第四章 ニネットの街

第10話 呪符と魔石


第四フィールドの<ニネットの街>は前の三つの街と比べるとかなり小さく感じた。具体的に言うと、門から噴水広場まで、三十分掛かったものが、十分で着いてしまうくらい。そんな<ニネットの街>へは、南門から入った。第四フィールドの攻略は、南から入って北へ抜けるのが正規ルートになる。


けれど、街の散策もそこそこに、わたしたちは再び、<ローウェルの街>に来ていた。目的は錬金術師アランに会って話を聞くこと。


というのも、実は第三フィールドの攻略中にドロップしたアイテムの中に魔石なる物が交っていたのだけど、その使い方の見当がつかなかったのだ。適当なことをして無駄にしてしまうのも何かイヤだったので、それならば知っていそうな人に答えを聞こうと考えたのだった。


そうして、いざドアを潜ると、


「いらっしゃ――おお! また来てくれたんだね! いやあ、うれしいね」


今度はきちんと店番していたらしい。ハイテンションで出迎えてくれた。


「それで、僕が譲った技の方はどうだい?」


彼は早速とばかりに切り出した。彼からすればやはり気になるところだろう。けれど、それについては丁度いいエピソードがあった。もちろん、リカイニオン戦だ。


わたしはそれを話すと、最初は驚いたような表情をしたが、それも徐々にうれしそうな笑みに変わっていった。そして、


「うん。やっぱり、僕が見込んだ通りの人……いや、それ以上かもしれないね」


満足気に言った。


「ああ、それで、今日は僕に用事があって来てくれたんだよね。どんな用事かな?」


アランはそれで納得したらしく、上機嫌でこちらの話を聞く態勢になる。やはり、マイペースな人だ。


それでも、用件はきちんと伝えると、


「ふーん、なるほどね。魔石ね。また、面白いものを拾ったね」


アランはそう言ってから説明をしてくれる。が、アランの説明は冗長が過ぎるので、要約することにしよう。


まず、魔石というのは魔法に強い親和性を持つ宝石のことだ。主な用途は、ステータス強化などの効果を秘めた装飾具。具体的には、指輪やネックレス、ブレスレット等。この場合、通常の装備に付与する効果と比較して、遥かに大きな効果を得ることができる。


もうひとつの用途としては、剣や鎧、杖などに取り付ける方法。この場合には、ステータス強化ではなく属性を付与することが多い。つまり、剣なら普通に切りつけるだけで属性攻撃になり、鎧なら通常の防御に加え大きな属性耐性を得ることができる、ということだ。


他にも、魔具といって、魔力を動力源とした道具の心臓として使われることがある。この道具も、時計やらコンロやらさまざまなものが考案されてはいるらしいのだが、魔石が高価すぎて上手くいっていないらしい。なので、よく使われるのは魔石でないといけないもの、例えばゴーレムの核とか結界などに利用されているらしい。ちなみに、魔石を使ってゴーレムを作る場合には、スキルなどは特に必要ないとのこと。


「あと、注意事項としては、魔力を込めすぎないことだね」


アランが説明の終わりに妙なことを言った。……魔力を込めすぎない? どういうことだろう。 


「魔石は魔力と相性がいいからね。許容量を超えてでも魔力を保持しようとするんだよ。つまり、魔力を圧縮した状態、とでも言えばいいのかな。そんな感じだから、知らずに魔力を込め続けると、保持しきれなくなった魔力が呼び水になって、すべての魔力が一気に放出されるんだ。魔力は大きな力だからね。その放出に巻き込まれると大けがにつながることもあるから、魔力を込める時は気をつけてね」


……なるほど。付与の効果を期待して魔力をたくさん込めたい。けれど、やりすぎると風船に空気を込めるみたいにして破裂する。ままならないものだね。


まあ、とりあえず、事故の話は一旦、脇に置いといて、これって呪符ではできないのだろうか。訊いてみた。


「できるよ」


……そんなあっさり。


「というよりも、師匠は高価な魔石の代用品を求めて色札を開発したわけだから。しかしまあ、もうそこに気づくなんて。僕もそうだけど、師匠が聞いたら喜ぶだろうなあ。うんうん。こんな優秀な後輩が現れるなんて、最高だね!」


ああ、色札って、そうだったんだ。魔石なんだ。紙だけど。ということは「付与術スキル」で直接、装備に付与するより、一旦、色札に付与してから[錬金術・錬成]で鎧に合成した方が効果が高いってことなのか。ひとつ勉強になった。


そうなると、やはり気になるのは呪符に込められる魔力量だよね。込める魔力は多い方が効果が高くなるらしいから。呪符に込められる魔力ってどれくらいなんだろう。それを知っておけば事故は経験しなくて済むかもしれないし。


「うーん。それはたぶん、やってみた方がわかるよ。感覚的にこれ以上はまずいってところでやめておけば大丈夫。僕も初めてでわかったし。それと、込め過ぎた色札、いやこの場合は呪符か。それは地面に置いといて、魔法をぶつければ大丈夫だから。魔法の衝撃で魔力の放出を誘導して処分完了ってね」


つまり、かなり危険な代物ということなんですね。それは爆弾なんですか?


困惑するわたしたちをよそに、楽し気なアランは口を開く。


「そういえば、君たちは『アルテシア』なんだね」

「え? はい。そうですけど」


アルテシアとはこの世界におけるプレイヤーの呼び名だ。なので、この質問はわたしたちはプレイヤーなのか、と訊いていることになる。けれど、今更な質問に、意図が理解できず困惑する。


それでも、アランはそれについては何も語らず、質問の意味するところは分からず仕舞い。にこやかに、またいつでも訪ねて来て欲しいという言葉と共に送り出され、お店を後にした。



わたしは、アランのお店を出た後、第四フィールドの東エリアに来ていた。ここは、街と同じような平らな台地のようになった場所で、エリアもそんなに広くはない。一時間も歩けば、フィールドの端である垂直に落ち込んだ崖に出る。その先の景色は海に面した街があったりするのだが、透明な壁があって落ちることもできないようになっているとのこと。


一方で、北エリアと西エリアはどちらも山頂を目指すような険しい山道になっている。北エリアが正規ルートで、二日がかりで辿り着くことができるフィールドボスは未だ負け知らず。また、西エリアは初のエリアボスで「飛竜」が発見されているが、こちらも、フィールドボスほどではないらしいが、なかなか手強いとのこと。


そして、わたしが東エリアにいる理由だが、


ドカーン!


呪符(魔力)による爆破実験だ。色札に[錬金術・封印]で魔力を限界まで……ではなく、限界より少し多めくらいまで込め、それを岩に仕掛けてから、ルリの[光魔法・光芒]で誘爆させた。


結果は、


「十分、戦闘で使えますよ。これ……」


想像以上。「少し多め」で、高さ約一メートル、幅約二メートルの岩が砕け散った。もちろん、魔法のある世界なので、そこまですごい結果というわけではないのだが、実用に耐えうる攻撃手段として、呪符が名を連ねることになったというのは、なんともいえない。


「……じゃあ、次はナイフかな」


実験変更。事故がどれくらい危ないのかを調べに来たのだけど、目的を爆弾の兵器利用にシフトチェンジする。


赤青二色の模様が入った投擲用ナイフを作成するが、


「……爆破ナイフだって」

「……偽装がばっちりすぎますね」

「はわー。爆弾には見えないですー」


なまじ、普通の爆弾より恐怖を感じる。やはり、爆発しないと信じているものが爆発するというのは、心が揺らぐことらしい。


そんなことを考えつつも、新たな岩を目標にして投擲する。


ドカーン!


結果は上々。特段、威力が落ちることもなく、ナイフがターゲットに触れると爆発した。……なにこれ。完璧すぎる。


「……呪符の使い道ってこれだったんだね」

「……ルナさん。お気を確かに」


呪符=爆弾、の等式を不適として、頭から追い出し、爆破ナイフを何本か作成する。実戦でどのくらい使えるのかを試すためだ。そして、


「はわわー。わたしの出番がないです!」

「あはは……。これは……」


結果が酷すぎた。的になるモンスターは悉く四散し、オーバーキルの様相を呈したのだ。威力が大きすぎる。


でも、思えば当然のことだった。色札に込めた魔力量は、アカネやルリが使う魔法技の十倍以上。モンスターが四、五発で沈むことを思えばオーバーキルするのは当たり前だった。


「……うーん。これはしばらくお蔵入りだね。戦闘は変わらず二人に任せておこうか」


わたしたちは神妙な顔をして、帰路に着いた。

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