17話 心的外傷(後編)


里を出て一週間が経つが、未だに外の世界は里の話で持ちきりである。

そんな中、彩葉は8畳ほどの部屋の中で、窓の外を眺めていた。


行き交う人々を見つめながら、必ず迎えが来ると信じていながら、右手首に付けているブレスレットを見つめていた。


そして暫くすると、コンコンとドアを叩く音が鳴ると、入るよ。と言いながら綾燕が部屋に入って来るが、彩葉は黙って窓の外を見ていた。


「彩葉、最近元気ないけど、そんなに僕のことが怖い?」


綾燕はそう言うと、彩葉の頬に手を添えた。

彩葉は少しビクッとなると、綾燕の方に顔を向け。綾燕に心を悟られないように首を横に振ると「違うの、少し里のみんなの事を……。」そう言うと彩葉の瞳から一滴の雫が流れ落ちてゆく。

その様子に綾燕は、優しく彩葉を抱きしめると「大丈夫、彩葉は何も悪くない。あれは事故だったんだよ。それに一生、僕が彩葉の側で守ってあげるから、だから元気だして。」という言葉も今の彩葉には恐怖でしかなかったのであった。

そんな彩葉の事を知ってなのか、綾燕は優しく微笑むと「それともう一つ、彩葉に話したいことがあるんだ。僕の小さい頃からの夢。悪い人たちを殺っ付けるお仕事を、ついに叶えたよ。簡単に言えば暗殺者なんだけど、そこの暗殺組織≪アサシン ギルド≫のトップになったんだ、凄いでしょ?」とニコニコ笑っていた。


その事を聞いた彩葉は少し沈黙すると「それって本当に良い事なの?」と、勇気を出して言ってみるが、綾燕は声色一つ変えず「彩葉。僕はね、君と家族になりたいんだ。その為にはお金が必要だし、何より僕と彩葉の子供が欲しいんだ。」と微笑む綾燕に彩葉は「アタシは子供は欲しくないかな……今のままでも幸せ、かな……。」と答える彩葉に綾燕は少し不満そうな顔を見せた。



「やっぱりあの時、あの男は殺しておくべきだったな。でもあの情報屋を敵に回すのは厄介だし。でも契約期間は過ぎている、なら殺すなら今しかない。」



そう話す綾燕に、彩葉はフレデリックから貰ったブレスレットに手を添えると「綾燕、アタシね。まだ心の準備がないだけで、欲しくないわけじゃないよ。ただお互い初めてだし……。」と言うと綾燕から視線を逸らした。


綾燕はそんな彩葉を優しく抱きしめると「大丈夫だよ、僕は彩葉を愛しているんだ。ちゃんと優しく愛を注ぎ続けていくから、それにもう時期、彩葉にとっておきのプレゼントを用意してあるから楽しみに待っててね。」と言うと、優しく彩葉のおでこにキスを落とすと、静かに部屋を出て行った。

この時の彩葉はまだ知らなかった。綾燕のプレゼントで彩葉自身の精神が崩壊する事を……。




**************



あれから2週間が経ち、彩葉の部屋にノックの音が響くと、彩葉、入るよ。と綾燕が言い。

ニコニコ笑う綾燕に彩葉は「今日は機嫌がいいのね。」と言うと、綾燕はニコッと笑いながら「そりゃあ、だって今日は彩葉にプレゼントがあるんだから。」と言いながら、可愛く包装された箱を彩葉に手渡した。


彩葉は不思議そうに箱を見つめていると、綾燕が「彩葉、まだプレゼントがあるんだ。僕に着いて来ておいで。」と手を差し伸べると、彩葉はその手を取り、綾燕の後をついて行った。


綾燕と彩葉は部屋を出ると、普段は地下へ行ってはいけないと言われる階段を降り、一番奥深い部屋の前まで連れてこられた。

彩葉が不安そうに綾燕を見ると、綾燕はニコッと笑い。部屋のドアノブを回した。

彩葉は薄暗い部屋の中を見て、ゾッとするような光景に声を出すことができなかった。


部屋の中央には3人の家族が手足を縛られ、目隠しされた状態で座らされていた。

彩葉は恐る恐る綾燕に「……この人たちは?」と訊いてみると、綾燕は不気味な笑みで「この男は僕の下で働いていた部下なんだけど、ちょっとヘマをしてね。その責任に家族もろとも連帯責任として、彩葉にプレゼントした物で彩葉自身に使ってもらいたいと思ったんだよ。」と言うと彩葉の持っているプレゼントを開封すると、中から重くて黒いS&W M500のリボルバーが入っていた。


彩葉は思わず、リボルバーを地面に落とすと、綾燕が「ダメじゃないか、僕がせっかくプレゼントしたのに、それに彩葉。君にはこれから、その男をリボルバーで撃ち抜いてもらうんだから。」と表情を変える事なく言った。


綾燕の言った言葉に黙っていると「もし、彩葉が男を殺さなければ、2人を僕が殺すことになるけどいいの?」と言いながら、彩葉にリボルバーを手渡した。

彩葉は震える手で「私は……。」と言葉を詰まらせていると、拘束された男が「お願いだ、妻と子供は関係ないんだ!だから殺すのは俺だけにしてくれッ!!」と強く彩葉に言うと、その妻は、アナタッ!と泣きながら言い、子供は、嫌だよおおおおッ!!と泣き叫んでいた。


その状況に更に精神が追い詰められる彩葉に綾燕が「大丈夫、彩葉はただ。引き金を引けばいいだけの話だから。何も悩む事はないんだよ。」と、彩葉の手を握りしめた。


彩葉は震える声で「アタシには……人を殺すなんて…。」と、声を絞り出して言うと、綾燕から笑みが消え。それは残念だ。と一言言うと、子供の頭を撃ち抜いた。

撃たれた子供は地面に倒れ込み、頭からは鮮やかな赤い血が広がり、そのすぐ隣では親たちが泣き喚きながら子供の名前を呼んでいた。

綾燕はその姿が不快に思ったのか、子供の両親もまとめて撃ち殺した。


そんな光景を彩葉は涙を流しながら、ごめんなさい。と何度も謝る彩葉に綾燕は優しく抱きしめと「彩葉、君は何も悪くない。コイツらはただ殺されるだけの運命だったんだ。だから謝る必要なんて何一つないんだよ。」と、優しく言う綾燕だが、今の彩葉にはただただ恐怖でしかなかった。



あれから月日が流れ、綾燕のギルドの組織は大きくなり。

ギルドの拠点を長崎から東京に移動する準備で忙しく。

綾燕と会う時間が前よりも少なくなっていた。

彩葉はずっと大切に持っていたブレスレットを握りしめると、自然と涙が溢れ出ていた。


(本当に助けなんて来るの?そもそも何でアタシはあの人の言葉を信じて待っているの?なんか馬鹿みたい……このまま助けが来ないのなら、死んだ方がいいのかもしれない。

もう、こんな生活から解放されたい……。)



そんな事を考えている中、彩葉の脳裏で悠人の笑う姿が見えた。

彩葉は唇を噛み締めると「最後でいいから悠人にもう一度会いたい。」と呟いていた。



それから時は更に進み1週間後。

荷造りをしている中、ノックの音が2回鳴ると「彩葉、準備はできた?」とニコニコ笑う綾燕に彩葉は「ええ、一通り準備はできたよ。」と返すと荷物の鞄を持とうとすると、綾燕は「僕が持つよ、彩葉はゆっくり休んでて。君一人だけの身体じゃないんだから。」と彩葉のお腹を見つめた。

その視線に彩葉は心にモヤモヤした感情で綾燕の目を逸らした。


その刹那、一階の方から女性の大きな声がすると、銃声や金属音の音が鳴り響き始めた。


彩葉が不安な顔をしていると綾燕が「大丈夫、彩葉は僕が守るから、君は大人しくそこで待っていて。」と頭を撫でると、静かに部屋を出て行った。

彩葉は地面に座り込み、耳を塞ぐと「お願い、もう終わりにして……。」と願っていた。

数分の長い時間、彩葉が塞ぎ込んでいると、彩葉のいる部屋に勢いよく入ってくる人物がいた。

彩葉の身体は一瞬ビクッとすると、ゆっくりと顔を上げた。



「間に合って良かった。」


そう言いながら話す、背の高いブロンドヘアの美人のお姉さんに彩葉は涙を流しながら「……して、殺して……アタシを殺して、お願いッ!」と言い出す彩葉に困惑しながらも「どうしたんだ?一体何をされたんだ?」と彩葉に近づくと彩葉は大きな声で「殺せっつってんだろうが、聞こえねぇのかよッ!!……もう嫌なの、アタシのせいで誰かが死ぬのは、もう終わりにしたい。」と弱々しくなる彩葉に女性は「すまん。アタシには2人の命を殺す勇気はない。」と言いながら彩葉を抱きしめると「それに手紙が届いたんだ。この場所にブレスレットを付けた女性を保護してほしいと。その送り主が誰かは知らないが、そう簡単に命を捨てるな。」と伝えると、彩葉は自然と涙があれ出て、子供のように泣きじゃくった。



**********



その後、綾燕の遺体が森林の中で発見され。

あれから3週間が経った。

彩葉は白ノ帝国陸軍に保護されて日常の生活を取り戻そうと努力していた。


「少しはここの生活にも慣れたか?」


そう話す、白ノ帝国陸軍をまとめる女性。アネット。

彼女がそう言うと彩葉は「はい。でも未だに過去の呪縛からは解放できそうにないみたいです。」と俯きながら話す彩葉に「過去と向き合えと言われても簡単に出来る事ではない。過ぎ去った事を修復するのは不可能だ。だが、生きていればこの先の未来を進む事はできる。変わろうと思えば、人間誰しもが変われるものだ。」と言うと彩葉の方を向き、微笑んでみせた。


その言葉を聞いた彩葉はアネットの方を見つめ「こんなアタシでも変われますかね?」と訊くとアネットは、ああ、勿論だ。と短く返事を返した。

彩葉は涙を流しながら「アタシ、この子が産まれたら養子に出そうと思うんです。今のアタシじゃ、この子を育てる自信が……何よりあの男の血が入った子を愛せないんです。それにこの子は何の罪のない子なんです。この子にはアタシの知らない場所で幸せになってほしいんです。この選択は間違っていませんかね?」と、アネットに訊くとアネットは「その選択が間違っているかなんて他人が決める事ではない。自分自身で正しいと思う選択をすればいい。もしそれが間違った選択ならアタシが全力で阻止してやる。だから、お前が思う道へ進め。」と優しく笑った。


彩葉はアネットの言葉に胸を打たれて、そして決意をした。


「あの、アタシ。大切な人を探しているんです。でもその人と会う前にアタシ自信が生まれ変われなきゃ意味がないんです。アタシでも人を救える強さになりたいんです。弱い過去の自分ではなく強い未来の自分自身でありたいんです。

アネットさん、アタシをこの陸軍に入隊させてください。」


アネットを真っ直ぐ見つめる眼は、初めて会った頃の彩葉はなく。そこにいるのは生まれ変わろうとしている彩葉の姿があった。

アネットは、フッと笑うと「ああ、うちは厳しいけど、その覚悟はあるか?」と言うと「はい、覚悟はもうできています。」と返した。



その後は、無事に元気な男の子が産まれ。

養子もすぐに見つかり、彩葉は最後に自分の赤ちゃんとお別れをした。


「元気に幸せに育つんだぞー。」


彩葉は赤ちゃんを優しく抱っこをすると、新しく赤ちゃんの家族になる若い夫婦に子供を手渡した。

彩葉は「この子をどうか幸せにしてあげてください。」と頭を下げると、若い夫婦は「はい、この子は私たちが大切に育てます。」と言い。

自分の子と夫婦たちと別れの挨拶を終え、帝国へと戻った。


書類をまとめるアネットが「お帰り、紅茶でも飲むか?」と言うと「はい、ではお言葉に甘えて。」と返しながらソファーに座ると「アネットさん、アタシ新たに生まれ変わるために名前を変えようと思うんです。」と言うと、アネットはティーカップに紅茶を注ぐと「いいんじゃないか。」と返事をした。

そんなアネットの反応に彩葉は「あっさりしてますね。てっきり親からもらった大切名前をーとか言われると思ったんですけど、予想外の反応でした。」と苦笑いする彩葉に「あの時にアタシが言っただろ、間違った選択ならアタシが全力で阻止するって、名前を変えるくらいで反対する方がおかしいよ。」と笑って見せた。


「それで、名前はもう決まっているのか?」


「はい、周彩里という名で、新しく人生をスタートしていこうと思います。」




***********



話を全て終えた彩里は、静まり返る部屋の中。

「やっぱり軽蔑するよね。アタシみたいなやつが……。」と言いかけたところで、桃太郎が「そんな事ありません!過去の話をするって事は、かなり覚悟が入りますから、寧ろ彩里さんは被害者なんですよ!やっぱりアントは許されない存在なんです!」と身体を震わせると「実は僕の両親もアントたちによって殺されたんです。ただ気に入らないからと言う理由で……僕はただ怯えながら身を隠すだけで、何もできなかったんです。今も両親の悲痛な叫び声が耳から離れなくて……。」と涙を流す桃太郎に義経は優しく背中をさすると「桃、あまり無理するな。それにその綾燕っていう親玉を、要はぶっ殺せばいい話なんだろ。なら、簡単な話じゃねえか。」と、ニッと笑った。



(やっべえええええ、勢いのままでぶっ殺すとか言ったけど、俺平和主義者(痛いのは嫌だ)だから殺しとかやりたくねえ、これ武器手に入れたら帰ってもいいかな?いいよな。)


と、後々自分の言った言葉に後悔する義経に対し、それを煽るかのように沖田が「すごーい、まるでイキリ散らかしたヒーローみたいでカッコいいじゃーん。」と小馬鹿にし始めた。

その挑発的な態度に義経は「表に出ろや、クソがッ!」と啖呵を切っていた。


そんなやりとりの中。

突如、見知らぬ男性の声がした。


「随分と仲がよろしいのですね。」


その声の主の方に顔を向けると、右眼だけお面を付けた、ミステリアスな雰囲気の男性が座っていた。


「どうも、ただの通りすがりの情報屋。フレデリックと申します。彩葉さん、お久しぶりです。それと、やっと会えましたね。義経くん。」


フレデリックはニコッと義経に向けるが義経は「あ?誰だテメェ。」といつもの口悪い返しをしたのであった。




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