第12話 丹波の太耳

 また囚われの身である。

 大きな建物のガランとした空間に、土蜘蛛の男たちは放り込まれ、太耳の沙汰さたを待っていたのだが、何しろ立派な牢屋であった。


「あの耳たぶおやじ、なんでこんなにいい屋敷に住んでやがるんだ?」


 ジリの声が牢屋の中に響いて聞こえる。


「いい屋敷だなあ。わしたちを閉じ込めるのにこんなにいい部屋ではもったいない」


 ハハカラまで、そう言って笑っている。


「いや、これは太耳様の屋敷じゃありまへんで。牢屋でっせ。そんなに気に入ったのなら、いっそのこと、土蜘蛛のみんなを呼んで、ここに住めばええんやないですか?」キジが冗談で言うのだが、それを冗談とは受け取らずにみな真剣に頷いていた。キジは呆れながら、太耳の話をつづけた。

 

「みなさんもご覧になりましたやろ。あの太耳様はな、最近知らない人はいないっつう有名な商人でもありましてな、出雲の鉄を買いつけて来ては、ぎょーさん武具を作って、西や東の國に売りつけて、めちゃくちゃ儲けてるって話ですわ。まさかこんなに立派な屋敷が立つほどとは思いまへんでしたがな。大したもんですわ」


 たしかによほど金回りのいいのだろう。こんな牢屋でさえかなり立派なのだから。立派であるおかげで、作りが頑丈になってしまい、さらに逃げづらくなっているのも現実だけども

 その夜は牢屋で過ごした。

 また死刑を待つのかとパムは気が気じゃなかったが、土蜘蛛の男たちは相変わらず呑気な調子で喋って笑っている。彼らはなんて能天気なんだろう。明日にも殺されるかもしれないってのに。パムは喋る気にもならずに、牢屋の隅で横になっていた。


「鵺でもいりゃあ、こんな連中ひとひねりだったんだ。誰だ、鵺を置いてこいって言ったやつあ」ソシモリは、腹が減った腹いせに、パムに向かってこづく。

「そんなこと言われても、しょうがないじゃん」パムは壁に向かったまま、死刑への恐怖で涙を流していた。


 そして次の日の朝である。

 なんと何十人もの兵が牢屋へやって来て、「出ろ」と言った。


「太耳様がお待ちだ」


 兵がこれだけ集まってくるというのは尋常ではない。とうとう死刑と言われるのだ。パムは観念してがっくりと肩を落とす。涙がとめどなく流れてくる。短い人生だった。


「全員しばり上げろ!」


 大勢の兵たちが一斉に牢屋の中に入り込むと、ソシモリとパムをはじめ、土蜘蛛の連中をテキパキと縄で縛った。浜で痛い目に遭ったのに懲りたのか、やたらと警戒して縛っている。そしてパムたちは縛られたまま牢屋から出、丹波の町の中を歩かされた。

 

 丹波の町は、往来を町の人がにぎやかに行き来していた。あの何重にもはりめぐらされた塀の内側の人々、ということだ。町の人々は、大勢の兵に引かれて歩くボロボロの毛皮を着た土蜘蛛一行を怪訝な表情で眺めていた。それは怪しい連中に見えただろう。 


 その人々の視線の中、パムたちは歩いた。左右には小さな新しい家が立ち並んでおり、その通りの一番奥に大きな屋敷が見えている。おそらく、昨日塀の外から見た屋根の家だ。屋敷へと近づいてみると思っていた以上に大きい。その屋敷はさらに柵で囲われていた。その大きな屋敷をぽかんと口をあけながら見ていると、突然兵たちによって、力づくでその場に座らせられ、そして地面に顔を押し付けられた。その格好でしばらく待てという。

 案の定ソシモリは反抗して暴れ始め、それを兵たちが無理やり押さえつける。パムは自分を押さえつける兵の手の下で、そのソシモリに駕洛語で声をかけた。


「大人しくしてた方がいいよ、ソシモリ」

「大人しくなんてしてられっかよ、こんな目に合わせやがって! こいつら!」


 これ以上暴れられたら、死刑でなかったものが死刑になってしまうかもしれない。


 町の人が次第に集まってくるのが、眼の前を行き交う足の数でわかる。話声も時が経つごとに増えてゆく。どうやらパムたちはすっかり見世物となっているようだ。

 地面に顔をつけた状態でしばらく待っていると、規則正しい足音が聞こえてきた。パムはそっちの方に顔を向けようとしたが、兵に「動くな」と顔を押さえつけられた。

 パムたちの目の前にある屋敷の門が開く。

 地面に顔を押しつけられたまま、目をそちらにやる。


 その門からぞろぞろと何人もの兵が現れ、そして最後に一人の男がゆったりと歩いてきた。その姿を見ると、群衆たちは示し合わせたかのように、男に向かって跪き、そして手を二度叩くと地面に平伏した。


 おそらく、あの男だ。


 麻の小袖、何やらぐるぐると丸い文様の描かれた貫頭衣を着、その上にサメの歯のようなギザギザ模様の襷を掛けている。そして歩くたびに頸珠くびたまが揺れ、しゃらしゃらと音が響く。足元には革のくつをはき、その沓にもべったりと飾りが縫い付けられているのがパムの目の前を通りすぎた。 

 食べるものも違うのだろう、太った身体をゆさゆさと揺らし、そして竹に麻布を貼りつけたもので顔に風を送りながら歩いている。

 どこをとってもパムとは別世界の人だと感じた。

 彼が現れると、パムたちを連れてきた兵たちが一斉にひざまずいた。


「太耳様、例の連中をお連れいたしました」


 やはり太耳だった。

 昨日とはまた違う衣を着ているが、やはり豪華である。


 ソシモリは数人がかりで地面に押さえつけられていた。地面に押さえつけられたまま、まだジタバタと暴れている。


「てめえら、覚えてろよ、ぶっ殺してやるからな!」


 相変わらず、駕洛語で物騒な言葉を発していた。

太耳は重たそうな腹をゆらしながらソシモリに近づいた。


「どうやらお探しの者ではないようで。まだ年端もゆかぬこんな子供で」兵の一人が太耳にそう伝えたが、

「あら、わたしが探しているのはその子よ、ね、ツヌガアラシト」


 ソシモリは、ツヌガアラシト、という言葉にピクリと反応し、顔を上げた。


 太耳は女のようななよやかな言葉をかけながら、報告をした兵を冷たく一瞥すると、その視線を地べたにひれ伏している他の土蜘蛛の男たちに注いだ。ゆっくりと群衆の見物する中を歩き、そして太耳はソシモリのそばへ近づき膝を着くと、おもむろに頭巾を取った。そして牛のような角をそこに確認すると、ニヤリと笑った。


「こいつが噂の“ツヌガアラシト”かい。本当にツノがあるんだねぇ」


ソシモリは縛られた状態だったが、なんとかして抵抗しようとのたうっていた。


「あなたに話があるのよ」太耳はそういうと、ついと立ち上がり、腹を揺らしながら警護の兵に


「後でこの方たちを屋敷へ連れてきなさい。ツヌガアラシトは駕洛の人間なんでしょう。言葉を伝えてくれる者がいると聞いたけど」


 キジが押さえつけられながら「太耳様」と声を出した。


「我々は、ただカヤナルミ様の居場所を聞きたいだけでんがな。頼むで、この縄はほどいてえな」


 太耳は笑った。高い声で、妙にカンに触る笑い方だ。


「言葉を伝えるものがいるのね? そこの鳥の羽」

「それを教れば、解放してくれまっか? カヤナルミ様の居場所を教えてくれまっか?」

「解放するかどうか、教えるかどうかは話次第ね。まあ言葉がわかるのは、そこの子でしょう」


 太耳は、ニコリといやらしい笑みを浮かべてパムを見つめた。パムはその目をみると、身震いをした。なんとなしに、気持ちが悪いのである。

 太耳はそういうとくるりときびすをかえし、おもむろに群衆の壁に向かう。群衆は太耳が近づくと自然と道をひらき、太耳を通した。

 太耳は後ろを振り向いて、言った。


「ああ、イナキ兵長、この子はホンモノみたいだから、屋敷へ入れてちょうだい。他の連中も連れておいで」


 イナキ兵長と呼ばれた、冑に鳥の羽を飾った男は頭を下げた。そして太耳が屋敷の門の中へと入って行くと同時に指示を出し、兵たちを動かした。兵たちは突然騒がしく動き始め、土蜘蛛たちをつなぐ綱を引っ張って立たせた。

パムも強く引っ張られ、思わずこけそうになる。ソシモリももちろん引っ張られたのだが、しばらく抵抗して暴れ、駄々をこねたため、ソシモリだけは倒れたままで引っ張っていかれた。土蜘蛛たちは歩いてついて行ったが、ソシモリはずるずると引きずられていく。


「てめえら、覚えてろよ、こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」


ソシモリは悪態をついていたが、和人たちには通じているはずもなかった。


「その時が来るまで、少しだけ大人しくするんだ、ツヌ」ハハカラがソシモリに声を掛ける。パムがそれを駕洛語で伝えると、ようやく暴れるのをやめた。


 先ほど太耳が入っていった門をパムたちも通っていく。門を抜けると、その先に屋敷が見えた。おそらくこれが太耳の屋敷だろう。しかし、その屋敷をさらに柵が取り囲んでいるのをみると、その厳重な警戒が奇妙に思えた。どれだけ用心深いのだろう。


床を高くした倉庫が整然と並ぶ一角を過ぎ、屋敷を囲む柵の入り口にようやくたどり着くと、イナキ兵長が門兵に合図をして小さな門を中に入り、ソシモリたちを中へと入れた。

 このときには、さすがにソシモリも背中が痛くなったのか、文句をいいながらも立って中へと入っていった。ハハカラ、ジリ、キジ、ユタも、神妙な顔をして屋敷の中へと入っていく。


なにはともあれ、すぐに死刑ではないらしい、と思うとパムは少しホッとしていた。

しかし。

 太耳はソシモリに用があると言っていたことが気なった。そして言葉がわかるものがパムだとすでに分かっていたのだ。また何かロクでもないことを言いつけられるのではないかと、パムは気が気じゃなかった。ソシモリの言葉を伝えても、相手の言葉を伝えても、どちらにしてもソシモリは怒るだろう。いざこざの間に挟まるというのは、嫌なものである。そして、この先のやり取りで、おそらくロクでもない状態になるのだろうなと、予感していた。

 そして、その予感は当たるのである。


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