逃げちゃダメなのにお茶がない

ぼくの困惑をよそに、栞里ちゃんの話は続いた。


「原宿でお兄ちゃんと別れたあと、ファーストフードで別の人に拾われて、その人とホテルに泊まったの。そいつとは二日つきあって、昨日の夜はまた別の男に拾われた」

「…」

「そいつのエッチがねちっこくって。ブルマとか女児服とかヘンな服着せたがるし、からだじゅう舐め回すし、おしっこかけてとか足で踏んでくれとか言われるし、なんか変態っぽかった」

「しっ、栞里ちゃんは…」

「え?」

「その… 訊いていいかな?」

「なに? いいよ」

「エッ、エッチとか、、、 好きなの?」

「…大っキライ!」


眉をひそめて、彼女は言い放った。


「じゃあ、どうして…」

「罰なの」

「罰?」

「あたしは、だれからも必要とされてない、いらない人間だから。ダメな人間だから。こうしてみんなから汚されて、堕とされて、罰を受けなきゃいけないの」

「そ、そんな…」

「だから、お金なんかもらわない。これはあたしへの罰なんだから」

「…」

「最後の人からはやっぱり、『お金払う』って言われたけど、断ったら、この服くれたの。

その人の趣味で買ったジュニア服だったから、イヤだったけど、今まで着てた服は汗ばんで臭くて気持ち悪かったし、とりあえずもらうしかないかって思って…」

「…」

「でも…」

「でも?」

「…」


それっきり、栞里ちゃんは口を閉ざした。

両手をぎゅっと握りしめ、うつむいてる。

肩がかすかに揺れてるのがわかる。

ふっくらとした可憐な唇が、、、 震えてる。


おっ、、、 重い。

重過ぎる!

こんな話、聞くんじゃなかった。

栞里ちゃんからこんな重い話、聞きたくなかった!!


そりゃ、、、

栞里ちゃんのことは、なんとかしてやりたい。

心の底からそう思う。

でも、ぼくにはどうしてやる事もできない。

彼女の両親の離婚を止めさせる事も、お姉さんと仲直りさせてやる事も、裏サイトへのいじめの書き込みをやめさせる事も、なんの力もないぼくなんかに、できるわけがない!


『おまえは栞里ちゃんの人生に、責任持てるのか?』

『その子がDVとか、家庭内不和で家出してるとして、おまえに、それをちゃんと解決してやる覚悟と力は、あるのか?』

『中途半端にやさしくされて、その後に見捨てられる方が、余計に傷つくだろ』


今さらながらそんなヨシキの言葉が、心に突き刺さる。


『だれも信じられない!』


そう言って叫んだ栞里ちゃんが、ぼくの事を信じてくれて、こうしてすべてを打ち明けてくれてるってのに、ぼくにはそれを解決してやる力もないし、彼女に真っ正面から向き合う根性もない。


なんてダメな人間なんだ。ぼくは!

こうして好きな女の子に頼られても、いっしょになってズルズルと、その子の闇に引きずり込まれてしまう!


「あ、あっ。やっぱりお茶買ってくるよ。なんか、喉が渇いちゃって…」


長い沈黙にいたたまれなくなり、そう言って素早く立ち上がると、すがる様に目で追う栞里ちゃんを見ないふりして、急いで財布を取り出し、ぼくは玄関を飛び出した。


そう。


逃げ出したのだ、、、orz


あまりの重圧に耐えかねて、ぼくは栞里ちゃんから逃げたのだ!


『逃げちゃダメだ!』

『逃げちゃダメだ!』

『逃げちゃダメだ!』

『逃げちゃダメだ!』


そんなアニメの主人公みたいなモノローグが、頭のなかでグルグル回ってるけど、気持ちとはうらはらに、からだは栞里ちゃんからどんどん遠ざかってく。


どこまでもヘタレな自分。

いや。

『ヘタレ』なんて言葉じゃすまない。

なんかもう、、、 ぐしゃぐしゃ。

人間として最低!


そんな自分に、恋とかできるわけがない。

人を愛する、資格なんかない!




 マンションを出たぼくは、近くのコンビニにフラフラと足を運んだ。

店内は別世界だった。

意味もなく明る過ぎるコンビニのなかは、商品のCMが軽快な音楽に乗って陽気に垂れ流され、本棚には流行の服が載ったファッション誌やコミック雑誌なんかが置いてあり、ゲーム雑誌の表紙にはアニメタッチの高瀬みくが、こちらを向いて誘う様に微笑んでる。

悩みなんかなんにもない様な人たちが、店内でのんびりと時間をつぶしたり、買い物をしたりしてる。

レジのなかの店員はちょっと気だるそうに、でもキチンと仕事をこなしてて、穏やかな日常の風景がそこには、ある。

冷たくまたたく蛍光灯あかりが灯るこの雑多な空間は、重圧に潰されかけてたぼくに、ひとときの安らぎを与えてくれた。

ここにいると、なんだかホッとする。

とりあえず思考をストップさせ、本棚に並んだ『リア恋plus』の攻略本をパラパラとめくったあと、ぼくは機械的にドリンクの置いてある冷蔵庫を開け、いつも買う麦茶を手に取って、レジに持っていく。


いつものルーチン。

今はそんな日常が、愛おしかった。


つづく

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