第11話 カヤナルミ姫の祈祷(丹波國)

「丹波までは三日だな。三日もあればつくだろう」


 キジの言葉にげんなりする。

 眠そうな目をしたソシモリは、また一日歩くと聞くと、おもむろに指笛を吹いた。ニコニコと嬉しそうに走ってくる鵺に、満足げな顔でソシモリが飛び上がる。そして鵺の背に横になった。完全に楽をする気である。


「鵺、ゆっくり歩けよ。オレ様を落とすんじゃねえぞ」


 鵺はうなずくとソシモリを落とさないように気を使って歩いていた。そっと歩いていても鵺の大きさが大きさである。パムたちの歩みなど軽く追い抜いてしまう。こちらが時折走らなければ追いつかなくなってしまった。


「こいつ、楽しやがって! おい、俺も乗せてくれよ!」


 とジリも鵺に乗ろうとしたが、鵺の前足で軽くはたかれた。


「おい! 鵺と俺の仲じゃろう。お前がこーんな小さい時から面倒見てやってるのに、なんでそのツノ小僧は良くて俺はダメなんじゃ!」


 鵺は、真面目くさった顔をして


「ヒーン」


と啼いた。


「嫌だとよ」


 ソシモリがケラケラと笑って言うと、パムが「嫌なんデスって」とソシモリの駕洛語を訳して伝える。ジリは大きい体を揺らして怒って肩を揺らして前を歩いた。 

 皆がそれを見て大笑いをする。


 鵺が先頭を行くが、道案内は、はるか西の球磨國くまこくというところまで行っていたことがあるというキジだ。

 海岸線はうねうねとどこまでも曲がりくねり、それを横目に見ながら歩き続ける。同じような景色になかなか前へと進んでいないように感じる。次第に景色を眺める気力もうせ、ただただ足を動かすだけになっていた。

 時折休みながら、山菜を探したり、鳥を獲ったりし、食いながらまた歩き出す。


 途中道が分かれているところへ来ると、キジがこちらだと山の方を指さした。


「海を行った方が近いのではありませんか? キジどの。確か丹波国はもっと北寄りの半島にあるはずでは」


 物知りなユタが不思議そうな顔をすると、キジが肩をすくめて答えた。


「いや、この山を越えてもらわなあかん。山を越えた向こうに丹波国が見えてきまっせ」

「おいもう夕方じゃ。今からこの山を登れと言うのかキジ」ジリも反論する。

「海を行きたきゃ勝手に行かんかい」とキジは負けじと言うのだが、

「今から山越えでは死んでしまいます」と静かなユタも苦言を呈する。


 あちらこちらから愚痴が出て、キジが他の連中と大声で口論を始めた。


「なんやねん、文句あるんかい! ワテの案内に文句があんなら、みんな勝手に行け!」

「ああ、文句あるわ。この疲れてるっていうのに、今から山なんか登れるかい。このまま海岸でもいけるじゃろうが」

「やかましわっ。ワテの言うこと聞けなきゃ好きにせい!」


 すでに歩くのに疲れているハハカラは喧嘩を仲裁する気も起きず、


「はいはい、勝手にやってくれ」


と、喧嘩する連中を放って山を進んだ。パムと、ソシモリの乗った鵺はハハカラの後をついて行く。

 太陽がするすると落ちるように西へ傾きだしたころ、山の雑木林が終わり、突然視界が開けた。

するとプンプン怒りながらも歩いていたキジがおもむろに海の方にむかって指を刺し、パムの耳が痛くなるほど大声をあげる。


「あれを見てみ!」


 高台から見下ろすと、きらきらと夕陽に照り輝く海が一望できる。うねうねとつづく海岸線を視線で辿り、彼が指さした方を見ると……一同から感嘆のため息がもれた。

 なんと、海の中に一筋の道ができている。

 こちらの海岸から向こう岸まで、一筋、神が作ったとしか思えぬ、まるで龍が昇って行くかのようなうねった道が海の中にできているのである。


「あれが、天橋立あまのはしだてじゃ」


 キジの言葉を聞くやいなや、パムとソシモリ以外みなが感嘆の声をあげて身を乗り出した。


「あれが天につづくという道か。聞いたことがあるぞ」

「ここから見るのが一番よく見えるんやて。こっちへ来て良かったろう」


 ハハカラのつぶやきに、キジがほれ見たことか、とばかりに鼻を高くしていう。


「あれは遠い昔、葦原の中国あしはらのなかつくにをお造りになったイザナギの神が天へ通うために掛けた梯子でな、その梯子がある日倒れてできたのがあの天橋立という」


 ユタが静かに景色を眺めながら語り、そして


「ああ、わたしが生きているうちに神の造りたもうた天橋立を見ることができるとは」


とやたらと感動していた。

 どうやらそれを見るためにわざわざこの山に登ったというわけらしい。ソシモリなど、鵺の上でうたた寝をしているくらいで、全く興味はない。

 キジはつづける。


「さ、ただ山の上へ見物にきたわけやない。天橋立をこの後通っていけば、向こうにある丹波の国主の邸宅まですぐや。さあ、いくで」


 キジがさっそく歩き出そうとするのを


「鵺はどこかへ隠して行きましょう。これでは目立ちすぎます」とユタが静かに制した。


「若狭でも我々が、ちと歩いただけで槍を向けられたくらいですから、丹波でも用心に越したことはありません」


 ハハカラがうなずいた。


「そうだな。ツヌ、鵺はここで待たせておこう」


 ハハカラがちらりと鵺の頭で鼻をほじっているソシモリの方を見たため、パムが簡単に話を訳した。


「鵺は連れていかないんだってさ」すると、「ふん」と気のない返事がきた。一応承知したようである。


「よし。今日はここで休んで明日出発するとしよう」ハハカラがみなに示すと、疲れていた一行は助かった、と荷物を肩からおろした。


 旅も三日が経つと手馴れてくるもので、一同は手早く食料調達班と煮炊き班に分かれ、食事の用意を始めた。

 そして手に入れたもので食事をとった後、あいかわらずの酒盛りが開かれた。


 月がゆっくりと登り、夜も更けてきた。疲れていたパムはあっという間に眠りにつく。故郷の夢さえ見ずに深くふかく眠りについた。




 次の日。

 目立つ鵺は森の中においてゆくことになり、ソシモリはしぶしぶ鵺の頭から降りて自分で歩いた。天橋立を歩き、半日かからずに丹波国主の住む町へとつく。


 丹波の街に近づくと、大きな門扉が目の前に立ちはだかった。あまりに物々しい門扉にどうしていいのか一同が戸惑っているところへ、キジが平然と門のそばへと歩み寄り、大声で「開けてたもう」と怒鳴った。


「気比のものや。狗奴國くなこくとは関係ないで。今日はカヤナルミ姫にお話しがあって参った次第。カヤナルミ姫へお目通り願いたい。開けてたもう!」


 のぞき窓から目だけがこちらを見ているのがわかった。


「なんやら怪しい奴らやな。カヤナルミ様はこちらにはいらっしゃらぬ。お引き取り願いたい」


 あっさり門兵に断られてしまったが、キジは勝手知ったるもので、門のまわりを回ってくると言って行ってしまった。

 周囲は二重の柵で取り囲んであり、塀の外からでもあちこちに物見櫓ものみやぐらが見受けられた。その中に高床式の建物が整然と並び、そしてずっと奥に、当の国主の屋敷であろう大きな茅葺かやぶきの家が建っていた。屋根の上には鰹木かつおぎが並び、その両端には天に向かって千木ちぎがそびえている。


「わしが前見たときよりすげぇ屋敷になっちまったな」


 ハハカラが感心していると、偵察に行っていたキジが間もなく現れ、


「カヤナルミ姫がもうすぐ、浜のほうでまつりを行うらしいで」と浜の方を指差した。


「その祀りの後、アカル姫の行方を占ってもらえるか頼んでみますわ」


 土蜘蛛の一行は、町へ入るのをあきらめ、ぞろぞろと浜へ向かって歩いて行く。この暑いのに毛皮を着込んでいるのだから、まあ、目立つ。同じように浜へと向かう町の人はみな異様なモノを見る目つきでこちらを見た。

 そんな視線も気にせずに、キジは陽気に語っていた。


「カヤナルミ様ってなあ大したお人でっせ。あの人が祈祷すると、どんなに荒れた海でも凪いでしまうって評判でしてな。あっちでもこっちでも、お祀りしてくれって引っ張りだこなんですわ。しばらくこの丹波国主たんばこくのぬし太耳ふとみみ様に頼まれてお泊りになってるのは聞いてたから来たんやけど、たまたま今日がそのお祀りの日らしいんですわ。そんでな、もうそのあとはすぐ次の国へ行かれるんやて。いやあ、運が良かったわ。ナルミ様の祀りなんぞ、そうそう見られるもんやないで」


 キジは踊りだしそうな陽気なしゃべり方だった。そして、丹波の町の人を見かけると、声をかけ、どこでやるのかを聞きに行く。町の人は土蜘蛛の風体を見ると後ずさったが、キジはかまわず声をかける。


「あっちやて、あっち」


 後ろでヒソヒソ話されていたが、この土蜘蛛の男たちはまったく気にもせず浜の方へと向かった。まったく気にかけていないことが、パムには不思議で仕方なかった。町の人たちの視線が背中に突き刺さる。


 浜辺に行くと、すでに多くの町の人たちが集まっていた。

 波打際近くの浜では男たちが木を組み、木を組み合わせた台の上に、青々とした葉を茂らせた枝を瓶に入れてあげていた。その枝に白い紙をヒラヒラとつけている。よく見ると、なぜか動物の骨のようなものもうやうやしくおかれている。その横では、薪をうずたかく積み上げている。”祀り”と呼ぶ祈祷の準備なのだろう。

 祀りの時間を待つ人々が、一度ざわつくと、たちまち膝をついて頭を下げだした。


太耳ふとみみ様がきたぞ」

「頭を下げろ」


 土蜘蛛たちがぽかんとしているうちに、町の人たちは皆頭を下げ、太耳と呼ぶ男を迎えた。

 太耳は太った体を揺らしながら、「まあまあ、みなのもの、頭をあげて」と言いながら特別にあつらえられた椅子に腰をかける。頑丈そうな椅子がギシリと潰れそうな音を立てた。

 落ちそうなほど大きな耳たぶが、目につく男だった。そして、金糸銀糸で彩られた目にも眩しい衣に、パムが金海キメの市場でもみたことのないような、鮮やかな玉や金で首を飾りたてている。土蜘蛛の男たちは、あからさまにこの太耳に対して嫌な顔をした。太耳は、頭も下げぬこの男たちをジロリと睨むと、お付きのものに何かヒソヒソと話をしていた。

 パムは、何を話しているのかとても気になった。だいたいいい話ではないことは想像がつく。


 祭壇も出来上がり、浜辺に集まった人たちはまた雑談に興じながらその時間を待つ。パムは、たまにチラチラと太耳を見ていた。気づくと、太耳の周りに十人ほどの兵士が侍っていた。


 そして時は過ぎて行き、陽が傾き、空と海が真っ赤に染まった。少し涼しい風が吹き抜ける中、白い装束を真っ赤に染めたカヤナルミが、風に衣をひるがえし人々の後方から現れた。


 集まっていた町の人たちは急におしゃべりをやめると、ふたたび浜にひざをついて頭を下げる。太耳の時よりもさらに深く頭を砂につけて礼を表した。


 薪に火がつけられ、メラメラと燃え出すと、カヤナルミが祭壇の前へゆき、大きく手を広げ、手に持った鈴をシャンと鳴らした。

 カヤナルミの前に進みでた男が一人、ヘビが這ったような模様のくすんだ色の服を着て、置かれた丸木に座って咳払いを一つした。そしておもむろに腕に抱えた琴をかき鳴らす。


 それが祈りの始まりの合図であった。


 カヤナルミは右手に持った笹に紙の短冊をつけ、さらさらと祭壇に向かって振る。左手には鈴を持ち、しゃんしゃらら、と音を鳴らし、くるりと回る。琴の音が軽やかに調子を変えると、カヤナルミはくるくると回り、鈴を鳴らしながら踊り出す。夕陽に照らされて、白い装束と、肩に巻かれた天女のような布巾(ひれ)がひらひら、キラキラと揺れる様は、まさしく天の使いの舞いを見ているようであった。琴は次第に激しくなり、カヤナルミも次第に激しく舞ったが、ふと琴の音が止むと、祭壇に向き直った。

 そして祝詞のりとを朗々と謡い上げる。

 その隣で、薪の炎が天まで届かんとばかりに吹き上がり、轟々と音をあげていた。カヤナルミは祭壇に置いてあった鹿の骨をうやうやしく取り上げると、その炎の中に放り込んだ。

ぱちんと骨がはじけ火花が散る。

 しばらく炎に向かって静かに祝詞をあげ続けていると、ナルミの目の合図により、琴の男が木の棒で鹿の骨を掻きだし、錐で穴をあけると、串を刺し砂浜に刺した。そして鹿の骨を素焼きの皿に乗せると、再び神棚に乗せる。

 カヤナルミは恭しくその皿を頭上に戴き、しばらくじっとその鹿卜(鹿の骨)のヒビの入り具合を見定めると、一同の集まる方に向き直り視線を巡らせた。


「今年の秋の漁は、波が荒れる日が多くなかなか難渋するでしょうが、その波間をぬって漁に出た時、思いもかけぬ大漁になることがあるでしょう。貝は少なく、あまり見込みがありませぬ。クジラ漁は、まだめぐりの時期ではないと出ております。しばし休まれるがよろしい……」


 滔々と、湧水が川となって流れるがごとく、言葉がさらさらと流れていく。

 それを見ている村の人は、キラキラと目を輝かせ、ありがたく拝聴し、占いを聞き終ると、さらにかしこまって彼女を拝んだ。どうやらこの村の人々はみなあのカヤナルミの信者であるらしい。占いの結果に皆ざわめいているというのに、カヤナルミはさっさと白装束を翻してさっさと帰っていった。


「あ、ああ、おいおい、カヤナルミを追いかけろ!」


 ジリの言葉に、ポカンとしていた一行はカヤナルミを追いかけて走った。


「おい、貴様ら、カヤナルミ様をどうする気だ」

「ナルミ様を呼びすてとは、この辺りのものではないな」


 太耳のそばの兵士が、槍で土蜘蛛の行方を制した。


「カヤナルミ様は大事な丹波の祈祷師だ。お前らのような野蛮な人間が近づけるようなお方ではない」「カヤナルミ様をお守りするのが我らの使命。この先は通さぬ」


 やはり、パムの心配どおりだった。どうやら太耳は土蜘蛛を警戒して兵を準備していたようである。


「うるっせえなあ! あのアマに用があんだよ。どきやがれ、腐れ下っ端」


 ソシモリが駕洛語で毒を吐くが、兵は「何を言っているんだ」と怪訝な顔をしている。

 ハハカラが、その兵に向かって、「まあまあ」となだめた。


「我々は、そんな怪しいものではない。カヤナルミ様に一つ占ってもらいたいことがあるのだ。お目通り願いたいのだが」

「どう見ても野蛮な風体のおぬしたちを、おいそれとカヤナルミ様に会わせるわけなかろう」


 兵が鼻でせせら笑うと、ハハカラの後ろで我慢していたジリが「なんだと!」と拳を振りあげた。兵を一人殴り飛ばすと、もうそれからは、乱闘である。みなそれ行けと兵を殴り、兵も槍で応戦した。ソシモリも生き生きとして乱闘に加わる。パムだけは戦線から逃げ出し、遠くから見守っていた。

 丹波の兵は十人もいて、そして武器も見たところ最新のものなのに、たった五人の男(しかも一人は子供のソシモリである)相手に苦戦していた。土蜘蛛の武器はといえば、ハハカラの弓だが、接近では使えないため、銅の短剣である。キジとユタも銅の十握とつかの剣。ジリに至っては持っているひょうたんを振りまわしているし、ソシモリは剣もついていないつかのみである。


 一方丹波の兵は鉄の武具であった。


 ユタやキジに聞いたところによると、まだ鉄の武具を使っている国は少ないというのであるが、この兵たちは鉄を使っている。

 ちなみにパムは漁師ではあるが、鉄の武具についてはよく知っているのである。住んでいた金海キメは何しろ良質の鉄が採れた。そして鉄の武具がよく作られていた。だからよく大陸や海の向こうからいろいろな肌の色の商人が買い付けに来て、豪奢な剣や武具を買い求めていった。漁の合間にパムはそんな人たちや、武具を眺めにいったものである。


 そのパムの目からしても、丹波の武具はいいものを使っていると感じていた。かぶとや甲《

よろい》もしっかりとした細工が施してあるし、下っ端にしてはいい甲である。


 しかし、残念ながら、そのいい武具も、このガサツで実戦で鍛えられた山賊の男どもには敵わなかった。パムは、胸のすく思いで見ていた。


 太耳は、「兵を集めよ!」と騒ぎ出した。しばらくすると、何十もの兵が集まり、流石に疲れてきた土蜘蛛の男たちはみな捕らえられてしまった。

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