9*ただの黒い巨人の姿




 外では、銃声と爆発音、兵士たちの悲鳴が悍ましい不協和音のように鳴り響いていた。


 しかし、敵の姿は目視出来ない。


 足元には空中庭園、頭上には青空があるだけだ。しかし、確実に感じる禍々しいエーテル。恐らく、ラオム・アルプトと思われる目標はこの真下、軍備部のある第2階層にいる。ラオム・アルプトがエリア69の地下から現れたのだとしたら、もしかしたら第1階層の居住区はもう……。


 でも、まだ生きている人は必ずいるはずだ。その人たちを守らなくては。少しでも希望があるならば、僕は戦う。それが僕に与えられた使命だ。



「みんな、いけるか?」


 プルメリア、ウメ、ダリア、アザミの表情を確認する。みんな、怖くない筈はない。嫌というほどラオム・アルプトの資料映像を見せられ、その脅威を十二分に理解しているし、そして何より、実戦は初めてだ。しかも、かなり突然の。しかし、皆、その表情は決意に満ちていた。


「オッケー」

「いけます」

「やっちゃおー!」

「余裕」


 よし、大丈夫だ。このメンバーなら、いける。


「いくぞ!」


「おー!」



 翅を羽ばたかせ、一気に金網を越える。何気に、初めて金網の外に出た。こんなかたちで金網の外に出る事になるとは。プルメリアは今、一体何を考えているのだろうか。いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。迫り来る目標を殲滅し——突然、黒い霧のようなものが下から湧き出てきた。


「みんな、後退だ!」


 黒い霧は、空中庭園を囲むように四方八方から湧き出てきた。


「なにこれ、キモ!」


 ダリアは正露丸を噛んだ時のように顔を歪めた。すぐに、空中庭園は黒い霧の壁に囲まれてしまった。普段囲っている金網よりもタチの悪い、まるで出口のない孤島の監獄に入れられているような気分だ。


 しかしこれは……、先の海岸通り戦で現れたラオム・アルプトよりも、かなり規模がデカいぞ。デカいっていうか、もう桁が違うレベルだ。あの時見た映像の中のラオム・アルプトは、ただの黒い巨人の姿だった。しかし、今攻めてくるそれはエリア69をまるごと包み込むくらい規模が大きく、実態がまったく分からない。そして、全く手の内が読めない。


 こういう時は——


「サクラ、とりあえずぶっ飛ばそう」


 プルメリアが提案した。


 うむ、竹中半兵衛も驚嘆する戦術だ。プルメリアは両手に光る剣を出現させた。僕たちは、常に武器を携帯しない。武器は、エーテルで具現化して使用するのだ。


「あぁ、そうしよう。ぶっ飛ばす。しかし、目標はどんな攻撃をしかけてくるか分からない。十分注意するんだ」


「わかってる。ダリア、援護してくれる?」


「りょっ!」


 ダリアは両腕を伸ばし、小さな手のひらを広げ前方に掲げた。赤いエーテルが、広げた両手に収束する。ダリアの両手は、まるで真っ赤な花びらのように美しく輝いた。


「くらえ、ダリダリスパーーーーク!!!」


 ダリアが、そのネーミングセンスを著しく疑う技名を叫ぶと、手の平から赤いエーテルが大砲のように放出された。


 エーテルは黒い霧の壁を貫いた。黒い霧の壁は吹き飛び、50メートル四方ほど真っ青な空が姿を現した。しかし、すぐに黒い霧は再生し、また高い壁を形成した。


「こりゃダメだなー」


 ダリアは手のひらを上に掲げて首を横に傾けた。


「本体がどこかにいるはずです」


 ウメは両手に大型のハンマーを出現させていた。ウメはメンバーの中で1番大人しいけど、1番の破壊力を持っている。


「本体が現れたら総攻撃するでしかし」


 そう言うと、アザミは柄の長い三叉槍を出現させた。


「あぁ。連携して、隙を与えずに叩こう!」


 ラオム・アルプトの攻略法は詳しい事が分かっていない。ただ、核の部分があり(そこは、まるでヒトの顔のような形をしている)、そこを滅多打ちにすれば倒せる、というのが今のところの見解だ。


 かなりアバウトだ。


 ただ、ラオム・アルプトはすぐに再生してしまう為、一気に大ダメージを与えなくてはならない。その点で、一度に大きなエネルギーを発する事の出来るエーテルは適していた。それに、日光が当たるところであれば、僕たちはほぼ無限にエーテルを使用出来る。勝機は必ずある。


「段々、壁が迫ってきてる」


 プルメリアが言った。


 確かに、先ほどまで留まっていただけの壁が、ゆっくりとこちらに迫ってきている。


「アレに飲み込まれたらどうなるんだっけ?」


 ダリアが訪ねる。


「生命を吸われます。某森の神のように」


 ウメが答えた。


「絶対イヤ!」


 ダリアはダリダリスパークを連発する。しかし黒い霧は次第に濃度を増しているみたいだ、すぐにもとに戻ってしまう。黒い壁は次第に速度を増し、僕たちに迫ってくる。


「上に飛ぼう!」


 みんな一斉に垂直に上昇した。しかし、その動きを読んでいたかのように、黒い壁からヒトの手のようなものが無数に飛び出し、僕たちの身体を掴もうとした。


「ぎゃああああ! なにコレありえない! キモ過ぎでしょ!」


 ダリアはダリダリスパークを下に向けて連発し、応戦する。他のメンバーも各々の武器で攻撃する。しかし、これでは埒があかない。黒い手は、まるでイソギンチャクのように次から次へと伸びて迫ってくる。


「みんな、もっと高度を上げて待機しててくれ」


「サクラ、アレをやるの?」



 プルメリアが聞いた。



「あぁ」



 あまり、気は進まないけどね。



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