10*僕に惚れるなよ?




「あぁ、一気にカタをつける。このままだと、僕たちだけでなく中央棟も飲まれてしまう」



 エリア69に住む人たちを助けたい。


 でも、正直言うと……それ以上に、何がなんでもイシガミ博士の生命を助けたい。




「気をつけて」


 珍しくプルメリアが心配してくれた。まぁ、実戦なんだから当たり前か。


 よし、やるか。


 まずは、僕の武器である大鎌を出現させる。あまり男らしくない、ピンク色をした大鎌だ。そして、出来る限り生命を吸われないようにする為に全身をエーテルで覆う。


 そして、突っ込む!


「サクラ!」


 ふっ、プルメリアめ、心配しちゃって。僕に惚れるなよ?


 しかし、この黒い手みたいなのはいただけないな、気色悪い。斬っても斬っても生えてくるし。一体、ラオム・アルプトとは何なんだろうか。突然現れ、破壊をし、生命を奪い、突然消える。まぁ、今はそんな事考えてる場合じゃないか。


 僕は、黒い霧と無数の黒い手が蠢く地獄絵図と化した空中庭園に降り立つ。今は身体に纏ったエーテルで生き長らえているが、少しでも気を抜くと終わりだ。速く殺ろう。僕はピンク色の大鎌を構える。中央棟がなかったらもっと楽なんだけど、まぁ仕方ない。僕は大鎌の刃にエーテルを集中させた。そして、中央棟の周りをエーテル全開でぐるりと周る——っ!



 僕が中央棟を一周して放ったエーテルは、中央棟を中心として放射線状に拡散した。それと共に黒い霧は吹き飛び、跡形もなく消え去った。後には、青空と、ピンク色の花弁のようなエーテルの欠片が空中に舞うだけだった。



 僕は、このピンク色をした女の子っぽい自分のエーテルが好きではない。でもまぁ、イシガミ博士が与えてくれた力だし、文句を言うのも贅沢というもんだ。



「サクラ、大丈夫だった?」


「きゃっはー! サクラかっこいー!」



 プルメリア達も降りてきた。とても静かだ。まるで、先ほどまで幻を見せられていたかのように、いつもと変わらない空中庭園が存在していた。しかし、油断出来ない。本体はきっと別にいる。


「本体がまだ潜んでいる、現れたら一斉攻撃だ」


 どこだ、出てこい。


 その時、背後でガラスがひび割れるような微かな物音がした。


 全員、振り向く。


 そこには、まだ内部に千人弱の職員が残っているであろう第3階層の中央棟、特殊研究所があった。もちろん、そこにイシガミ博士もいるはずだ。あの若い助手もいるはずだ。食堂のおばちゃんや、掃除のおじちゃんだって。しかし、次の瞬間、その千人近くの人間を囲っている建物は、無惨に砕け散った。黒い炎の爆発が起き、瓦礫が隕石のように空中庭園に降り注いだ。


 僕たちはその場に立ち尽くした。



 圧倒的な絶望感が全身を支配した。



「イシガミ……博士……」






 僕は、イシガミ博士を失う事など、夢にも思っていなかった。


 だって、確実に僕たちの方が先にいなくなると思っていたから。


 しかし、その現実が、今、目の前に立ちはだかっている。イシガミ博士の笑顔が頭に浮かんだ。僕の目から、まるで雨粒が落ちるみたいに自然に涙がこぼれ落ちた。手が震えた。


 これが、失う、という事。



 破壊された中央棟の跡には、ぽっかりと大きな穴が開いていた。その空中庭園に開いた穴から、黒い、人の形をした巨人のような物体が上半身を乗り出していた。


 やはり、あの時よりデカい。上半身だけで、50メートル以上ある。


 その巨人には顔のようなものもあった。血のように赤い、2つの大きな丸い渦と、その2つの渦の中間から下の位置に、縦長に丸い渦が1つ。その3つの赤い渦は、この世のものとは思えない、おぞましい動きをしている。血の海に発生した渦潮に、小さな黒い人間が飲み込まれているように見える。これが、ラオム・アルプト……



 今まで、僕たちの存在を良く思っていない軍備部や、国務庁のお偉いさん方も別に憎いとは思わなかった。最初から、自分はそのような存在だと分かっていたから。しかし、今、初めて憎いと思う。目の前の、巨大な黒い化け物が、物凄く、憎い。


 許さない。




 中央棟が崩れた事により、大きな皿状になっている空中庭園は大きく傾いた。みな、背中に虹色の翅を出現させ、飛んだ。



「みんな、いいか?」



 僕は、みんなの顔を見る。


 プルメリア、ダリア、ウメ、アザミ、皆、頷く。


 僕たちの心は一つに重なった。



 奴を、殲滅する——



「いくぞ!」



 崩れゆく庭から、ピンク、黄色、白、赤、青のエーテルがラオム・アルプトの顔をめがけて飛んでいった。


 ラオム・アルプトは口のような部分から黒いエーテルを放出する。目の部分からは、全身真っ黒な人の形をした化け物が次々とこぼれ落ちてきて、僕たちに遅いかかる。しかし、今の僕たちにはそんなもの、脅威ではない。



 嫌になるほど訓練した技だ。コンビネーションは完璧だった。僕たち5人の色は混ざり合い、一つになり、虹色の大きな矢となってラオム・アルプトの顔を貫いた。


 ラオム・アルプトは甲高い叫び声をあげ、その頭部は吹き飛び四散した。


 黒い肉片と、小さな黒い人間のようなものが飛び散る。



 それと同時に、ラオム・アルプトの胴体は空中庭園に覆いかぶさるように倒れこみ、崩れゆくエリア69と共に、黒い霧を放ち、消え去った。


 空中庭園はさらに大きく傾き、地面に対してほぼ直角にまで傾くと、まるでウェイトレスの手からお盆が滑り落ちるように、地面に落下し爆煙を上げて粉々に砕け散った。



 エリア69は、まるで底なし沼に飲み込まれるように、ゆっくりと倒壊し炎と煙の中にその姿を消した。多くの人間の生命とともに。





 僕たちは、空に浮かびながら、ただ、その光景を眺めていた。





 そうしている事しか、僕たちには出来なかった。



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