第10話

 佳恋は、ホットドックの最後のひとかけらをパクッとしたところだった。

「さすが、里見様、見事な真剣白刃取りですわ」

「おれんさんこそ」

「んっ? 私は何もしていませんわ」

 何のことかしらとばかりに佳恋が、わざとらしく首を傾げた。

 だが、君太は見ていた。佳恋がどこからともなく取り出した二本の手裏剣を投げ打つのを。

「さすが!おれんさま!鮮やかなお手並み!」

 ぴゅん太も拍手喝采している。

「まあ、里見様、ずっと、鬼の方を向いていたのに、私が何をしたか分かったのですか?」

「ええ。おれんさんが、手裏剣を投げることを見たというよりも、直感ですね。投げるだろうと予測しました。だから、僕は、この青鬼だけに集中できたんです」


 佳恋は、椅子から立ち上がると君太の目の前に立った。君太の腕を取って、まるでキスする前触れであるかのように密着してくる。

 ぴゅん太が悲鳴を上げながら、二人の間に割り込もうとしたが、佳恋が草履の先っぽで、ぴゅん太の頭を抑えつけた。

 顔が近い。熟した桃のような甘い香りが佳恋の肌から漂ってくる。

 佳恋に見上げられて、自分の方がわずかに背が高いのだということに、今更ながら気づいた。

 というか……。

 何のつもり?

 いきなりキス?


「これが、白日眼の力なんですね」

 佳恋がうっとりとした眼差しを向けてきた。僕にというより、僕の左目に恋しているかのような眼差しだ。

「白日眼……?」

「私が読んだ書物によると、白日眼の持ち主は、相手の動きを予測できる能力を有しているそうです。だから、常に先手を打つことができ、優位に戦うことかできるだとか」

「そうだったんだ……」

 相手の動きを予測できる――。

 身に覚えがないことではない。と君太は、過去の出来事を振り返った。

 例えば、高校の体育の授業で、テニスをした時だ。

 君太はテニス経験がないのにテニス部のエースを負かしてしまった。相手がどこにどんなボールで打ち返してくるかの予測が悉く当たったからだ。あまりの圧勝に、クラスメイトからは、気味悪がられたっけ。

 それに、青信号の横断歩道を渡るとき、暴走車が突っ込んてくると直感して、間一髪で、事故死を免れたこともあったっけ。

 すべて、この左目のおかげだったのか!

「本当にすごいですわ……」

 佳恋の吐息が鼻をくすぐる。甘い唇に吸い寄せられそうになるのを君太はぐっとこらえた。

「じゃあ、妖怪が見えるのは、この目のおかげではないのですか?」

「妖怪?」

 ハッとして、佳恋が君太から身を離した。「妖怪なら、私でも見えますわ。不忍の里の人間であれば、誰でも見えるんですよ。特別なことではありませんわ」

「不忍の里って……どこに……」

 君太が質問しようとしたとき、「おれん!」と遠くから、しわがれた声が響いてきた。

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