8*いつもの、不器用な笑顔で




『みんな』



 試験室のモニターに、下から見上げるアングルでイシガミ博士の顔が映し出される。イシガミ博士の顔は縦に揺れている。恐らく、走りながら携帯端末で通信しているようだ。


「イシガミ博士、一体何が」


『たった今、エリア69の地下にエーテルの異常反応が表れた。恐らく、ラオム・アルプトだ』




 ラオム・アルプト……?





 思ってもいない言葉に、みんなの表情が凍り付く。



「え……、だってラオム・アルプトはパイセン達が殲滅したんじゃ……」


『確かにそうだ。しかし、エーテルの波形がラオム・アルプトと酷似している。もしかしたら、一滴、残っていたのかもしれない……。いいか、君たちは外に出て戦闘態勢で待機。ラオム・アルプトが現れたら一斉に攻撃開始だ。Gフィールドは切っておいた。金網の外に出て戦っても構わない』


「了解です!」


『僕もすぐに向かうから、頼んだよ』


「はい!」


「任せてといて、博士」


「イッシーのお願いなら聞いちゃう〜っ!」


「必ず殲滅させます」


「ぶっ殺」




 一瞬、イシガミ博士が微笑んだように見えた。


 いつもの、不器用な笑顔で。





 そして、大きな破裂音と衝撃。それと同時に、イシガミ博士との通信も途絶えた。


「イシガミ博士!」


 建物は激しく揺れ、モニターは再び緊急事態を告げる表示に変わった。


 こうしてはいられない、早くイシガミ博士を助けださなくては。


「外に出るぞ!」


「りょーかい! ウメ、よろしく」


 そう言って、プルメリアはウメの肩に手を置いた。


「任せて」


 ウメは肩に置かれたプルメリアの手に自身の手を優しく重ねた。そして、右手の拳を胸の前で構えた。その所作は、祈りのような静かで厳かなものだった。


 ウメの拳は、白いエーテルで包まれていた。そして、ウメはその拳を、通路の壁に向かって放った。壁は、まるで砲撃を受けたように吹き飛び、その跡には大穴が開いた。


「うぎゃあぁー!」


 あまりにもの衝撃に、若い助手が後ろに吹き飛んだ。それを素早く、ダリアが受け止める。


「イッシージュニア、大丈夫?」


「あ、ありがとうございます、大丈夫。でも、何度も言いますが、僕はイシガミ博士の息子ではありません」


「それだけ言えれば大丈夫だね! イッシージュニアは安全なところに隠れてなさい!」


「はいぃ」


 イッシージュニアはテーブルの下に潜って頭を大事そうに抱えた。そして、こちらを見て言った。


「みんな、気をつけて」


 プルメリア達は、親指を立てポーズをとった。


「任せとけって!」


 そして、それぞれ背中に虹色の翅を出現させた。



 僕たちコダマは、エーテルで具現化したこの翅を使い、自由自在に空を飛ぶ事が出来る。長距離飛行には適していないけど。



 ウメが開けた大穴からは青い空が覗き、生暖かい風が吹き込んでくる。


 眼下には、空中庭園が見える。



 目標の姿は確認出来ない。



 僕たちは、虹色の翅を羽ばたかせ、青い空に舞い上がった。





 その小さな背中に、ほんの少しの希望と、圧倒的な絶望を背負いながら。





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