第10話『バトルフィールド・アンダーグラウンド』【後編】




 バルドはカインフェルを横薙ぎに振るう。猛烈な風圧と斬撃がレイブンを襲った。


 レイブンはその風圧に乗るように、バク転で攻撃を避ける。逃げ遅れた髪先がカインフェルノの剣先に擦れ、斬られた毛先が宙を舞った。

 レイブンは着地すると、左手でHK51Bを握る。そしてセレクターを移動させ、腰撃ちの状態で引き金を引いた。HK51Bは先程とは打って変わり、フルオートで弾幕を展開される。


 バルドは豹変した神機に驚愕しながらも、反射的にカインフェルノで防御。剣幅の面積の大きいカインフェルノは、即席の盾として十分に機能した。

 カインフェルの表面に、火花の華が咲き乱れる。



「これが神機の力?!! ――うぐッ!!」



 弾幕に押され、バルドは文字通り手も足も出ない。そして体格の良さが災いし、カインフェルノで隠し切れない部分に銃弾が突き刺さる。銃弾が彼の皮膚を抉り、鮮血が飛び散らせた。



 レイブンはHK51Bでバルドを釘付けにしながらも、片方の腕を伸ばし、SAAを構える。だがその銃口は、バルドとはまったく異なる方向へと向けられていた。

 引き金が引かれ、クラッシックな殺傷兵器が火を噴く。燃焼したガンパウダーの力を借り、ロングコルト弾が飛翔する。

 あさっての方向へ放たれたロングコルト弾は、家の壁面を跳弾し、バルドの腕に喰らいついた。


 ありえない方向からの攻撃に、バルドは自分の身になにが起こったのか分からずに、周囲に視線を張り巡らす。


「ど、どこから撃って来た?!」


 バルドは傷ついた腕を庇う。カインフェルノで身を守りながら、傷口をレイブンのいる方向とは逆に向けた。レイブンから見て、バルドの真後ろにウィークポイントが露出している形となる。


 レイブンは反射角測定し、射線を確保した。そして――



「それで隠しているつもりですか?」



 その冷たく淡々とした言葉を添え、SAAの引き金を引いた。二度目の銃声と共に、フルメタルジャケットの弾丸が放たれる。


 放たれるフルメタルジャケット弾は、跳弾し易いよう弾丸の表面に特殊なコーティングが施されている。真鍮よりも硬質な素材が使用されているため、弾丸の勢いが衰えることなく、常識外れな跳弾を可能としていた。


 樽に向かって放たれた銃弾が跳ね上がり、見張り櫓の土台に命中する。銃弾は留まることなくさらに突き進み、岩に跳弾――角度を変え、最終的にバルドの真後ろに隠された、ドラゴンガントレッドへと着弾した。


 まるでバルドへと引かれた一本の線をなぞるように、弾丸がウィークポイントを貫く。


「ぐあッ?! 真後ろからだと?!」



 跳弾を完璧にコントロールしていることを、バルドが見抜けるはずもない。彼は他にも伏兵がいるのではと思い込み、再度周囲を見渡して詮索する。



 だが、戦っているのはレイブンただ一人だ。



 バルドはこのままでは埒が明かないと、意を決し、弾幕の中を跳び上がる。そして家の屋根や櫓を伝って天空石まで跳び上がろうとした。


――彼の狙いは空中からの強襲だ。


 飛び道具を持たないバルドにとって、レイブンに弾幕を展開されては為す術がない。


 エレナのようにカインフェルノを推進機関として使用する妙技もあるが、バルドは魔導機関の作動方法を知らないため、スラスターを使用することができない。魔剣とは名ばかりの、無駄に剣幅の広い剣に過ぎなかった。


 したがって弾幕の雨を掻い潜る他なく、リスクの高い接近戦で勝負を仕掛けるしかない。


 ならば被弾する確率の大きい地上よりも、被弾率の低い空中から強襲したほうが、成功する確率が高い。

 バルドはそう考え、空中からの強襲を敢行したのである。



――だが跳び上がったバルドの後を追うように、HK51Bの弾幕が降り注いだ。



 バルドは天空石まで辿り着いたものの、鉛の雨に晒される。そして足場にしようとしていた結晶を、次々に破壊されてしまう



 銃弾によって砕かれた天空石が、次々と地面へ落ちる。



 足場を破壊されたバルドは、咄嗟に別ルートでの攻撃を選択する。村を取り囲んでいる壁面を足場に、壁走りで強襲を仕掛けようというのだ。


 バルドは弾幕から逃れつつ、洞窟の壁面へと辿り着く。彼はそのまま勢いを加速させ、壁を伝ってレイブンとの距離を一気に詰めた。

 そして壁面から跳び上がると、弾幕を掻い潜りながらカインフェルノを振りかぶる。



「死ねぇ! レイブン!!」



――だがその行動パターンも、すでにレイブンによって予測されたものだった。


 複雑な計算によって必中を約束された弾丸。それは跳弾という長き道程を経て、“空中にいるバルドを迎撃した”のである。

 

 

「ぐおッ??!」



 有り得ない命中精度と常識はずれな攻撃。バルドは飛翔した勢いを殺され、空中で体勢を大きく崩す。


 地面に激突する寸前で、バルドは体を捻り、その勢いでなんとか体勢を立て直す。それによってなんとか、頭からの落下は防ぐことができたが、落下の衝撃でバルドの銃創から血が噴出す。


「――ぅぐッ!!」


 痛みを堪えるバルド。だが彼のプライドは肉体以上に深刻だった。


 先程までの余裕や威勢も、饒舌な口調すらも完全に喪失する。勝利を確信していたはずの戦意は、風が吹けば消えてしまうほど衰弱していた。


 無理もない。


 敗北という沸汁を飲ませるはずが、逆にそれを呑む羽目になったのだ。


 これだけ戦ってレイブンは無傷。彼が袖を通している服は、破れた箇所どころか擦れた箇所すらない。


 戦闘開始から、優勢という玉座に腰を下ろしているレイブン。彼は戦いの主導権を握る者として、戦闘を一時中断する。


 HK51Bから立ち上る湯気の中で、レイブンがバルドに敗者の感想を訊ねた。



「どうですか、今の気持ちは? 『暴力に対抗できるのは暴力しかない。所詮、牙を持たない弱者は強者に弄ばれ、殺されるしかない』――。法治国家においてそれは悪ですが、この世界の無法地帯における考え方としては、正論として罷り通るでしょう。

 力と暴力が支配する世では、常識や愛、思いやりという言葉は虚無であり、強者による力こそが普遍で、絶対的な法となります。そしてこれがあなたの望んだ世界であり、これからのあなたが歩む未来です。いかがですが? 弱者の屈辱は? さぞかし格別な味でしょう」



 シルエラに言い放った言葉が、ブーメランのようにバルドへ舞い戻る。そして彼の自尊心に、深く突き刺さった。

 バルドはあまりの屈辱に顔を赤く染め、その口から止めどない怒りを噴出させる。



「ふざけたことをぬかすな! 黙れ!!」



 ツノツキの頭として族の頂点に君臨し、無敵を誇っていたバルド。


 だがレイブンというたった一人を相手に、まったく歯が立たず追い詰められ、手も足も出ない。


 未だかつてない、完膚なき敗北だった


 だがそんな現実を目の前にしても、バルドが己を弱者あることも、敗者であることも認めることができなかった。



「人間風情が! 調子に乗るなァ!!」



 バルドはレイブンの不意を突く。


 盾代わりに使っていたカインフェルノを、レイブンめがけて投擲したのだ。


 だがレイブンはほんの少し身体を撚り、その攻撃を意図も簡単に躱して見せる。

 レイブンを素通りしたカインフェルノは、凄まじい勢いで突き進み、最終的に岩壁へと突き刺さった。


 レイブンはカインフェルノが突き刺さるを間接視野で見届け、何事もなかったようにスーツのネクタイを締め直す。そしてマカロニ・ウェスタンのようにSAAを手に中で回しながら、バルドにこれ以上の戦闘は無意味であると勧告した。



「なにをしても無駄です。言ったはずですよ。『どうせ勝つのは、この私だ』と――」



 バルドは愕然とする。


 思い描いていた理想と目の前の現実との落差。

 そして突如として目の前に現れ、理想を阻む障害レイブンの大きさに……。


 これ以上戦っても、結末は見えている。


 無数の神機を持ち、神の力までもを手にしているレイブン。――そんなバケモノを相手にして、勝てるはずがない。

 現にこうして手も足も出ず、一度も攻撃を当たることすらできない。かつて無敵を誇っていたドラゴンガントレッドは、弾丸による精密射撃によってボロボロだ。


 それらすべてが、バルドに一切の勝機がないことを示していた。



「なんでだ! なんでお前ら人間だけが、そうやって神から優遇され! 俺達ツノツキは神の祝福を受けられないんだ! 力さえあれば! お前と同じその力さえあれば、勝てるというのに!」



「ゲーテ曰く、『得ようと思ったら、まず与えよ』。あなたが周囲に与えたのは、迫害と憎しみ――、そして弱者は虐げられるべきという理です。

 因果応報。

 あなたは力なき者の随喜を嘲笑い、見下し、権力を振るって暴虐した。だからこそ、今のあなたも虐げられる存在へと堕ち、苦しむことになったのです。今の立場は、過去のあなたが積み上げた実績の上に成り立つ結果でり必然。――強者から転げ落ちたのは、あなた自身が選んだ道なのです」



「俺は弱者じゃない! 魔王がお前なんかを召喚しなければ! 俺はすべての種族の頂点に立つ――」



 レイブンはSAAの引き金を引き、最後まで言葉を言わせなかった。

 二発の弾丸は別々の方向へと放たれる。そして複雑な迂回路を経て、最終的にバルドの腕を穿った。


「うぐッ?!!! く、糞がぁ!!」


 レイブンはガンスピンに興じながら、バルドにアドバイスする。


「そうやって強い言葉を吐かないほうが良いですよ。小物具合に、拍車が掛かってしまいますから」


 発言する権利すら奪われたバルド。彼は出血する腕を押さえながら、屈辱と激痛に顔を歪める。無敵であるはずのドラゴンガントレッドには、大きな亀裂が入り、銃創が刻まれていた。


 それはバルドにとって、弱者であることを証明する負の烙印に他ならなかった。


 バルドはその忌々しい烙印を目にし、その現実を否定する。そして心の底から、もうと力が欲しいと叫ぶ。


 レイブンの力を越え、二度とこの敗北という苦渋を味わうことのない、絶対的な力を――。




――その時、バルドはある言葉を思い出す。




 この腕を授けてくれた、ツノツキの言葉だ。



『誰しも、万事順調に人生を歩めるものではない。大義を成そうとすればなおの事だ。もしも窮地に陥ることがあれば、その時は迷わず“コレ”を使うといい。いいか、その腕は世界を掴むことのできる、最強の腕。その腕を手に入れたお主は、もう敗北とは無縁のものとなる。永遠に……な』



 バルドはその言葉を信じ、腰から下げていた短刀をゆっくりと引き抜く。それは刀身の部分が漆黒の闇のように黒い、不気味なダガーだった。


 バルドは吸い込まれるような黒い刀身に、目を奪われる。


――力だ。


 バルドはダガーに宿る力に魅了され、その輝きに心を奪われた。



「ククク……俺が弱者だって? ハハハハハハッ!! それはおもしろい冗談だ! レイブン、この俺が負けるはずがない! ツノツキを見下したすべての種族に復讐するまで! 俺は絶対に、誰にも負けない!!」



 バルドは勝者へと返り咲くため、自分の腕にダガーを突き刺した。その刃が動脈を切断し、真紅の血が止め処なく溢れ出す。



 バルドは激痛に顔を歪めながら、誓いを立てるように叫んだ。



「グッ!! た、例え! 悪魔に魂を売ってでも! 仲間がどれだけ死のうが関係ない! この俺が勝つためなら! 俺に屈辱を味あわせたすべての奴らに復讐できのなら! どんな犠牲を払ってでも勝つ! 勝つんだァアァアアッ!」


 射し込まれたダガーはドラゴンガントレッド内部で溶け出し、黒いタール状の液体と化す。その液体が腕の内部で混ざり合った瞬間――バルドに只ならぬ異変が生じる。


 バルドは白目を向き、ガクガクと身体を痙攣しながら膝をつく。


 その心臓は爆発寸前まで高鳴り、皮膚の下から血管が浮き出るほど、血流が増大する。



「ガ! アガ?!!

      ぐガッ! うグッ!!!


ガアアアァアアァアアアアァアア――――――ッ!!!!!! 」



 それを見たレイブンは顔を横に振り、バルドに憐れみの視線を送った。



「それほどまでに勝つ事を欲しますか。……深い望蜀。――もし、あなたを間違った道から救い出す者がいれば、このような結末は辿らなかったでしょう……」


 バルドにその嘆きは届かない。


 バルドは体の急激な変化に対応し、その苦しさに悶絶している。体を引き裂かれる苦しみに耐えられず、地面をのたうち回っていた。

 気絶したくても激痛によって無理矢理覚醒させられ、その痛みによって苦しみ、気を失いそうになった瞬間、また新たな苦しみによって強制的に覚醒を余儀なくされる。――そのサイクルを繰り返す生き地獄だった。



 レイブンはSAAのイジェクション・ゲートを開放し、薬莢を排出しながら、その腕の概要を語る。



「バルド。もう聞こえていないでしょうが、その腕のことを説明してあげましょう。前にも言いましたが、その腕はドラゴンガントレッドではありません。

 陸竜の腕に魔界のヒルを移植し、そのヒルに魔力を生成させることで、ドラゴンガントレッド同様の防御構造を習得した試作品です。

 ヒルは魔力生成の中核を担う一方で、陸竜とバルドの神経を繋げるバイパスとなり、陸竜の腕を動かす筋組織として機能しているのです。

 そしてそのダガーが、腕を制御しているエンチャント魔法を破壊する、ブレイクトリガー。それを刺せばヒルは制御下から解き放たれ、ヒルは際限なく増殖。強大な魔力を生成するでしょう」


 レイブンは説明しながらSAAのシリンダーにロングコルト弾を装填していく。一発一発を慣れた手つきで銃弾を込めながら、バルドにこう語り始めた。


「あなたはガッドナー博士こう言われたのでしょう。『このダガーを刺せば、もう敗北とは無縁となる』 と。だがしかし、それは大きな代償を払うことを意味しています――」



 レイブンは弾丸の装填を終え、死刑宣告を下すかのようにイジェクション・ゲートを閉める。



――カチン!



「ツノツキとしての人生を……めるということです」



 あまりに遅すぎた警告。


 だがバルドには、回避するチャンスは与えられていた。ツノツキという人生の幕を下ろしたのは、他でもない、バルド自身の決断だった。



 バルドのドラゴンガントレッドから、ヒルが飛び出す。


 そのヒルはバルドの皮膚下へと潜り込み、体を食い荒らしながら這いずり回る。まるで血管が蠢いているかのように、モゾモゾとバルドの体を駆けずり回った。それに耐え切れなくなった皮膚が裂け、その下からヒルが顔を覗かせる。

 それはヒルと言うよりミミズや触手に近く、まるで膨張した赤黒い血管を思わせるものだった。


 ヒルはバルドの筋肉を増強させ、体格すらも変えてしまう。ツノツキの象徴であるツノも肥大化し、バルドを異形のクリーチャーとして変貌させた。




「グォオオオオォオォオオォオォオオオッ!!!」




 怪物の咆哮が村に響き渡る。


 バルドはレイブンには目もくれず、かつて仲間だったツノツキの死体をかぶりつき、喰い千切り始めた。しかも口だけでなく触手までも伸ばし、ヒルの口から死体を貪り食らっている。


 すべては急速に成長しようとする、己の体を支えるためだ。


 知性の欠片もないその姿は、暴食と強欲を具現化したバケモノであり、すでにバルドとしての面影は皆無と化した。


 一通り喰い終えたバルドは、徐ろにレイブンに向かって触手を伸ばす。伸びた触手はレイブンの真横を通り、洞窟の壁面に突き刺さっていたカインフェルノを掴む。そして強引に壁面から引き抜くと、自分の元へ手繰り寄せた――。


 バルドを支配しているヒルは、これが魔力を増大させるものであることを、本能的に察知したのだ。


 ヒルが生成する魔力に反応し、魔導機関が動き出す。


 本来グリップを撚ることで、魔導機関が作動する仕組みなのだが、ヒルが生成する高濃度の魔力に反応し、初期動作なしで魔導機関を動かしていたのだ。


 バルドはヒルの生成する魔力に加え、カインフェルノという二つの魔力創生器官を手に入れる。ドラゴンガントレッドは、魔剣カインフェルノを腕の中へ取り込み、自らの腕として融合させる。ドラゴンガントレッドは巨大な刀身を持つ、ブレードアームへと変貌を果たした。


 それを見たレイブンは、「やれやれ」といった表情を浮かべ、皮肉を口にする。



「まさか魔導機関を共鳴させて作動させるとは……寄生しているヒルの知能は、バルド以上ですね」



 バルドはカインフェルノを赤黒く輝かせながら、レイブンに向かって駆け出した。




「グォオオオオォオォオオォオォオオオ――――ッ!!!」




 レイブンも戦闘態勢に移行。徹底抗戦の構えを見せる。



「それとバルド、これは私の持論なのですが。『勝利よりも敗北から学ぶことのほうが多い』――覚えておいて下さい」



 レイブンはSAAを構え、拳銃を握っていない手の平でハンマーを叩くように起こし、銃弾を連射した。


 弾丸がバルドの皮膚に喰いつき、無慈悲に噛み千切っていく。だが決め手にならなかった。



「こういう攻撃しても怯まない敵は、本当に厄介ですね」



 レイブンはそう言いながら、ジャケット裏にSAAを戻す。代わりに凶悪なストッピングパワーを誇る、HK51Bへ武装を変更した。


 HK51Bが猛火を吐き出す。

 役目を終えたガンベルトと薬莢が地面へ落ち、甲高い金属音を奏でた。


 バルドは鉛弾による猛烈な豪雨に晒されるが、そのスピードが緩まることはなかった。それどころか、さらにスピードを加速させていく。


 7.62x51mm NATO弾は決して小口径の弾薬ではない。むしろ、強力なストッピングパワーを有している弾丸だ。当たればただでは済まない。


――だがバルドは、それを無力化していた。


 放たれた銃弾は間違いなくバルドに突き刺さっている――しかし、バルドの寄生しているヒルが驚異的な自己修復を促し、銃創を治癒していた。


 レイブンはスリーバースト三点射撃で牽制しつつ、撤退する。

 彼は全力で走り、村へ逃げ込んだ。


 ダークエルフの村は入り組んでおり、隠れるにはうってつけの場所だった。限られた空間を最大限に利用するため、建物が段々と積み上げられ、キャットウォークや階段が至る所に張り巡らされていた。


 複雑に入り組んだ立体迷路のような村。


 だがレイブンにとってはこの村は、勝手知ったる他人の家だった。


 レイブンは懐かしさを胸に、家と家の細道を走る。


 そして飛び込み前転ローリングで窓から家の中に侵入すると、その中を颯爽と走りぬけながらバルドとの距離を離す。ロッキングチェアの上を飛び越え、テーブルの下をスライディングでくぐり抜けながら、まるで障害物競走でもするかのように駆け抜けていった。


 バルドは巨体であるため、レイブンのように狭所を走ることができない。進路上に点在する建物の壁や家具を破壊しながら、レイブンを執拗に追撃する。


 だがそんな非効率な走り方で、タイムロスを消化できるはずもなかった。レイブンとの距離は、みるみるうちに離れていき、ついにバルドは獲物の姿を見失ってしまった。



 撹乱に成功したレイブンは、家の壁に背中を預けながら、HK51Bの残弾数を確認する。そしてSAAのシリンダーに弾を装填し、軽くフォワードスピンで回転させながら内ポケットに仕舞った。


「ガッドナーが、芸術品と呼ぶだけのことはあります。5.56x45mm弾 よりも口径が大きいはずの7.62x51mm弾を、こうも無力化するとは――」


 そんな独り言を呟いていたレイブンが、殺気を感じ、即座にスタートダッシュを決める。

 レイブンの予感は的中する――寄りかかっていた壁が吹き飛び、その粉塵の中からバルドが姿を表した。


 レイブンは入り組んだ村の中を進み、木製の階段を駆け上がる。――だがその最中、レイブンは触手に足をすくわれてしまう。


「ッ!!」


 レイブンはその衝撃で転倒しそうになるが、階段に手を付きそれを免れる。だが彼はそのまま、階段に腰や背中を打ちつけながら、ズルズルと引きずられていった。


 バルドは触手を使い、自分の元へレイブンを手繰り寄せようとしていたのだ。


 レイブンは引きずられながら、HK51Bの引き金を引く。

 彼の狙いはバルドではなく、その足元にある木製の階段だ。銃弾が木製の足場を凌辱していく。大口径の弾丸によって階段は穴だらけになり、ついにバルドを支えきれなくなる。亀裂が侵攻し、階段はバキバキと音を立てて崩壊した。


 バルドは咄嗟にレイブンを放し、触手で家の縁や階段を掴んで落下を免れる。そして階段に腕をつき、這い上がろうとした。

――が、そんな彼の瞳に、無骨な殺意が突き付けられる。それはHK51Bの銃口だった。 



 バルドの顔面に、大量の鉛弾が注がれる。



 耳をつんざく銃声と共に銃口から火を噴き、高速で放たれた弾丸がバルドの顔面に喰い込んでいった。


 7.62x51mm弾は至近距離で撃てば、人の腕を容易に吹き飛ばすのほど火力を持つ。自己修復機能を持つバルドとはいえ、修復が追いつかないほどの弾薬をもろに受けては、一溜まりもない。


 容赦なく撃ちつけられる弾丸によって、バルドの顔は完全に破壊された。



 HK51Bの弾薬が底をつき、銃身から湯気が上がる。



 その湯気の奥から、グロテスクに整形されたバルドの顔が現れた。

 皮肉にもバルドの顔面は失われたが、ツノツキの象徴であるツノは無傷だった。

 バルドは階段から手を放し、階段へと落下していく。落下地点に置いていた木製の荷箱を背中で破壊し、仰向けの状態で沈黙した。


 レイブンは戦果を確認するため、階段下を覗きこむ。


 仰向けの状態で倒れているバルド。その顔面では、ミミズのように細いヒルが蠢いている。まるでナメクジの交尾のように入れ乱れ、精悍だった顔つきは見るに耐えないものと化していた。

 ヒルはバルドの顔を治そうとするが、修復限界値を超え、手がつけられない状況だった。修復を早々に諦め、独自の器官を形成させ、それを頼りにレイブンを探し始める。だがレイブンの気配を察知できず、見当違いの方向を見ていた。 


 そんなヒルに、レイブンが合いの手を入れる。


「こっちだ! どこを見ているバルド!」


 呼びかけられたバルドは、レイブンのいる方向を見上げる。――とはいっても顔を失っているため、彼がどうレイブンを見えているのかは不明だ。もしかすると、生前の行動を真似ているだけかもしれない。

 バルドは触手を伸ばし、それを足掛かりに階段の上へと跳び上がった。


『グルルル……』


 まるで猛獣のように喉を鳴らすバルド。


 その姿を見たレイブンが、こんな皮肉を口にした。


「顔を失って、ますますバケモノ具合に拍車がかかりましたね。仮装大会に出たら、さぞかし人気者になれるでしょう」


 その言葉に激怒したのか、バルドは雄叫びを上げながら攻撃を仕掛けて来る。腕の一部と化したカインフェルノを、尋常でない腕力で振るう。

 レイブンは身を屈めて攻撃を避けたが、身を屈めることのできない建物はカインフェルノの餌食となる。破壊された建物の破片が宙を舞い、レイブンに降り注ぐ。


 レイブンは弾切れとなったHK51Bを投げ棄て、再び村の中を走る。相手はバケモノと化した巨漢。このまま肉弾戦で渡り合うのは、あまりにリスクが大きすぎた。


 飛び道具で牽制しながら逃げ回り、今は時間を稼ぐしかない。


 レイブンはSAAの跳弾攻撃を行いつつ、村を駆け抜ける。そして走りながら見上げ、シャンデリアのように煌めく天空石を凝視した。


「あれを使うか……」



――するとその時、バルドの雄叫びが村に轟いた。



 レイブンのその方向に視線を向けると、屋根からダイブするバルドの姿がに映る。バルドはその巨漢からは想像できない跳躍で移動し、建物の屋根の上から降下したのだ。



 ズシン!と重々しい音が地面に響く。



 レイブンは咄嗟に跳び退き、バルドの踏みつけを回避する。そして安全圏まで退避しようとしたのだが、その矢先、触手に捕らわれてしまった。


 触手はレイブンを家や地面、櫓の柱などに叩きつけ、投げ飛ばした。


 投擲されたレイブンに為す術なく、屋根から屋根へとバウンドし、地面へと落ちた。


 レイブンは天空石の真下まで砂埃を上げて転がる。



「痛ぅ……さすがに今のは……効きました」



 周囲を確認しつつレイブンは立ち上がった。脇腹を押さえて立ち上がろうとするのだが、激痛が走り、そのままうつ伏せに倒れてしまった。そんな彼の目に、自分の姿が映る。天空石の真下には、レイブンが撃ち落とした、天空石の結晶が突き刺さっていた。その剣のようなクリスタルに、レイブンの顔が映りこんだのである。



「……なんてひどい顔だ」



 彼はそう自傷気味に呟くと、痛みを堪えて立ち上がった。


 自分の体よりも、まずメガネが壊れていないことを確認する。そしてレンズの埃を、「フッ!」と息を吹きかけて払い落とした。

 あれだけ振り回されたにも関わらず、メガネも体も目立った傷はなかった。


 投げたレイブンを追い、バルドが姿を現す。目が見えていないのだろう。顔から生えている触手を動かし、レイブンの気配を探っている。


 だがバルドの触手はレイブンではなく、別の生き物の気配を探っていた。それは瑞々しく、新鮮で大量の肉。それが洞窟の奥から、こちらに向かって大量に押し寄せていたのだ。


――それは援軍として駆けつけようとしていた、ダークエルフだった。


 バルドは飢えを満たすため、そして彼女達を捕食するために、出口である洞窟に向かって走りだそうとする。


 だがそれを、一発の銃弾が阻止した。


 SAAから放たれた弾が、走りだそうとしたバルドの膝を撃ち抜いたのである。膝の関節部に弾丸が食い込み、バルドは姿勢を崩して倒れた。



『グルルルルル……』 



 レイブンはSAAをガンスピンさせながら、バルドを挑発する。



「まだ戦いは終わっていません。そうやって目移りするのは、あなたの悪い癖ですよ。女性の尻を追いたいのなら、横着しないで私を倒してからにしなさい。それとも、私と戦うのが怖くなりましたか?」



 怪物と化したバルドにとって、ダークエルフは腹を満たす至高の食物であり、彼女達の滴る血は喉を潤す聖水に等しかった。


 バルドは、食事の邪魔となるであろうレイブンから、まず始末することにする。全身で魔力を生成し、魔剣カインフェルノの魔導機関と共鳴させて魔力を増大させた。

 まさに魔剣と呼ぶに相応しく、カインフェルノは刀身を邪悪な色へ染めあげる。そして不気味な瘴気を放ち始めた。



 一方のレイブンは戦闘中とは思えないほど平然とした顔で、ガンスピンに興じている。癖になったのかリバーススピンでSAAを回し、バルドからの攻撃を待つ。




「バルド。あなたに引導を渡そうと思うのですが――なにか言い残すことはありますか?」




 バルドは『引導を渡すのはこの俺だ』と言わんばかりに、人を凌駕する雄叫びを上げ、レイブンに向かって駆け出した。――そしてバルドは、意外な方法で攻撃を仕掛ける。



 彼は肥大化した拳を大きく振り上げ、凄まじい勢いで地面に叩きつけたのだ。魔力を帯びた拳によって地面が盛り上がり、その衝撃波が凄まじい勢いでレイブンへと迫る。


 レイブンはサイドロールで攻撃を躱すが、攻撃はそれだけではなかった。バルドは第二波としてカインフェルノを斬り上げて光刃を放ったのだ。  


 三ヶ月状の光波が、ローリングを終えたばかりのレイブンへと襲い掛かる。


 レイブンは着地すると同時に横に飛び退いてで光刃を避けた。だがその際、唯一の武器であるSAAを落としてしまう。

 拾いに戻ろうにも、バルドとの距離はみるみる縮まっている。とてもそんな時間はない。


 仕方なくレイブンは、“地面から生えていた”武器を手にし、それを突貫して来るバルドに向けて突き出した。



 突き出された鋭利な先端が、バルドの喉を貫く。



 ――大量の血が溢れだし、バルドの肺を血の海で満たしていく。バルドは地上にいながら、自ら吐き出される血によって溺れ、苦しむことになったのだ。


 レイブンの手にしている武器は、バルドを迎撃した際に撃ち落ちた天空石だった。彼の使った天空石の結晶は折れ、今ではその根本しかない。刀身の部分は未だ、バルドの喉に残ったままである。


 バルドはその結晶を喉から取り出そうとするが、折れているため取り出すことができない。バルドは喉元を掻き毟りながら苦しみ、尚も暴れ回る。



 その最中、シールダーや弓兵を従えたシルエラが援軍として駆けつけた。


 先頭に立つシルエラが、見るも悍ましい異形の者に目を奪われる。



「あ、あれは?! ……――まさかバルド?!」



 バルドは捕食という本能に突き動かされ、戦闘を放棄してダークエルフに向かって駆け出した。



 シルエラが素早い動作で弓を構え、他の弓兵たちも素早い動作で単横陣を展開し、射撃態勢をとる。



「悪魔に魂を売り渡したか! 総員! あのバケモノに矢を放てぇ!!」



 シルエラの下知を受け、限界まで引かれた弦から一斉に矢が放たれる。



 だがバルドは突き刺さる矢をものともせず、尚も彼女達に向かって突進を止めなかった。



 このままでは危ないと、シルエラ達を守るためシールダーが前に出ようとする。



「姫様危険です! お下がり下さい!!」



 シールダーが防御陣形を展開する最中、バルドは建物の壁を使い三角跳びで防衛網を突破し、シルエラに跳び掛かった。



「――き、」



――シルエラが悲鳴を上げようとした次の瞬間、フルスイングで振られた木材の柱が、バルドの頭部にヒットした。ブオン!という豪快な風切る音に続く。間髪いれず、今まで耳にした事のない大木がへし折れる音が、周囲に響き渡った。


 バルドは折れた柱と共に、天空石の真下まで弾き戻される。


 土壇場で颯爽と登場を果たし、自慢の怪力でシルエラ達を救った人物。それは四天王の獣将、ゼノヴィアだった。


 敵をかっ飛ばしたゼノヴィアが、やり返した喜びと共に叫ぶ。



「よッシャア!! どうだ見たか糞野郎ォ!!!」



 あまりにも豪快で力にモノを言わせた攻撃。それを目の当たりにし、シルエラは呆気にとられてしまう。そんな目をパチクリさせている彼女に、レイブンから指示が飛んだ。


「シルエラ! 天空石の光量を上げて下さい!」


「え? こんな時にどうして!」


「バルドを斃すにはそれしかありません! さぁ早く!」


「わ、わかったわ!」


 シルエラは、天空石を制御する小屋に向かって走る。小屋の中には地下へと続く隠し通路があり、扉を開け、その階段を急いで駆け下った。そして壁から生えている結晶石の塊に、手の平を乗せる。


 天空石を制御している結晶が、シルエラの魔力に反応する。


 そして村の中央部に聳える天空石が、徐々にその輝きを増していった……。



 村の陰をすべて消し去ってしまうが如き、膨大な光の渦。


 

 すべてをあまねく照らすこの光に、ほぼ害はない。

 それは魔族やダークエルフ、人間も同じだ。強烈な可視光と紫外線という点を除けば、単なる光でありほぼ無害なものである。


 だが魔界に住むヒルは違う。ヒルは太陽の光りや天空石から放たれる紫外線に、一切の抵抗力がないのだ。



 天空石の眩い光が、バルドに巣食っているヒルを焼き殺していく。



 ヒルの形容しがたい悲鳴と共に、徐々に煙が上がり始める。焦げた臭いが周囲に漂い始め、炭化したヒルの表面が一斉に燃え上がった。


 紅蓮の炎に抱かれるバルド。


 彼は事切れる間際、天空石に向かって手をかざした。


 光の中で手を伸ばすその姿は、まるでツノツキとして栄光をつかもうとしているようである。だがその手が、栄光に届くことはなかった。バルドは膝を付き、うつ伏せに崩れ落ちたのだ。



 ズシン!という重く鈍い音が、村の中に響く。



 その音は戦闘終結と、村から危機が去ったことを意味していた。



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