16話 心的外傷(中編)


次の日、彩葉は悠人に言われた約束を思い出しながら1人悶々としていると、急に目の前に綾燕が現れ。

彩葉は目を見開き、わあ!驚いた。と口にした。


「ごめん、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだー。それより今日一日何かに悩んでいるみたいだったけど、昨日何かあったの?」


そう訊く綾燕の表情はいつもと変わらない優しい笑顔に見えるが、その目の奥はどこか笑っていないようにも見えた。

彩葉は誤魔化すように「大丈夫、最近ちょっと術を極めるために特訓してて、それで疲れてるのかな。紫葵ちゃんにもっと特訓してもらわなくちゃダメだね。」と笑って返すと、綾燕は、そう、あまり無理しちゃダメだよ。と優しく答えた。

彩葉も、うん、ありがとう。と返すと、少しいつもと違う綾燕に違和感を感じつつも。

その違和感が何なのか分からずにいた。

もしかしたら、この違和感が何かに気づけたら、この後に起きる惨劇に遭わずに済んだのかも知れない。

だがこの時の彩葉はまだ知る由もなかった。

自分のとった行動が、まさかあの悲劇に繋がるとは……。



あれから数日、里は雛影祭の祭りで大忙し。

何故なら一年で一番の大きなお祭り。

勿論、遠くから来る人も多く。里の一大イベントでもあるからである。

彩葉は雛影祭でやる、雛影ノ舞の衣装の装飾に取り掛かっていた。


「紫葵ちゃん、雛影様に負けないくらい綺麗だね。」


彩葉がそう言うと、紫葵美は苦笑いしながら「雛影様に失礼だよ。それに私なんかよりも彩葉の方が絶対似合うと思うよ。」と返した。

その言葉に彩葉はクスッと笑うと「紫葵ちゃんらしい回答だね。それじゃあ、髪の装飾に取り掛かるから、鏡の前に座って。」と彩葉が言うと、紫葵美は鏡の前に座り、彩葉に目線を送ると「彩葉、綺麗に頼むよ。」と言い、彩葉は自信ありげに「仰せのままに、任せてください。」と笑って返した。


時刻は17時半を回っており、辺りは赤紫色の夕暮れへと変わっていた。

この時間帯にもなると、人数も増え。

周りの屋台で遊ぶ人や夕食を済ませる人たちで溢れかえっていた。

そんな中、彩葉は人通りを避け。

誰もいない静かな神社で、1人悩みに悩んでいた。



(どうしよう……今日だよ!今日返事を返さないと、でもアタシは、この先どうしたいんだろう。悠兄の事は好きではあるけど、アタシが悠兄を選んだら、綾燕と紫葵ちゃんを裏切る事になる。でも悠兄は本気でアタシに告白した訳だし……それに、ここ最近の綾燕が凄く怖いと思っちゃう。前までは好きだったのに、これって何だろう?)


周囲が薄暗くなっていく中、彩葉は一人真剣に悩んでいると、隣に人の気配がした。

彩葉はゆっくりとそちらに視線を送ると「よッ!焼きそばでも食うか?」とニッと笑う悠人がいた。


「ゆ、悠兄!何でここに悠兄がいるの!?」


驚く彩葉をよそに悠人は「いや、お腹空いてると思ってさ。それに前に話していた事。俺は本気だから、今も彩葉だけを思っている。それだけは分かってほしい。」そう話す悠人の顔は、いつになく真剣だった。

彩葉が言葉を詰まらせていると、更に悠人は話を続ける。


「彩葉には内緒にしていたけど、実は紫葵美も俺が彩葉を好きな事知ってたんだぜ。紫葵美のやつめちゃくちゃ応援してくれてたけど、結局アイツに先越されたな……けど俺は今も諦めるつもりはないよ。

だから彩葉。このことを言おうか正直迷ったけど、なんか隠すのもアレだし、それにこのことを話して更に彩葉を悩ませて困らせるのは知ってるけど何も言わないのも、なんかモヤっとするんだよな。だからちゃんと話すよ。

前に彩葉が俺の告白を断ったら日常に戻るだけと言ったけど、アレ実は嘘で、本当はこの里を出て行くつもりだ。もう二度とこの里には戻らない。だからこの里で過ごすのも今日で最後なんだ。

勝手すぎるのは分かっているけど、これは自分のけじめでもあるんだ。だから彩葉は、今思っていることを伝えくれればいい。その結果がどんな形でも俺は悔いは残ってないし、それで構わない。自分でも卑怯だとは思うけど、それでも俺の心は変わらない。それじゃあ雛影祭が終わったら、前の川辺で待ってるから。」


悠人はそう言い終わると、その場を離れていった。

彩葉は最後までちゃんと悠人の話を聞いて、自分がこの先どうすべきかを考えていた。

あれから数分。彩葉は悠人の言葉で更に悩んでいると、茂みの方からガサガサと音がし、そちらに目を向けると憮然とした顔で彩葉の前に右目だけお面をした少年が現れてきた。


「ホント、これだから田舎は嫌なんだよ。

あぁ、僕の服に虫が……クソがッ!」


少年は彩葉の顔を見ると、ニコッと笑い「これはこれは失礼。里の住人かな?」と尋ねる少年に彩葉は「はい、ここの先を真っ直ぐ行きますと、大通りに出て、出店などがありますので是非、楽しんできてください。」と言う彩葉に少年は「あー、僕は別に観光しにここへ来たわけじゃ……。」と話を止めると、彩葉の目をまじまじと見ると「なるほど、凄い未来だね。」と言う少年に彩葉は疑問符を思い浮かべた。少年は彩葉のことなど無視して話を続ける。


「君さぁ、今悩んでいるでしょ。しかも男関係でどちらを選ぶかで。当たってる?」


少年の言った言葉に驚きを隠せないでいると、少年はニヤリと笑い「正解みたいだね。でも一つだけ忠告しておくよ。君の選んだ選択が一つでも間違っていたら、災厄の事が起きるから慎重に選ぶんだよ。」と忠告をすると、彩葉は疑問に思ったのか少年に、災厄って……と言いかけたところで口元に人差し指を当てると「僕の仕事上、この後のことはお金が発生しちゃうから言えないけど、今君が想っている人を信じて選べばいいよ。ま、災厄はま逃れないと思うけど。」と笑いながら言うと、少年は「それじゃあ、また後で。」と言い残し、暗闇へと姿を消し去った。


1人残された彩葉は少年の言っていた、今想っている人を信じる。この言葉を聞いて彩葉は、少し気持ちの整理がついたのであった。


(もうすぐで紫葵ちゃんの雛影ノ舞が始まっちゃうけど、でも今は悠兄に会いたい。会ってアタシの今この想いを伝えたい!)


彩葉はそう思いながらも、急いで川辺の方へと走っていた。

まだ約束の時間ではないのに、川辺に人影が見えていた。

彩葉は走ってその方向に、悠兄!と言いながら向かうと。

その影はゆっくりと彩葉の方を向いた。



「酷いじゃないか。僕という恋人がいながら、あの男を選ぶなんて……これはお仕置きが必要だね。僕だけしか愛せない躾を、ちゃんと教えなくちゃね。」



にんまりと笑う綾燕は、月夜に照らされており美しく見えるが、今の彩葉には恐怖でしかなかった。

彩葉はゆっくりと後退りをすると「何で綾燕が此処に居るの?」と恐る恐る訊くと。

綾燕はニコッと笑い。全部知ってたよ。と言った。

彩葉は、えッ!と驚いた顔を見せるが、綾燕はすぐ側まで来て「僕はさぁ、許せないんだよ。あの男がッ!あの野郎は昔から常に僕の上をいく、それが何よりの屈辱だった!だから僕はアイツから一番大切な彩葉を奪うことに決めたんだ。最初はそう思っていた。けど次第に僕が色葉の虜になっていたんだよ。」と言うと、彩葉の頬を優しく包み。うっとりした表情で、これからはずっと一緒だよ。と微笑んだ。


そんな綾燕の言葉など耳には入らず、彩葉はただジッと我慢をし、強く目を閉じることしかできないでいた。

徐々に迫り寄ってくる気配に彩葉が耐えていると、遠くの方から安心する声が聞こえてきた。


「綾燕ッ!!今すぐ彩葉から離れろッ!!」


「悠兄ッ!」


彩葉は嬉しそうに悠人の名前を呼んだ。

綾燕は彩葉のその態度が気に入らなかったのか。一旦、彩葉から離れると、素早く悠人の目の前までゆき、懐から武器を取り出すと悠人との首筋めがけて刃を切り裂こうとしたが、カキンッと音が鳴ると同時に、目の前には首の無い騎士、デュラハンが立っていた。


冬塚ふゆつか様、情報料が後払いで本当に良かったですね。もしこれが前払い金でしたら、命はなかったですよ。」


そう言いながら現れたのは、先程神社で出会った少年の姿がそこには立っていた。

少年はニコッと笑うと「改めまして、情報屋のフレデリックと申します。どうぞ、お見知りおきを。」と挨拶をすると、悠人はフレデリックに「ありがとう、助かった。」とお礼を言った。

そして悠人は、彩葉の方に顔を向けると「彩葉!後のことは俺に任せて、今すぐこの場から離れろ!」と言うと、彩葉は首を横に振った。


「悠兄を置いて逃げるなんて出来ないよ!」


彩葉はそう言いながら涙を必死に堪えていると、綾燕はその様子に苛立ちを隠しきれないでいた。


「さっきから何なの?人を悪人みたいに扱っちゃってさ、彩葉は僕の気持ちを蔑ろにしたい訳?それで僕を置いてその男を選ぶ訳?せっかく最後のチャンスを与えようと思ったのに……。」と言うと今度は低い声で「最初っから全部壊しておけばよかったんだ、本当に。」と呟いた。


綾燕がそう言い終わると、里の方から煙が上がるのが見え。

その刹那、大きな音とともに大爆発を起こした。その衝撃で川辺の方まで物凄い勢いで突風が押し寄せてくると。

彩葉は風の強さに耐えきれず、飛ばされそうになるが、綾燕が素早く彩葉を抱き寄せると、結界を張り巡らせた。

そして悠人はデュラハンに守られ、フレデリックは綾燕同様、自分の周囲に黒い結界を張り自身の身を守った。


風が収まり、里の方は赤く燃え上がりながら黒い煙を空高く上がってゆき、それを見た彩葉は、家族や友達の名前を泣き叫びながら見つめていた。

その様子を綾燕は優しく頭を撫でながら「大丈夫、大丈夫だよ。彩葉は何も悪くない。僕がずっとそばに居てあげるから、だから悲しまないでいいんだよ。」と嬉しそうに囁いた。


悠人は自分の無力さに自己嫌悪になりそうになるが、ここで正気を失ってしまえば、それこそ綾燕の思う壺。

悠人はフレデリックの方を向くと「フレデリック、頼みがある。お金はいくらでも払うから里のみんなを……ッ!」と言いかけたところで、フレデリックは口元に指を当てると、シーッというジェスチャーを見せた。


「僕はね、ある目標のためにお金を貯めてはいるけど、でもね。人を助けるのは僕の範囲外なんだよ。それに僕は君の護衛でもなければ傭兵でもない、ただの情報屋ですから。それにこの状況を作らないと彼には会えないから、少しくらい我慢してよ。」


その言葉を聞いた悠人は「俺1人じゃ里のみんなを助けられないんだよ……だから頼むよ。」と、弱々しく言うと、フレデリックは一切顔色を変えず「君も往生際が悪いねー。さっきの爆発で生き残っている人がいたら、それは奇跡としか言いようがないよ。でも考えてみたらどう。あの爆発で助かる人はまずいない。いたとしても今から行っても100%間に合わない。あれ、僕今何か間違ったことでも言った?」と訊くが、悠人と彩葉は返事をせず黙っていると、1人だけ笑いながらフレデリックに話をかける綾燕がいた。


「フレデリック、君は最高だよ、是非僕の仲間になって欲しいくらいの最高の逸材だよ。

どうだい、僕の仲間になる気はない?」


綾燕はフレデリックを仲間に誘おうとするが、フレデリックは「お誘いありがとう。けど僕はただの情報屋。君の仲間になるつもりはないよ。」と綾燕の誘いを断った。

それを聞いた綾燕は「それは残念だ。」と返した。


そして綾燕は悠人の方にゆっくりと近づくと「安心して悠人。お前も今すぐ里のみんなの所へ逝かせてあげるから。」と言うと、一気に悠人の場所まで行き、護身用の小刀を引き抜いたが、目の前にいるデュラハンがそれを阻止する。

その様子を黙って見ていたフレデリックが、気が変わった。と小さく呟くと「リークくん。もう下がれ。彼を守る必要は一切ない。」とデュラハンに命令を下すと、持っていた剣をしまい。後ろへと下がった。

ニッと笑う綾燕はそのまま悠人に小刀を振り翳すが、それに対抗するように悠人もクナイで刃を受け止めた。


そんな2人の戦う姿を遠くから見つめる彩葉にフレデリックは近づき彼女に酷なことを言い始めた。


「元はと言えば、君が招いた種でしょ。

どうして彼らは1人の少女のために命を捨てられるのか僕には全くもって理解不能だよ。それにもし正しい選択を選んでいたら、里の人も遠くから遊びに来た人も死なずに済んだのにね。そしてまた1人、君なんかのために命を落とす馬鹿が目の前にいるんだから笑えちゃうよ。

本当にこんなくだらないことで命を捨てるなんて生きてる価値ないよね。」



フレデリックの心のない言葉を聞いた彩葉は、フレデリックを睨みつけながら「アタシが何言われようが構わないけど、悠兄の事を酷く言うのは許さないよ!アタシで分かっている、分かってるよ!アタシのせいで……罪のない人たちを巻き込んだ事。悠兄を苦しめていることも!だから今度は間違えない。悠兄さえ生きていればアタシはどうなってもいい。だからもう……。」と言うと、ゆっくりと立ち上がった。

それを聞いたフレデリックは「その選択は間違っていないよ。けど、それを選んでしまえば、君の生活は死よりも辛い、地獄が待っているよ。それでもいいんだね?」と言った。

彩葉は真っ直ぐ悠人の方を見つめると「それでもいい。悠兄が……悠人が無事ならそれでいい。」と言うと、2人が戦う方へと走って行った。


彩葉は2人の戦いをいつも見ていたが、今回は悠人の方が押されていることに気づく。

このままだと悠人の命が危ないと思い。彩葉は大きな声で綾燕の名前を叫んだ。

すると2人の動きが止まると、彩葉は素早く綾燕の身体に抱きついた。


「もうやめて!これからは綾燕の側にずっと居るから、逃げたりもしないから!だから悠人に手を出すのはやめてッ!!」


彩葉の行動に少し驚きはするが、やはり言動が気に食わないのか、彩葉から離れると「僕の元にいてくれるのは嬉しいけど、でもそれってアイツのための行動なんでしょ?なら今ここで、悠人を排除するまでだね……。」と言いながら悠人に近づくが、目の前にフレデリックが現れると、小刀を片手で握り潰した。


フレデリックの謎の行動に唖然としている悠人に「僕は守らないとは言ったけど、見殺しにするとは言ってないよ。全くもって意味がわからないと思うけど、今現在もお金は発生している、つまりお客様が第一ってことで、撤退を言い渡す。安心して僕の事務所に戻れば無料で治療してあげるから」と、ニコッと笑って悠人に言った。


フラフラとおぼつかない足取りで歩く悠人は「そんなの必要ない、俺が彩葉を守らなきゃいけないんだ。」と言いながら綾燕の方へ行こうとするが、フレデリックは悠人の腹にパンチを喰らわすと、バギッという音が鳴ると同時に口元から吐血を出した。


「あ、ごめん。少しやり過ぎたかな……まあ、いいや。後で治せば。それじゃあ僕らはこの辺でお暇させてもらうよ。リークくん、冬塚様をウィズの所まで運んであげて、それと……。」


フレデリックはそう言うと、彩葉のところまで行き。ある物を差し出した。


「このブレスレットを護身用だと思って肌身離さず付けておいて、必ず迎えが来るはずだから。」


綾燕に聞こえないようにフレデリックからブレスレットを受け取ると。

彩葉は涙を流しながら、ありがとうございます。とお礼を言った。


ニコッと笑いながら綾燕たちに「それでは僕はこの辺で、また会えるその日まで、またね。」と言い残すと、フレデリックの周りには黒い霧が覆われて、霧が消えた頃にはその場にいたフレデリックも悠人もデュラハンも姿を消していた。


最後にフレデリックが言った言葉を信じながら、ブツブツと独り言を言う綾燕の所まで行くと「行きましょう。」と言った。

彩葉は最後にもう一度、燃え広がる里の方を向き。そして涙を堪えながら綾燕と共に里を出るのであった。

そしてこれから訪れるだろう地獄の日々を……。

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