闇のサウナドリンク、オロポ


 喉が渇いた。

 サウナできっちり十二分、水風呂で芯まで冷やし、そして休憩。

 それを三回繰り返した体は、水分が抜けきってカラカラに干上がっている。体は水分を欲してる。

 ――今日はいつもに増して喉が渇いた。

 よく水分が抜けきった体は、サウナでしっかりと整った何よりの証拠だ。

 普段なら喉が渇くのをぐっと耐え、体を拭き、髪を乾かして、休憩室でゆっくりとリクライニングチェアに寝転び、メニュー表を開くのであるが、しかし、その日の私はそれほどの時間すら、我慢ならないほどに私は乾ききっていた。

 脱衣所の片隅に自販機がひっそりとあった。私はそれに目を止めると、すぐにロッカーキーのバーコードをかざして、ボタンを押した。

 ガタリ。

 乱暴に落ちたペットボトルを手に取ると、すぐに蓋を開けて、それを飲む。

 ゴクリ、ゴクリと喉を鳴らして、半分ほどを飲み切ると、手近な椅子に座り込み、腕を組む。

 その私の顔には深く眉間に皺が寄っていたのは、確かであった。




 サウナを上がったら、水分を補給しましょう。

 サウナ施設でたまに見かける注意書きに促されるまでもなく、私たちは自然に水分補給をしている。

 サウナ後の整った体というのは、嫌というほど汗をかいているわけだから、ひどく喉が渇いて、体が水分を欲するよう促されるのは人体の自然な動きだ。

 もしサウナを上がっても水分補給をしないという人がいるのであれば、――おおそよそんな人間が存在するとは私には考えられないが――それは危険なので止めた方が良い。

 体に水分が足りなくて良いことはない。

 人間の体の七割は水分であるという。その七割もを構成する要素が減るというのは尋常に考えて良いことではないとわかるはずだ。

 現に田中みな実は毎日二リットルもの水分を取るとテレビで言っていた。誰に聞いたのか、それこそ田中みな実が言っていたのか、毎日二リットルの水分を取ったほうが健康に良いいうのも聞いたことがある。

 新日本プロレスのレスラー・邪道はすでに五十歳を超えているが、素晴らしい肉体を維持してる。その邪道は日に五リットルもの水を飲むらしい。

 私の友人である医師K氏も体を常日頃からウェットにしておいて、損はないと言っていた。

 サウナ後のみならず、普段からよく水分補給をするべきだろう。


 さて、話は逸れたが、サウナの話に戻ろう。いや、私が今日話したいのはサウナというよりも、サウナ後に何を飲むかということである。

 以前、サウナ飯の回でも語ったことがあるが、私はサウナに上がってからコーラを飲むのが好きである。

 カラカラに乾いた体に炭酸の効いたコーラはよく染みる。

 しかし、ここ数年のところ、コーラと同じ頻度くらいで飲んでいるものがある。

 ――オロポである。

 サウナ好きの諸兄なら、すっかりお馴染みの飲み物だ。今やサウナ上がりと言えば、オロポは定番であるとさえ言える。今やどこのサウナでも当たり前のようにメニュー表に乗っているし、実際、休憩室を見回してみるとオロポを飲んでいる人間は多い。

 念のため、知らない人がいるかもしれないので説明すると、オロポというのはオロナミンCとポカリを混ぜた飲み物である。注文すると、氷だけが入ったでっかいジョッキやグラスにオロナミンCの瓶とポカリのミニボトルが運ばれてくる。あるいはポカリだけがグラスに入れられて、オロナミンCだけが瓶で配膳される場合もある。

 焼酎をボトルで注文したときのように、自分でポカリをオロナミンCで割って――いや、もしかしたらオロナミンCをポカリで割っているのかもしれない――、自分の好きな配合で飲む飲み物、それがオロポだ。

 少なくとも私はオロポがすでに混ぜられて提供される店には行ったことはないように思う。


 私がオロポに初めて出会ったのは、随分前のことである。

 それこそサウナがよくテレビで取り上げられるようになった頃、何かの番組のサウナ特集でオリエンタルラジオの藤森氏が、「今のサウナではこれが流行ってるんですよ!」と意気揚々と紹介していたのを見た覚えがある。

 それを見た当時は、「そんなもんどこのサウナでも見たことねーよ」と悪態をついていたのであるが、その数日後、たまたま東京は笹塚、マルシンスパに行って、驚いた。休憩室の壁にでかでかと『オロポあります!』というポスターが張ってあったのだ。

 マルシンスパも実に良いサウナであるから語りたいところではあるが、それはそれで長くなるので、また日を改めることにしよう。

 ともかくオロポのポスターを見て驚いた私は、さっそく注文してみることにした。

 ――本当にオロポは流行っているのか?

 ――そもそもポカリとオロナミンCを混ぜて、それはうまいのか?

 そんな疑問を抱きつつ、私はオロポが来るのを待っていた。

 しばらく待つとテーブルにはでっかなジョッキにポカリのボトル。、そしてオロナミンCの瓶、その三つがどかりと置かれた。

 いや、もしかしたらマルシンスパでは、ポカリは最初からジョッキに注がれていたかもしれない。もう何年も前のことだから、記憶が曖昧だ。もしマルシンスパの常連がいたら訂正してほしい。とりあえず今はボトルで来たということにしておこう。

 初めてオロポを飲んだ私は特段の感想を抱かなかった。

 不味くはない。けれども決して美味いわけでもない。そう思ったからだ。

 ポカリは好きだ。風邪を引いたとき、アクエリアスよりもあえて少し値段の高いポカリを選ぶ程度には好きだ。

 オロナミンCも大好きだ。ああいった如何にも「栄養ありますよ」と自己主張する、少し薬っぽいような味が好きなのだ。オロナミンCの細長い瓶の形やかっちりはまった金属のふた、子供のころはそれがビールの瓶のように見えて、飲むときには大人びたような気分になったのを思い出す。小さな頃の私にオロナミンCは特別だった。

 しかし、その私が好むそれらを混ぜ合わせたオロポを、私は美味いとは思えなかった。ポカリとオロナミンCを混ぜたことによって、そのどちらもの味が薄まって、薄いポカリと薄いオロナミンCを同時に飲んでいるように思えた。いや、実際そうなのだ。ポカリもオロナミンCも、そもそもどちらも美味しいのだから、決して不味くはないが、しかし、美味いとは感じなかった。

 ――所詮、テレビが作り出した流行とはこんなものか。

 オロポをジョッキでいっぱい飲み切ると、私は期待と裏腹の味にがっかりとした。

 オロポのためのグラスはでっかいが、しかし添えられているのはポカリとオロナミンCが丸々一瓶だ。ジョッキで一杯飲み切ったところで、もう一杯か一杯半ぐらいはオロポを作れそうだった。

 さっきは炭酸が薄かったから、今度はオロナミンCを多めに入れてみようか。そう思って、少しポカリとオロナミンCの配合を変えてみた。するとどうだろう。さっきまであまりおいしくないと感じていたはずのオロポが随分と表情を変えて、今度は急に美味しくなった。

 絶妙なバランスで配合されたその二つ。

 ポカリの体に染みこむような塩分と糖分、それに炭酸が加わって、とたんにオロポはさわやかな味を醸し出す。オロナミンCの炭酸がポカリにちょうどよく薄められると、くどさが消えて、さわやなか味わいが湧き出でる。このさわやかな清涼感。それはどこか懐かしい――あぁ、それは青春の懐かしさだ。オロポのさわやかな清涼感は、サウナの後のすっきりとした肉体に爽やかさを与え、それが青春時代の感覚を思い出させるのだ。

 さわやかな青春時代。上手く配合したオロポはそれを思い出させた。

 そして、結局、私はオロポが気に入った。

 なるほど、これは自分にとってベストな配合を考えて作る飲み物なのか。

 そう腑に落ちると、他のサウナー同様に、私にとってオロポはサウナに定番の飲み物――そう、サウナドリンクとして定着したのだった。

 それからしばらくはマルシンスパ以外で見かけたことのなかったオロポは、いつのまにかどこのサウナでも当たり前のようにメニューに顔を出すようになった。

 東京のサウナから遅れること、さらに数か月。私がホームとするキュア国分町でもついにオロポがメニューに載るようになると、私はオロポを良く注文するようになった。

 もちろん、コーラが好きだと言うのも変わらないから、コーラを頼むことも多かったが、それと同じくらい――おおよそ一対一ぐらいの割合で、私はオロポを注文するようになったのだった。




 サウナの後はオロポ。それが定番だ。

 そんな習慣が私のみならず、サウナーたちの間で半ば常識となったころ、世の中はコロナ渦に見舞われていた。

 サウナ遠征に行くことが難しくなり、それどころかホームとするキュア国分町が繁華街のど真ん中にあることもあって、コロナが収まらないうちは、気軽に向かえる状況ではなかった。それでも、少し感染者数が減った頃合いを見計らい、私はキュア国分町へと足を運んでいた。

 ある日のことである。

 私はひどく喉が渇いていた。

 サウナできっちり十二分、水風呂で芯まで冷やし、そして休憩。それを三回繰り返した体は、水分が抜けきってカラカラに干上がっている。体は水分を欲してる。

 その日、バチバチにサウナをキメて整った私は、よっぽど汗をかいたのか、いつもにまして喉が渇いてしょうがなかった。

 普段なら喉が渇くのをぐっと耐え、体を拭き、髪を乾かして、休憩室でゆっくりとリクライニングチェアに寝転び、メニュー表を開くのであるが、しかし、その時間すら我慢ならないほどに私の喉は乾ききっていた。

 休憩室でオロポを飲みたい気持ちもあったが、脱衣所の片隅の自販機に目を止めると、とりあえずここで飲み物を買うことにした。こんなにも喉が渇いているのだから、自販機で買った飲み物を飲み切っても、まだ体は水分を欲するに違いない。そう考えて、ロッカーキーのバーコードをかざして、自販機のボタンを押したのだった。

 ガタリと取り出し口に乱暴に落ちたペットボトル、それを手に取ると、すぐに蓋を開けて一気に飲んだ。

 まるでビールのCMのように、大きく喉を鳴らして、半分ほどを飲み切った。

 そして、私は気が付いた。

 ――これ、オロポだ!

 オロポは自販機で売っていた。自販機で売っていたのだ。

 私が自販機で買ったその飲み物には、もちろん『オロポ』とは全く書かれていなかった。しかし、この味はまさしくオロポだ。オロポそのもの。しかも、ポカリとオロナミンCのブレンド、その配合が完璧に上手くいったときのオロポの味に違いなかった。

 そして、その飲み物を私は昔から知っていた。

 サウナブームどころか、それよりもはるか以前。私が中学生のときには、もう自販機のラインナップの一つであった。

 ――ビタミン炭酸MATCHマッチ

 大塚製薬が誇るロングセラー商品。奴の正体は“オロポ”だ。




 MATCHマッチは大塚製薬、正確にはその関連会社の大塚食品のロングセラー商品である。

 その味は間違いなくオロポだ。それもベストな配合が出来たときのオロポである。

 思い起こせば、この数年間、オロポを飲み続けていたが、しかし、その全ての配合がうまくいったわけではない。ポカリを入れすぎて薄くなったこともある。オロナミンCを入れすぎてポカリの存在感が消えかかったこともある。オロポの配合は決して毎回うまくいくわけではない。その時々で、オロポは味を変え、その味に私は一喜一憂していた。だからこそ、その配合がベストだと思えた瞬間は貴重であった。

 どうにかして必ず完璧に配合できるようにならないだろうか。感覚で行っているオロポの配合を理論化しようとしたが、それでも必ずしも上手くはいかなかった。

 私はオロポに対して、常に試行錯誤を重ねていた。

 けれども、私がすべきことはそうではなかった。

 買えばよかったのだ、MATCHマッチを。

 MATCHを買えば、何の苦労もなく、百円そこそこでベスト配合のオロポをいつでも簡単に手に入れられる。

 思えばポカリスエットもオロナミンCも大塚製薬の商品だ。

 我々サウナーがオロポを見出すよりも、十年あるいは二十年も前にすでにオロポは発見されていたのだ。他でもないポカリとオロナミンCを開発した大塚製薬によって。

 そして、それはとうの昔に商品として売り出されていた。

 ――オロポを飲むと爽やかな青春時代を思い出す。

 それはMATCHマッチの、昔から続くさわやかな青春をテーマにしたテレビコマーシャルを思い出していただけだった。考えてみれば、私の青春がさわやかだった瞬間は一度たりともなかった。私の青春時代はさわやかどころか、ねっとりとねばついた青春時代だった。さわやかな青春時代が懐かしいわけがなかった。

 俺はバカだ。

 私はオロポに正体に気が付くと、それはずっとMATCHマッチと結びつけられなかった自分を呪った。そもそも値段もMATCHマッチの方がオロポより安い。

 そうして、私はサウナ後にオロポを飲むことを止めた。

 いや、正確には止めてない。今の私は、サウナを上がるたびにMATCHマッチを飲んでいる。

 それはオロポを飲んでいることと全く同義だ。

 ――ちくしょう! サウナ施設に騙された!

 私のオロポブームは終わりを告げた。




 オロポを卒業した私であったが、しかし、以前からサウナドリンクとして定番になるのではないかと睨んでいる飲み物がある。

 ――”ヤクマン”である。

 ヤクルトとタフマン、それがオロポと同じ要領で、グラスとともに提供される。ヤクルトもタフマンも、ポカリスエットやオロナミンCに比べると量が少ないので、氷をたっぷり入れたジョッキ一杯分で収まる。そのため、オロポのように味のブレがない。

 ヤクルトとタフマン。その組み合わせにぎょっとする人も少なからずいるだろう。しかし、意外にも濃厚な味わいが癖になる絶妙な飲み物だ。

 この“ヤクマン”に出会ったのは、池袋のかるまるである。かるまるの食堂のメニュー、そのオロポの隣に”ヤクマン”は載せられていた。というか、かるまる以外ではサウナ施設に限らず、全く見たことがない。

 このコロナ渦のせいで、オープンしたばかりのかるまるに行って以来、行くことが出来ずにいる。かるまるも是非語りたいサウナだ。

 それももう二年くらいは前の話だったと思うので、今のかるまるでも“ヤクマン”があるかは分からない。

 とは言え、作るのは簡単である。

 ヤクルトとタフマンがあれば、“ヤクマン”は簡単に作れる。

 ヤクルトとタフマンを氷を入れたグラスにぶち込むだけだ。子供でも出来るし、配合をミスすることもない。

 家で飲みたいなと思って、一度スーパーにヤクルトとタフマンを買いに行ったことがある。しかし、ヤクルトはどこにでもあったが、タフマンが売っていなかった。

 仕方がないので、コンビニに行ってみると、そこでもタフマンがない。私は意地になって近隣のスーパーやコンビニ、ドラッグストアを巡ったが、私の家の近くではどこにもタフマンが売っていない。

 確かにタフマンをこんなにも積極的に買おうと思ったのは人生でそれが初めてだったかもしれない。タフマンを買ったことは人生の中で幾度かはあったと思うが、思えばそれはリポビタンDが売ってなかったときに仕方なく買ったような気がする。

 意識してみるとタフマンは入手困難な品物だった。

 私は未だに“ヤクマン”を家で再現できていない。家の冷蔵庫にヤクルトを常備しているものの、ドラッグストアやコンビニに立ち寄るたびに商品棚を確認しても未だタフマンに出会うことがないのだ。かといって、アマゾンなどのネット通販で買うほど、どうしても飲みたいほどではない。

 私はタフマンとの偶然の出会いを待っているが、しかし、それは未だ訪れない。

 ふと、ネットで”ヤクマン”を検索してみると、いくつかヒットしたブログがあった。

 それによれば、なんと”ヤクマン”はヤクルトの公式飲料であるという。

 ヤクルトの開発部では、商品化するほどのものではないとされ、ヤクルトの運営するカフェでしか買えないとのことだ。しかも、さらにそのブログを読み込むと、”ヤクマン”を作るとき、正しくはただのタフマンではなく、『タフマンV』をつかなくてはならないらしい。普通のタフマンでさえ見つからないのに、タフマンVなどという派生商品と私は出会う日が来るのだろうか。


 “ヤクマン”の、あの何とも言えない味わいは、他では得難い奇妙で、そして素晴らしいものだ。

 みんな一度は飲んでほしい。

 オロポのようにサウナ飲料としてぜひとも流行ってほしいと思っている。オロポなみに流行れば、近場のサウナでも飲むことが出来るようになる。そうすれば、こんなにもタフマンを探し歩く、私のような不幸な人間は産まれない。

 かるまるで“ヤクマン”を飲んだその日から、私は”ヤクマン”の台頭を待っている。

 けれど、未だその流行の風は私のもとに届いていない。

 私のおすすめするサウナ飲料“ヤクマン”。

 頼むから流行ってくれ。もしくは近所のドラッグストアでタフマン、しかも出来ればタフマンVを仕入れてくれ。

 私はそれを祈りながら、今日も健康のため家でヤクルトを飲む。そうしてタフマンを待ち焦がれて続けている。

 “ヤクマン”飲みてー!!


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サウナエッセイを綴る ――サウナーとこれからサウナが好きになる人のために 井戸川胎盤 @idonga

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