第11話

 不忍池の方からだった。

 なんと! 水面上を老人が走っている!

 周囲の観光客も、何人かが気づき、唖然として見つめていた。

 水面上を走るだけでも、目立つというのに、その老人は格好まで目立っていた。

 まるっきり江戸時代の町人の姿である。頭は天頂部をつるつるにそり上げたちょんまげだったし、灰色の着物を着ていた。

 髪は、ほぼ白髪になっており、しわの目立つ顔つきからして、かなりのお歳だとわかる。腰も曲がっているように見えた。

 そんな老人が、ウサギのように、水面上をぴょんぴょん飛び跳ねながら、こっちに向かってきた。

 そして、手すりを身軽に乗り越えると、佳恋の前に立った。

 佳恋も頭こそ、現代風であるものの、着物姿なのだ。

 周囲の人々の視線が、一斉に集まった。中には、スマホを構えて、勝手に撮影している者までいる。

「まあ。お爺様、そんな恰好で、腰抜けの世界に出てくるなんて、不用心ですわ」

「おれん! お前さんこそ、護衛もつれずに、勝手に抜け出しおって! わしは心配で心配で……」

 老人は、言葉が続かず、ゼイゼイと荒い息を吐いた。佳恋が、ため息を漏らしながら、その背中をさすった。

 地面に目を向けた時、例の鬼どもが転がっているのを見たらしい。

「ややっ! 妖魔どもが! おれん!お前さんが襲われたのか? ケガはないか!」

 老人はすくっと身を起こすと、佳恋のつま先から頭の天辺まで、何度も目を走らせた。

「私は大丈夫ですわ。でも、どうして、私が狙われなければならないのかしら?」

「うむ……分からぬ。こやつらは尋問する必要がある。奉行所へ連れて行こう」

 懐に手を突っ込んだ老人が、手を取り出したとき、手のひらサイズのひょうたんを握りしめていた。

 栓をスポッと抜いた刹那――。

 シュッ―。と掃除機のような音を発したと思うと、地面に転がっていた鬼どもが、まるで、煙のようにスッと吸い込まれてしまった。

 もちろん、この様子が見えているのは、君太、佳恋、老人の三人だけだ。

 君太が目を丸くしていると、老人が君太の存在に気づいたらしい。

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