31話 悪夢の底


森林の中を歩く1人の少年は、スマホの地図のアプリを開きながら、ピンの刺さった目的地まで向かっている最中だった。


(秋川渓谷は今、魔物が大量発生していて危険区域として冒険者以外の一般人は立ち入り禁止とされている。だがギルド支部から子供がこの危険区域に入ったとの情報で俺の世話になっているギルドに依頼要請が急遽来た。なぜ子供が1人でこんな危険な場所に入ったのかも謎だな。

まあ、早いとこ子供を見つけて救出しないといけないが、既に手遅れの場合も考えておかないといけない。)



(いつも吏喜夜ばっかり無理させちゃってごめんね。僕にもっと力があれば吏喜夜の負担も少しは楽になるはずなのに、僕が弱いばかりに本当にごめん。)


申し訳なさそうに話す成喜緒に吏喜夜は「お前は何も心配しなくていい。それに俺は成喜緒の人生を全て奪った責任がある。この世界では絶対に俺が守ってみせるから、安心しろ。」と、少し後悔の気持ちを表すと、成喜緒は(吏喜夜だけの責任じゃないよ!あれほど吏喜夜に注意されていたのに僕はそれを無視してお母さんの地雷を踏んじゃったからであって、僕がもっと上手く話し合っていれば……。)と話している最中に吏喜夜は「もういい、その話はやめろ。それに成喜緒がどう話しても、俺はあの女に対して悪魔の子でしかないし、教祖に頼ってるような女に何話しても無駄なんだよ。」と、前の世界での話を中断させた。


成喜緒は、(ごめん、でも吏喜夜は僕にとって自慢の兄だよ。)と謝ると、吏喜夜も「ありがとう、俺こそ思い出させてしまって悪かった。」とお互いに謝った。



『お母さん、僕たちをちゃんと見て。』


過去の話をする度に、吏喜夜の脳裏に何度も成喜緒の最期の言葉が離れなく。

そしてただ傍観している自分に苛立つ感情が押し寄せてくるのであった。



そんな吏喜夜たちの様子を物陰から覗いている少女の姿があった。

少女は不敵な笑みを見せると「ミーのお友達みーつけた。あの子とお友達になるには、もっと情報を知らなくちゃダメですね。とっておきの場所、用意してあげなくちゃです。」と少女は不気味な笑みを浮かべると、そのまま何処かへと移動するのであった。



あれから数十分歩くこと、吏喜夜は足を止めると、鬱蒼とお生い茂る木々の先を警戒し始めた。

そんな様子に成喜緒は吏喜夜に、どうしたの?と訊かれると「いや、あの先に妙な建物があるんだよ。こんな鬱蒼とした森林の中に建物があるのは不自然すぎる。」と答えると、成喜緒も納得するように(確かに不自然すぎる、罠かもしれないね。一旦戻ってこの事を組織ギルド公安局に連絡した方がよさそうかも。)と言うと、吏喜夜も闇雲に調査するよりも一旦戻って報告する方が妥当と考え、元来た道を引き返そうとした刹那。

建物の付近で、子供の声と複数人の大人の声が聞こえてきた。


子供は泣き叫びながら助けを求めているが、子供を抱き抱えている男が笑いながら「いくら泣き叫んでも、誰も助けに来やしないぜ。安心しろ、大人しくしていれば殺しはしない。が、ボスの機嫌が悪かったら殺されるかもな!ガハハハハッー!!」と笑いだすと、周りの男たちもつられるように笑い始めた。


吏喜夜はその盗賊たちを見て、睨むように「ゴミクズどもが。」と呟くと、成喜緒も(酷すぎる……あれって最近噂の人攫いの組織ギルドかな?吏喜夜、戻ってる暇もないよ。罠だとしても、どうする?)と訊き返すと「どうするも、俺はあの子供を助ける。それに子供は1人じゃない可能性もあるしな。安心しろ成喜緒。お前の身体は傷一つ付けさせない。」と言うと、吏喜夜は団長にメールと位置情報を送りつつ、男たちに気づかれないように、裏口から入れないか、裏へと移動した。


裏へ回ると、小柄な大人が倒れるくらいの小窓があり、不自然にも窓は全開に開け放れていた。

これが罠だとしても、他に道はないと判断した吏喜夜は、物音を立てぬよう慎重に建物の中へと入っていく。

建物の中は薄暗く、足元もはっきりと見えない中、奥へと進むと人の話し声が聞こえてきた。



「もう耐えられないわ。あの子まで悪魔に取り憑かれるなんて、やっぱり私の家系は呪われているのよッ!!」


「落ち着けッ!悪魔だとか訳の分からない事を言うな!それに成喜緒は俺たちの可愛い子だ。それに小鞠こまりという可愛い娘もいるだろ?な、吏喜夜の事は忘れろとは言わない。あれは不運な事故だったんだよ。だからもう神になんか頼るな。」


「アナタに何がわかるのよ。吏喜夜はあの子は外の世界に出る前に死産したのよッ!悪魔よッ!悪魔のせいなのよッ!!きっと成喜緒もあの悪魔に支配されているのよ!教祖様もそう仰っていたのよ、分からないの?」



吏喜夜は聞き覚えのある声に、だんだんと息遣いが荒くなり始めた。

その様子に成喜緒が気づいたのか(吏喜夜顔色が悪いけど大丈夫?)というと、吏喜夜は幻覚から覚めたかのように「あぁ、平気だ。」と、冷や汗をかきながら先へと進んでいく。


どうやら成喜緒にはこの幻聴は聞こえなかったのを理解し。

なるべく成喜緒に悟られないよう、男たちのいる部屋を探し始める。


室内の探索から数分が経ち、下の階へ続く地下室を発見した吏喜夜は、音を立てずにドアを開けた。

吏喜夜は地下室へ入ると急に視界が明るくなり、そこは見慣れた風景があった。


「ここって……まさか俺たちの部屋か?」


吏喜夜がそう口にするが、成喜緒の返事は一切返って来なかった。

その事に不番に思ったのか、吏喜夜は成喜緒を呼ぶがいくら返事をしても返って来ない。

そして吏喜夜は瞬時にこれが現実世界ではないと気づき、幻覚から出る方法を探し始める。


吏喜夜は部屋を出るべく、リビングへと向かった。

すると、リビングに入るとダイニングテーブルにはコーヒーを飲みながらiPadでニュースの記事を読む父親と、朝食を食べる成喜緒と小鞠の姿があった。

そしてキッチンで朝食の準備をする母親が吏喜夜に気づくと「あら、やっと起きたの?もう朝食が出来ているから、吏喜夜も早く食べなさい。」とニコッと笑う姿に驚きながら少し呆然としていると、小鞠が「吏喜夜、早くしないと学校に遅刻しちゃうよ。まあ、遅刻しそうなら私も一緒に遅刻してあげてもいいよ。」と笑う小鞠に呆れながら成喜緒が「小鞠、あまり成績がいいわけじゃないんだから遅刻なんかしたら成績に響くよ。」と言った。

その言葉に苦笑いする小鞠に母親も「ふざけてないで早く食べなさい。」と呆れていた。


吏喜夜はこれが夢でも、自分が本当に求めていた世界がここにあると思う気持ちと、死ぬ間際に味わった残酷な世界が頭の中を掻き乱すような葛藤に打ち悩まされていた。


「吏喜夜どうしたの?具合でも悪いの?」と話す成喜緒に、小鞠が心配そうに吏喜夜の前まで来ると、自分の手を吏喜夜のおでこに触れようとした刹那。

吏喜夜は小鞠を睨むと、触れようとしている手を払い除けた。


「ふざけるな!誰だ、俺に小賢しい幻覚を見せてるやつはッ!」


吏喜夜は周囲を警戒しながら敵の位置を探っていると、小鞠は、フフッと不敵な笑みを見せると「非常に残念です、せっかくいい夢を見せてあげたのに、君はミーからのプレゼントが嬉しくないんですねー。」と笑った。


吏喜夜は小鞠になりすましている敵を睨みつけると「何がいい夢だ?ふざけるのも大概にしろ、こんな悪夢見せやがって。人の記憶をなんだと思ってやがる!」と怒り満ちた表情を見せる吏喜夜に、嬉しそうに「じゃあ、本当の現実を見せてあげたらミーとお友達になってくれます?」と意味不明な発言に吏喜夜は思わず、は?と口にこぼした。



すると、成喜緒が苦しい表情で吏喜夜に掴み掛かった。



「どうして、どうして僕の身体の中に吏喜夜が棲みつくの?お前があの時、僕に話しかけなかったら家族は崩壊しなかったッ!全部お前のせいだ!お前さえいなければ僕は死なずに済んだッ!返せ、返せ返せ返せッ!」



悲痛な叫びに吏喜夜は、顔を歪ませて小さく、やめろと呟くが、次は母親が吏喜夜を攻め立て始めた。



「そうよ、アンタさえ現れなければ、私は2人を殺さずに済んだのよ!私たちの人生を狂わせた悪魔めッ!私の可愛い子たちを返せッ!」



吏喜夜は頭を抱えるように視線を逸らすと「いい加減にしろ……お前に俺の何がわかる。お前にッ!?」と言いかけ顔をあげると、目の前には、不敵な笑みを浮かべる小鞠が立っていた。



「可哀想な吏喜夜くんです。君は誰からも望まれていないんですよ。だって君は、冠木家の災厄の悪魔なんですから。家族からそう思われても仕方のないことです。」



「うるさい黙れよ、それ以上無駄口を叩いていると殺すぞ。」



小鞠はクスクスと笑うと「殺すなんて、物騒なこと言いますねー。ミーはただ、貴方とお友達になりたいだけなのに、怖いですねー。」と煽り始めた。



吏喜夜は小鞠を睨みつけると「いつまでも俺の妹になりすましてるんじゃねえッ!!」と言いながら氷の魔法を解き放ったのであった。




同時刻。吏喜夜の異変に気づいた成喜緒は必死に吏喜夜を呼びかけるが、吏喜夜は幻術にかかったように、成喜緒の呼び声に一切返事を返すことはなかった。



(可笑しい……いくら呼んでも返事がないなんて、まるで精神だけが別世界にいるような感覚がある。身体を交代するにも、吏喜夜の意識が戻らない限り意味はないし、どうすれば術が解けるんだろ?)



成喜緒が悩んでいると、部屋の明かりがつき始め、盗賊の1人が部屋に入って来た。

成喜緒がバレると思うが否や、男は成喜緒たちの存在に気づき、大声で侵入者だッ!!と叫びながら剣を抜きながら成喜緒たちに襲いかかったのだ。

すると、吏喜夜は男を睨みつけると「俺をそんな目で見るなぁああああッ!」と叫ぶと同時に鋭い氷が男を貫いたのであった。


吏喜夜は1人ブツブツと言いながら男に近寄ると氷でできた鋭利な武器を握りしめながら、男の身体を突き刺すように「俺は悪魔じゃない、俺は1人の人間なんだ。そんな目で俺を見るなッ!俺は違う、俺は、俺は……俺、は……成喜緒を殺した、悪魔……。」と涙を流す吏喜夜に成喜緒は(違う!吏喜夜は誰よりも優しい兄だよッ!悪魔なんかじゃない!あの日だって吏喜夜が悪いわけじゃない、僕にも責任があったんだから……だから目を覚ましてよ!)と話しかけるが、その言葉は吏喜夜には通じることはなかった。


そうこうしているうちに盗賊の仲間たちが騒ぎを聞きつけて、吏喜夜たちのいる部屋に現れると、その光景を見た盗賊たちは驚いた様子で「侵入者のガキがナメた事しやがって!今すぐ楽にしてやるよッ!!」と言いながら腰に差している小型ナイフを手にすると、そのまま吏喜夜の方へ走っていく。


吏喜夜は盗賊の気配に気づくと、「お前も俺を否定するのか。」と小さくボソッと呟くと、右手を前に出しその場にいる盗賊たちを氷漬けにさせたのであった。


氷漬けにされた盗賊たちを眺めながら、ハッと我に返ったのか、吏喜夜は早まる心臓を抑えながら成喜緒に「この現状は俺がやったことなのか?」と訊いた。

意識を取り戻した吏喜夜に、成喜緒は悲しい感情で「元に戻ったんだね。うん、そうだよ、僕がいくら呼びかけても吏喜夜は何かに取り憑かれた様子で、まるで僕の存在がないような気がして……少し怖かった。」と話す成喜緒に、吏喜夜は「心配かけて、すまない。それと怖い思いをさせたな。もう、あんな思いはさせない。約束する。」という吏喜夜に成喜緒は、あのさ。と話しかけたところで、盗賊の頭のような男が吏喜夜たちの前に現れたのだった。


「随分と俺の子分たちを可愛がってくれたみたいだな。生きて帰れると思うなよ。」


男はそういうと腰に差していた銃を吏喜夜に向けると、そのまま発砲するが、吏喜夜は綺麗に弾丸を避けると、水の形をした鳥たちが一斉に男に襲いかかる。

男はフッと鼻で笑うと「そんな小細工俺には通用しねぇッ!」と大声で言うが、吏喜夜は呆れた様子で「馬鹿みたいに引っかかってくれるな。IQが低くて手間が省けるよ。」と小馬鹿にすると、男の足元に氷の塊ができると、そのまま男の身体を氷で身動き取れなくさせたのだった。


吏喜夜はゆっくりと男に近づき、嫌な笑みを浮かべた「俺はお前らみたく人を殺す趣味はない。時期にギルド公安局の奴らが到着する。まあ、終身刑で済むならいいがお前らのした罪は重罪にあたる。死刑にならないよう頑張るんだな。ま、俺には関係のない話だが。」と言い残すと、吏喜夜は建物の外へと出た。

外には吏喜夜のお世話になっているギルドと公安局の人たちが待機していた。

吏喜夜は公安の人たちに、建物に盗賊と拉致された子供がいる事を説明し終えると、ギルドの人たちとコテージへと戻った。


「しかし驚いたぜ、何せ成喜緒1人で5000体の魔物討伐からの指名手配中の盗賊ギルドの捕虜とは、まるで俺らが成喜緒の手柄を喰らうハイエナ状態だな。」


団長は苦笑いしながら話すと、吏喜夜は「別にいいですよ。どうせこの討伐も明日で終わりなんですから。」と言った。

そんな2人の会話を割って入るように1人の女性が吏喜夜に話しかけて来た。


「話の途中すまないが、そこの少年。少し時間は大丈夫か?」


団長は話しかけて来た女性を見て、驚くように「白ノ帝国陸軍のアネット大将ではないですか、なぜ貴女がここに?」というと、アネットは笑うように「ちょっと野暮用でな。それに今は白ノ帝国陸軍ではなく冒険者組織ギルド公安調査庁第2部に所属している。」と説明をすると団長は「そうでしたか。あ、成喜緒に用があるんすよね?それじゃあ俺は向こうで待ってから、成喜緒あとでな。」と言い残すと、その場を離れて行った。


団長が去った後、吏喜夜はアネットに「それで俺に何の用ですか?」と訊くと、アネットは「その事だが、君も転生者あるいは転移者のどちらなのか?」と質問されると、吏喜夜は遠くを見つめながら「その質問をするって事はアンタも俺と同じなんですね。ただ俺は好きでここに来たわけじゃない。もう二度と……話は済んだのなら俺はもう行きますよ。」と途中、話を詰まらせながらも話を終えようとするが、アネットは引き止めるように「待ってくれ!訊きたい事はそれだけじゃない。実はここ最近、妙な噂を耳にするんだが、鬼化した人間を見ていないか?」と訊くと、吏喜夜は少し考えながら「そういえば一週間前、人が人を襲ったという話を横浜あたりで聞いた。けど他の者はグールだとかゾンビだとか信憑性のない話で、ただのデマ情報だと話は処理されたと思いますが。」と言うと、アネットは「そうか、貴重な情報をありがとうな。アタシはそろそろ現場に戻る、時間をとらせてすまなかった。」とお礼を言うと、吏喜夜は「いえ、少しでもお役に立てたのなら光栄ですよ。」と返した。


(さっきの女が言ったように最近、鬼神だとか悪鬼だとか噂は絶えないが、俺は今日出会ったイカれ女が気がかりだ。あれで終わりなはずがない。またいつか必ず、俺の前に現れるだろう。その時は女を捕虜し、情報を聞き出すまでだな。)


吏喜夜はまたいつ襲いに来るかわからない敵に警戒しながらも、敵の情報を知るため、行動に出るのであった。




***************




月夜に照らされながら、1人の少女はクマのぬいぐるみを優しく撫でながら微笑んでいると、背後から少年の姿が現れた。


「キリミこんな所にいたの。あんまり遠くに行かれると困るんだけど。それよりも母さんが僕たちを呼んでいる。早く行かないとまた何されるかわからないよ。」



少年がそう言うと、キリミは少年の方を見つめると「まだ大丈夫ですよ。ママはミーたちを殺したりはしないです。それよりもミーは吏喜夜くんとお友達になりたいです、仲良くなれるかな?なれたらいいですね。」とうっとり笑うと、少年は悲し表情で「キリミ、いつもごめん。」と謝った。するとキリミはニッコリ笑いながら「大丈夫ですよ、ツギハギはミーの大切な家族ですから。」と返すと、闇夜へと消えていくのであった。

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