第11話『人造ドラゴン と 魔王の愛人』



――魔法都市 アルトアイゼン


   アイゼルネ・ユングフラウ城 行幸時用バルコニー



 行幸時用バルコニーは、陛下が空から戻られる際に使用される、ドラゴン用の発着場だ。


 行幸時だけではなく、来賓用にも使用されるこの場所は、希少な黒曜石を床一面に敷き詰め、金色のエングレーブが床一面に装飾されている。それらが合わさり、奥ゆかしさと絢爛さを調和させた、気品ある光景を演出していた。


 加工困難な黒曜石を鏡のように磨き上げ、景観を損ねることのない、むしろ城の風情を際立たせるような美しいエングレーブ――、それをバルコニー全体に施す。初めてこの城に訪れる者に、アルトアイゼンの国力と技術力を魅せつける外交的な意味合いを持つ場所でもあった。



 そのバルコニーの中心で、グレイフィアが詠唱を紡ぎ、召喚スペルを構築させる。そしてロッドの先端で円を描き、魔法陣を展開させた。

 そして光の水底から、魔界の兵器が降臨する。

 正確には魔界で造られたものを、アーシア専用にガッドナー博士が改良したものだ。


――人工竜騎兵ドラグゥーン『フォルクスイェーガー』


 魔界で改造され、手を加えられたドラゴンに、ガッドナー博士が次世代の主力騎として、独自のアレンジが施された人造ドラゴンである。

 その体も通常の竜騎兵と比べると倍以上はあり、他のドラゴンと並べると、その体格差は歴然だ。



 だが完成までの道程は、とても険しいものだった。



 なにせ既存の竜騎士から見れば、人造ドラゴンは邪道の中の邪道であり、怪訝されて当然の存在だからだ。

 ドラゴンに跨る竜騎士からして見れば、自分の命を預ける大切なパートナーに、そんなことをするなど言語道断。――ドラゴンと騎士との絆を冒涜する行為に等しかった。


 人間側で例えるなら、『馬をもっと疾く走らせたいから、グリフォンの手足や翼を縫い合わそう。ついでに砲撃魔法を撃てるようにして、攻撃力を高めよう』。――と言っているのと同じなのだ。

 道徳観の欠片もない、猟奇的な行為。そんなこと、許されるはずがない。


 ガッドナー博士は竜騎兵のみならず、ゴボラや様々な場所から批判を受け、研究凍結を余儀なくされる。


 だが、ガッドナー博士諦めの悪さと探究心は人一倍で、貪欲だった。


 彼は逃げ控除として――、



『手を加えるドラゴンは、技術提供によって魔界から送られてきたものに限る』



『すでに魔界から送られていたドラゴンには、改造が施されている。ましてや、改造されたドラゴンをこのまま破棄する事こそ、ドラゴンの命と尊厳を傷つけ、竜騎士の象徴に泥を塗る行為に当たる』



『陸戦しかできないアーシアのために、このドラゴンの翼を授けたい。そうすれば技術の発展と同時に、魔都の防空網がより強固なものになる』



――などなどの、批判を退ける文言を考え出し、博士自ら魔王に研究再開を嘆願したのだ。


 そしてガッドナーの説得が実を結ぶ。

 どうにか魔界から仕入れた一騎だけ、手を加えて良いという事になったのだ。そして晴れて、研究を再開することができたのである。


 研究用に一騎と甘んじたが、その分、ガッドナー博士はこのドラゴンに心血を注ぎ込み、自分の持てるすべての技術を詰め込んだのである。

 意欲作――いや、研究を凍結に追い込んだ者達に対する、報復の念を込めた傑作騎だった。


 だが完成はしたものの、アーシアとの初期同調リンクアップを終わらせただけで、演習どころか飛行ですらも行っていない。その理由は、演習前に博士が忽然と姿を消したからだ。


 博士が姿を消すのは、以前から頻繁にあった。

 研究ためならばどんな危険も顧みない人で、変化の魔法で人間に化け、ベルカ帝都まで赴く程である。研究のためならどんな犠牲も厭わない、命知らずな性格だった。


 だが今回ばかりはあまりに唐突だった。

 竜騎士達の度肝を抜くはずだった演習。――それを目前にして、忽然と姿を消すのはどう考えても不自然だった。


 竜騎士に殺されたか、それとも、今まで弄んだ女に殺されたのか……。


 殺される理由は山ほどあり、真相は未だ闇の中である。だが博士が行方をくらませた事に、グレイフィアはただならぬ危機感を感じた。

 城内に裏切り者がいるという噂もある。

 だからこそ彼女は万が一に備えて、研究室のフォルクスイェーガーとハーミットクラブを無断でディマテリアライズし、召喚獣として隠していたのだ。



「破壊される前に回収しておいて、大正解だったわ」


「そうですねお姉さま。“これ”を良く思っていない連中も多いですから……」


「それじゃアーシア、ここからはあなたの仕事よ。お願いね」


「お任せ下さい。乗りこなすのは得意ですから!」



 召喚されたフォルクスイェーガーは、グレイフィアの拘束魔法の中で膝を曲げ、腹這いになる。そして大きな頭をゆっくりと下げた。

 アーシアはフォルクスイェーガーの首に足をかけ、背中へと登る。背鱗が、まるで口のようにパックリと開き、アーシアの搭乗口を開放する。

 アーシアは臓器のような滑り気のある肉壁に、慎重に足を進めた。彼女の上半身が蠢く肉の中に消えた刹那――搭乗口の鱗が勢いよく閉鎖され、フォルクスイェーガーが起動する。


 フォルクスイェーガー手足には、光で構成された鎖が巻かれている。

 これは暴走した時に備えてのものだ。


 グレイフィアはドラゴンの頭部に近づく。そして眼球の前で軽く手を振り、アーシアとドラゴンが同調リンクしているのかを確認した。


「アーシア、見えてる?」

『お姉さま、ちゃんと見えています』

「よかった。繋がることに成功したみたいね。動かせそう?」

『前と違って、少し……違和感があるけど……、やってみます!』

「いい、無理はしちゃ駄目よ。左腕の拘束を解くから、動かしてみて」


 フォルクスイェーガーは左腕を動かす。アーシアは空戦用の鋭利な爪を生やした指を、一本ずつ、感触を確かめるように動かした。


「大丈夫みたいね。それじゃ今度は――」


 グレイフィアが安堵した瞬間、意表を突くかのようにフォルクスイェーガーが首を振り、暴れだす。


「拒絶反応?! アーシア!」


『大丈夫です! い、今、立て直しますから!!』


 アーシアはフォルクスイェーガーを従わせようとする。


『クッ?! 言うことを聞きなさい! お姉さまの前で恥を掻かせせるつもり!』


 だがフォルクスイェーガーは体全体を使って暴れ、拘束魔法から逃れようとしている。光の鎖がギリギリと音を立て、すでに限界であることを訴えかける。

 それを見たグレイフィアが、アーシアに脱出するよう再度促す。


「無理よアーシア! そのフォルクスイェーガーはあなたを拒絶しているわ!!」


『そんなことありません! 私はスリヴァーとしてどんなクリーチャーも乗りこなして来ました! ドラゴン如き! この私の手で使役して見せます!』


 アーシアの言葉とは裏腹に、光の鎖が切れ、魔法陣の光が弱まっていく。千切れた鎖が、再度フォルクスイェーガーを拘束しようとするのだが、新しく巻かれた鎖でも、完全に抑えこむことができなかった。それどころかさらに暴れ出し、完全に手がつけられない状況へと陥る。


 魔族によって造り上げたものとはいえ、ドラゴンはドラゴン。――かつて地上に君臨した古の者としての力を見せつける。

 グレイフィアは拘束魔法を何重に展開させ、さらに神竜用拘束魔法も同時展開させたのだが、それでも抑えることができなかった。抑えようとすればするほど、火に油を注ぐ形となる。


神竜級エンシェントクラス拘束魔法ですら、抑え込むことができないだなんて……」


 グレイフィアは城への被害を避けるため、アーシアに脱出するよう叫んだ。


「アーシア! もう拘束魔法が持たないわ! 脱出しなさい!」

『で、でも!』

「城内に居る者を危険に晒したいの! 諦めなさい!」


 フォルクスイェーガーに乗り込んでいるアーシアも、このドラゴンが自分の手に負えないことを痛感していた。

 暴れるのを抑えるのがやっとで、制御するどころの話ではない。アーシアは振る舞わされる暴れ竜に、しがみつくのがやっとの状態だった。


 悔しさを噛み締め、アーシアが諦めようとした時だった。



「どうやら、お困りのようね」



 妖麗な声と共に、一人の人間が姿を現す。ユーミルだ。

 彼女は攻撃魔法を詠唱中のグレイフィアの横を通り、暴れ狂うフォルクスイェーガーに向かって行く。


 グレイフィアは思わず詠唱を中断させ、ユーミルに止まるよう叫んだ。


「死にたいの! 下りなさい人間!」


「人間じゃなくてユーミルよ、グレイフィア。それとアーシア、“ドラゴン如き”という言葉は頂けないわ。長きに渡り世界に君臨していた、古の者達よ。もう少し敬ったほうが、身のためよ」



 バルコニーに爪を立て、体全体を使って鎖を断ち切ろうとするフォルクスイェーガー。鎖がバキバキと砕け、光の粒子と化して散っていく。


 ユーミルは恐れもせず、眼前で暴れ狂う怒れるドラゴンに手をかざす。そして母親のような優しい声で、語りかけた。



「なにがあったの? 話してくれる?」



 あれだけ暴れていたフォルクスイェーガーが、ユーミルの存在に気付いた途端、暴れるのを止め、その動きを止める。そしてゆっくりとユーミルに近づき、頭を下げた。まるで助けを求めるように……

 ユーミルは頭を下げたフォルクスイェーガーへと歩み寄り、その額に、優しく手を触れる。そしてフォルクスイェーガーの訴えに、耳を傾けた。


「なんて酷い事を………。わかったわ。でももう大丈夫よ。これからあなたは、苦しみから開放されるの。誰ももう、あなたを虐めたりしないわ。……えぇ本当よ、約束する。ここに居る人達は、みんな良い人達だから……。この名に賭けて、あなたに誓うわ」


 ドラゴンを諭し、慈愛に満ちたその姿はまさしく、聖母そのものだった。

 そしてその神々しさに、さらに拍車をかける出来事が起こる。


――光だ。 暖かな、まるで春の木漏れ日のような光が、ユーミルの手に集まり始めたのだ。


 金色の光に包まれた手が、フォルクスイェーガーの額へと触れる。するとドラゴンもユーミルとおなじように、金色に輝き始めた。



 まるで精霊たちの祝福を彷彿とさせる、幻想的な光景――。



 そのあまりの美しさに、グレイフィアはなにも言葉にできず、ただ息を呑むことしかできなかった。


 光が消え、ユーミルとフォルクスイェーガーは元の色合いを取り戻していく。


 フォルクスイェーガーは、先程まで暴れていたのが嘘のように、落ち着きを取り戻していた。


 グレイフィアがやっとの思いで口を開く。


「あなた、いったい……」


 ユーミルは子供とは思えない艶美な笑みで、その問いに答える。


「ウフフ、レイブンからあなた達のことは聞いているわ。ドラゴンのことで困るはずだから、手を貸してあげてって」


 グレイフィアは淑女の仮面を被るのを忘れ、警戒感を露わにする。


「レイブンが? さっきの光、あれはなんなの」


「ちょっとした癒しの魔法よ。たいしたものじゃないわ」


「たいしたものじゃないですって? 下手な誤魔化しはよして。魔界の兵器を簡単に操作できる人間なんて、普通じゃないわ!」


 その言葉にユーミルは一瞬、眉を顰め、怪訝な目でグレイフィアを睨んだ。だがすぐに笑顔を繕い、心の内を隠す。


「あなた達にとっては、単なる兵器かもしないわね。でも元を辿れば、この子はドラゴンなのよ。ドラゴンである以上、人のように意志を持ち、喜びも、怒りも、哀しみもあるの。あなた達魔族がどれだけ兵器に塗り替えようとしても、生きている以上、心までは消せはしない。また体をバラバラにされると思ったから、逃げようとしたのよ」


「フォルクスイェーガーを組み上げたのは、私達じゃない。ガッドナー博士よ。彼を見て逃げ出そうとするのは分かるけど、なにも危害を加えていない私達を見て、逃げ出すはずがないじゃない」


「そうかしら? あなた達だって『人間』と一括りにして、彼ら個人を善か、悪か、なんてまず考えないでしょ? それはドラゴンも同じことよ。なにせあなた達は、実験のために体をバラバラに切り刻んだ博士と同じ種族。だからドラゴンは恐怖に慄き、怯え、死に物狂いで逃げようと暴れたのよ」


 ユーミルの説明に、グレイフィアは心の中で納得してしまう。彼女の言う通りだったからだ。

 自分達だって人間に出くわせば、まずは『悪』『敵』という認識で行動する。個人がどうこうなんてまず考えない。それが危害を受ければ尚の事、そういった考えで動くだろう。


(だからあれだけ必死に……)


 グレイフィアは、そんな単純なことに気づかなかったのかと悔み、そしてフォルクスイェーガーに、憐れみの視線を送った。




 バルコニーに通ずる重厚なドアが開き、武装した兵士が現れる。


 それを見たグレイフィアは、この騒動を聞きつけてやって来たのだと悟る。でなければ、対ドラゴン用重騎士を寄越すはずがない。

 明らかに対人用ではない、巨大なランスを手にした物々しい一団。その重騎士達が粛々とした面持ちで、グレイフィアへと前進する。一団を従えているのは宮宰のゴボラだ。


「グレイフィア! いったいなんの騒ぎですか! 悪戯にしても少々やり過ぎですぞ!!」


 憤慨したゴボラに、グレイフィアは「口うるさいのが来た」と、辟易した表情を浮かべる。だがゴボラに顔を見られる前に、コホンと咳払いしながら表情を整え、淑女な笑みを繕った。


「ゴボラごめんなさい、驚かしてしまったかしら?」


「ここは殿下専用のバルコニー。召喚魔法の練習場ではありません! いったいなにを考えておられるのです!!」


「念願のドラゴンを買って、ついはしゃいじゃったの。この子すっごく気分屋だってこと忘れてて、もう私ったらバカね。でももう大丈夫! ほら見てゴボラ! 機嫌が直れば撫でても平気。こんなに良い子なの☆」


 グレイフィアが嘘をついたのには理由がある。

 ゴボラがフォルクスイェーガー配備に関して、全面的に反対していたからだ。

 魔都の国章やガレオン王家の紋章などに、権威と高貴の象徴としてドラゴンが多く使われている。おそらくゴボラと竜騎士は、人造ドラゴンがそれを侮辱するものだと考え、許せなかったのだろう。


 しかも彼は竜騎士達と裏で手を組み、フォルクスイェーガーの破壊工作サボタージュに協力しようとしていた人物でもある。

 グレイフィアがその件を知っているのは、彼らの密会をたまたま目撃してしまったメイドから、相談を受けていたからだ。

 ゴボラと竜騎士という穏健派に属する者達が、こうした古き伝統になると途端に智慧を失い、過激派へと鞍替えする――。グレイフィアはその事実を、目の当たりにする事となったのである。


 幸いフォルクスイェーガーの外見は、大型ドラゴンと大差ない。そのためアーシアが出入口を開放しない限り、誤魔化すのは無理な話ではなかった。

 アーシアもグレイフィアの考えを読み取り、ドラゴン独特の自然な仕草を心がける。


 グレイフィアはゴボラになんとか退いてもらおうと、ドラゴンと戯れ、固い絆があることを演じた。


 ゴボラは頭痛に苛まれながら溜息をつき、グレイフィアに念を押す。



「まったく……もうここで召喚魔法は展開しないで下さい。厳禁ですぞ! 厳禁!」


 グレイフィアは苦笑しながら、和やかなムードでゴボラに平謝りする


「はいはい、分かりました。この子はちゃんと厩舎に預けるから、もう心配しないで」



「まったく、でもわかればいいのです、わかれば。――ああそれと。そのフォルクスイェーガーはそこに置いておいて下さい。あとで処分しますから」



 のどかな空気が一変し、凍りつく。



 極力争いを避けたいグレイフィアは、ゴボラの言葉が冗談であることを祈りつつ、なおも誤魔化そうとした。


「ゴボラったら失礼ね。この子は天然物よ、て・ん・ね・ん☆」


「グレイフィア、他の者は誤魔化すことはできても、この私の目は欺けませんぞ。そこにいるドラゴンは、自然の摂理から逸脱したドラゴンを汚す異形。さぁおとなしく、こちらに渡すのです」



「――嫌、と言ったら?」



 その言葉に反応したのは重騎士達だ。彼らは一斉にランスをグレイフィアに向け、交戦の意志があることを示す。


 槍先を向けられたグレイフィアは、それを鼻で嗤った。


「あらあら勇ましい。四天王に矛を向ける愚か者が、こんなにもいるだなんて感激ね。あの勇者といいあなた達といい、今日は退屈しないで済みそう……」


「グレイフィア、我々は争いを望んでなどおらんのです。ここは殿下をお出迎いするために造られた、神聖な場所。この場所を、あなたの血で汚すわけにはいきません」


 ゴボラとの争いを避けるために、フォルクスイェーガーを引き渡すという選択肢がある。相手は皇帝時代からこの城の主に仕えてきた宮宰だ。敵に回すと厄介な存在になるだろう。

 だがグレイフィアは、引き渡すという選択肢を破り捨てた。

 穏健派に「はいそうですか」と素直に引き渡すのが、どうしても癪に障ったのだ。


 それにレイブンの言葉が本当であれば、兵力は多いほうが好ましい。

 フォルクスイェーガーを取り上げようとしているゴボラも、信用はできない。人間と繋がりがあり、防空網に穴を開けるために、取り上げようとしている可能性も否定できないからだ。あの破壊工作の一件も、それが本当の狙いだったかもしれない。


 だからこそグレイフィアは、引き渡しを拒否した。


「矛を向けておいて、今更なにを言っているの? 穏健派が好戦派の真似事をしたいのでしょう。たまには武人として、その体を動かすのもいいかもよ?」


「穏やかに事を収めたいのです。さぁグレイフィア、フォルクスイェーガーをこちらに渡しなさい!」


 ゴボラの警告を無視し、グレイフィは殺気を身に纏う。

 重騎士達もそれに反応する形となり、臨戦態勢に移行する。


「馬鹿な真似はよすのです、グレイフィア」


「バカは喧嘩を吹っかけて来たあなたよ、ゴボラ。矛を向けておいて穏やかにいきましょうだなんて、少々冗談が過ぎますわ。剣先を向けた時点で、あなた達は戦う事を選んだの。そうでしょ?」


 騒動を見守っていたユーミルが、別の方向に視線を向ける。彼女の視線の先に、この状況を収めるであろう人物の姿が映っていた。



 魔王ガレオンである。



「なんの騒ぎだ」



 陛下の存在に気付いた重騎士達が、恭しく頭を下げ、道を開ける。

 ガレオンは陣形の中にできた一般道を歩き、騒動の渦中へと足を進めた。


 陛下の登場にグレイフィアとゴボラも頭を下げようとするが、ガレオンが「頭を上げろ」と命じ、頭を上げさせる。


「ゴボラ、フォルクスイェーガーの一件は、すでに決着が付いている。蒸し返すというのは、それ相応の理由があっての事だろうな?」


「陛下、このフォルクスイェーガーはとても危険な代物です。現に制御できず、このバルコニーで暴れておりました」


 ゴボラの言葉に重ねるように、グレイフィアは問題ないと宣言する


「それに関してはすでに解決済みです。陛下、御覧ください」


 グレイフィアはアーシアにアイサインを送る。

 アーシアはフォルクスイェーガーを起動させ、翼を大きく広げて咆哮する。その威圧に押され、ゴボラや重騎士がたじろぐ。だがそれと対照的に、ガレオンは前に出てグレイフィアの元まで進む。


「なるほどな。グレイフィア、これを起動させるよう指示を出したのは、レイブンか?」


 グレイフィアは不快な表情を浮かべ、ガレオンに睨みを効かせながら否定する。


「いいえ、違いますわ。これは私の独断で行われたもの。すべての責任はこの私にあります」


 ガレオンはフォルクスイェーガーの横に佇んでいる、ユーミルに視線を向けた。

 その視線に気付いたユーミルは目配せをする。

 報告を受け取ったガレオンは、グレイフィアにこう告げた。


「そうか。ではフォルクスイェーガーの指揮・運用は、お前とアーシアに委ねる。思う存分、好きに使え」


 だがその言葉に、ゴボラが異議を唱える。


「陛下! いったいなにを言――」


「くどいぞゴボラ、二度も同じ事を言わせるな。お前ともあろう者が、冷静さを失うとはな」


「も、申し訳ありません……」


「ゴボラ、案ずる事はない。ドラゴンを蔑ろにするような真似は、誰にもさせはしない。フォルクスイェーガーの研究凍結を解除したのは、その技術が他の物に応用可能と踏んだからだ。決して、ドラゴンに手を加える行為を、了承したわけではないのだ。伝統に縛られるのも悪だが、伝統を蔑ろにするのもまた、悪だからな」


 ガレオンはゴボラにそう告げ、城内へ戻ろうとする。


 ガレオンとのすれ違いざま、グレイフィアは彼の背中に想いをぶつけた。



「最近のあなたはいつもそう。レイブンの助言ばかりに耳を傾け、私を遠ざけて頼ろうとしなくなったわね。そんなに彼のことが、好きなの?」



 ガレオンはその問いかけに答えず、ゴボラや重騎士達を従え、城の中へと戻っていった。


 重厚な扉が閉まる。



 その扉の閉まる音は、まるで二人の関係を隠喩しているかのようだった。


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