第8話 リカイニオン


六日目。わたしたちは第二フィールドの攻略にかかっていた。リアルでは十四時から十五時にあたる。が、もうリアル側の状況は当てにならないという判断だ。やはり、先の見通しが立たないという不安はあるが、攻略は進めていかないと、辛くなるのは間違いないので、フィールドに出ることにした。


第二フィールドは周囲のエリアすべてが森であり、出現するモンスターは第一フィールドとあまり変わらない。敢えて違いを挙げるとするならば、フォレストウルフという名前のオオカミが、第一フィールドではたまに一匹ずつしか出てこなかったのが、ここでは二、三匹ずつでよく遭うようになったということくらいか。


正規ルートは北であり、西は第一フィールドから続く道、南と東は森を抜けると海岸に出る。特に東は漁港のある小さな村があり、新鮮な海の幸や海の家のようなものがあるらしい。なので、貝やクラゲのようなモンスター等のエンカウントにさえ気をつければ、村の外の砂浜のようなエリアで海を満喫できるとのこと。ちなみに、その二体のモンスターは毒持ちなので特別名前が挙がっていた。要注意だそうだ。


さて、森の攻略なのだが、エンカウントに大きな変化がないため、順調そのもの。戦闘は二人に任せて、わたしは採取に精を出していた。採取できる素材は、第一フィールドからおなじみの薬草と毒草に加え、新たに「しびれ草」というものが追加された。そのため、「麻痺治し」という毒消しの麻痺版が、すでに作られていた。しかしながら、今のところ出番はない。結構なことではあるのだが、正直、寂しい。回復系アイテムの悲しい性だった。


「あ、ルナさん。気をつけてください」


アカネが不意にそう言ってきた。わたしは周囲に目を配ると、体長一メートルほどありそうな大きな赤いチョウが木々の間を縫って、現れるところだった。


「あれがこの間言っていたレアモンスターですよ」


どうやらこの森の中で隠れる気のない赤いのが、麻痺を使ってくるらしい。


「ディスオーダードバタフライ、ね」


無秩序のチョウ。それが「あれ」の名前だった。確かに、麻痺治しが手に入らない中で麻痺を使ってくるとか、秩序なんてあったものではない。……いや、名前がそれだから認めるとか言わないよ?


けれど、麻痺治しが手に入っているとはいえ、すでに一度相手にしたことのある二人は、危なげなく対処する。耐久がないので、魔法で遠距離から叩けば終わってしまった。ついでに取り巻きの毒をばらまく小さめの青いチョウたちも光の粒子に変える。


さて、これならわたしはポーションだけ作っておけば良さそうだ。第二フィールドに着いたので、ポーションは前に宣言した通り中級を合成していた。本で勉強してレシピの見当がつけられたのだ。とはいえ、ストック過多の状況は変わらない。


「あ、こことか、どうですか?」


少し開けた場所で、アカネが訊いてくる。そろそろ、時間的には昼頃だろう。アバターなので身体的な疲労はないが、集中力などの精神的な部分では休憩が必要だ。


「うん。いいんじゃない。じゃあ、ここで休憩しようか」


わたしは質問の意図を酌んで、休憩を宣言する。


広場の真ん中あたりに座ると、わたしは二人から素材を受け取り、[錬金術・錬成]を使って採取した薬草等の素材を消費していく。


アイテム欄に収められる量は無制限ということが公式の情報で明かされているので、頑張って消費する必要はないのだが、他にやることがない。それに、スキルレベル上げはなんにせよしなくてはいけなかったので、とりあえずとばかりにやっていた。


所持量に制限がないのをいいことに、採取は気の赴くままにやってきたし、アイテムの作り置きも心置きなくできた。けれど、デメリットもある。デスペナルティにアイテム欄にあるアイテムの部分消失があるのだ。アイテムロストは個々に確率が計算されるらしいので、持てば持っただけ割合で失う個数が増えてしまう。後々はホームを持って、そこにアイテムを保管するなどの対策ができるらしいのだが、それは先の話。今はとにもかくにも死なないことが一番の対策だった。


そんなこんなで、作ったポーション等のアイテムを二人に返す。と、アカネが何かに気がついたようで、周囲に視線を走らせた。


「フォレストウルフですね。数は二。ルリ、行くよ」


そう言って、慣れたように……いや、かなりの数を相手にしていたから、実際に慣れたのだろう。危なげなく、二匹のオオカミを光の粒子に変えた。


「なんていうか、この森、オオカミだらけです」


ルリが戻ってくるなり言った。


「そうだね。でも、たしか、このフィールドのボスもオオカミだよ?」


わたしは答える。


「えーと、たしか、三又の尾の白い毛並みの仔オオカミ、でしたね。青白い炎の狐火を使った攻撃が主体で、攻略の鍵は、素早い相手の動きをどうやって封じるか、らしいです」


アカネが説明してくれる。わたしが得た情報と同じであることを確認しながら聞くが、そもそもの情報源が同じスレッドなので、記憶に相違がないかのチェックになる。


「オオカミなのに狐火、ですか? しっぽがいっぱいあるのは、キツネは聞いたことがあるですけど、オオカミはないです。それはほんとにオオカミです?」


ルリがもっともなことを言う。けれど。


「うん、まあ……。モンスターの名前が『リカイニオン』って、言うんだけど……」

「……小さい雌オオカミ、って意味合いがあるらしいんだよね」

「そうなんです?」


スレッドに上げられた情報によると、そうらしい。決してキツネではないとのこと。そうして、情報共有を終えて、わたしたちは再度攻略を始めた。



「これは……かわいいですね」

「うう……。あんなかわいいの攻撃できないです……」


ボスエリアの前で、リカイニオンの姿を認めた二人の反応だった。ボスエリアは、開けたかなり広い空間で、周囲を高さ一メートルほどの柵が囲んでいた。わたしたちがいるのは入り口に相当するわずかな柵の切れ間で、中央で伏せっているのがおそらくフィールドボスのリカイニオンだ。ここと数歩先でエリアが異なるらしく、ここからでは白いオオカミのステータスは確認できなかった。


「……じゃあ、撤退しようか?」


わたしは提案する。このパーティの主戦力はルリとアカネの二人だ。彼女たちが戦えないのであれば、わたしが取れる選択肢は撤退以外にない。けれど、二人はそれを即座に否定した。


「いえ、ただ驚いただけです。行けます」

「わたしも行けますよー!」


ついこの間もこんな遣り取りをしたな、なんてことを思いつつ、わたしは投擲用のダガーを何本か取り出す。


「うん。わたしも行けるよ」


赤青二色の模様が入ったこの刃物は麻痺の状態異常を付与する効果がある。当たるかどうかは微妙だが、当たればかなり有利になる。試してみる価値はあるだろう。


「じゃあ、行きますよ!」


アカネの号令でわたしたちは、第二フィールドのボスがいるエリアへと足を踏み入れた。




そいつは体長五十センチほどの小さなオオカミだった。名前はリカイニオン。その小さな身体は雪のように白い毛に覆われ、ふさふさした三本の尾が特徴的だった。


わたしたちがエリアに侵入すると、彼女は伏していた体を起こし、威嚇するかのように三本の尾を扇のように広げた。


ウォーン!


彼女は高く、遠吠えをするかのように長く大きく鳴いた。すると、それに合わせて、ふっと気配が大きくなった。見ると、彼女の周りには青白い炎がいくつも浮かんでいる。


あまり意識はしてこなかったが、これが魔力なのかもしれない。わたしも二人も、魔法は大きなものは扱えないし、メインウェポンというわけでもな……ああ、いや、わたしは「精霊術スキル」がメインウェポンだけど、あまり使ってないし。……まあ、そんなわけで、あまり魔法についてはわかってなく、それだけに魔力というものも未知のものだった。


そんなわたしでも、リカイニオンの狐火の魔法が、それなりのものであるのは直感的に理解できた。アカネの使う「闇魔法スキル」の内、初期の技は「影刃」と「黒霧」で、前者が敵を攻撃する魔法で、後者が視界を奪う暗闇の状態異常を付与する魔法だ。スキルレベルアップで新たに、「影縛り」と「影球」という行動阻害と攻撃の技を習得していたが、おそらくその影球と同じかそれ以上のダメージを、あの狐火は与えるはずだ。アカネの影球はまだ、一発ずつしか放てないのに対し、狐火はすでに六個ほどが用意されている。耐久はさほどないらしいが……さて、どうなることやら。


そんな中、先に仕掛けたのはアカネだった。


「[闇魔法・影縛り]」


影でできた数条の鎖が仔オオカミの小さな影から現れ、その小さな体躯を絡めとろうと襲い掛かる。が、それをいとも容易く掻い潜り、リカイニオンは戦場を疾走し始めた。と同時、置き去りにされた六個の狐火は、炎の弾丸となりアカネに襲い掛かった。


けれど、アカネは焦ることなく、これをすべて躱してみせる。これは、ある程度は地の部分があるだろうが、後から取った「回避スキル」によるところが大きいと思う。これはパッシブスキルで、回避にのみかかるステータス補正のようなもの。特別、技のようなものはないが、「身体能力強化スキル」と「動作補助スキル」と併せて、回避盾のようなものができるようになりたいらしい。けれど、


「[誘引・挑発]」


盾は本来、ルリの役割。相手の注意を引くための「誘引スキル」を取得していた。これで、リカイニオンの攻撃対象はルリに向いた……はず。わたしは相も変わらず「隠密スキル」を活用し、攻撃対象にされないように二人と一匹から距離を取る。


戦闘は激しい魔法の撃ち合いになった。アカネの闇魔法、ルリの光魔法、リカイニオンの狐火。けれど、戦況は、三者ともダメージを受けず与えられずで、完全に膠着していた。アカネの回避はもちろん、ルリは自慢の「盾スキル」でダメージを殺し、リカイニオンは持ち前の機動力で見事に躱してみせる。やはり、あの足を殺さないことには、攻略は難しそうだ。


そこで、わたしは二人の攻撃に巻き込まれないように注意しながら、再度、移動を始める。そうして、機を窺うことしばらく。リカイニオンがわたしに対し背を向け、攻撃のために足を止めた。それは極わずかな間。けれど、ずっとその一瞬を待っていたわたしにはそれで十分だった。


わたしはためらうことなく、構えていたダガーを投げる。それは、リカイニオンにとって完全に意識外にあった想定外の攻撃。けれど、不意打ちに対する察知の特技があったのか。リカイニオンは、完全に背後をとった攻撃だったにもかかわらず、回避してみせた。が、今度はそれが大きな隙になる。二人の攻撃が狙い違わず襲い、さすがに、今度は躱しきれず、ダメージを受けた。そこに、わたしの投げた二本目のダガーが直撃する。


クゥン……。


麻痺の状態異常を付与するダガーの効果で動けなくなり、絶望の声を上げるリカイニオン。けれど、ここで見逃すことはありえない。


「[剣・飛閃]」


ルリの飛ぶ斬撃という「剣スキル」の遠距離攻撃が直撃する。「飛閃」は遠距離と言っても、射程はあまり長くはないのだが、攻撃の間合いが伸びるということで、ルリ曰く、使い勝手はいいとのこと。そんな技を受けた、リカイニオンは光の粒子に姿を変えた。


ピコン。


前回同様、軽い電子音とともにウィンドウが開いた。そこには、


――フィールドボス「リカイニオン」の討伐に成功。<ハーヴィーの街>に行くことが可能になります。


という、ほぼ何も変わらない文面が記載されていた。素っ気ないな、なんて思いつつも、討伐できたことに安堵の笑みを浮かべる。同じように笑う二人に声を掛ける。


「おつかれさま。じゃあ、次の街に行こうか」


そして、やはり、前回と同じように、モンスターとのエンカウントはなく、おしゃべりだけして、次の<ハーヴィーの街>に入ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る