5th stage

ヲタク絵師にロリータは似合わない

     5th stage


 今、ぼくの部屋の壁には、ロリータ服がかかってる。

真っ白な生地にフリルとレースがたっぷりとあしらわれ、淡いピンクのはしごレースが彩りを添えてるワンピース。

ミニ丈のスカートの下には、ボリュームのあるパニエが入ってて、裾を豪華に広げている。

きっと歩く度に、まるで幾重にも咲いた大輪の花の様に、スカートの裾がひらひらふわふわ揺れるんだろうな。


だけど、、、

この服を着てくれる人は、もういない。


あるじを失ったロリ服は、オタクグッズが所狭しと並んでる狭い部屋に、まるで場違いの様に、飾られてる。


「掃き溜めに鶴、だな」


椅子に座って背もたれに腕を置き、服をぼんやり眺めてたぼくは、ため息のようにひとり言を漏らした。


そう、、、


栞里ちゃんも、このオタク臭にまみれたぼくの汚部屋に舞い降りた、可憐な天使だった。

たった3日間だったけど、楽しくてドキドキな毎日だった。

こんな日々は、ぼくの人生のなかで、もう二度と訪れないかもしれない。

未練はたっぷりあるけど、そろそろ、けじめつけなくちゃ。

栞里ちゃんの携帯番号も住所も知らない。

名前以外、彼女を探る手立てはない。

その名前も、本名かどうかわからない。


『佐倉栞里』という名前を、ぼくはググってみた。

ヒットしたのは、1970年代の女優だけ。

それらしいものは、見つからない。

これじゃ、こちらからコンタクトをとることは、もうできない。

そう実感して、ぼくはノロノロとカメラを取り出し、壁にかかったロリ服をデジカメで撮影した。


この服をいつまでも手元に置いとくのは、辛い。

いっそ、ネットオークションで売ってしまおう。

まだ、タグもついてる新品状態だから、割と高く売れるだろう。

服だけじゃなく、ボンネットも靴もバッグも、みんな処分しちまおう。

その方が、気持ちもすっきりするだろう。

でも、、、


『もしかして、栞里ちゃんがまた、戻ってきてくれるかもしれない』


そんな一縷いちるの希望に引きずられ、ネットオークションの出品欄に描き込んだ商品情報を、オークションサイトにアップするのを、ぼくはグズグズと躊躇ためらってた。


希望、、、

そんなもの、どこにあるんだ?


改めて、自分に問いただしてみる。

あれだけ怒らせるようなことを、ぼくはやっちまったんだ。

栞里ちゃんはぼくを赦してはくれない。

もう、見込みは、ない。


すべてを吹っ切るかの様に、ぼくは思い切って『OK』ボタンをクリックした。




 木曜、金曜と、鬱々うつうつとした気持ちで、ぼくは過ごした。

バーチャルカノジョのみくタンとの会話も、以前ほど楽しくなくなってる。

たまに見せてくれた栞里ちゃんの笑顔が、まだ脳裏にこびりついて離れない。

なにをしてても彼女の事が思い出され、仕事も手につかない。


「大竹くん。もっとしっかりしたまえ。たるんどるぞ!」


バイトの書店ではイージーミスを何度も重ねてしまい、とうとう森岡支配人から思いっきり叱られる羽目になった。


、、、なにも言い返せない。

日頃はこの、昭和の化石みたいなおっさんの言う事には、反感ばかり持ってしまうんだが、こう失敗続きじゃ、弁解の余地もない。

独特の嫌みな口調でネチネチと続く支配人のお小言を、ぼくは甘んじて受けるしかなかった。



 バイトが終わって部屋に帰っても、もう栞里ちゃんはいない。

たまらなく大きくて深い空虚な心に、萌えイラストを描く気もおこらず、ぼくはMacを立ち上げてダラダラとネットを見て回り、オークションサイトを覗いた。

木曜の時点で、出品したロリ服にもう入札が入ってた。

どうやら人気の服だったらしく、日曜夜に設定してるオークション終了を待たず、土曜日の朝にはすでに入札が4件になってて、値段もかなり上がってた。


『後戻りできない、、、か』


入札が入ってる状態で出品を取り下げたりすると、ぼくの評価が悪くなる。

ネットでオークションをやる以上、評価は命なのだ。

もう、このロリ服は、他の誰かのものになる事が確定したわけだ。

栞里ちゃんのために買った服なのに、、、


いや!

もうきっぱり諦めよう!

いつまでも女々しいぞ自分!

ぼくにはオタクの世界があるじゃないか!

栞里ちゃんの事はもう忘れよう!

オタクは世界を制覇できるんだ!

彼女いない歴=年齢の自分には、恋とかできるわけがなかったんだ。

恋なんかにかまけて、オタク道を忘れちゃいけなかったんだ。

恋人はバーチャル嫁のみくタンだけで充分。

振り向くんじゃない自分!

ひと時とはいえ、栞里ちゃんには贅沢な夢を見せてもらった。

それだけ感謝してればいい。

ありがとう!


 無理矢理自分の気持ちに整理をつけて、ぼくは勢いよく立ち上がると、明日のイベントの準備をするためにプリンタの電源を入れた。


“PPPPPP PPPPP…”


とその時、iPhoneの着信音が響いた。


『まさか、、、 栞里ちゃん?!』


緊張で震える指で、ぼくはiPhoneを握る。

だけど、ディスプレイに表示されていた名前は、『美咲麗奈』だった。


『またヨシキの悪戯か?!』

アホめ。そう何回も引っかかるもんか。

このナンバーはこないだヤツからイタズラ電話された時に、念のために電話帳登録しておいたのだ。

しかし、iPhoneの向こうから聞こえてきたのは、ちょっと鼻にかかった甘くて可愛い声。まぎれもない女の子の声だった。


『あ、ミノルくん? 麗奈です。今電話いい?』

「れ、麗奈ちゃん?! ホントに??」

『ねえ、ミノルくん、今ヒマ?』

「え? ヒマって… まあまあだけど、、、」

『パソコンのもので買いたいものがあるんだけど… あたしわかんないから、つきあってくれない? 今から』

「えっ?」


驚いた。

麗奈ちゃんからの突然の誘いとは。


「ヨ、ヨシキは、、、?」


だって、ぼくなんか誘うより、ヨシキがいるだろう。アイツはパソコンにも結構詳しいし、今日はバイトも休みのはずだ。


『まあ、、 ね。ちょっとミノルくんとお話しとかもしたかったし』


麗奈ちゃんの言葉がちょっと濁る。

話しって、、、

いったいなんだろ?


「わ、わかった。じゃあ、どこで待ち合わせればいい?」


待ち合わせの段取りを決めて、ぼくは急いで外出の支度をした。

いったいどうなってんだ?


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る