノブヨ、ジェードのハルと一緒に、別のEIへ次々と切り込んでいく。春の海を、夏の野山を、秋の裏路地を、野鳥がひしめき合う冬の川を、そこに透過されるハルたちを、貫き、破き、砕き、抉り、溶かし、おろし、焼かれ、吹き飛ばし、粉々にしながら、わたしたちは、ピンクダイヤモンドの刀を振り下ろし続け、ポータルを斬り拓いていった。


「ハハジハ、ハハ……ハジ、ハ……ハジメ!」


 EIを連続で跨いでいるせいか、ノブヨの負荷が大きい。ノブヨの声が段々とか細くなっていく。


「(でも何故だ、降りしきる雨の中、鎖に縛られ、多くの者が逝った、彼の飛翔のためだけに、私の肉と骨を見ろ、さあ見ろよ! 見ろよ! 見ろよ! 見ろよ! 彼の石の塔を)」


「ノブヨ!」


 わたしは消えゆくノブヨのエコーを途絶えさせまいと、ダイヤモンドの拳を握りしめ、渾身の力と、気合を込め、暴走するハルの脇腹を連続で殴り続けた。


「(私を帰しておくれ、彼は望みを返してくれた、帰ってゆく、私は帰ってゆく、私は目を充血させ、心はここを旅立ってゆく、けれどそれは家じゃない、家じゃない、私を帰してくれ、帰してくれ、私の家へ)」


「チャージ完了! やれ! ハジメ!」


「いい加減……止まれよっ! このじゃじゃ馬がぁっ!」


 拳で劈開させた割れ目に、刀をねじ込むようにぶっ刺し、己のミネラルウェアの、フラクチャーの、わたしとノブヨの「光」を、ストロボライトのように、一気に瞬かせ、発光させた。


「ありがとう、ハジメ」


 これを何万と聞いて、きっとこれから何千万回と聞くのだろうか。そんなハルのか細い断末魔の後、ジェードの矢が粉々に砕け、その破片の中から、微弱に煌めく一〇五を丁重に回収し、ハルの最期の瞬きをわたしの一〇五で共有させた。


「ハジメ……なの?」


 ジェードのハルが狙っていたターゲットだろうか、街の残骸に埋もれ、辛うじて生き残っている四十代ぐらいのハルが、わたしを見上げていた。


「……必ず、帰ってくるからさ、だから……」


 わたしはハルへ呟き、刀を抜いて、ハルをバラバラに切断し、一〇五をついでに回収した。


「ハル、ごめんね」



「ハジメ……ごめんね」


「ハァルッ! イヤだ! まだ! わた……」


 わたしを庇い、守ったのだろう、ハルが粉々に砕け散った。白い……白濁とした真珠の粉末を血のように撒き散らし、足から膝、お腹、胸、首……ハルの顔……小さくて、それこそ、アコヤ真珠のような華奢で、儚そうな、可愛いハルの顔が、何千、これから何万とキスをする筈の唇が、怪物のような見た目のハルが、その醜い触手で貫いた。


「くっだらない、茶番はこれまでよ」


 破壊されたハルの頭部から、一〇五を摘出し、粉々になったハルの残骸を踏みにじる。


「お前……」


 わたしは白煙となり、夜空に上がるハルを目で追いながら、裸のハルに呟く。


「お前……今、なんて言った?」


「ん? だぁかぁらぁ、こっの、クソくっだらない、茶番は……」


 ノブヨとゴマスたちの弾幕が、一斉に裸のハルへ向けて叩き込まれた。無尽蔵のダイヤモンドの矢が、ルチルクォーツの金槌が、裸のハルを前衛芸術のオブジェへと成れ果てさせた。


「弾幕を緩めるなよー! こいつをフラクチャーすればまだぁー……」


「このEIの和嶋さんをまだ保てる!」

 

「はあ! こんなあっけない終わり方……わたしは認めない! 認めない! だから、ハル! ハル! ハルを今すぐ!」


「……茶番はお仕舞だって言ってるんだよ」


 ノブヨとゴマスたちが一斉に、粉々に粉砕された。さっきまでの熾烈な弾幕はどこへ消えたのだろうか。刺さり、食い込ませていた矢と金槌は、裸のハルから発生したプリズム状の虹に分解、吸収され。触手からダイヤモンドの銃口が現れ、マズルフラッシュが瞬き、ノブヨとゴマスたちが、一気に砕かれた。


 バキッと音がした。ふと、足元を見るとハルとのペアリングの枠にはまっていた筈の真珠がコロコロと転がっていて、コツンとハルの銃……ハルのフラクチャーが……。


「ソリタリー……シェル?」


「鈴木さん……あなたー……」


「はあ……ハジメ、一体、何を……」


 ノブヨとゴマスの残骸からエコーが木霊する。ペアリングの真珠玉が相転移を開始し、放散虫の弾丸となってチャンバーにセットされた。


「へえ……あなたにも、そんな覚悟があるとはね」


 銃を裸のハルに向けながら、わたしは首を横に振る。


「覚悟だって? これは覚悟なんてもんじゃないよ」


 わたしは銃口を自らに向けた。インクルージョン、幻色……この因果律が、この因果律という名の「死」こそがわたしをハルの土俵に立てるならば、喜んでわたしは……わたしは!


「これは、わたしのハードロックって奴だよハル!」


『ノブヨ!』


 わたしの心臓に向かって発砲した刹那、時間が結晶化し、ゴマスとタマゴタケの女の叫びと共に、ノブヨの残骸がわたしの元へ飛び込み、ゴマスのフラクチャー「ゴースト」の金槌をわたしに……わたしへ? 振り下ろした。


 ハルの弾丸がわたしを貫こうとしたら、弾丸が突如、輪切り状に分断された。わたしを貫く筈の弾丸は次々とねずみ算式に増え続ける。貫かれる筈のわたし自身も、無限に……ブレ続ける。方解石越しの福屈折のように。わたしは、万華鏡の海に沈む。


「ノブヨ……これは……」



「ごめん……ハジメ」


 ノブヨのエコーが木霊したかと思えば、プウウウウウウウンッ! というアポカリティックサウンド的というか、船の汽笛にも似た音に叩き起こされる。わたしの住む街、市川市を見渡せる小高い丘にわたしはいた。どうして、ここにいるのか分らぬまま、わたしは呆然とその光景を眺めている。


「……あれって、虚船?」


 真っ二つに割れた空からビスマス模様のお椀型の船のような物体がニュッとまろび出てきた。いや……前にもこの光景を見たことがある気がしたのだ。


「どうして……あれって、まさか幻色の……一部?」


 幻色って、なんだっけ?


「へえー……そのパターンは初めてわねー。如何にもその通りよー」


 目の前で、ゴマスと、タマゴタケの髪型をした幽霊のような女が、鳴らないギターとベースを演奏しながら、虚船から吐き出される黒い液体の滝によって、沈みゆく水没都市を傍観していた。まるで、この光景を何度も見ていたかのように。


「パターン? っていうかなんでゴマスが……」


「ごめんね……ハジメちゃん。まだ、あなたを和嶋さんへの土俵に立たせる訳にはいかないの」


「でもいずれ、気付くでしょうねー、私たちは、単に本番への時間稼ぎをしているに過ぎないからー」


「それは……つまり?」


 手品のように、タマゴタケの女が、ギターをルチルクォーツのボケている金槌へと一瞬で切り替えた。


「ザ・ワンである、和嶋さんを抑止するにはー、彼女の因果律の影響を色濃く受けたもう一つの、唯一無二の存在にしかできないのー。鈴木一という名のザ・ワンをねー」


「こちら側のザ・ワンを産み出す。それこそが、五十六億七千万のEIの総上書き、デグレードプロトコルという名の大舞台、ハーフ&ハーフ/ハードロックを執り行う、最後の前座ってわけね」


「前座は得意でしょー、わたしたち」


 ゴマスとタマゴタケの女は、ブレたハンマーを持ちながら、わたしの元へ歩み寄る。あの虚船から吐き出された、押し寄せるドス黒い津波を背後に、二人はわたしに向かって、同時に金槌を振り下ろし、いい加減、馴染み深い気がした、あの台詞をわたしに浴びせた。


『ごめんね』と。


 

「だぁかぁらぁ! ごめんね、ハジメ!」


 わたしの怒りはしばらく、収まりそうもなかった。何故かといえば、ハルがわたしの誕生日をど忘れしてしまったどころか、お得意様だからという理由で、無茶な納期と量の仕事を夕方頃に入れてしまい、結果的に終電ギリギリの時間まで、仕事をせざるを得なかった。


 わたしの仕事は、ハルが仕入れた宝石に合う、ジュエリーデザイン、既製品や中古品である地金の加工、リフォーム、ネットやカタログに載せる商用撮影が主である。


 それを主に一人でやっているせいか、目と腰に悪く、ヘロヘロになりながら、ハルに今日がわたしの誕生日なのに、あんまりだと愚痴を言ったら、「でも、二週間前にケーキ食べたじゃない」と、ハルは言い放った。それは結婚記念日で祝った事であって、今回は別に祝おうと約束……って、こんな子供じみた、つまらない事で怒っているわたし自身も惨めな気持ちになっていて、そんなわたしを、それこそ、子供をあやすかのように、なだめるハルにも段々腹が立っていたのだ。


 誕生日といえば、わたしは今年で二十六、ハルは二十七になる。ハルと宝飾品を扱う会社を始めて、なんだかんだ結婚して二年経つけど、こんなしょうもないやり取りをこれからも続けていくのだろうかとボーっと、がらんとした車内を見渡していたら、わたしの目の前の席に、不思議と身に覚えがある男だか女だか分からない見た目の、なにかのアニメのコスプレ姿のような……マントと鎧と蝶の羽を身に纏った、髪の白い子供が座っていた。


「ねえ……ハル、目の前に……」


 奇妙な恰好をしている子供の事をハルに教えようとしたら、ハルはクスクスと笑いだす。再び、あの子供の方へ向きなおすと、幽霊のように忽然と消え失せていて、ハルの笑い声が、車内に響き渡る。


「な、なにが……そんなに可笑しいのハル?」


「ううん……ごめんね、ハジメ……わたし、嬉しいのよ。こうやってさ、一緒に結婚して、働いて、誕生日をないがしろにされて、怒っているハジメを見るのがさ……」


 更にムカッとした。それはどういう意味だよと、聞こうとしたら、ハルはわたしをまっすぐ見つめた。キスをしそうな近さで、食い込むように、わたしの瞳の奥を覗き込む。


「ハ、ハル……まだ、電車内だよ」


「ねえ、ハジメ……もし、もしもなんだけどさ……わたし以外の女性や男性と付き合って結婚してる場合があるとして、ハジメはそんな事を想像した事がある?」


「それは、わたしがハルと別れたいんじゃないかと思っている事?」


「ううん、違うの! もしあの時、ハジメが何かの選択や行動を間違えてしまって、わたし以外の……人と付き合っている姿を想像した事がある?」


「酔ってるの? それとも、疲れてるのハル……」


「真面目に答えて、ハジメ」


 バキッと、氷が割れたような音がしたかと思えば、足元に緑色の……緑柱石の原石のようなものが転がっていた。職場からうっかり持ってきたのだろうか、それを拾おうと思ったら、ハルがその手を強く掴む。


「答えて、ハジメ」


 わたしを掴んだハルの手は、少しだけ震えていた。


「……想像したことはあるよ。こうやって、ハルに怒ってるときは特にね。でもね……」


「でも?」


「結局のところさ、映画とかでフィクションで描かれるような、ああだこうだしていたら、違う未来になっていたかもという……IFもしもっていうやつさ、わたしは意味ないと思ってるの。たった一つの選択を間違えていたぐらいで、わたしが他のパターンを歩んでいるなんて……そんなの……そんなに、世界が単純な訳がないでしょ。わたしは、どの選択をして、どういう行動をしようとも、結局、こうしてハルと結婚して、仕事して、つまらないことで怒ったりして、喧嘩して、こんな訳の分からない事をハルに言ってると思うよ……なぜなら」

 

「なぜなら、これはわたしたちの物語だから」


 ハルはそう答えながら、ニッコリと微笑んだ。わたしが言おうとした事を言い放ちながら。よく見ると、ハルの瞳の色が変わっていた。コロンビア産エメラルドのような、濃く透き通った深緑に、アステリズム効果を彷彿させる、星の歯車模様トラピッチェの瞳が、わたしの瞳を覗き込んでいた。


「ハル……その瞳……」


「わたしよかったよ、ハジメと出会えてね、例え五十六億七千万のわたしたちが、ハジメと愛し合っている、この幸福な現在にね……だから」


 ハルの右手から、巨大な……あまりにも巨大な、エメラルドで出来ていそうな大剣が手品のように飛び出す。一体、目の前で何が起きているのか、脳のキャパが追い付かないわたし。


「心置きなく、ハジメをぶっ壊せるよね!」


 振り下ろされた大剣がわたしの身体ごと吹っ飛ばす。他の乗客、荷棚に置かれた荷物、吊り革を巻き込んで、隣の車両の連結部分まで吹っ飛ばされた。ここまでされて、わたしが無傷なのはどうしてなのか、自分の身体を確認していたら、さっき見たコスプレ姿の子供が、わたしの真後ろに立ち、グイっとわたしの頭を持ちながら、またも、わたしの瞳を覗き込む。


「はあ……わたしの名前が言えますか?」


「……中島のぶ代……ノブヨ?」


 ノブヨの瞳……プロポーショングリッドがわたしのプロポーショングリッドと同期され、わたしはわたしという存在を意識と共にリロードされた。


「はあ……もしかして、一生このEIに留まろうとしたんですか?」


「できれば、そうあって欲しかったけどね……でもあんたらが、それを許さないでしょ?」


「はあ……当然じゃないですか、それにハジメは、こんな事で諦めるような器じゃないのは、わたしが一番知ってますから」


「かいかぶってんなぁ……」


「当然ですよ、そうじゃなかったら、ここまで付き合ってないですよ」


「……そっか」


「そうですよ」


 ノブヨがわたしとキスをして、二色のフラクチャーへと相転移された。ダイヤモンド製の煌めく制服のフラクチャーにへ……。


「それが、ハジメの勝負服ミネラルウェアなんだね……」


 バキベキと歪な音を立てながら、ハルはゆっくりと座席から立ち上がり、ベリルの粉末を撒き散らしながら、仕事着を破き、裂きながら、エメラルドの鎧をまろび出す。


「つまり……ハジメは、こちらの土俵に立ったわけか」


 プロモーショングリッドが裏返り、ハルを識別、鑑別しながら、「敵」と認識した。


「はあ……フラクチャーアーマー、エメラルドソード。アーキタイプ型の和嶋治が所持していたものの欠片スプリンターの一つ。ザ・ワンの因果律の影響を強く受けているせいか……これまでの、和嶋治とは比べものにならないグレードの一〇五です」


「ザ・ワンの影響を受けてるのは、ハルだけじゃない、わたし自身もそうだよ」


 ミネラルキーを脇腹の鍵穴に刺そうとしたら、わたしとハルの茶番を呆然と眺めていた乗客たちが、ゆっくりと立ち上がったと思えば、各々の着ている衣服が破け、みるみるナナフシにも似た……前衛芸術のような彫像のようなものへと相転移した。しかも、以前出会ったものと違う点といえば、顔がノブヨ……いや、NNの顔が、デスマスクのように張り付けられていた。


「はあ……イミテーションクラスターとNNユニットのバイカラーモデル……といったところでしょうか」


「全てのNNたちは、わたしの味方だったんじゃないの?」


「はあ……恐らく、あのハルがコントロールを奪ったんでしょう。わがままですからね、和嶋治という存在は」


「ははっ! マジでいえてる。自分の好きなモノは、全て自分のモノにしないと、気が済まないからな、あのブルジョワ女」


「ちょっとハジメ、好き放題言ってんじゃないわよ! いっておくけど、全てのNNユニットが、インクルージョンの管理下から完全に切り離されているのよ。この子たちは、あくまでわたしの因果律に引っ張られているのに過ぎないの」


 ハルは脇腹に、わたしと同じように、エメラルドのミネラルキーを差し込んだ。


「つまりそれは、NNたちは不死ではなくなったということでしょ、ノブヨ」


「はあ……そういうことになります。でも……」


「でも?」


「不思議と今が一番、生きてる感じがするよ。他のNNたちも、そんな強大な因果律を持つハルの生命力に惹かれたんだと思うんです」


 突然、電車内のガラスが破られ、満員電車かと思うくらいに、大量のナナフシ人間たちが、わたし目掛けて、エメラルドとダイヤモンドでコーティングされた、槍のような矢尻の弾幕をわたしに向かって射出した。あまりにも突然だったので、対応できる訳もなく、そのままわたしは、電車の壁へ、昆虫標本のように串刺しとなった。


「好き放題言ってんじゃねえって、聞こえなかった?」


 突き刺さったわたしは、プロポーショングリッドを介しながら、ダメージチェックを行う。


「はあ……さすがは、革新派たちが用意したフラグシップグレードなだけありますね。この程度のダメージは、針に刺された程度のものだとは」


 こんな派手に突き刺さっているのに、針に刺された程度とはね……かなり前にわたしのEIにいたハルも、同じような事を、あのエメラルドのハルにされた事を思い出して、わたしは思わずクククと笑い出した。


「……なにがそんなに可笑しいの? ハジメ」


 ハルが歯車模様の瞳で、わたしを不機嫌そうに睨めつけた。


「ううん……なんか、嬉しくてね。わたしのハルも同じような目に遭っていたから」


「それで?」


「わたしね、その時、ハルを見ているだけだったんだ。ハルを見届ける事だけが、わたしの使命だったから。でもね……」


 脇腹に刺したミネラルキーを回転させ、フラクチャーを展開、わたしを突き刺す矢尻をピンクダイヤモンドの刀で斬り落とす。


「もうわたしは、ハルを見届けるだけは嫌になったの。別にハルを助けたいとか、そんな立派なもんじゃないんだよ。それで気づいちゃったんだ、わたしの願望はね、ハルのようになりたかったんだ。、ハルと出会わなかったからじゃないの、わたしが、ハルを欲していたからなんだよ。だから、ハル。その一〇五わたしに頂戴!」


「そっか……ハジメも、欲があるんだね」


 ハルは鍵を回し、エメラルドの大剣を振り回しながら、その刃を自らの身体に向け、貫く。


「フラクチャーアーマー、エメラルドソード」


 ハルを貫いた大剣が相転移を開始し、巨大な六角柱の緑柱石に為ったかと思えば、バラバラに崩壊し、ダイヤモンドとエメラルドが散りばめられた豪華絢爛かつ、悪趣味な蜂の甲冑姿のハルが現れた。


「でも、タダではあげる訳にはいかない。この一〇五はわたしだけのものなんだから……奪ってきなよ! ハジメ!」


「はあ……あのハルも、NNと合成しているバイカラーユニットですか……想像を絶する戦闘が予測されます。用意はいいですか、ハジメ」


「想像を絶する、なんて、何を今更ってかんじだよ……ノブヨ」


 わたしは、刀剣を構える。


「フラクチャーユニフォーム、キング・ダイアモンド……覚悟してよね、ハル!」


 わたしが床を跳躍した瞬間、ハルとナナフシ人間たちが、視界一杯の弾幕を埋め尽くす。針の穴すらも通る隙間もないくらいに。


『リジェクション』


 ノブヨとわたしは、刀のモードを瞬時に切り替え、弾幕に向かって刀を振るう。空振りにも見えるが、刀身から放たれる光が、ダイヤとエメラルドの弾道を無理矢理に逸らせ、捻じ曲げる。プロポーショングリッド越しに、視界がクリアになり、そのまま、あのエメラルドのハルへ、居合抜きで斬り抜こうとしたら、ハルの姿が消えていた。


「はあっ? 違う! 両っ……」


 ノブヨの叫びと共に、両脇の窓から、飛翔する蜂の盾と、エメラルドの剣が突き破り、わたしを貫こうとした。こういうパターンを何千回と繰り返してきたお陰か、プロポーショングリッドの慣れとカンが働いた。塩化ビニールの床に倒れながら、頭上を斬ろうとしたら、耳をつんざく金属音と共に、天井に張り付いて、煌々と光り輝く、繊維状のダイヤモンドが編み込まれたエメラルドの大剣で、わたしの刀身を受け止めていた。


「かっっった!」


「はあ……これこそがバイカラーユニットの醍醐味、わたしたちとペアルックですね……ハル」


「さて、(出発進行All aboard!)といこうか……ハジメ!」


 ハルが剣を振り下ろす、恐るべき速さで、正確に、鋭く、わたしの魂を簒奪しようと、バカデカい大剣をかまいたちのように、狂ってるみたいに振り回し続けた。


 まるでこれは、即興で肉体の限界まで踊り続ける、コンテンポラリー・ダンスだ。ハルとわたしとの、終わることのない接触即興……コンタクトイン・プロヴィゼーションというやつ。


「(狂ってる、でもそんなもんだろ、数百万もの人々が敵として生きているんだ)」


 ハルはオジー・オズボーンのクレイジー・トレインを歌いながら、がむしゃらな、剣劇を繰り広げる。崩れ易いビスケット菓子のように、わたしたちが、刀剣を振り回す度に、電車の車両が、忌々しい「痩せろ」「勉強しろ」「運動しろ」「綺麗になれ」「自意識、精神を高めろ」「金を借りろ」「マンション、別荘を買え」「スキャンダル! スキャンダル! スキャンダル!」などなどの広告と共に、ボロボロと切断され、ほろほろと崩壊していく。


「はあ……3050形が……もったいないなあ」


 と、悠長な事を言いながら、こちらに襲い掛かるナナフシ人間を車両ごと切断していく、ノブヨ。


「(まだ、遅くないはず、愛することを学び、憎むことを忘れる事に)」


 先頭車両まで辿り着き、大剣でわたしを突き刺そうとした瞬間、ノブヨのマントが、掌のように転移し、その刃を真剣白刃取りのように受け止めた。


「ハジメ!」


 白刃取りした刃の下から、刀を振り上げ、ハルの股下から真っ二つに裂こうとした……が、ハルの盾に持つエメラルドの蜂が、器用なことに、わたしの刀を……白刃取りしていたのだ。


「(心の傷は癒えない、人生は厳しく残念なものだから、わたしはイカれた電車のレールから降りるぞ)電車から今すぐ降りなよ、ハジメ!」

  

 刀ごと、わたしはハルに持ち上げられ、そのまま、強力な蹴りをお見舞いされた。運転席のガラスを突き破り、車外へ放り出されたまま、線路のバラストに着地したのと同時に、わたしは小石を蹴りだしながら、脱線し、宙を舞いながらバラバラになる京成線から飛び出すハルにお返し、と言わんばかりに延髄蹴りを食らわせた。


 ギャグ漫画かカートゥーンアニメのように、地面と水平に吹っ飛ばされたハルは、そのまま、反対車線を走行する電車に轢かれる。


 バキベキと、ハルが車輪に粉砕される音を聞きながら、ノブヨの「うわー……」という、「マジで引くわー」的な、エコーが聞こえる。


「こ……こんな事になるな……」


「(心の傷は叫び続け、わたしをおかしくさせる)」


 ハルの歌声が聴こえた。ギョッとする暇もなく、京成線が六両編成ごと、宙を舞う。


「(わたしはイカれた電車のレールから降りるぞ)」


 バーべキュー串のように、京成線の先頭車両を、エメラルドの大剣で刺したかと思えば、ルービックキューブのように、京成線が高速回転しながら相転移し、巨大な……エメラルドの剣……というか、緑柱石クラスターの棍棒と為った。


「はあ……貴重な3600形が、もったいない」


「……もう黙れ、ノブヨ」


「(わたしにとって物事が悪くなっていくのはわかっている。お前はわたしの言葉を聞くんだ!)」


 沿線にある家々を破壊し、なぎ払いながら、巨大な超大剣が迫る。プロポーショングリッドでは捉えられないくらい、信じられない速度でだ。


『コンクッション・マーク』


 ノブヨのマントが蝶の蛹のようなものに相転移し、のダメージを緩和させたが、ハルの連撃は留まる事はなく、とうとう、ダイヤモンドの衣が砕け、破られ、ハルの棍棒にもみくちゃに、滅多打ちされた。


「ノ……ノブヨ……」


「はあ……なんですか」


「これでも、針に刺された程度のダメージっていうの?」


「はあ……前言撤回する」


 崩落した高架の瓦礫の中で、蜂の複眼越しでわたしを睨めつけるハルが、相変わらず歌い続けていた。


「(心の傷は癒えず、誰を、何を非難すればいいんだ?)」


「ノブヨ……アレの準備を」


「はあ……いいの?」


「構わない。これ以上、あのハルにこれ以上、構っている暇なんて……」


 ハルが跳躍した。わたしにトドメを刺そうと、エメラルドの電車棍棒を振り下ろす。


「ない」


「了解……クリベージモードへ移行」


 今まで警告だらけだったプロポーショングリッドが沈静化し、高速で再起動する。攻撃的グリッド線が、真っ直ぐ、ハルが振り下ろす電車棍棒に向けて、シールのように一本の細い線となって貼られた。


「わたしも! このイカれたEIから降りるからな! ハル!」


 グリッド線へ向けて、刀を斬りつけると、割けるチーズのように、電車棍棒は割れ、割れた断面から、わたしとノブヨの「光」が、流れ込み、虹色の屈折、乱反射を繰り返しながら、光が増幅してゆき、そのまま、光が膨張し、電車棍棒を、それを握ったハルの腕、エメラルドの蜂の盾、上半身もろとも、劈開クリベージした。


「今更、言うのもアレなんだけどさ……わたしなんかの為にごめんね、ハジメ」


 晒し首となったハルが、申し訳なさそうな顔で、わたしに謝る。 


「ううん……別にハルの為じゃないよ、これは……」


 ハルの頭部を縦に切断し、二十七歳のハルの一〇五を回収する。


「……自分の為でもあるんだよ」



「それは、どういう意味なの……ハジメちゃん?」


 家からそんな遠くなく、そこそこ広い公園で友達ができた。別の学校の、小学四年生と言っていたので、わたしと一歳年上のお姉さんで、名前はハルちゃんという名前だ。苗字は和嶋といって、ババ臭いから嫌イヤだと言っていたが、和風パスタの和に、山、鳥と書いて「じま」って、書くのが超カッコイイと言ったら、なぜか気が合い、放課後、公園で一緒に集まりながら、学校や習い事の悪口や、SNSで流行っているものの話、ゲームをしたり、観た映画やドラマ、アニメ、音楽。わたしの趣味の写真の話を門限の夕方五時まで、各々家から持ってきたお菓子を食べて、遊ぶのが、わたしたちの密かな楽しみだった。


「わたしね、学校の友達がいないの。目つきや、不機嫌そうな態度が悪いって、言われてね……よく、女子グループから仲間外れにされるんだ。別に怒っている訳でもないし、好きでこんな不機嫌そうな顔になってるわけじゃないのにね。ハジメって名前の一は、一番の一じゃなくて、独りぼっちの一だって」


「はあっ? なによそれ! そんなクソども、目が腐ってんじゃないの! こんなにかっ……愛くて、カッッッ……コイイ! ハジメちゃんをさ! ハジメの一は、わたしにとって、一番の一なのに!」


「カ……カッコイイ、一番って……」


 ハルちゃんは口が悪いけど、自分に正直な子で、わたしは好きだった。ハルちゃんはあまり自覚しているのか、してないのか、アニメから飛び出してきたような、人形のように小さい顔、小さい手、小さい足……日に焼けて、焦げた食パンのようなわたしの顔、マメだらけ大きな手と比べれば、その差はすぐに分かる。


「でも、野球チーム入ってるんでしょ? そこで、友達とかいないの?」


「野球っていっても、ほとんど、男子ばっかだよ……友達というかチームメイトってやつだよ。なーんか、冷たい……というか、女子だからって無視されちゃうの。イヤな感じ。別に野球をすることは嫌いじゃないのにさ……」


「わたしも、ママが許してくれるなら、ハジメちゃんと同じ野球チームに入るのにな……わたしのハルっていう、名前はね、治すって意味でね、どんな人にも癒しを与えて欲しいという思いから付けられたの。わたしね、ハジメちゃんの癒しになりたいなって……」


「……ありがとう、ハルちゃん」


 もしわたしに、妹のような存在がいれば、ハルちゃんのような子だったらいいのにと、よく思っていた事も多くあった……年上だけど、どうして妹なのかは、どういう訳か分からない。


「ん? なにこれ」


 わたしたちが座っている足元に、夕日に照らされ、光っているものがあった。それは、本や映画でしか見たことがない、立派な剃刀だった。持つ部分や、刃に、イカやタコのような、ワシャワシャした不気味な模様が描かれていた。


「さっきまであったっけ? っていうか、そんな大きな剃刀を見ると怖くなっちゃうよね、ほら、殺人鬼の床屋が髭を剃りながら、首を斬る怖い映画があったよね。確か、タイトルは……」


 五時になったのだろう、遠くの方から時報の、「遠き山に日は落ちて」が聞こえてきた。あっという間に時間が過ぎて、ハルちゃんと別れるのは、すごくイヤだった。 


「……もう、こんな時間なんだね、ハルちゃん。まだ、家に帰りたくないなぁ……」


「うん、そうだね」


 突然、ハルがわたしの首元を叩いた。いや……叩いていない、斬ったのだ。さっき拾った剃刀でだ。どうして? 分からない。痛い……かなり痛い。こんなの……なにかの間違いだ。ハルちゃんがこんなことをするなんて、何かの間違いだ。事故だ。ドクドクと血が首から流れ続け、母親に新しく買ってもらった白いスターウォーズのシャツが、だんだんと真っ赤になっていく。まるで、わたしたちを照らす夕陽のように。


「ど、どうして……ハル……ハルちゃん?」


 わたしの喉を斬ったのは、何かの間違いだと思っていた。だけど、わたしの喉を剃刀で裂いたハルちゃんの顔は、さっきまでダラダラと会話していた和嶋治という女の子とは違う。いや……和嶋治とは別の何かが、彼女を乗っ取っているとしか思えない。そんな瞳をしている。オパールのような、冷たい虹色の瞳。綺麗なのに汚い。汚いのに綺麗。治さなきゃ……わたしを? 違う。


「早く……ハルちゃんを治さなきゃ」


 目がぼやけ、意識が遠のき、遠くの方から聴こえてくる「遠き山に日は落ちて」が段々と大きくなる。この曲って、たしか、元の曲名があったような気がした。



「はあ……ドヴォルザークの家路ですね。正確には、交響曲第九番新世界より、第二楽章ラルゴを作詞、編曲したのもの」


「春はまだきの朱の雲を……ってやつだね。わたしは種山ヶ原、宮沢賢治が作詞したやつのほうが好きだな」


 ターコイズのハル、四十三歳頃のハルだろうか、フラクチャー名はプレイング・マンティス。カマキリが鎌を構えるとき、お祈りをしているように見えるからだろう、カマキリを「祈り虫」や「拝み虫」と呼んでいたのも納得した。


 わたしと同じように、幾多のハルを屠ってきた、その圧倒的な戦闘スタイルは、アーキタイプ型のハルと同等かそれ以上のもので、気が付けば、何千回も見てきたであろう、灰燼となった市川市を眺めながら、ターコイズのハルにトドメをさし、その首をダイヤモンドの刀で切断し、一〇五を回収した。


「……うん。わたし、ハジメと一つになれて嬉しいよ」


 何かに祈るような顔をしながら、達磨となった中年のハルは、そんな言葉を残して、わたしと一つになる。


「四月は風のかぐはしく」


「雲かげ原を超えくれば」


 わたしとノブヨは、音が割れたスピーカーから流れる曲に合わせて、宮沢賢治の種山ヶ原を合唱した。


「雪融けの草をわ? わわわわっ!」


 今までの戦闘ダメージが蓄積していたのだろうか、ノブヨのエコーが頻繁に乱れる回数が増えてきた。いくら、最上位のフラクチャーユニットとはいえ、ノブヨのバックアップはもう存在せず、唯一無二のものだ。


 もし……もし、ノブヨがもしいなくなったら、わたしは、マトモな状態でいられのだろうか。わたしにとって、それが、一番、恐ろしい事だった。


「ノブヨ……」


「はあ……なぁに、軽い咳みたいなもんですよ、そんなことより、お茶にでもしましょう。レプリケーターで、ラプサン・スーチョンという正露丸みたいな匂いのする変わり種の紅茶でも飲もうよ」


 ノブヨはいつも通りのポーカーフェイスだったが、ノブヨの手が少しだけ震えていたのを、わたしは見逃さなかった。



「見逃し、ワンストラーイク!」


 ミチちゃんの声が、誰もいない少年野球場のグランドに響き渡る。


「約束したでしょ、ハジメちゃん。お互いの夢を打ち明けるって」


 クリタケのような可愛らしい髪をプルプルと揺らし、ハルちゃんは、ピッチャーマウンドから、高学年……いや、中学生が投げるような剛速球を、ミチちゃんのキャッチャーグローブに叩き込む。相変わらず、無茶苦茶な上級生だった。


「はっ……やっ! 夢って……わたしは別に……」


 最初は、変な会話だった。わたしには夢がないことを、写真撮影中にハルちゃんと、ミチちゃんに話したら、どういう訳かハルちゃんが怒りだし、そのまま、野球をする事となった。


「夢がないだってハジメ……それ本気で言ってるの?」


「本気だよ、ハルちゃん……わたしはたぶん、本気で夢を追いかけられない子なんだと思う。心のどこかで、そんな冷めたわたしがいてね、それはたぶん大きなっても、変わらないと思う」


「野球選手は?」


 ミチちゃんが、ハルちゃんにボールを返しながら、わたしに聞いた。


「ううん、野球は好きだけど、やってて気づいたよ、わたしあまり、運動神経ないんだよ、自分に向かってくるボールが怖いし」


「じゃあ! カメラマンはっ!」


 ハルちゃんが叫び、振りかぶって投げた。インコースギリギリに投げられたボールにビビったわたしは、見事なへっぴり腰でバットを空……。


「空振り! ツーストライク!」


 ミチちゃんも、よくこんな無茶苦茶な球をキャッチできるなと感心する。伊達に、わたしよりも長く、ハルの幼馴染なだけがある気がして、少しだけ悔しいなと思った。


「……たぶん、カメラも長続きしないと思うよ……」


「どうして?」


「どうして!」


 ハルちゃんと、ミチちゃんが、同時に言ってきて、わたしは少しだけムカッとした。


「どうして? そんなの簡単だよ。わたしは多分、何者にもなれないからだよ」


「それは違うよ、ハジメちゃん……あなたは、一つだけ、必ずなれるものがあるよ」


 ハルちゃんが構えた。最期の一球のような気がした。


「それは……なんなの?」


「わたしのお嫁さんだよ、ハジメちゃん!」


 ハルちゃんが投げたと思ったものはボールではなく、手品のように、いつのまにか巨大な銃のようなものが握られていた。朝の特撮番組で見るような、デカい大砲のような銃。ポンっと、手持ち花火のような軽い音がしたと思えば、小さな球が……わたしに向かって……。


「はあ……」


 わたしの目の前が、ストロボのような強い光に包まれた。ため息交じりの、白い髪の……ミチちゃん? とよく似た、ソックリさんが、虹色に輝くマントを広げて、わたしを守る。守る? 何から? ハルちゃん?


「はあ……っていうか、野球選手になりたかったのは、初耳だよハジメ」


「……だって、小学生の頃の話だよ」


 記憶の再同期化。ノブヨとの同期を終えたわたしは、恥ずかしながら、フラクチャーを展開させた。十歳のハルが、わたしに放ったグレネード弾の煙が晴れて、再起動したプロポーショングリッド越しに、大槻ミチと一緒にピッチャーマウンドに、仲良く仁王立ちしていた。以前の和服姿とは代り映えしないが、どうしてだろうか、アーキタイプのハル……と同じ、わたしのハルと匂いや、雰囲気が似ているする気がした。


「はあ……あのハルは、以前回収したのアーキタイプ型のハル同様、ザ・ワンのスプリンターの一〇五を回収した形跡がある」


「つまり、あの十歳のハルは、アーキタイプのハルを共有化しているということ?」


「はあ……共有化というよりは、個体識別能力がないナメクジや、テントウムシが自らの生存率を上げるために、共食いをするようなもんです」


「意外と社会性がないからなぁ……ハルって」


 プロポーショングリッドが警告、数発のホローポイント弾が着弾しそうになるので、それを軽く振り払うと、ハルとミチが、わたしに向かってブローニング銃を向けていた。


「勝手に言って……失礼しちゃうな、ハジメお姉ちゃんは」


「共食いっていうけど、わたしのハルちゃんは、どのハルよりも強い意志を持っているし、ザ・ワンの片鱗とはいえ、彼女を倒せたのは、何よりハル自身の自由選択だよ」


 ハルとミチが手慣れたようにキスをして、赤みを帯びた虹色状に発光したかと思えば、二人の姿がどこかに消え失せた。


「はあ……下?」


 野球場のグランドが縦に揺れ、ファーストとサード辺りから、巨大なダイヤモンドとコランダム製の掌が突き破り、セカンドとピッチャーマウンドからは、ハルとミチのバイカラーフラクチャーユニットが、テントウムシの巨大なヘッドギアを被り、百メートルを超える菊花クリサンセマムにも似た現代兵器のコラージュアートの花束の上で、ドヤ顔と言わんばかりに、再び仁王立ちしていた。


「はあ……菊人形ですか……百メートル超の巨大菊人形……」


「これはこれは……これだから、昔から巨人軍……ジャイアンツが嫌いなんだよな、わたし」


 プロポーショングリッドが警告を発した。っていうか、警告もクソもない。無数の菊の弁から、こちらの識別が追い付かないくらいの、蚕の糸のような、もみくちゃかつ無茶苦茶な、弾道が向けられた。


「背が大きなハジメお姉ちゃんは、一度も言われたことがないと思うけど……超小さい! ちっちゃい! 小さいなあ! ハジメお姉ちゃん!」


 ハルの甲高い笑い声が、耳から、プロポーショングリッド越しに、耳障りにハウリングする。


「はあ……まあ、わたしは腐るほど言われてるけどね」


「ごたごた言ってないで、とっとと投げて来いよ、クソガキ。まだ、ツーストライクだぞ」


「キモノフラクチャー、アンスラックス」


 わたしが刀の柄に手をかけた瞬間、ハルが息を吸い、唄い始める。


「(薬物治療のお時間ですよ? ミセス、ハジメ)」


 雷が間近に落ちたんじゃないかという閃光と大轟音。避ける隙も無い弾幕の中、わたしは、四十センチ超もの口径がある、冗談みたいな大きさの巨大砲弾を、叩き斬る。近接信管だからなのか(ノブヨに教わった)、砲弾をバラバラに切断しても、連鎖して起爆する弾幕が次々とわたしに襲いかかる。いかんせん頑丈なミネラルウェアのせいか、爆風、爆炎、衝撃波に包まれながら、ピンボールの玉になったような感じで、あっちこっちでバウンドを繰り返す。


「(わたしは独りぼっち、心の奥底で生きてる。混沌の世、騒音で一杯になってるこの空気、誰がわたしの人生は犯罪みたいだって言っているんだ?)」


 十歳のハルは、アンスラックスの名曲、マッドハウスを高らかに唄い、尽きることのない砲弾とミサイルの嵐をわたしに浴びせ続けた。


「はあ……聖書におけるサムエル記、ゴリアテという愚かな巨人の名前は知っていますか? ハジメ」


「こんな時に何が言いたいんだよ、ノブヨ」


「はあ……小石をぶつける。あのクソガキに」


『オープンキューレット』


 ノブヨのダイヤモンドのマントが、羽が、煌びやかに発光して、膨張し、翻り、巨大なお椀型の盾……いや、ダイヤモンドのスカートのようなものがわたしに迫ってくる弾幕群を防ぐ。


「(こんな悪夢に閉じ込められた。目を覚ましたい。わたしの人生が震えているよ。四つの壁がわたしを囲み、虚ろな視線が見つめている。この迷宮から抜け出せないんだ)」


 スカートの穴から、弾幕の外側に飛び出す。ダイヤモンドの刀身が、カシャカシャとカメラシャッターのようなメカニカル音を発しながら、鍔の部分に銃の引き金のようなものが現れる。それを、蟹股で余裕こいてるクソガキへ向ける。


「クソガキをロック、撃ってハジメ」


「カーボンスポット・ゼロイン」


 刀身がストロボライトのように点滅し、刀身から分離したダイヤモンドの欠片が、弓矢のような弾丸へと相転移し、それが、ハル目掛け、瞬時にヘッドショットを決める。


 テントウムシのヘッドギアごと粉々に砕け散る。そのまま逝って欲しいと思ったが、あのクソガキがそうそう簡単に倒れる訳もなく、道で転んだかのように、ハルはムクッと軽く起き上がり、「まじい」と、ペッとわたしの、ダイヤの弾丸を吐き出した。


「はあ……噛み砕きやがった? ダイヤの弾丸を?」


「ノブヨ……次弾をリロー……ド?」


「(わたしは気にしない、整列し、隊列から離れることが、間違いない事だと)」


「(助けて!)」と、ミチの叫びと共に、ハルの背後にある菊の弁が開き、そこにはヒマワリの種のようにギッシリ詰まったNNユニットの掌たちが、ダイヤモンドの矢をチャージしながら、構え、わたしの頭部一点だけを狙っていた。


「(わたしを責めないで、あいつらは恥ってものがない、ここは精神病院マッドハウス


「はあ……そういえば、松戸の方に美味いラーメン屋があったよなぁ」


 現実を少しだけ忘れたノブヨが、そんな戯言を呟く。無限にも等しい、ダイヤの弓矢の雨霰が降り注ぐ。そんな、バカげた弾幕を避ける、防ぐことも出来ぬまま、ダイヤのハリセンボンとなって、空中から落下する。


「ハ……ハ……メメ! プププ……ロポーポポ……ショショ……リロードして!」


 わたしへのダメージが深すぎるのか、ノブヨのノイズが酷くなる。早く……体勢を整えなくては。このままだと……。


「もう、諦めなよ」


 わたしに刺さった矢の一部に紛れていたミチが、わたしの目の前へ、幽霊のように現れ、ボロボロになったノブヨを抱き寄せていた。


「そもそも、わたしの人工生命であるあなたがこんな姿になってまで、わたしたちの茶番に付き合う必要なんてないのに……一体なにが、あなたをここまで駆り立てさせるの?」


「はあ……愚問だな。その言葉、そっくりお返しします。その答えをあなたはもう、知ってるくせに、意外と汚い女なんですね」


 ミチとノブヨは、わたしを見つめた。


「そっか……じゃあ、すぐ楽にしてあげる」


 ミチが消えた瞬間、菊人形の砲門、NNユニットたちの矢が、こちらに全て向けられる。


「(あれれ、わたしは狂っているかな? わたしの背後にある恐怖、わたしに何が出来る? 毎夜見る夢でわたしを捕まえに来るんだ。オー……)」


『(オーノー!)』


 わたしとノブヨが一緒にそう叫んだのが合図だった。菊人形の股下から、十メートルを超える巨大なダイヤモンド製のげんこつが飛び出し、ハルもろとも、顔面に強烈なアッパーカットをお見舞いした。


『(オーノー!?)』


 ハルとミチの叫びが轟き、宙を舞い、菊人形が地響きを起こしながら、ダウンする。


「プロポーショングリッドの同期、連結を完了、バランサー、キャリブレーション、色相補正、シンメトリー、アクション、全て良好。全操作権限を鈴木一へと移譲」


 ダイヤの掌に握られ、巨人の胸に開かれたコックピットと思しき空間に放り込まれる。金線水晶ルチルクォーツにも似た、スパゲッティ状に張り巡らされた金色の糸たちが、わたしのミネラルウェアに一斉に接続され、この大袈裟な……薔薇の顔を持つ、ローズカットが施されたブラックダイヤモンドの巨人の四肢、体躯などが、わたしの肉体と同期された。


「はあ……ハハ、まさか、こいつもイミテーションできるとは思わなかったです」


「目には目、バラガキには、バラガキだ。ブラック・ローズ。このブラックダイヤモンド製の薔薇の巨躯で、ハル……あんたの肉体もろとも粉々に砕き、一〇五を頂く」


「((わたしを責めないで、あいつらは恥ってものがない、ここは……)ひ……ヒヒヒ! そうだよぉ! それが鈴木一! それこそが、ハジメお姉ちゃんなんだぁ!」


 地面から這いつくばりながら、ハルの菊人形がわたしを仰ぎ見る。


「そして……」


「そして?」


 わたしは息を思いっきり吸い。


「ちぃぃぃぃぃせぇぇぇぇぇなぁぁぁぁぁハァァァァァルゥゥゥゥゥッ!」


 それが、合図。わたしの絶叫に、ハルがカチンときたのはプロポーショングリッド越しでもなくても分かった。菊人形の砲門がクルンと回り、一斉にバーストした。


「(薬物治療のお時間ですよ? 、ハル)」


 自分でも、まさかとは思ったが、薔薇人形が抜刀した。薔薇の棘と思しき突起物を握り、そこから抜かれたのは、前衛的なタワー建築を彷彿させるような、長く巨大なダイヤモンド製の日本刀だった。


「ノブヨ」


「言わるまでもなく、チャージ完了。ツーナッシング……後は無いですよ、ハジメ」


「空振りでもいい、フルスイングでハルをぶっ飛ばす」 


 ハルの菊人形が解き放つ、視界一杯の弾幕。ノブヨがカチカチと歯を鳴らした。


「アベンチュリン」


 わたしに着弾する筈の砲弾やミサイルなどが、透明になり、ブレて、ボケ始めた。その曖昧な弾幕の中を透過し、わたしの操る薔薇人形が、ハルの菊人形の懐に入り込む。


「御免! ハル!」


 菊人形に袈裟斬りで、刀を振り下ろすと、硬いものが当たったような金属の衝撃音。反動が、コックピットにまで響き渡る。


『おーのぉぉぉっ!?』


 思わず、つまらない冗談をノブヨと言ってしまった。それだけ、菊人形の手に握られた真っ赤なコランダム製の戦斧に、仰天したのだ。


「(わたしは狂ってんだ。馬鹿げた、精神病院)」


 その巨躯に似合わぬ速度で、ハルの菊人形はがむしゃらに、斧を振り回し続ける。こちらは、防御に精一杯で、火花を散らせながら、徐々に押され始めた。


「(馬鹿げた、馬鹿げた、馬鹿げたっ! 精神病院!)」


 刀が弾かれ、斧がコックピットに向かって突っ込もうとしていた。


「ノブヨ!」


「はあ……怒鳴らないでください。エメラルドソード、リロード完了」


 薔薇人形の腹から、二十七歳のハルが持っていた緑柱石の大剣のアップコンバート版のような、超巨大剣がまろび出て、菊人形が少しだけ、斧ごとのけ反る。


「なにそれ! ズルい!」


『お前が、言うなぁ!』


 ダイヤモンドの日本刀と、エメラルドの大剣を二刀流に持ち替え、そのまま推して参る。体勢をすぐさま立て直し、振り下ろされた菊人形の斧の一撃を、エメラルドの大剣で受け止め、斧を踏み台にして跳躍、そのまま、片方のダイヤモンドの刀を菊人形に向けて、真上から突き刺した。その姿は、剣を丸呑みする大道芸人のようだ。


「一気に飲み込みな、ハル! これで、ゲームセットだよっ!」


 わたしのノブヨの「光」を、巨大な日本刀に流し込み、菊人形をオーバーロードさせた。兵器のコラージュである菊人形は、汚いナイアガラ花火のように、眩い閃光を放ちながら、ドミノのように崩れ去る。


「わたしね、ハルが妹だったらよかったにと思ってたの。実際、ハルが年上なのに変な話だよね」


「……わたしもだよ、ハジメお姉ちゃん。わたしも、ハジメちゃんのような、お姉さんが欲しかったな。また……野球しようね」


「うん、約束する」


 わたしは、燃え盛る菊人形の瓦礫の中、十歳のハルの首を斬り落とし、一〇五を回収した。


「おめでとう、ハジメちゃん、それに、ノブヨちゃん」


 ハルの亡骸を抱きながら、ミチが恨めしそうな目つきで、こちらを睨む。


「はあ……そんな目をしないでください」


「そもそも、ミチたちが始めた事だろ」


「そんな事は分かってるよ! 分かってるの!」


 瓦礫の中から、しぶとく生き残っていた菊人形の両手が、わたしをガシッと掴み、ホールドした。


「ミチ?」


「わたしは、ハルちゃんにも、ハジメちゃんにも幸せになって欲しいだけなの。でも……やっぱり、わたし……わたしも!」


 掴まれながら、ある場所へ手繰り寄せれた。わたしの目の前に、菊の弁に隠された、大量に敷き詰められた小型の……。


「はあっ!? W80小型核弾頭!?」


「……やっぱり、わたしも、ハジメちゃんに嫉妬しちゃうんだよなぁ」


「ワガママだな、ミチもわたしも」


「ううん、ワガママにしたのよ。ハジメちゃんと、ノブヨちゃんがね」


 ミチがわたしたちとの心中覚悟で核弾頭を起爆させた。その忌々しい白い光に焼かれる刹那、時間が一瞬だけ、結晶化し停滞化した。這い出てきたノブヨが、わたしを胸元へ抱き寄せ、そして……。



「結局、爆発オチかよ!」


 その酷い映画を最後まで一緒に観ながら、ハルがわたしが寝る病院のベッドへ倒れこむ。


「……やめてよ、ハル。病人の横でさ……それでポックリ死んだらどうするのよ」


「そうだったら、ある意味幸せかもね……クソ映画観ながら死ねるなんて、本望でしょ?」


「……それは、言えてる」


 鉱物同様、毎度お馴染みのギリシャ語で「硬い腫瘍」を意味するスキルス。


 その胃がんにかかったわたしは、化学療法だけだはなく、分子標的薬、遺伝子治療などなどの処方も虚しく、ステロイド鎮痛剤で身体を蝕むがんの痛みを抑えるのがやっとだ。


 痛みが少しだけ和らいでいる時、こうして、ハルと一緒に病室のテレビで映画を観るくらいしかできない。


「……で、次は何の映画にしようか?」


 ハルが、次に観る映画を検索していたが、わたしは首を横に振って、ハルをベッドへ誘い込む。


「いたた……」


「大丈夫? ハジメ……」


「うん、全然大丈夫じゃないけど、大丈夫だよ。ただ……横にいて欲しいだけ。こうしていられるのも、あと何回かも分からないし」


「ハジメ……」


「いいんだよ、ハル……」


 ふと、窓の外を眺めると、丸い満月が、夜の帳が下りてくる、夕方の夜空を照らしていた。


「そういえば……あの探査機は、今どこにいるんだろう」


 その深宇宙探査機の名はアホウドリを意味するアルバトロス。太陽系の外縁、エッジワース・カイパーベルトを越えて、わたしたちの、生体、遺伝子、輪切りにされた脳の情報などなど……約五十年分の人生の物語を、ロックスターの自伝本のように簡易的にまとめた五次元データ群が、抽選によって選ばれた百万人分の異なる国の人種や性別を超えて、EIと呼ばれる石英メディアに半永久的に保存される。


 再開された地球外知的生命体探査SETIの一環として、深宇宙を永遠の時間の中、放浪するというのだ。今まで、ハルと一緒に宝飾業に携わる仕事をしてきたが、いざ自分自身が石の一部になってしまうというのは、中々、皮肉な話だと思った。


「今は、木星の辺りかな……時折、高解像度の写真が送信されてくるんだよね」


「いるのかな……」


「なにが?」


「……笑わないでよ、ハル」


「笑わないさ」


「……宇宙人」


「……ぷっ!」


「ほら! やっぱり!」


「いやいや……ビックリしちゃってさ……まさか、あのリアリストのハジメの口から、そんな単語が飛び出すとはね」


「ふん! もう、いいよ……」


 そっぽを向いたわたしに、ハルは優しく抱きしめた。

 

「ごめんね……でも、わたしだって、宇宙人は本気でいると思っているし、例えそんな存在がいなくても、暗く冷たい……深宇宙を、永遠とハジメと一緒にいられるのは、とても嬉しい事だと思ってるよ。例え、それが意思を持たないデータだとしてもね」


「わたし……やっぱり怖いよ……死ぬこともそうだし、こうやって、ハルに抱かれるのが……これが、最後だと思うのが」


「なぁに……わたしだって、すぐにハジメの後を追うさ。ハジメが死んで、次にわたしと出会える時は、天国とかそんな曖昧なモノじゃなくて、モノ好きな奴らが乗る、宇宙船の中で目覚めるさ。五次元データによって復元された地球人類であるわたしたちは、このちっぽけな地球という名の惑星の重力から解放され、本当の意味で自由な存在になるの。カイパーベルトを、オールトの海を越えて、オリオン座や馬頭星雲を尻目に、宇宙を股にかけて、まだ誰も見たこともない、信じられない世界を見ていくのよ……一緒にね」


「ふふ……なにそれ……バカみたい」


 でも、バカな方が丁度いいのかもしれない。やっぱり、わたしの一生を添い遂げてくれた人が、ハルでよかったと心からそう思っていた。本当に……そう……思っていた。


「そんじゃ、そろそろ面会時間が終わるから、また明日ね」


 ハルがわたしの頬にキスをして、ベッドから起き上がると、その拍子でチャリンと、何かが落ちた音がした。ポケットに入れている鍵か、アクセサリーでも落としたのかと思ったが、それを拾ったハルが持っていたものは、アンティーク調の、巨大な剃刀だった。


 ハルと目が合った。いや……この目つき……わたしを見つめる眼差しは……ハルじゃない?


 ハルが、その剃刀でわたしを斬りつけようと、振りかぶった瞬間、わたしは思わず「いやっ!」と、ハルの手を払いのける。払った剃刀が宙を舞い、部屋の隅に飛んでいく。それを拾いに行く間もなく、ハルはわたしの首を絞めつける。


 薬漬けのわたしに、それを抵抗する力が残されている訳もなく、どうにかして、ナースコールのボタンを押そうと、手元を必死にバタバタさせていたが、しばらくして、それを止めた。


 そういえば、ハルと喧嘩したことは何度もあったが、こうやって首を絞められたのは、今まであっただろうか。


 ドライ、というのも聞こえがいいか……自分以外興味のなかったわたし。日和見主義的で、いつもハル任せな人生を歩んでいたわたし。


 ハルがわたしに依存していたんじゃない、わたしがハルに依存していたんだ。結局、情けないわたしが病気にかかり、ハルに介護される始末だ。そんな毎日に、ハルはうんざりしたに違いない。


 わたしの治療費だって、かなりの負担になっているはずだ。それが、この結末なら、わたしは喜んで死を迎えてもよかった。痛み止めのせいなのか、首を絞められても、苦しくはなかった。ただ……ただ、心残りがあるといえば、ハルがわたしを殺めたら、ハルが前科者になってしまう点だけだった。


 わたしなんかの為に、犯罪者にはなって欲しくない。それをハルに言おうと思ったが、声がうまく出せない。呼吸もできなくなり、意識が段々と遠のく。ふと、病室の外に浮かぶ月を眺めながら、月の左上辺りに、木星と思しき星が光っているのを見つけた。あの、光る点の彼方に……わたしとハルの……記憶の衛星……どうか……どうか……アルバトロス……わたしたちを。


「……も……元の場所に戻してよ」


 わたしの意識が無くなる寸前、最後の一呼吸で、わたしはハルにそんな事を呟いていた。



 意識が回復した瞬間。記憶と共にプロポーショングリッドがリロードされ、わたしがわたしであると再認識される。


 良い夢を見ていたような気がした。そんな日の朝は、とても気分が良い。素組で組み立てただけのプラモも、一際、ディテールが細かく感じるほどだ……ところで……。


「プロポーショングリッドってなんだっけ?」


「おはよー……ノブヨ」


 彼女……ハジメは、寝癖を立たせ、寝ぼけ眼をこすりながら、ベッドから起き上がり、お昼ご飯の準備を始める。寝室の扉を開けたら、ご飯が炊けるいい匂いが、ほのかに流れてきた。


「弁当作るけど、おかずは……まあ、言わずもがなだよね」


 わたしが「肉っぽいもの」と答える間もなく、ハジメは朝ごはんの支度を始めた。部屋の外、マンションのベランダで、十七歳ぐらいのハジメがハルと、終わりのない剣劇を繰り広げている。


「はあ……ハジメ、そういえば今ね、いい夢を見たんだ」


「へえ……それって、三大どうでもいい話じゃなかったけ?」


 行きの電車の中、暖かい日差しに照らされたハジメが、わたしに優しい微笑みかける。電車の外で、送電鉄塔がねじ曲がり、バラバラに吹き飛び、ハジメとハルが終わりのない銃撃を繰り広げている。


「はあ……意地悪言わないでよ、ハジメ」


「あ、この曲いいね! 後でダウンロードしておこ」


 結婚して数年後、わたしとハジメが月に何度かやる「お楽しみ」の習慣。それは、キャンプ用の組み立て椅子を公園に持っていき、好きな音楽を聴きながら、読書や積んでいたプラモを制作をする事だ。ハジメが選曲したハードロックやプログレを聴きながら、近所のケーキ屋で買ったお茶菓子を楽しむのも乙なもので、わたしの数少ない楽しみにもなっている。


「そういえば、さっき言っていた話だけど」


「はあ……夢の話だっけ?」


「何が、いい夢だったの?」


「はあ……もう、忘れたよ、今朝見た夢の話なんて」


「どうして、忘れたの?」


「はあ……だから、ハル……」


「ハルって?」


 キョトンとした顔をしたハジメが、わたしが飲むコーヒーのおかわりを淹れていた。隣の小高い公園の丘がサイコロステーキ状に吹き飛び、銃創、刀傷まみれのハジメとハルが、撃ちあい、斬り合っていた。


「はあ……知らない女性といえば……」


「ふうん……わたしと違って、小柄で、顔が小さくて、可愛い、おっぱいのおおっきな子が」


 わたしが突然、知らない女性の名前を言うもんだから、ハジメは少しだけ不機嫌だったようだ。椅子を畳むときの動作も、何だか荒っぽい。意外とハジメは、嫉妬深い性格なんだと、思い出す。


「はあ……後で、酸っぱいものでも買ってあげるから、ハジメ」


 帰りの電車の中、わたしは不貞腐れた顔をするハジメに、いつものご機嫌取りをしていた。わたしが不機嫌な時、逆の事をされるのでおあいこだ。ハルの放ったレーザービームが、ハジメの刀に直撃、乱反射し、隣町を丸ごと火の海に染めていた。


「じゃあ、うんと高い梅干しを買って、ノブヨ」


「はあ……っていうか、たかっ! ワインかよ!」


 夕飯を食べながら、何気なくハジメが欲しがっていた高い梅干しというやつを調べてみたら、値段のあまりの高さに仰天した。


「クリスマスプレゼントにする?」


「はあ……それでもいいよ、わたしも松坂牛のステーキ詰め合わせでも……って、それじゃ、意味ないでしょ」


 サブスクの映画を観た後、風呂に入り、髪を乾かしたら、すぐにわたしとハジメはベッドに潜り込む。


「……」


 わたしは寝ているハジメの大きな腕を、抱き枕のようにしてギュッと抱き寄せた。


「なに……ノブヨ? 今日は駄目だからね」


「はあ……ううん……違うの。もしかしたら、わたしは……ずっと……ずっと、この日、この時間、この瞬間を待ち望んていたのかもしれない。他には何もいらない」


「えっ?」


「わたしは、とても幸福だよ。ハジメ」


 ハジメとお休みのキスをしようとした瞬間、ハルが放つ流れ弾が直撃し、わたしとハジメが住むマンションもろとも崩れ去る。少しだけでも、このささやかな尊さを享受しようと、ハジメが消え去るその瞬間まで、その光をこの網膜に焼き付けていた。



「起きてたの? ハル」


 妙に月が明るいなと、深夜に目を覚ませば、ハルが部屋の広縁で椅子に座って、窓の外の風景を眺めていた。


 がん摘出手術から薬物療法に変わり、ある程度、体調が安定した時期に、わたしはハルとの小旅行を繰り返している。ハルの母方の親戚の子であるナガツキという、五歳の子を引き連れて、温泉旅館で楽しむのが、残り少ないわたしの人生のささやかな楽しみでもあった。


 可愛い寝息をたてながら、わたしの腕の中で眠るナガツキを起こさないようにしながら、ハルの元へ向かう。


「ナガツキちゃんを旅行に連れてきて正解だったね、ハル」


「ええ……親戚の子とはいえ、まるで……」


「孫が出来たみたいでしょ?」


「バカ……娘でしょ……まあ、そんな悠長な事を言う歳でもないか」


 わたしはハルのコップに純米大吟醸を注ぎ、自分のガラスにも注ごうとした。


「ハジメ……」


 ハルが酒を持つわたしの手を掴んだ。


「いいんだよ……ハル」


 チンと小さく乾杯しながら、チビチビと飲み干した。窓の外には、満月が静かな大海原を照らし、月の道を作り出していた。アルコールが胸の奥から浸透し、脳に心地良い酔いが回ってくる。


 抗がん剤治療中に、飲酒などご法度だが、どの道、残りの人生のカウントダウンは始まっているのだ。これくらいの飲酒など、どうか大目に見て欲しい。


「この為に生きてるようなもんだよね」


「大袈裟だよ、ハジメは……」


「大袈裟なもんか、後何回、こんな事が続けられるかどうか……って、考えるだけでゾッとするよ」


「死ぬのが怖いのかい?」


「怖いよ」


「わたしは怖くないさ」


「どうして?」


「それはね……」


 ハルが布団の方へ視線を向けると、さっきまで、寝ていた筈のナガツキが起き上がっていて、浴衣ではなくワンピースのようなものへと着替えていて、ナガツキの様子がおかしいと、ハルの方へ再度振り向けば……。


「本当はハジメが先に待っているからだよ……でね」


 目の前に蒼いコートを着たハルが、わたし目掛けて、槍のようなものを……わたしへ……わたしに向けて? ハルが?


 窓ガラスが飛び散り、見知らぬ子どもが槍を受け止め、そのまま、持っているダイヤモンドの矢尻を、ハルに突き刺そうとした。


「ソウギョク!」


 ナガツキが、傘のようなものを広げ、ノブヨの矢尻を防ぐ……ノブヨだって? 


 あっ……そっか。


 ……これを何度も繰り返したが、やはりいつまで経っても、慣れないものだ。


「ノブヨ……その姿」


「はあ……説明は後!」


 ノブヨの見た目は、控えめに言っても、かなりボロボロだった。ダイヤモンドの肉体は崩れかけ、所々が穴だらけになっていて、ノブヨの頬の辺りから、七十歳のハル……ソウギョクの姿が覗けた。


「ノブヨ……そんな口じゃ、大好きな肉が食べれないじゃん」


 わたしはノブヨとキスをしながら、合成化し、刀を抜いた。ソウギョクとナガツキを、部屋を、旅館の建物ごとクリベージし、切断面から光が漏れたかと思えば、一気にそれが広がり、全てを飲み込む。これで、いつも通りなら、終わりの筈だった……終わりの……。


「……筈がないだろ」


「えっ?」


 わたしたちの光がストロボのように点滅したと思えば、わたしは奇妙な場所に立っていた。白い……何もない、がらんどうの空間で、ソウギョクとナガツキ、そして、NNの顔が阿修羅像のように、三つの顔がわたしを見つめていた。サファイアとムーンストーン、ダイヤモンドの合成体……だというのか。


「ハル」


「ハジメ……一緒に踊ってくれるかい?」


 プロポーショングリッドが、こちらに向けられた。


「ええ、喜んで……でもさ」


 わたしは、刀を抜いた。


「もうパーティはおしまいだよ……ハル」


「おしまいか……そうか……そうかも」


 プロポーショングリッドが、突如、裏返った。、だって?


「ハル……いえ、ソウギョク、ナガツキ。わたしはね……ハルを救う為に、あなたちを……」


「殺し続ける? わたしを救う為に? 矛盾してるよ、ハジメ」


「そんなことは分かってる。だけど、わたしはわたしだけのハルに会いたいの」


「ハジメ、あんたは昔から頑固だからな……自分が決めたことは必ず捻じ曲げない……」


 この、がらんどうの空間……この空間を照らしている膨大な光は、ハルの持つフラクチャーの槍が発光するものだ。その……光すべてが、スポットライトのように、こちらへ向けられていた。


「……これから、コンマ秒も経たずに、筆舌に尽くしがたい、想像を絶する戦いを、わたしとハジメは繰り広げるんだろうね」


「わたしはそれでも構わないよ……ソウギョク」


 わたしは刀を構えた。


「よくある事だから」


「そうか……よくある事ね……よくある事」


 ソウギョクがゆらりと動き、こちらへ攻撃を仕掛けてくると思った矢先、わたしは呆然とした。


「何を……一体、何をしているんだ?」


 そこには、合成を……フラクチャーを……ミネラルウェアを脱ぎ捨て、裸の姿となったハルたち……ソウギョクとナガツキが、手を繋ぎながら、わたしを睨んでいた。


「……そんな、なんて、わたしは、わたしたちはゴメンだね」


 光が……槍の雨が、裸のハルに降り注ぐ。肉体ソフトシェルの血しぶきをあげる暇もなく、粉々にズタズタに砕かれ、磨り潰されるソウギョクとナガツキ。


「はあ? 自壊……自殺した?」


 プロポーショングリッドが反応。わたしの真上に、「満月」が浮かんでいた。秋に見れるような、見事なくらいに丸い、巨大な月が……。


「どうして……月が……」

 

「はあ……違う……あれは、月なんかじゃない……ミネラルウェア……だ」


「フラクチャー・ザ・ムーン……」


『パーフェクトサークル』


 ソウギョクと、ナガツキ……どちらとも捉えられない不気味な合成音声が、虚空に轟く。


「ハ……ハジ……メ……あの月を……見ちゃ……ダ……メ」


 もう遅かった。月を捉えているプロポーショングリッドが、みるみる溶け始めていく。文字が、グリッド線が、コーヒーに溶け込んだクリームのように、溶けだし、視界の中で、グルグルと回転した。


「丸い……まるい……月が……廻り出す」


 同期された? グリッドの回転はやがて、大きな円となって。月と重なる。ロールシャッハ・テストのように、月の模様が何か……誰かの模様に変わってきた。誰か? あれは……。


「ハル?」


 歌が聞こえてきた。わたしの好きな古い曲だ。


「(その時が訪れれば誰だって、ほら、みんな天国に行ってしまうけれど、季節は死神を恐れたりしない)」


「(風も、太陽も、雨も、死を恐れたりしないんだ)……ブルー・オイスター・カルトの死神?」


「さすが、ハジメ……大好きな曲でしょ?」


「大好きだけどさ……今はイヤだな」


「どうして?」


「今がとても幸せなのに、なんで心中の曲なんかを……」


「でも、目は覚めたでしょ?」


「確かに……朝ごはんの準備をしようか? 目玉焼きの数は?」


「二つ!」


 なんだ……これは? これは……ハルの記憶? わたしの中に、得体の知れない至福感が……ああ……ダメだ……逆らえない。


「(わたしたちもそうなれる。だから、ベイビー)」


「やっぱり、始業前に飲むマックスコーヒーは旨いなー!」


「わたしのも、かなり美味しいよ飲む?」


「やだよ、だってハジメのブラックだから」


「へへへ」


「(死神を恐れるな。わたしの手を取って)」


「お願い……ハジメ、わたし、寂しくて……我慢できなくて」


「いいよ、ハル。おいで……だから、もう泣くのを止めて」


「(死神を恐れるな。わたしたちは飛べるんだ)」


「ずっと、待っていたの? ハジメ?」


「だって、ハルって寒がりでしょ? 傘とマフラー貸してあげるから、おいで」


「(死神を恐れるな。わたしがお前の運命の相手さ)」


 わたしは何を見せられ、何を体感し、何をしているのだろう。わたしが、瞬きをする毎に、ハルとわたしとの、過去、未来での多種多様で幸福な……その瞬間が、瞬時に切り替わっていく。まるで、テレビのチャンネルをザッピングするかのように。


「ハジメは死ぬのが怖いと思ったことがある?」


「ん? いきなりどうしたの?」


「わたしね、時々、今が一番幸福だと感じた時、本当にこの幸福が続くのかが怖いと思う時があるんだ。呪いのように。これがある日突然、消え去るのが、とても怖いの」


「嫌な女だね、ハル」


「そう……わたしは嫌な女だよ」


「でも、それこそがハルだと思うし、大丈夫」


「どうして?」


「仮に、ハルが不幸になっても、例えそれが死ぬような事になっても、必ず一緒にいてあげるから……だから」


「だから?」


「ハルもわたしが、死ぬような時になったら、必ず一緒にいてよね」


 ああ……もう、どうでも良くなってきた。ハルの幸福が、わたしの中で逆流してくる。ずっと……このまま……このまま……わたしは……。


「(バレンタインは終わった。ここにあの二人はもういない)」


「はあ……(ロミオとジュリエットのように)ですか?」


「え? ノブヨ?」


「ノブヨって誰?」


「ん? いや……」


 ハルはわたしを抱き続ける。それは、目覚まし前に起きた春の心地よい早朝であり。クーラーがキンキンに冷えている、上映五分前の映画館の待合室であり。ふと、紅葉を見たくなった日の車内であり。誰もいなくなったストーブの熱が心地よい、生徒会室であり……。わたしたちは、無限の抱擁を続けながら、ありきたりなあの言葉を投げかけ続けた。


「好きだよ、ハジメ」


「わたしも、ハル」


「(永遠に一緒なんだ。ロミオとジュリエットのように)」


「はあ……ふざけんな! 目を覚ませよ、ハジメ! あなたは、こんな……こんな!」


 が叫んでいた。相転移を開始し、わたしは液体になり、段々とハルへ一つに、一部となっていく。幸福を構成する結晶体にへと……わたしは、徐々にハルに取り込まれる。他の鉱物成分を内包したクラスターのように。


「(毎日、四万人ものカップルが、ロミオとジュリエットのように)」


「どうして……なの」


「大丈夫だよハジメ、今まで一緒に何度も、何度も困難を乗り越えてきたじゃない。今は医療技術だって、かなり進歩してんだし、だから病気なんて……」


「お願い……ハル……わたしを見捨てないで」


「見捨てる訳ないじゃない! 約束したでしょ!」


「覚えていたの……ハル」


「忘れる訳ないじゃない! 死ぬまで一緒にいるから!」


「(毎日、四万人ものカップルが、幸福を見つめ直している)」


「はあ……ハジメ……わたしね、あなたの事を……」


「(そして、別の四万人が、あの世へと旅立っていく)」


 わたしのたった少ない十六年間(あれから何十年経ったか知らないけど)の人生で、存在しない記憶が、混じっている。わたしや、ソウギョクたちが回収した他のハルの記憶が一気に、わたしを「幸福」という沼へ沈めていく。抑えようもない睡魔のように、わたしはただそれに身を委ねていくしかなかった。


「(わたしたちも、そうなれる。だから、ベイビー)」


「怖くない? ハジメ?」


「ううん……怖いよ。でも……ハルと一緒なら」


「(死神なんか怖くない。わたしの手を取って)」


で、飛び降りるよ」 


「ふふ……」


「(死神を恐れるな。私たちは飛べる)」


「こんな時に……何がおかしいの、ハジメ?」


「いや……以前、こんな風なやり取りをしたことがあったなって……」

 

「(死神を恐れるな、わたしがお前の運命の相手さ)」


「以前って?」


「……まあ、もういいか……どうでも……」


「はあ? だって? ここまできて、どうでもよくなんかない! ハジメ!」


「……ノブヨ」


「一緒に逝こうハジメ」


「ダメ! ハジメ!」


「(二人の愛はいつでも、今ここにロミオたちはもういない。昨晩はその悲しみに耐えきれず、ジュリエットはもう続けることはできなくなってしまった)」


 無数の槍に貫かれるノブヨ。砕かれ、穴だらけ、粉々になろうとも、わたしを止め続けた。この、至福点の牢獄の中から、わたしを救い出そうと……ノブヨは……。


「(ドアが開き風が吹いてきた。ロウソクの火が消え、カーテンがはためくと、そこにヤツが現れた)」


「今までありがとう……ハル」


 呼吸が荒くなり、遠のく意識の中、ハルに手を握られながら、わたしの命の火が消えようとしている。鎮痛剤の影響で、なにが夢で、なにが現実なのか分からない。怖い。今は、わたしの手を握るハルの手だけが唯一の希望だった。それだけでもこれで……孤独じゃないと、知るだけで、わたしは……安らかに……。


「……ハジメ」


 ハルが握る反対の手に誰かが握っていた。


「(怖がるな、来るんだベイビー)」


「お願い……ハジメ……戻ってきて」


「……ノブヨ……でも、わたし……どうすれば」


「(そして彼女は怖がらずに、ヤツの元へ駆け出した)」


「パーティーは、もう終わりだよ……ハジメ」


 左手に何かを握っている。当たり前だが、瀕死の状態で、そんな感覚や余力などないはずなのに、わたしは何かを握っている確信があった。


「……ハル」


「(そして空へと飛び立つ。二人はふり向きサヨナラを告げた)」


「……こっちへ」


「(彼女はそれらのようになっていた。ヤツの手を取り、彼女はそれらようになったんだ。そうさベイビー)」


 虫のようなか細い声だと思う。そんなわたしの声に、ハルが「なに?」と、顔を近付けた。


「(死神なんか怖くない)……だよ」


 そう言って、わたしは左手に握った刀の刃をハルの首目掛けて、振ったのだ。


 今まで観続てきた光景が一気に溶け出し、排水溝へ流れる水のように、全ての……わたしの一生分の至福点が、虚空にへ吸い込まれていく。


「ああ……そうか、ハジメ……あなたは……諦めが悪かったよね」


 上映が終わったプラネタリウムを彷彿させる、巨大ながらんどうの真っ黒な空間に、生首だけとなったソウギョク……もとい、七十歳のハルが、わたしを見上げていた。ナガツキの亡骸と共に。


「諦めたよ、何度もね。何度も、何度も、何度も、何度も、何度もね」


「じゃあ……ハジメ、どうして……今、そこに立っているんだい?」


「……それは」


「それは?」


「もう、分からない……よ」


 そう答え、わたしはソウギョクを叩き斬り、ソウギョクとナガツキの一〇五を回収した。



 プロポーショングリッドが再起動した。ソフトウェアが立ち上がった瞬間、落下した夢を見たかのようにビクッと、ジャーキング現象のように痙攣した。


「……夢? いや……そうだったらよかったのに」


 あれから何十年……どれくらいの歳月が経ったのだろう。プロポーショングリッドで、その感覚を剥離させてる筈だったのに、無尽蔵にも近いハルを、悠久にも等しい時間の中、永遠に狩り続けているのである。何かが摩耗しない方がおかしいのだ。


「……ノブヨ! おい! 返事をしろ!」


 ハルとの激戦を繰り返すにつれ、わたしと合成化されたノブヨの状態も次第に悪くなっていく。わたしとの会話も減り、ひたすら、ハルとの会敵時のバックアップに徹していた。まるで、何かの機械のようにだ。


「今は、まだ大丈夫よー……わたしたちが、何とかリカバリーしているからー」


「とはいえ、NNのバックアップを失った中島さんの命は……自我は……

あとどれだけ持つだろうね」


 黒い……何もない、がらんどうの空間に、ゴマスと名前を知らないタマゴタケの女が、鳴らないギターとベースをチューニングしながら、軽いアルペジオを弾き、わたしたちを哀れそうに見つめていた。


「ゴマス……あれから、どれくらい経った? あとどれくらいの、ハルをわたしたちは狩り続けるの?」


 ゴマスが虚空を指差すと、何もない夜空に、無尽蔵に煌めく万華鏡のような、EIのネットワークが瞬く間に広がる。


「和嶋さんたちの自己破壊が、想定外の速度で進行している」


 EIの星空が、明かりを消すように同心円の外縁から、消え失せていく。


「ここまでは、予想通りなんだけどー、保守派、革新派問わずー……我々、インクルージョンもー……互いにもみ消し合っていてねー……」


「女王蟻を失ったコロニーと同じ、いくら私たちが幻色によって作られた存在とはいえ、幻色そのもののコントロールを失った今、いずれ、EIのネットワークが崩壊するのも時間の問題よね」


「ちょっと待って……今、コントロールを失ったと言った? 幻色が、あなたたち、インクルージョンを見捨てたいうの? ここにきて?」


「それは違うのよー鈴木さん。元々、私たちインクルージョンは、幻色のコントロールに束縛なんかされていなかったのー、はじめからね」

 

 虚空に、球状の断層面のようなものが現れた。銀河系をそのままケーキカットしたら、こんな断面になりそうなイメージが。


「断層もなにも、地層みたいなものなのよ。私たちインクルージョンが、互いに滅ぼし合っているのを好機にね、に出たインクルージョンもいたの。和嶋さんと鈴木さんの戦闘による、流れ弾で被弾したガバガバのセキュリティホールから堆積したEIの奥の方……オリジナルのEI、アルバトロスへのアクセスを試みてね、その結果がこのザマよ」 


 断面図の中心にポッカリと、黒い……穴のようなものがあった。


「何も……ない? これは……どういう事なの?」


「わたしたちも分からない」


「分からない、だ!? それじゃあ……わたしが永遠とハルを狩り続ける意味は……この終わらない戦いの意味は……ノブヨがなんでこんな目に合わなければ……」


「それでも、明らかに一つだけハッキリしたことがあるわよー」


「それは何?」


「現状ハジメさんは、ザ・ワンに最も近い存在でありー、彼女を止める唯一の存在でもあるのー……本当にー……唯一のね」


 相変わらず、一方的なことしか言わない彼女たちを一度、叩き斬ろうと思ったが、ノブヨが「やめて」と、囁いた。


「ノブヨ……」


「はあ……大丈夫だから、まだ、闘えるから」


「……なにが、大丈夫だよ……バカ」


 わたしは痛々しいノブヨの姿に、涙を流そうとしたが、もう……わたしは、涙を流す涙腺ですらも、無くなってしまった事に気が付き、それが無性に悲しくてしょうがなかった。その怒りをそのまま、ハルへとぶつけ続けた。


 そう……わたしは幾億幾千万ものハルが待つEIの大海原へ、ゆるやかで、うららかで、ひろやかなハルの海へ……わたしは夢のようにまどろみ、溶けていく。


 ハルを狩り続けながら、彼女の名前をココに刻もう、墓標エンドクレジットのように。


 アーラマ―のハルを。クリソコーラのハルを。ゲダナイトのハルを。ジャワナイトのハルを。ゾイサイトのハルを。ディスシーンのハルを。ナトロナイトのハルを。ハウライトのハルを。ヘキサゴナイトのハルを。リントーナイトのハルを。シャモサイトのハルを。セピオライトのハルを。タイナイトのハルを。ピスタサイトのハルを。牡丹石のハルを。フォッシル・ウッドのハルを。マーブルのハルを。ヨハンセナイトのハルを。レイナイトのハルを。ガレナのハルを。オニクスのハルを。桜石のハルを。デルヒィナイトのハルを。ブラック・ベリルのハルを。ロジンジャイトのハルを。カラミンのハルを。クークアイトのハルを。シンハラ石のハルを。スターライトのハルを。ネフライトのハルを。ミッゾナイトのハルを。モカ・アゲートのハルを。シリマナイトのハルを。石墨のハルを。ベニトアイトのハルを。レピドライトのハルを。ウレクサイトのハルを。アナイトのハルを。グラファイトのハルを。ダトーライトのハルを。スター・アゲートのハルを。バスタマイトのハルを。輝沸石のハルを。サポナイトのハルを。シーライトのハルを。バライトのハルを。フロゴパイトのハルを。ミーアショムのハルを。ムライトのハルを。カルカンサイトのハルを。シルビアライトのハルを。トラカイトのハルを。テノライトのハルを。ヘルシナイトのハルを。マイカのハルを。サンストーンのハルを。テフロアイトのハルを。ヘマタイトのハルを。フルオスパーのハルを。メラナイトのハルを。コーサイトのハルを。ダンブライトのハルを。ビリトナイトのハルを。バルボサライトのハルを。ワンダーストーンのハルを。ミラライトのハルを。モルダバイトのハルを。アンチモ・グランスのハルを。クリプトナイトのハルを。タウマワイトのハルを。ピーコック・ストーンのハルを。モナズ石のハルを。マグネサイトのハルを。アウィナイトゴッシェナイトのハルを。スエバイトのハルを。ビコライトのハルを。ボーナイトのハルを。マルカジットのハルを。アンバーのハルを。ゲーサイトのハルを。ステアタイトのハルを。ファウスタイトのハルを。ルベライトのハルを。リゾライトのハルを。リコライトのハルを。べディアサイトのハルを。ヘリオライトのハルを。エピドートのハルを。カルサイトのハルを。ゴルゴンのハルを。グラニットのハルを。プラゾライトのハルを。メイオナイトのハルを。アマゾナイトのハルを。グレッサイトのハルを。チューライトのハルを。ドロマイトのハルを。リディコタイトのハルを。プレオナストのハルを。マディラのハルを。ウェルネライトのハルを。クロリットのハルを。ソフト・ジェットのハルを。象牙のハルを。チタナイトのハルを。リーベッカイトのハルを。ヘソナイトのハルを。マーカサイトのハルを。コロナ・アメジストのハルを。タルクのハルを。チャイナイトのハルを。ヒデナイトのハルを。ロードナイトのハルを。ヘマタイトのハルを。アゲートのハルを。イルメナイトのハルを。カルセドニーのハルを。魚眼石のハルを。ソグディアナイトのハルを。電気石のハルを。バーデライトのハルを。ローモンタイトのハルを。マラコライトのハルを。アレンダライトのハルを。キアストライトのハルを。空晶石のハルを。コーパルのハルを。クサンサイトのハルを。クリソフレーズのハルを。重晶石のハルを。ダイクロアイトのハルを。ツァボライトのハルを。ビクスビバイトのハルを。バンデッド・ジャスパーのハルを。レチナライトのハルを。アナルサイムのハルを。海泡石のハルを。グベリナイトのハルを。のハルを。クリスタロスのハルを。ポウエライトハルを。ユタライトのハルを。ライオライトのハルを。イオライトのハルを。コパライトのハルを。トパーズのハルを。バーダイトのハルを。リューサイトのハルを。レッド・ソーダライトのハルを。蛍石のハルを。マッド・ストーンのハルを。カイアナイトのハルを。血石のハルを。チェシーライトのハルを。パイライトのハルを。ローズ・クォーツのハルを。アパタイトのハルを。灰柱石のハルを。コバルト・スピネルのハルを。梅花石のハルを。フェルベライトのハルを。ユーディアライトのハルを。カリバイトのハルを。クローライトのハルを。ジンサイトのハルを。オージャイトのハルを。サーペンチナイトのハルを。ゼオライトのハルを。ベスビアナイトのハルを。尖晶石のハルを。パラサイトのハルを。レインボー・ガーネットのハルを。マーマタイトのハルを。フォルステライトのハルを。アノーサイトのハルを。ピソライトのハルを。ビクスバイトのハルを。のハルを。サイロメレンのハルを。ソープ・ストーンのハルを。ダナライトのハルを。アントロポスライトのハルを。アンケライトのハルを。ハンガリアンオパールのハルを。タグトゥパイトのハルを。メソライトのハルを。グロッシュラーライトのハルを。ハード・ジェットのハルを。マリアライトのハルを。ガーナイトのハルを。オリビンのハルを。セリサイトのハルを。ドラバイトのハルを。スフェーンのハルを。大理石のハルを。スドーアイトのハルを。ゾーシュライトのハルを。モロキサイトのハルを。ユーレクサイトのハルを。赤子のハルを。ジンカイトのハルを。ドライカンターのハルを。のハルを。スぺサルタイトのハルを。チャロアイトのハルを。シトリンのハルを。タンザナイトのハルを。ユナカイトのハルを。ペンナンタイトのハルを。灰重石のハルを。パパラチア・サファイアのハルを。エンジェライトのハルを。玉髄のハルを。リチア電気石のハルを。インジゴライトのハルを。ブラック・オパールのハルを。アプライトのハルを。モルガナイトのハルを。フリントのハルを。マラカイトのハルを。スモーキー・トパーズのハルを。サイエナイトのハルを。バラス・ルビーのハルを。硫化メノウのハルを。ヘリオドールのハルを。化石木のハルを。ピンク・ベリルのハルを。トムソナイトのハルを。陽起石のハルを。ヘンチェライトのハルを。クトナホラ石のハルを。水草凍のハルを。ジャルダンのハルを。ソロモン・ストーンのハルを。山琥珀のハルを。藍星のハルを。アホ石のハルを。マトリクス・ネフライトのハルを。孔雀石のハルを。スタラクタイトのハルを。サードオニクスのハルを。エジリンのハルを。シプリンのハルを。琥珀のハルを。カリフォルナイトのハルを。イソバナサンゴのハルを。ラズライトのハルを。辰砂のハルを。アクアマリンのハルを。銀眼のハルを。スピネルのハルを。サニディンのハルを。バイオタイトのハルを。マンガン斧石のハルを。ブレッチアのハルを。ベッケライトのハルを。狼眼石のハルを。ビビアナイトのハルを。トパゾライトのハルを。ゴールデン・ベリルのハルを。異人甲のハルを。モリブデナイトのハルを。ブルッカイトのハルを。アメジストのハルを。オーソクレースのハルを。チタンのハルを。鉄トルコ石のハルを。ハーキマー水晶のハルを。マスコバイトのハルを。グラマタイトのハルを。スミソナイトのハルを。ウルトラマリンのハルを。レピドクロサイトのハルを。昌化石のハルを。スマラグドスのハルを。シデライトのハルを。メテオライトのハルを。トーモアイトのハルを。ダイアスポアのハルを。珪線石のハルを。サーライトのハルを。ペリドットのハルを。ピーターサイトのハルを。ダイオプテーズのハルを。キンヤギのハルを。ジオードのハルを。竜紋石のハルを。トリニタイトのハルを。コングロメレートのハルを。インカローズのハルを。ロードクロサイトのハルを。ビリュアイトのハルを。軟玉のハルを。トルマリンのハルを。カルコサイトのハルを。シベライトのハルを。メランテライトのハルを。龍眼石のハルを。ブラック・アンバーのハルを。アキシナイトのハルを。エルバイトのハルを。雲母のハルを。テンペスト・ストーンのハルを。サイアナイトのハルを。ハーラライトのハルを。アイドクレーズのハルを。カオリナイトのハルを。クリノクロアのハルを。セレナイトのハルを。茶金石のハルを。レインボー・アゲートのハルを。ブロシャン銅鉱のハルを。ハイドロキシルアパタイトのハルを。藍鉄鋼のハルを。ブラック・スピネルのハルを。アクロアイトのハルを。ガイザライトのハルを。クンツァイトのハルを。目玉石のハルを。クロシドライトのハルを。スタンチェナイトのハルを。ブルー・アンバーのハルを。アメトリンのハルを。オースミライトのハルを。サッピールスのハルを。ハックマナイトのハルを。マイクロクラインのハルを。鱗珪石のハルを。天青石のハルを。ケンメレライトのハルを。アルマンダイトのハルを。忍石のハルを。タンジェリン・クォーツのハルを。アンダリュサイトのハルを。ボナマイトのハルを。ファヤライトのハルを。トリディマイトのハルを。カルコトリカイトのハルを。輝安鉱のハルを。ペンタハイドライトのハルを。ジルコンのハルを。ハイアライトのハルを。アチライトのハルを。オドントライトのハルを。サイモフェーンのハルを。バリシア石のハルを。フォスフォシデライトのハルを。アイオライトのハルを。カーネリアンのハルを。クロルアパタイトのハルを。スティブナイトのハルを。プレーナイトのハルを。テクタイトのハルを。アクチノライトのハルを。オクタヘドラルのハルを。ガスペイトのハルを。水鉛のハルを。スター・マイカのハルを。プランシェアイトのハルを。ガーノスピネルのハルを。クリストバライトのハルを。セカニナアイトのハルを。インペリアル・トパーズのハルを。ボーウェナイトのハルを。モルデン沸石のハルを。ラブラドライトのハルを。色彩石のハルを。セラフィナイトのハルを。ガーニエライトのハルを。金雲母のハルを。スコレサイトのハルを。パイロフィライトのハルを。メタビビアナイトのハルを。アイリス・アゲートのハルを。苦灰石のハルを。ディパイアのハルを。サーペンチンのハルを。カイルハウアイトのハルを。アンチゴライトのハルを。パルメイラのハルを。ピーモンタイトのハルを。アングレサイトのハルを。ニイガタアイトのハルを。ファイア・アゲートのハルを。ソーダライトのハルを。カルブンクルスのハルを。ヒューランダイトのハルを。ウォラストナイトのハルを。ユークレースのハルを。キュープライトのハルを。菊目石のハルを。ラピス・ラズリのハルを。ファイブロライトのハルを。ナンブライトのハルを。インドチャイナイトのハルを。フックサイトのハルを。クリノゾイサイトのハルを。ジェダイトのハルを。デンドライトのハルを。ジャスパーのハルを。メソシデライトのハルを。アガルマトライトのハルを。ステショバイトのハルを。バイトウナイトのハルを。ブラック・オニクスのハルを。アニョライトのハルを。オンファス輝石のハルを。パリゴルスカイトのハルを。藍玉のハルを。ガガーテースのハルを。テレビジョンストーンのハルを。封門石のハルを。ピンク・カルセドニー・ローズのハルを。キュービック・ジルコニアのハルを。ウィリアムサイトのハルを。アンハイドライトのハルを。ロードライト・ガーネットのハルを。天藍石のハルを。燕石のハルを。チャルコパイライトのハルを。マトリクス・ターコイズのハルを。ブロイネライトのハルを。スペクトロライトのハルを。デマントイドのハルを。サンライズ・サンストーンのハルを。ジオプサイドのハルを。フルーズ・ゴールドのハルを。エバポ・ライトのハルを。パライバ・アパタイトのハルを。イエロー・ベリルのハルを。ペトリファイド・コーラルのハルを。アラライトのハルを。ネット・バリサイトのハルを。カドメイアのハルを。マグネシア・スピネルのハルを。ラエチザイトのハルを。モーリオンのハルを。灰取石のハルを。キャシテライトのハルを。モッシーのハルを。ライモナイトのハルを。花崗岩のハルを。針鉄鉱のハルを。バスタード・アイボリーのハルを。御影石のハルを。透輝石のハルを。オリゴクレースのハルを。玉滴石のハルを。インペリアル・ソーダライトのハルを。岩木のハルを。チェマウィナイトのハルを。鉄斧石のハルを。中沸石のハルを。ピジョン・ストーンのハルを。ビオランのハルを。赤銅鉱のハルを。キューピッズダーツのハルを。炉甘石のハルを。ジャロサイトのハルを。辰砂のハルを。ヒブシュ石のハルを。コーラル・ジャスパーのハルを。イルジザイトのハルを。フィリピナイトのハルを。普通輝石のハルを。クロス・ストーンのハルを。トレーナイトのハルを。スチヒタイトのハルを。透閃石のハルを。弗素魚眼石のハルを。グリーノバイトのハルを。スティルバイトのハルを。バライト・ローズのハルを。トリフェーンのハルを。レインボー・パイライトのハルを。シデロティルのハルを。アジュライトのハルを。スポジュミンのハルを。グリーン・カルセドニーのハルを。パイラルスパイトのハルを。黒珊瑚のハルを。ラリマールのハルを。硬玉のハルを。珪灰石のハルを。白鉄鉱のハルを。ホルンフェルスのハルを。ジンクブレンドのハルを。十字石のハルを。碧玉のハルを。アレキサンドライトのハルを。ゼブラ・ストーンのハルを。スギライトのハルを。正長石のハルを。ライラック・ジェードのハルを。モス・カルセドニーのハルを。フルオ・アポフィライトのハルを。プディング・ストーンのハルを。ボルダー・オパールのハルを。紅柱石のハルを。コーディエライトのハルを。薔薇輝石のハルを。タングステンのハルを。バッカス・ストーンのハルを。凝灰岩のハルを。クロム・スフェーンのハルを。ハイドロジンカイトのハルを。ダイオプサイドのハルを。アラバスターのハルを。クロム・ダイオプサイドのハルを。ピンク・アメジストのハルを。フルオルアパタイトのハルを。舎利母石のハルを。ラブラドレッセンスのハルを。ヒアキントゥスのハルを。スファレライトのハルを。レモン・クリソプレーズのハルを。レモン……。


 真珠のハルを、わたしは。

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ハーフ&ハーフ/ハードロック 高橋末期 @takamaki-f4

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