第三章 ハーヴィーの街

第9話 ブラックナイト


七日目。わたしたちは登山をしていた。第三フィールドの攻略だ。正規ルートは北エリアで、<イグナシオの街>にあった北の洞窟と同じ山、というか山脈の一部を、今回はその外を登っていく。次の街は山の中腹にあり、その先は未だ不明。今のところ四番目のフィールドボスは討伐されていないので、情報が出回っていなかった。


今回は街を散策するのではなく、先にフィールドを攻略してしまって、その後、戻ってこようと決めた。昨夜に<ハーヴィーの街>に着いたばかりだが、疲れという疲れはたまらない身体なので、睡眠さえとれれば問題はない。むしろ、今までがのんびりしすぎていたためか、今はやる気に溢れていた――主に中学生二人が。……わたしは後ろをついていくだけなので、二人が良ければ一向に構わないのだけど。


そんなエネルギーに満ちた今回の攻略だが、非常にサクサクと進んでいた。というのも、攻略ルートが一本道で、迷うことがなかったからだ。


エリアの概観としては、登山道がいくつかあり、そのうちのひとつを選んで登っていくという感じ。それぞれの登山道はすべてボスエリアの少し前で合流し、そこから第四フィールドの<ニネットの街>までは一本道になっている。


各道に大きな違いはないといわれているが、こればかりは時の運、つまりモンスターとのエンカウントによるとしか言えないだろう。一本道ゆえ、出遭ったモンスターすべてと戦闘になるのだから。


道中出遭うモンスターは一言で表せば鉄系だ。アイアンゴーレム、アイアンアントといったものが出る。物理攻撃、魔法攻撃共に耐性があるらしく、少しばかり硬くはあったが、HPは低いため、あまり強くなったという感じがしない。


また、スレッドによれば、稀にグリフォンやワシのような鳥系が出るらしい。が、今のところエンカウントはなかった。こと、ワシに至っては、隣の第四フィールドの情報ではあるのだが、この鉄でできたモンスターを襲って食べる姿も目撃されていて、スライムもびっくりの鉄喰らいメタルイーターだったとのこと。できることなら、出遭わずに攻略を終えたいものだ。


実際に戦闘している二人は、最初こそ初見の相手に戸惑ってはいたが、直ぐに順応し、今では危なげなく討伐してくれている。だから、安心して戦闘を任せていられた。


そうなると、わたしとしては他に気になることが出てくる。


「うーん。素材が見つからない」


素材がなかった。


ここは草木の生えない岩山。山肌に転がるのは砂と岩のみ。だから、薬草たちがいないのは分かる。けれど、鉱石たちがどこにもいないのは納得がいかない。どうしたものか。


「えーと……あ! モンスターが食べちゃった、とか?」


突然、アカネが口を開いた。どうやら、わたしの不機嫌が伝わってしまったようだ。それで気を遣われたとなると、さすがにそのままというわけにはいかない。


「……うん。そうだね。そういうことにしておこうか」


わたしは、かわいい妹のような二人を安心させるために、それで納得しておくことにした。でも、不満は残る。だから、もう一言付け加える。


「だから、楽しみを奪ったあいつらを、全力で、叩きのめしちゃって!」


やっぱり二人任せ。わたしが戦闘するにしても精霊さんに魔法を行使してもらうことになるので、結局、他者ひと任せになる。……なんか、こういうときはやるせない。やっぱり魔法取ろうかな。


とりあえず、素材問題は、解決はしなかったけれど、気にしないことで落ち着き、攻略にだけ専念することになった。お蔭で、足場の悪い岩山でも、移動に専念したわたしが足を取られるということはあまりなく、順調に進むことができた。体力無限大の身体はすばらしい。


そうして、休憩を挟むことなく進み続けると、昼前くらいにはボスエリアに辿り着くことができた。さすが、日の出前に出て来た甲斐があるというものだ。


「これは……大きい、ですね」

「うう……。なんか怖いです……」


ボスエリアの前で、ブラックナイトの姿を認めた二人の反応だった。ボスエリアは、前回、前々回と同じく、開けたかなり広い空間で、周囲を高さ一メートルほどの柵が囲んでいた。前の二回と違うのは、柵の外が密林ではなく、崖となっていることだろう。入って左側は壁となって聳えていて、右側は深く落ち込んでいる。もちろん、透明な壁は存在するので、ただの背景だが。


「……じゃあ、撤退しようか?」


わたしは三度目の提案をする。これからも、毎回このやりとりをするのだろうか。二度あることは三度あるというし、四度は……どうなんだろう。


「いえ、行きますよー!」

「おー!」


大分、アレンジが入ったね。パターン化はしなさそうだ。


そんなわたしの心情などお構いなしに、スレッドから得られた攻略情報をもとに対策を確認し、そして、


「それじゃあ、行きますよ」


アカネの号令によって攻略が始まった。



***

//アカネ


第三フィールドのボスは、二メートルを超すほどの背丈のある真っ黒な全身甲冑だった。甲冑に身を包んでいる、というわけではない。中身のない空の甲冑がひとりでに動いているのだ。


モンスター名は「ブラックナイト」。黒騎士という名のそいつは、所有者のいなくなった鎧と剣に霊が憑依することでモンスターとなったものだ。


本来の意味の黒騎士は、所属を分からなくするために紋章を黒く塗りつぶした騎士のことを言う。それを意識したのかどうかはわからないが、こいつもまた、紋章があったらしい場所が、完全に読めないようになっていた。


戦闘に関しては、霊体だからなのか、鎧だからなのかはわからないが、物理攻撃に高い耐性があり、かつ、攻撃は一撃一撃がわりと重めらしい。長期戦を避けようと思えば、魔法攻撃が必須だった。けれど、


「[闇魔法・影球]」

「[光魔法・光芒]」


魔法攻撃力はさほど高くない。現にHPはさほど削れてはいない。


これまでは、戦闘の主体は物理攻撃で、魔法はあくまでも補助という位置づけだった。それが、ここで大きな壁……というほどではなかったけど、パーティの弱点として存在していることを意識させられた。


…………!!


突然、ブラックナイトが慌てたように大きく後ろに飛ぶ。と、地面から多数の棘というか、角のような先の尖った岩が何本も飛び出してきた。ブラックナイトはこれを避けたようだ。


ブラックナイトが大きく回避行動をとったところで、私とルリは魔法を撃ち込む……が、決定打にするには全然足りない。もう少し、時間がかかりそうだ。


魔法はパーティ全員が使えた。私は[闇魔法スキル]が、ルリは[光魔法スキル]が、ルナさんは[精霊術スキル]が使えるので、全員が魔法攻撃できた。


私が[闇魔法スキル]で攻撃する場合、ダメージに関わるスキルの数は三つ。純粋にINTがダメージに反映されるので、関与するスキルの数が少なく、かつ、スキルレベルが低いため、ダメージが伸び悩んだ。ちなみに、[短剣スキル]にかかるスキルの数は五つ。短剣の特性としてSTRの他、DEXがダメージに関わるので少し複雑だ。


それゆえ、魔法だけで押し切るには、難があった。まだ三番目のフィールドボスということで、物理ダメージが軽減されるとはいえ入ったことが、まだ救いと言えた。


……!


再び、数本の土柱がブラックナイトを襲い、悉く回避される。そして、光と闇の魔法が直撃する。そんなやりとりが何度か繰り返された。


(……珍しくルナさんが積極的だ)


私たちが苦戦していると判断したのだろうか。もしそうなら、不甲斐ないと思う。けど、そう思われても仕方がない状況が目の前にあるのだから、もっと頑張らないといけないと思う。


でも、どうやら少し違ったらしいということに気づいたのは、ルナさんが十回目くらいになる土柱を繰り出した後だった。たくさんの土柱のお蔭で幾分狭く感じるボスエリアで、土柱のない中心部にブラックナイトが飛び出した――その直後、その黒い人影は地面に吸い込まれた。


……いや、正確には大きな落とし穴に掛かったのだ。穴の直径は二メートル程度、深さは四メートルもないくらい。それでも、ブラックナイトを窮地に陥らせるには十分過ぎる大きさで、そこからは勝負というには一方的が過ぎる状況となった。


ピコン。


軽い電子音が響き、いつものウィンドウが開く。


――フィールドボス「ブラックナイト」の討伐に成功。<ニネットの街>に行くことが可能になります。


私はそれを見ながら、戦闘を振り返る。


(……落とし穴、か)


道理でたくさんの土柱を繰り出したわけだ。ブラックナイトに穴を掘っていると気づかせないために土柱で攻撃しているふりをし、私ですらさほどの疑問を抱かなかった。


(……いや。それを言えば、バーサクボアの時だって)


あのピンチのタイミングで木の精霊を使役して特技を妨害するだなんて、見た時は本当に理解できなかった。


なんだか、助けられてばかりの気がする。普段の戦闘で返しているつもりなんだけど、事あるごとに溜まってしまうような……。あ、でも、それが「もちつもたれつ」っていうことなのかな? そうだったらいいな、なんて。


「アカネ、おつかれさま」

「アカネちゃん、おつかれー」


私が少しの間、ぼうっと立ち尽くしていると、ルリとルナさんが傍まで来ていた。


「あ、ルナさん。お疲れ様でした。ルリもおつかれ」


私は二人に返す。と、


「あ、実際に見ると結構深いね。精霊さん任せだったからよくわかってなかったんだよね」


ルナさんは落とし穴を覗き込んだ。


「あ、ルナさん! そんな近づいちゃダメですよ! 落ちたら危ないですから!」


さっそく、雰囲気が騒がしくなる。目下はルナさんの転倒防止。少ないとはいえ、何もないところで転ぶような人だ。こんな深い落とし穴のそばで転ばれて、街に戻られたりしたらたまったものではない。本人は大丈夫と言い張るが、転ぶことが「全くない」ではなく「少ない」なのがネック。


次の挑戦者も来るだろうということで、さっさと移動することを決める。なんだか、しんみりとかどっかいっちゃった。けど、これくらいの方がいいなって思うから、結果オーライっていうことにする。


「早く行って、お昼ご飯にしましょう! ルリ! 私、ハンバーグが食べたい!」

「ふぇ? う、うん。いいよ。……あ、ルナさん」

「うん、いいよ。わたしも食べたいな、ハンバーグ」


私はお昼ご飯の話題を投げて、注意をそらしてみる。と、上手くいった。そうして、三回目になる、モンスターの出ない道を、おしゃべりしながら進んだのでした!

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