加速装置はついてない

 買い物をすませ、コンビニを出ても、すぐに部屋に戻る気力は起きなかった。

大通りをノロノロと歩き、時々立ち止まっては自分のマンションを見上げ、ぼくはボケ~っと考えてた。


『天使?』


はじめて栞里ちゃんを見た時、マジで思った。

彼女の寝顔は清らかな天使そのもので、いっさいのけがれなんてなかった。

14歳の彼女の中に、ぼくはまるでマンガのヒロインみたいな、清らかさを見てた。

それが自分勝手な妄想だとはわかってたけど、心のどこかで彼女がまだ清らかな、『バージン』だってのを、期待してた。


バージンって、なに?

だれも足を踏み入れてない、雪の積もった道路みたいな、綺麗なもの?

そこに自分がはじめて足跡つけられるみたいな、優越感?


栞里ちゃんが『ビッチ』になったいきさつを聞いた時、ぼくは一瞬、彼女に裏切られた気分になってしまった。

ぼくが夢見てた、求めてた、佐倉栞里の『天使の様な清らかさ=バージン』を、彼女自身が簡単に捨て去ったという事が、なんだか許せなかった。

好きな子がバージンかどうかを気にするなんて、人間としてちっちゃい。

ちっちゃいと思ってるんだけど、胸の奥になにかがつっかえて、窒息しそうになる。


ゲームの女の子と違って、リアルの女の子は、ぼくと出会う前にも何人もの男と出会い、時には恋をし、セックスさえしているかもしれない。


そんな過去の男たちに、ぼくは勝てる気がしない。


リアルの女の子をゲットした勝ち組男に、ぼくは敵わない。

バージンの女の子でさえ、『自分色に染められる』なんて、思う事すらできないでいる。

そんなぼくには、ギャルゲーの女の子といちゃつくのが精いっぱい。

決まったルーチンで必ず攻略できて、決してぼくを裏切る事のない、画面の中の美少女達。

予定調和が、心地いい。

他の男どもと競わず、自分のなかで完結できる世界って、なんて安心できるんだろう、、、


そんな、現実の女の子とまともにつきあえない、負け組でヘタレでヲタクなぼくに、佐倉栞里はいったいなにを求めてるんだろ?

どうしてあんな事、言い出したんだろ?

ぼくなんかに、彼女の望みを叶えてやれる力なんて、あるわけないじゃないか、、、



 そうやってとりとめのない事を考えながら、ふと、自分のマンションを見上げた時だった。

マンションのバルコニーに、白い影が見えた。

もうすっかり日も落ちてあたりは薄暗く、はっきりとは見えないけど、どうやらぼくの部屋のバルコニーみたいだ。

栞里ちゃん?

栞里ちゃんがバルコニーに出てきたのか?


なんだか、、、

悪い予感がする。


8階のバルコニーの人影の動きを注視しながら、ぼくはマンションの方へ歩き出した。


白い影はしばらくは、バルコニーの手摺の所にあって、外の景色をぼんやりと眺めてるみたいだった。

初めて会った夜、栞里ちゃんがそうしていた様に。

しかし、その影は、ゆっくりと上に伸び上がっていった。


「?!」


栞里ちゃん、、、

いったいなにをするつもりなんだ?!

悪い予感はさらに増していき、ぼくの足は自然と速くなっていく。


白い影が手摺を越えた。


「!」


うそだろ!


その光景を見た時、さっと背筋に冷たいものが走った。

と同時に、心臓がドクンドクンと、破れる程に高鳴るのがわかる。

そして、、、


外へ乗り出した白い影は、手摺を蹴って一瞬ふわりと宙に浮き、支えるものがなくなったあとは、引力の法則に従って自由落下をはじめた。


「うわああああああああああああああああ!!!!!」


落ちていく、白い影。

栞里ちゃんと過ごした1週間が、頭の中でフラッシュバックしていく。

ツンとすました横顔。

たまに見せる笑顔。

怒った顔。

すがる様な瞳。

その瞬間、すべてがわかった!


ぼくが栞里ちゃんを好きだという事。

理屈なんかじゃなく、好きなんだという事。

失いたくないという事。

なにをしてやれなくても、ただ、彼女の側にいてあげたいという事。

栞里ちゃんから信頼されてたって事。

なのにぼくは、彼女を見捨ててしまったって事。

そして彼女は、支えるものがなくなって、、、


自由落下、、、、、、、、


「栞里ちゃん!栞里ちゃん!栞里ちゃん!栞里ちゃん!栞里ちゃんっっっ!!!!」


狂った様に何度も彼女の名前を呼んで落下地点へダッシュしていきながら、ぼくは彼女を置き去りにしてコンビニなんかに出かけた事を、激しく後悔した。


どんなに後悔したって、もう遅い。


自由落下をはじめた彼女を、止められるものは、もうない。

アニメのヒーローみたいに加速装置でもあれば、落下地点に回り込んで彼女を受け止められるのに。

しかし、ヒーローでもなんでもない愚かで無力なぼくは、ただ、佐倉栞里が落下していき、出会った日に栞里ちゃんがベランダから投げ捨てたアイスクリームの様に、彼女が地面にぶつかってへしゃげる音を、聞くしかないのだ!


発狂不可避。。。。


愛する人の潰れる音を聞き、潰れた姿を見る。

それが、現実から逃げ出したぼくに与えられた、罰!!


つづく

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