7*底の見えない深い井戸に潜む闇のような




 この日は、生暖かい風が吹いていた。





 僕たちは第3試験室にいる。エーテルの実験をする為だ。


「サクラ、次にブザーが鳴ったらゆっくりと少しずつエーテルを放出してくれるかい?」


「分かりました」



 バスケットコートくらいの広さの真っ白な部屋に、5人それぞれ透明な円柱状の測定装置の中に立たされ、隣のモニター室にいるイシガミ博士の指示でエーテルを放出したり逆に引っ込めたりしていた。




 そうそう、ちょっと註を入れさせてもらうと……、


 度々話に出てくるエーテルっていうのは、この世の全ての生命、物質に宿っているエネルギーだ。ただし、人間を除いて。


 何故、人間だけがエーテルを持っていないのか、それは分かっていない。神話の中では、始祖の人間が神に逆らって知恵の実を食べたことにより神の怒りを買い、エーテルを奪われてしまったとあるが、あくまでもそれは神話の中での話だ。


 エーテルはまるで空気のようにこの地上に満ちている、いわばどこにでも転がっている石ころのような存在でありながら、とてつもないエネルギーを発する事が出来る。


 ラオム・アルプト殲滅計画担当の研究者達は、このエーテルに目をつけた。これを上手く利用する事が出来れば、ラオム・アルプトを倒すことが出来るかもしれない。




 この世界には、魔獣という生物が存在する。


 ロールプレイングゲームでいう、モンスターみたいなものだ。凶暴で、人間に危害を加えようとする。姿形は様々だ。


 この魔獣が、他の生物よりもひと際大量のエーテルを体内に秘めている。


 研究者達は、この魔獣を利用し、僕たちみたいな人造人間兵器を造ろうとした。


 何故、人造人間なのかというと、現在の技術では、物質からエーテルを抽出してそれを利用するような事は出来ていない。それも、何故出来ないのかはよく分かっていない。神の意識だ、と信仰の深い者は言う。


 それならば、エーテルを自由自在に操れる生物を造り出してしまえ、という事で、人造人間を兵器として造り出す事になった。



 イシガミ博士はそれとは別に、自然界の植物から人造人間を造り出す研究をしていた。凶悪な魔獣を使う事に、異を唱えたのだ。


 しかし、魔獣を元とする研究が主流だったので、イシガミ博士の研究は相手にされなかった。研究者の中でもぼっちだった。その時、イシガミ博士の研究に目を付け、採用したのがアポロ左大臣だ。勿論、周りは猛反対したが、アポロ左大臣は譲らなかった。責任は全て自分が持つと言い、考えを押し通した。



 そして、イシガミ博士にこのエリア69の第3階層を与えた。その結果、イシガミ博士はヒトと植物を掛け合わせた人造人間の開発に成功し、その人造人間に『コダマ』と名付けた。



 その後は先日話した通りで、コダマは試作型零式と実戦型弌式まで開発され、その後暫くしてラオム・アルプトが帝国北東部・海岸通りに出現し、ラオム・アルプトの戦闘能力を測るために偵察隊として出撃した零式の先輩達が、偵察隊として出撃したにもかかわらずあっけなくラオム・アルプトを倒してしまった為、僕達の出番はなく、僕達は使われることなく用済みとなった。


 まぁ、結果的に世界が平和になったからいいんだけどさ。それにしても僕達の立場からしたらちょっとさみ――



「ごめん、少し実験を中断するよ」


 イシガミ博士の声がスピーカーから聞こえる。


 中断? 何かミスしてしまっただろうか。


「何か問題がありましたか? 」


「いや、君たちに問題はないよ。ちょっと軍備部の管理室の方から連絡があってね。僕はちょっと行ってくるから、君たちはこっちに来て僕が帰ってくるまで休んでなさい」



 軍備部? 


 軍備部の方からイシガミ博士を呼び出すなんて珍しいな。



「やったー! 」


「あーこんな狭いとこに入ってると肩凝る」


「お茶にしましょう」


「寝る」



 お前ら、まるで暴風警報が出て午後からの授業が中止になった中学生のようなノリだな。




 僕達は隣のモニター室に入り、奥の壁際に置いてあるソファに座った。


 プルメリアとダリアとウメはテーブルの上に置いてあったお菓子の取り合いをし、アザミは早速横になってウメのやわらかそうな膝枕で昼寝を始めた。羨ましい。


 僕もクッキーを手に取って食べた。サクサクして美味い。しかし、あのイシガミ博士が実験を中断するなんて珍しいな。研究に関しては譲らないイシガミ博士が……ちょっとイシガミ博士の助手君に聞いてみるか。


「何かあったんですか?」


 まだ若く、ひょろっとした男性の助手は振り返って答える。


「エリア69の真下から衝撃波が観測されたって」


 衝撃波?


「衝撃波ですか……地震とか? 」


「地震くらいなら博士を呼び出したりしないでしょ。奴ら博士の事キライなんだから」


 プルメリアがチョコスティックを咥えながら言った。



 確かに、その通りだな。


 ラオム・アルプトの殲滅任務を軍備部から奪った張本人はイシガミ博士だ。軍備部の連中は、イシガミ博士にメンツを潰されたと思っている。それは大いなる誤解で、イシガミ博士は様々な研究を重ねた論理的思考の下、ラオム・アルプト殲滅は僕たちコダマが適していると判断した。事実、先のラオム・アルプト戦では、軍人からは1人も死人は出なかった。


 しかし、軍備部の連中はそんな事はどうでもいい。大事なのは、メンツだ。イシガミ博士が余計な主張をしなければ、アポロ左大臣がそれを採用しなければ、我々がラオム・アルプトを倒していた——軍備部、とくに今の総司令官ライネス氏は強くそう思っている。


 そんな連中がイシガミ博士を呼び出すなどよっぽどの事だ。通常ではありえない、緊急事態が起こった可能性がある。





 ——などと考えていた次の瞬間、皆、黙った。





 理由のわからない胸騒ぎのような、微かに感じる違和感。しかしそれは単なる胸騒ぎではない。


 それは確実に、次第に大きくなり僕たちの胸に響いてくる。そばにいる、若い助手さんは気づいていないだろう。



 何故なら、これは人間が感じる事の出来ない感覚——エーテルなのだから。



 そしてそれは、今までに感じた事のない、底の見えない深い井戸に潜む闇のような、得体の知れない恐怖だった。




 突然、部屋の照明が赤に変わり、警報が鳴り出す。モニターには、緊急事態を告げる表示が映し出される。




『みんな』

 


 スピーカーから声が響いた。



 イシガミ博士の声だ。



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