第9話『バトルフィールド・アンダーグラウンド』【中編】




 ツノツキの頭であるバルドは、レイブンの言葉に耳を疑った。



「魔王に召喚された勇者だと? ついに魔王まで勇者を召喚するようになったか。魔族の負け犬どもはよっぽど、人間に負けたのが悔しいらしいな」


「それは違います。魔族と人間が分かり合うための布石として、私は召喚されました」


「分かり合うだと? ぷっ、ククク…… ハハハハハッ! ハハハハハ!! 魔都に住む人間は冗談がうまいな。そりゃあれか? 魔族との社交会で培った紳士の嗜みってやつか? 笑えるよ」


 シルエラがレイブンも元に駆け寄って来る。

 レイブンは抱えていたエレナをゆっくりと、慎重に下ろす。


「エレナしっかり。立てますか?」

「うぅ…………」

「エレナ、たった一人でよく善戦しましたね、見事です。引き継ぎは私にお任せ下さい」


 そして駆け寄って来たシルエラにエレナを託した。


「エレナを安全な場所まで退避させてください。奴の相手は私が引き受けます」

「でも私には――」



 族長の娘として、この村を守る義務がある。仲間にそう告げた以上、敵に背中を見せるわけにはいかない。ましてや、迫害してきた人間に故郷の命運を任せるなど、もっての他だ。


 シルエラはそう言いたかったのだが、込み上げる感情を抑え、その口を固く紡いだ。


 ツノツキの頭が自分の手に負えないことは、あの一戦だけで十分痛感している。とてもじゃないが、自分が戦って勝てるような相手ではない。なにせ魔族の騎士ですら、こうして敵わなかった相手だ。


 だがレイブン――この男だけは違う。

 矢を素手で掴みとるほどの動体視力に、ツノツキを一掃した連射式マスケット銃(?)を手にしている。自分よりも遥かに強者であり、バルドの腕のことについても詳しい。おそらく、ツノツキのバルドがどう仕掛けて来るか、その攻撃法や対処法も知っているだろう。


 そういったポテンシャルや知識等を鑑みれば、ツノツキの頭――バルドの相手として相応しいのはどちらなのか、答えは明白だった。それは比べるまでもない程に……。


 シルエラは身を引くことを決め、言い出そうとしていた言葉を急いで仕舞いこむ。



「いいえ、なんでもない……。この人のことは任せて」

「頼みます」

「あ、あの!」

「?」

「私が戻って来るまで……村を守ってもらえる? この場所は、ダークエルフにとって最後の故郷なの。この場所を失えば、我々は帰る場所を永久に失うことになるわ。今までお父様やみんなが守ってきた苦労も命も、すべて無駄になる……だからお願い! 村を守って! 村を守ってくれたら、神機はあなた譲るわ! だ、だから――」


 シルエラはあまりの必死さから感情が込み上げ、声を涙ぐませてしまう。

 その悲痛な声に、レイブンは優しい視線を注いだ。そして涙で濡れたシルエラの頬に、そっと手を乗せる。


「神機譲渡は、この件が終わったら話し合いの場を設け、互いの納得の行く形で決めましょう。――それと、二度もダークエルフの故郷を失わせはしません。バルドは私が責任をもって斃します。ですからどうか、ご安心を」


 業務的で淡々とした言葉。だがその言葉の裏には、不思議と、心の篭った優しさと揺るぎない闘志があり、聞く者を安心させてくれる康寧さがあった。


 レイブンは人間なのに、どうして別け隔てなくダークエルフに接し、ここまで尽くしてくれるのか。やはりその疑問がシルエラの脳裏をかすめるが、その誠実な言葉と目を見た瞬間、『この男なら大丈夫だ』と確信を抱く。根拠はない。ただ彼の言動や姿勢は、初対面の女性をそう納得させるほどの、不思議な説得力があったのだ。


 シルエラがエレナを受け取る。彼女がエレナに肩を貸そうとした瞬間、束の間、エレナは意識を取り戻す。


「レイブン……気をつけて……ヤツの腕は――」


「あの腕の恐ろしさは知っています。だから大丈夫です」


 エレナは朦朧とする意識の中、いつもの威圧的な口調ではなく、女性的な声でレイブンにこう告げた。



「お願いレイブン…………絶対に……死なないで……」



 それは騎士としての形式的な言葉ではない。心の底から発せられた、エレナの本心だった。エレナはその言葉を伝えると、力を使い果たし、ぐったりと項垂れる。


 レイブンはその心の篭った言葉を、心の中でぎゅっと握りしめた。



「了解しました。私は死にはしません……絶対に」



 レイブンはエレナに優しい視線を送る。

 エレナのサコードはボロボロに破れ、鎧はベコベコに凹み、かつて放っていた銀色の光沢を完全に失っていた。それはエレナが最後まで諦めず、必死の抵抗をしていたことを意味していた。

 美しかった髪も、よく見ると土と小さな木片が絡まっている。

 きっとカインフェルノを取られまいと、抵抗をしたのだろう。


 レイブンはバルドへと視線を移す。

――その視線は、エレナやシルエラへ向けていたものとはまったく異なる、鋭い眼光だった。


 レイブンから殺意を投げかけられたバルド。彼はカインフェルノで肩を叩きながら、茶番劇を観ているかのような、蔑んだ笑みを浮かべる。


「んで、別れの挨拶は済んだか? 彼女の顔を見るのもこれで最後になるんだ。もうちょっと待ってやっても、一向に構わないぞ」


「問題ありません。どうせ勝つのは、この私ですから――」


「勝つだと? 自惚れもそこまで来ると、妙な貫禄すら感じるな。この腕から生き延びたヤツは、誰一人としていない!」


「なら私が、最初にして最後の生存者ということになりますね」


 まだ勝ってもいないのに、レイブンはすでに確定しているように述べる。それがバルドの神経を酷く逆撫でした。


「最初で最後だと? そういう台詞は勝ってから言うんだな!!」


 レイブンは中指でメガネのブリッジを上げ、挑発的な笑みを浮かべた。


「では実戦で証明しましょう。あなたのような輩には、口で言うよりも身体に叩き込んだほうが、分かりやすいでしょうから」


「そうだな。そっちのほうが話すよりも早く済む!」






 会話を済ませた二人の間に、不気味な沈黙が流れる。






 そして家の木材がゴトンと落ちた瞬間――それが戦闘開始のパワーガントレットとなった。


 バルドはエレナから奪い取ったカインフェルノを。レイブンは、側に斃れていた死体からウォーハンマーを拝借し、全身全霊、互いにすべての力を込めて振りかぶった。



 剣とハンマーの接点から壮烈な火花が飛び散る。



 レイブンの手にしていたウォーハンマーが、原形を留めないほど粉々に粉砕され、破片が宙を舞った。


 レイブンは手に残った柄を棄て、足元に落ちていたハルバートを蹴り上げる。だがしかし―― 


「させるか!」


 バルドはカインフェルノで、レイブンが手にしたハルバードを叩き落とした。斧の部分を斬り落とされたハルバートは、まるで長めのロッドのように、柄の部分だけになってしまう。


 それを見たレイブンは「感謝します」と礼を述べ、柄だけになったハルバートこと、即席ロッドで攻撃していく。


 バルドが手にしているカインフェルノは、通常騎士が使用している剣と別格の、かなり大型の剣だ。そのため振り上げから下ろすまでの時間が、遅くなる。それは力に自信を持つバルドを持ってしても、完全には払拭しきれないものだ。


――だがロッドは違う。


 剣やハンマーと比べると軽量で、取り回しに優れ、加えてカインフェルノよりもリーチが長い。

 レイブンはその点を存分に活かし、ロッドを高速で振るった。


 バルドが剣を振りかぶった際に生じる、ほんのわずかな隙――その瞬間を狙い、的確に攻めていく。


 レイブンは青龍刀を振り回す舞いのように、円を描きながらバルドの死角へ回り込む。そして一撃、一撃と攻撃を加えていった。会心の一撃とは言えないが、攻撃時に鳴る鈍い音が、有効打であることを証明している。


 バルドの筋肉は革鎧のように強固である。剣ですら弾いてしまいそうなその身体は、一回や二回の殴打で屈服するほど軟なものではない。

 だが同じ場所に執拗に攻撃を加えられ続ければ、次第に強固なものも崩れ始める。まるで樹の根が長い年月を経て、硬い岩へと侵食するかのように……。


 積み重なったその攻撃が、バルドに影響を及ぼし始めた。


 彼の動きが鈍り、その表情から余裕が消えたのだ。

 バルドは苦痛に顔を歪ませながら、執拗に攻撃を受けた箇所に目をやる。すると肌色だった箇所は、まるで魔族のように血色の悪い薄紫色へと変色し、腫れ上がっていた。


 バルドは追い込まれているにも関わらず、仄かに楽しそうな笑みを零す。



「ほう。おもしれぇ……」



 バルドは劣勢を巻き返すため、力任せにカインフェルノを振るった。

 それはまるで、カインフェルノ風属性のエンチャントでも施しているかのような、凄まじい突風だった。


 その剣圧に押され、レイブンが怯む。


 バルドがその隙を逃すまいと、カインフェルノを突き出す。


 突き刺さろうとしていた直前――レイブンはロッドで受け止め、わずかに軌道を逸らした。だが、その代償としてロッドはまっ二つに切断され、二本の短い棒と化してしまう。

 バルドは武器を失ったレイブンを見て、嬉しそうに告げた。


「それじゃもう戦えないな! 次はどんな武器で戦う? そこに落ちている剣か? それともまたウォーハンマー? 弓でもいいぞ!」


 レイブンはネクタイを締め直しながら、「ふぅ」と一息つく。


「そうですね。また同じ武器を使うのも芸がありませんので、そろそろこの武器を使いましょう」


 レイブンは腰のストックホルダーに下げていたHK51Bを手にし、チャージングハンドルをカシャン!と引いた。


 見たことのない奇妙な武器に、バルドは軽く首を傾げる。


「なんだその武器は。ボウガンか?」

「これは、あなたが喉から手を出るほど欲している“モノ”ですよ」

「俺が欲しているモノだと……、――まさか神機!!」

「えぇ、そうです」


 バルドは再度HK51Bを隈なく凝視した。レイブンの言葉を裏付けるように、この世界で作られたとは思えない、奇妙で複雑怪奇な形状をしている。



「お前が異世界から召喚された勇者だっていうのは、あながち嘘じゃねぇみたいだな……」



 バルドはそう言いながら、口角を上げ、邪な笑みを浮かべる。

 彼が狂気じみた笑みを浮かべるのも、無理はない。ダークエルフだけでなく、レイブンまでもが神機を手にしていた。

 神機とは、生きているうちに一回でも拝めれば、奇跡と呼べるほど希少な神具である。それが今、バルドの近くに二つも存在していた。

 一生の運を使い果たしたのではないか? そう思えるほどの偶然が重なり、今まさに奇跡となって昇華したのだ。

 この世界の格言である『魚が香辛料を背負ってやって来る』であった。


 神機とは、一つだけでも戦況を覆すほどの力を秘めた、究極の兵器である。

 それが二つもあれば、ツノツキの国を建国したとしても、他国は報復を畏れて口を挟めなくなる。


 

 勇者という存在と同じように、神機がツノツキの手にあるという事実が、他国からの侵略を防ぐ最大限の効力として機能するのだ。しかも神機一つの相場は、下手すれば小国が買えてしまうほどの高価格で売買できる。なにせ手にすれば、一騎当千の力を宿している代物だ。どの国の誰もが欲していた。



 夢の実現が本格的に動き出したのを、バルドはヒシヒシと感じ始める。


 バルドは今までにないほどの野心的で、邪悪な笑みを浮かべた。



「神機はそれだけか?」



 そう問われたレイブンは、口端の口角を上げ、ニヒルな笑みを浮かべる。


「さぁどうでしょう。コレ一つだけだと思いますか?」


 そしてレイブンは得意げな表情を見せる。

 バルドの興奮が最高潮に達し、彼の心臓を大きく高鳴らせた。レイブンの笑みから、神機が他にもあることを感じ取ったのだ。


 あまりの興奮でバルドの身体が力み、それが震えとなって現れる。ツノツキの王になるための力――いや。あらゆる民族を超越し、すべての種族の頂点に君臨できる力を、レイブンは所持しているかもしれないのだ。


バルドはドラゴンガントレッドを擦りながら、レイブンにある提案を持ちかける。


「レイブン。今の待遇に不満はないか?」


「待遇に不満……ですか?」


「そうだ。魔族の連中は人間に冷たいからな。君もなにかと、辛い目にあっているんじゃないか――と思ったんだが、どうだ?」


 バルドの言葉に、レイブンは思い当たるフシがあった――というよりも、思い当たるフシしかなかった。

 レイブンは顎に手をのせて自身の身を振り返る。


「そうですね、確かに彼らは冷たいです。ドラゴンを討伐してその帰りに置き去りにあるのは序の口に過ぎず、数時間前には、魔族の四天王から襲撃を受けました。そして冷たい地下水脈に叩き落とされ、やりたくもない、スリリングな濁流下りを堪能させられましたから」


「だろうな。魔族は敗戦以降、人間を異常なまでに敵視している。君はこれからも、彼らに受け入れられることはない。

 彼らは他の民族には排他的で冷たい。まぁそれはどの種族でも同じことだけどよ。種族という壁は、この世のどの城壁よりも高く、難攻不落で越えられはしない。――そこで提案なんだが。俺のところに来ないか? レイブン」


「ツノツキの仲間になれ、と?」


「魔族の奴隷では到底味わうことのできない、最高の暮らしが待っているぞ。各国から集めた多種多様な酒と女。一生遊んで暮らせる金もある。悪い話じゃないだろう?」


「無論拒否します。畜生道に墜ちる気も、倒錯な人生を満喫する気もありません。そもそもツノツキが、一生遊んで暮らせる金を持っているはずがないでしょう。持っていたとしても、それは他の種族から略奪した盗品。よくもまぁ人から盗んだモノで満足できますね。見識を疑います」


「…………。レイブン、じゃあ俺達の仲間になる気はないんだな?」


「あるわけないじゃないですか。あなたが私を取り込もうとしているのは、所詮この神機が目当て。最初から私に良い思いをさせる気などなく、神機を手に入れたら殺すつもりだったのでしょう?」



 交渉は無駄だと悟り、バルドは本性を剥き出しにする。



「バカな男だ。俺の仲間になれば、ほんの少しだけ長生きできたものを!!」



 バルドは凄まじい跳躍で跳び上がり、空中でカインフェルノを振り上げた。



「あぁもちろんそうだ! 神機さえ手に入れば、お前がどうなろうが知った事か! それに勇者であるお前を殺せば、俺の名に箔が付く。だからお前には、ここで死んでもらう! レイブン!」


 レイブンはHK51Bを構え、フルオートではなく単発撃ちで銃弾を放った。

 バルドは神機が飛び道具であることを見越し、ドラゴンガントレッドでガードする。

 カインフェルノのほうが、防御面積は大きい。だがバルドは魔剣の強度よりも、自分の腕を信頼していた。

 その信頼は、この状況下でも揺らぐことはなかった。ドラゴンガントレッドはHK51Bの銃弾を、すべて退けたのだ。

 バルドの腕から甲高い金属音が響き、眩い火花が飛び散る。その銃弾はどれもバルドを撃ち抜くことはなかった。


 バルドは着地と同時に、剣をレイブンめがけて叩き落とした。

 攻撃に晒されたレイブンは、振り下ろされたカインフェルノを飛び込み前転で躱し、バルドとの距離を大きく取る。


 神機から放たれる攻撃を、一切寄せ付けないドラゴンガントレッド。バルドはこの腕が、本物のドラゴンガントレッドであることを実感し、狂喜する。彼は失われていた自尊心を取り戻したのだ。


「この腕が偽物のドラゴンガントレッドだと? あれは戦意を削ぐための拐かしか!」


 バルドは一瞬でも、レイブンを信じてしまった愚かさに怒りを覚える。そして肩透かしな攻撃しかできない神機を、ここぞとばかりに嘲笑う。


「その神機は神通力が不足しているな。先の大戦では、魔族の槍兵を根こそぎ打ち倒したという逸話が残っているぞ! だがお前が手にしているその神機は、自警団のマスケット銃となんら変わりない!」


 レイブンはバルドの挑発を無視し、ただ黙々と単発打ちで弾丸を放ち続けた。

 弾丸はすべてバルドの腕によって弾かれ、家の壁や地面へと跳弾する。


「無駄だレイブン! その神機で俺は斃せない!」


 バルドは腕で銃弾を防ぎながら、一歩ずつレイブンに向かって歩き出す。



(神機が俺の腕より劣っているとはな。――いや、俺の腕が神機以上の存在と言うことか。神機を越えるドラゴンガントレッド。これで勇者を斃せば、俺は勇者と同じように畏怖される存在となり、大陸全土に俺の名が知れ渡るだろう。勇者を斃したツノツキの王、バルドか。……フッ、その称号、最高に気に入った!)



 バルドは華々しい未来を想像しつつ、レイブンとの距離をゆっくりと詰めていく。

 もちろん、並外れた健脚で一気に彼我距離を詰めることもできたが、レイブンを精神的に追い詰めるため、あえてその手段は取らなかった。

 ジワジワと、レイブンの心に恐怖を塗りつけるように、一歩ずつ進んでいく……。


 ただ勝つのでは意味がない。

 相手が自らを敗北者と認め、その精神を粉々に粉砕してこそ、真に『勝った』と言えるのだ。


 バルドは手を伸ばせば届く距離まで、レイブンの元へ近づく。


 距離を詰められ、しだいに追い詰められていくレイブン。彼はHK51Bをストックホルダーへと戻し、近場にあったカットラスを手に、バルドへと斬りかかる。


 バルドは「他愛もない」といった表情で、ドラゴンガントレッドで攻撃を受け止めた。そしてレイブンに、非情な現実を突きつける。


「まさか神機がこんなしょぼいものだったとはな! 見てみろ! 俺の腕には傷一つ――」




――――ピシッ! ピキギッ! 




 崩壊の兆しがドラゴンガントレッドを駆け抜ける。


 今まで何もなく銃弾を弾き返していたはずの腕が、カットラスの接点を中心に、蜘蛛の巣状に亀裂が広がり始めたのだ。


 非情な現実を突き付けられたのは、皮肉にもバルドのほうだった。



「バカな! 俺の腕が!! か、カットラスに負けた?! そんなバカな!!!」



 狼狽えるバルドに、レイブンはこう告げる。


「カットラスに負けたのではありません。寸分違わぬ同じ箇所にダメージを与え続ければ、強固なものでも強度限界値を越え、破壊することができます。そのドラゴンガントレッドは、陸竜の腕に内側から魔力を流し込み、魔剣ですら凌ぐほどの、強靭な防御力を会得しました。

――ですが、すべての鱗に対して均等に、魔力が流れているわけではありません。そのほんのわずかな、魔力の流れが弱い箇所――そこに狙いを定め、寸分違わぬ精密さで重点的に弾丸を撃ち込み続ければ、魔力で強化されている楔を断ち切ることができます」


 バルドは腕を押さえながら「ありえない!」と否定する。


「まったく同じ場所に弾を当て続けたっていうのか! バカな! そんなことがあってたまるか!  仮にそうだとしても、なぜお前にそんなことが―― ……そうか、それが神機の力だな!!」


「私が手にしていたHK51Bに、そんな大それた機能はありません。引き金を引いて、弾丸を撃ち出すシンプルなものです。つまりこの世界におけるマスケット銃の発展型に過ぎません」


 レイブンはメガネを外し、それに視線を落とす。


「あなたがどう動くか、予めそのパターンをすべて計測し、その腕に諸現値を固定させ、銃弾を放っただけのこと。ἀπό μηχανῆς θεός(デウス・エクス・マキナ)――機械仕掛けから出てくる神とは、言い得て妙です」


 バルドは返す言葉も見つからなかった。レイブンがなにを言っているのか分からず、ただ困惑することしかできなかったからだ。


「失礼。最後の部分は蛇足でした。忘れて下さい」



 忘れろと言われると、頭に残ってしまうものである。バルドはレイブンの言葉から『デウス・エクス・マキナ』と『神』という単語を拾い上げ、なんとかレイブンの持つ、特殊能力を言い当てようとする。

 レイブンの持つ力は尋常なものではない。それが分からないのに戦うのは、明らかに危険だった。



「デウス・エクス・マキナ……。レイブン、お前はその神の力を得た預言者なのか?」


 それはレイブンの確信に迫る言葉だったが、まだ正解と言うには遠いものだった。


「預言者……今まで多くの人が、私の能力を言い当てようとしましたが、やはり今回も、あなたが一番近い答えに辿り着きましたね」


「今回? どういう意味だ?」


「そのままの意味です」


 レイブンはメガネをかけ直し、ポケットから懐中時計を取り出す。確認を終えると蓋を閉じ、ポケットに戻した。

 懐中時計を戻した手で、ジャケットの裏からあるものを取り出す。それはHK51Bと同じく、深く暗い色合いをした物体。コルト社製のリボルバーSAAだった。


 新しい神機の登場に、バルドは身構える。


 それを見たレイブンは「まだ撃たないので安心してください」と告げた。

 もちろん、敵にそんなことを言われて安心できるはずがない。バルドは腕を押さえながら、より一層警戒感を露わにした。


 そんなバルドに向け、レイブンは最後通告を勧告する。


「バルド、あなたは救いようのない極悪人です。ですが、幼少期にツノツキとして迫害を受け、奴隷として生きてきた凄惨な日々が、あなたの精神を狂わせ、歪んだ性格となって表面化したのを見過ごすことはできません。悪人とはいえ、その境遇には同情の余地があるのです」


「なにが言いたい」


「バルド、今まで犯した卑劣な蛮行の数々。その罪をすべて償いなさい。悔い改める覚悟があるのなら、あなたに人生をやり直すチャンスを与えましょう。これが私にできる、最初で最後の慈悲です」


「慈悲だと? 何様だ偉そうに。神様にでもなったつもりか? そうやって神機を持った人間は、こうも痴がましくなるのか……」


 バルドは落としたカインフェルノを拾い上げ、屈することも、赦しを乞うこともしないと豪語する。


「いいかレイブン、よく覚えておけ。お前は確かに強く、無数の神機を所持している――だからってなぁ! 調子に乗ってんじゃねぇ! この俺はツノツキの王になる男だ! 誰にも裁くことはできない。そしてお前に赦しを乞うことも、頭を下げて地面に擦り付け、忠誠も、奴隷の誓いを立てることもない!」


「犯した罪を償う気は、ないのですね」


 バルドはレイブンの言葉を鼻で笑い捨て、自慢気にこう語った。


「俺はこの生き方に誇りを持っている。気ままに村やキャラバンを襲い、金品や女を略奪し、それを売っ払って生活する。最高だぞ~、他の種族を見下して良い気になって人間が、家畜以下に成り下がる様っていうのはよぉ! 牢屋の中で女がひぃひぃ泣いている光景は、いつ見ても圧巻で最ッ高に興奮する! お前も味わってみれば分かるぜ! あの素晴らしさがな!」


 バルドはその時の光景を思い起こし、愉悦な笑みを浮かべる。その穢れきった笑みは、彼に救済の余地はない事を意味していた。



 レイブンはSAAシングルアクションアーミーに弾丸を装填していく。ローディング・ゲートを開け.45ロング・コルト弾をシリンダーに込めた。



「そうですか。私は人生をやり直すチャンスを与えましたよ……バルド」



「その余裕が裏目に出ないことを、神様にでも祈るんだな! レイブン!」





 バルドはレイブンと戦うため、ドラゴンガントレッドから手を離す。亀裂の奥にある腕の内部では、不気味なものが蠢いていた。




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