隠し神編

3話 寺子屋へ




「若様も今年で12歳になられるのです!本来なら頼朝よりとも様と同じく7歳の時に二条学院に入学して欲しかった思い出あります!ですがワタクシは、そこを我慢して今日に至るのです!

さあ、今年こそは二条学院に入学してもらいますよ!源家に生まれたのなら、その秩序を守ってもらいます!」



桜が咲く季節。この時期になると思い出すのは、新入生や新入社員というそんな時期。

まあ、この世界には関係ないだろうと思ったら、朝から鶴婆に呼び出され二条学院に行けという事なわけ。

だが断る!

俺はここを離れてまで、あっちで生活するなんてごめんだ。

そりゃあ、京の中心地は栄えてるのは知ってるよ。

ただ、人口密度が高いところは好きじゃないんだよ。

何よりクソ兄貴がいるだけで悪寒が半端ねえわけ。という事で却下!



「お鶴さんのお気持ちは凄く嬉しいんですが、私はまだここで色々と学びたい事がいっぱいあるんです。それに私の優秀なお世話係、兼房がいますので勉学の方は大丈夫です」



ここは一旦、俺のニコニコスマイルでこの場をやり過ごすしかないな。

まあ、鶴婆には通用しないと思うけど、俺もここで引き下がるわけにはいかない。



「ふん。あんな若僧よりも二条学院の方がよっぽどいいですよ。それに若様のお父様でもある義朝様も二条学院だったんですよ!若様も源家に生まれたのなら、絶対に守ってもらいますよ!ですから……」


「相変わらずだな、鶴婆さん」



鶴婆の話を妨害するかのように現れたのは、俺の兄でもある範頼のりよりが気だるそうに現れた。

鶴婆は範頼の登場に一瞬驚くも、すぐにいつのもの鶴婆に戻り、悪態を吐くように範頼を蔑み始めた。



「誰かと思いきや、源家の恥晒し範頼様ですか。貴方様がいるだけで若様に悪影響なんですよ。一刻も早く、鞍馬を出て行ってもらいたいものです」



嫌味を言う鶴婆に対して、嫌な顔を一つしないどころか、範頼はニコニコと笑うと


「暇さえあれば、グチグチ言ってる鶴婆よりはマシだと思うけど。

それに口癖のように秩序とか決まりとか、考えが古すぎる。義経も、そうだと思わない?」


と、俺に話を振ってきた。

確かにコイツの言ってる事は正しい、正直俺も範頼のように、猫被らずにいられたらどれだけ楽か。

俺は少し戸惑った表情を見せると


「そうですね……範頼兄さんの言い分はわかりますが、お鶴さんの源家の規則を守る気持ちもわかります。けど、私は二条学院に入学はするつもりはありません。ですから……」



俺が続けて話を続けようとしたら、鶴婆の顔がみるみるうちに赤くなっていくのがわかり、次に何かを言ったら確実に入れ歯攻撃、待った無しだな。


俺が話を詰まらせていると、範頼が俺の頭をグシャッと撫でると


「鶴婆、義経もこう言ってる事だし二条学院への入学はなし!というわけで明日から近くの寺子屋へ通うことに決定!義経もそれでいいよな!」



と、ヘラっと笑いながら言った。

その言葉に俺も鶴婆も驚き、なんと返すのが正解なのか迷っていると、鶴婆が、冗談じゃありませぬ!と言いかけたところで、鶴婆の背後から兼房が現れ、平然とした顔で、ちょっとよろしいですか?と言い始めた。



「先程まで話を少し聞いていましたが、お鶴さんの言う事はごもっともです。ですが、二条学院に行くか行かないかは、若様の意思次第なのでわ?

ですから、お鶴さんに決める義理はないのではないでしょうか」



兼房たまには良いこと言うな。

少し見直したわ。

流石の鶴婆も諦めたのか、今回だけは見逃しますが、次からは容赦なく行きますので!と言うと、怒りのオーラを発しながらその場を去って行った。



「やっとうるせぇババアが消え去ったわー。それと兼房、サンキューな!」



ニッと笑いながら言う範頼に対し兼房は、いえ、私もお鶴さんは苦手なので。と返した。

それを聞いた範頼は、ブッと吹くと


「兼房でもあのババア無理か!

まあ、あの性格じゃあ一生誰にも好かれねぇよな。ところで義経。俺がさっき言った言葉は本当だから、明日から寺子屋で勉強学べよ」



と、言いやがってきた。

俺は勉強しなくても別にいいんだよ!

よし、ここも断るとするか。



「範頼兄様、気持ちは嬉しいのですが、やはり私は今の生活で満足しています。なので寺子屋へは通いません」



俺がそう伝えると、範頼はニッと笑うと


「俺は鶴婆と違って無理に強制はさせないが、このまま寺子屋へ通わなかったら、きっとまた鶴婆に強制的に二条学院に入学させられるけど、義経がそれでもいいと言うなら、俺はこれ以上何も言わないし、お前の好きなようにすればいい。まあ、二条学院に入ったら、お前の行きつけの甘味処が行けなくなるのは残念だな」



コイツ……確かに鶴婆は諦めが悪い婆さんだけど、もしこれで親父にでも言われたら確実に二条学院に強制入学される…なら、俺の取るべき行動は一つしかなさそうだな。



「範頼兄様…寺子屋って週に何回あるんですか?」


「んー、そうだな。基本的には周3だけど、多くても周4だから二条学院よりはかなり楽だよー。授業時間も2、3時間で終わるし!」



まじかよ、ゆとり世代の俺でもちょー羨ましい学校だな、おい!

もうこれは寺子屋で決定だな。



「でわ、明日にでも学校の見学をしようと思います」



俺がそう言うと、範頼はニッと笑い。

んじゃあ、明日は俺も付き添いで行くから、よろしくなー!と言うと、範頼はこの後用事があるらしく、俺たちに別れを告げ、その場を去って行った。


俺が範頼の後ろ姿を見ていると、隣に立っている兼房が俺に忠告してきた。



「若様、あまり範頼様とは関わらない方がよさそうかもしれませんね。範頼様は何を考えているかわからない故、危険な可能性があるかはわかりませんが、警戒はしといた方がいいですよ。」



兼房にそんな事を言われたが、俺は不思議と範頼からは危険な感じはしなかった。まあ、兼房がそう言うなら少しは警戒しといた方がいいのかな。



「忠告ありがとうございます、一応、肝に銘じときます。それでは私も用があるので失礼します」



俺は兼房に一礼すると、そそくさとその場を離れて行った。




**********



明朝みょうちょうの朝。勢いよく襖をスパーンッと開けられる音がすると、そのままズカズカと寝ている俺の布団まで来て、勢いよく掛け布団をバシッと取られると同時に、おっはよー!義経!!と、朝からうるさい声の範頼がいた。



俺は手探りで時計を探してみるが、まだ眠い。

というか今何時だよ、こっちはスゲェー眠いんだけど!と思っていると、範頼が俺の胸ぐらを掴むとニッコリ笑顔で


「義経、今すぐ起きないと義経の可愛い歯を一個一個、丁寧に抜いちゃうぞ!」



と、言いやがってきた……

その言葉だけに俺の全身が震え上がり、一瞬で目を覚ました。



「おはようございます…範頼兄様……それと部屋を入る時は必ず、一言声をかけてくれると助かります」



俺がそう言うと、範頼は、年頃のガキじゃねぇんだから、細かいことは別にいいだろ!と言い返してきた。

別によかねぇよ、ボケカスが!

思春期じゃなくても、そこは気にするだろ!!

俺がイライラしているのを察しているのか察していないのかわからんが範頼は俺の手を引っ張ると


「ほら早く着替えて!寺子屋行く前に美味しいラーメン屋があるんだけど、そこのつけ麺が美味しいんだよ!一緒に食いに行くぞ!」



とウキウキ気分の範頼。

あのさぁ……ツッコミたいこといっぱいあるんだけど、朝からラーメン食いたくないし、なんでラーメン屋でつけ麺なの!!

そりゃあ美味しいよ、だけど普通は味噌か醤油か豚骨だろ!!なんでつけ麺なんだよっ!!

ラーメン屋行ってチャーハンと餃子チョイスする奴よりかはマシだけど、もうアレだ…好きに生きろ。



「範頼兄様わかりましたから、とりあえず、スィットダウン!ステイ!」


俺がそう指示を出すと範頼は、少し呆れた顔をした。


「義経、俺は犬じゃねえぞ。まあいいや。エロ本読んで待ってるから、義経、エロ本はどこに置いてあるんだ?」



コイツ……俺の部屋にエロ本があるわけねぇだろ。

そりゃあ前の世界では裕也たちにエロ本を借りたけどさぁ……。

今の俺は健全男子で一応通してるわけ、性欲がないわけではないが、そんなもん部屋に置いてあるはずが…



「お!エロ本みーっけ!ほう、義経はこういう巨乳のお姉さんが好きなんだなー」



っておい待て!俺の部屋にエロ本があるわけねぇだろ!!

俺が範頼の後ろに立ち、本を確認しようとしたところで、範頼は悪戯に笑うと



「なーんて嘘だよー!本気にしちゃった?それとも本物のエロ本が見たかった?」



範頼はそう言うと、懐からいかがわしい女性の表紙を俺に見せると、俺はそのまま近くにあった太刀で、綺麗に斬り刻んでやった。



「うああああああああっ!!何すんの義経!!!俺のマイコレクションが……まあ、別にいいんだけどね。それより義経、早く着替えて飯食いに行こうぜ…ハッ!まさか義経、俺に着替えさせて欲しいからわざとやってるの?ならしょうがないなー、今回は特別だぞ……」



俺は持っていた太刀で、近寄ろうとした範頼の首元に付くか付かないかの距離で刀を向けてやった。


「範頼兄様、今すぐ私の部屋を出ないとその首、斬り落としますよ」



俺がそう言うと範頼は、少し不貞腐れた顔を見せると、もー冗談だってば!と言い、向けていた刃を手で下ろさせられた。


「先に入り口で待ってるから、お前も早く来いよ……それと、俺の前ではそのうざったい猫被りはやめろよな」



と言うと、俺の部屋から出て行った。

え、俺の猫被りがバレてたの?

それに兼房に範頼には気をつけろって忠告も受けてたし、そもそもアイツって一体何者なんだ?

俺と同じく転生者だったりするのか?

んー、考えていても仕方ないか。

とりあえず早く着替えて、範頼の所にでも行くか。



着替えを終えた俺は、範頼が待っている場所まで行くと、範頼は堂々とエロ本を読んで待っていた。


アイツ何冊エロ本持ってんだよ。

と、思いながら、お待たせ。と声をかけると、範頼はエロ本を懐にしまい。

お腹空いたし、早くラーメン食べに行こう!と言った。


いや、お前はラーメンと言う名のつけ麺を食うんだろうが。と、俺は密かに思った。




**********




道中、俺は昨日兼房に言われた事と、俺の完璧な猫被りがバレている事が気になり、まあ彦星と兼房は俺の素を知っているが、範頼の前では牛若丸として完璧に演じたのに何故バレたんだ?

やっぱりコイツも俺と同じ人種だから?と、1人で考え込んでいると、範頼は俺の考えていることを察したのか、俺が一体何者か知りたいわけ?と言ってきた。


少し歩く小幅がゆっくりになり、俺は少し地面を見つめながら歩くと、そりゃあ気になるよ……と言い。



「だって、俺が猫被ってることもそうだし……範頼は普通の人間というか馬鹿な人だと最初は思ったよ。けど今は、それもわからない」



本当に今のこの人は何を考えているのか全くわからない。

そもそも敵の可能性もあるだろうし……ここは、コイツがどう出るか少し待ってみるか。

範頼は俺の話を聞き終わると、ニコニコ笑いながら


「えー!俺そんなに馬鹿に見えた?可愛い弟にそんな風に思われてたなんてお兄ちゃん悲しいなー、まあ、義経からしたら今の俺が何者なのかわからないのも無理ないよ、だって俺も同じ転生者だし」



コイツ、サラッと普通に転生者って言いやがった。

まあ、可能性として十分ありえたからあまり驚かないけど。

俺が転生者だと初めから見抜いていたとういうことは、相当な実力者なのは間違いない。



「あれー?あまり驚かないんだね。

お兄ちゃん的には、もっと驚いてもらって、それでもってこの世界の先輩として俺を慕ってくれる素敵な駒になって欲しいんだけどなー」



ニコニコ笑いながら何言ってんだコイツ。

素敵な駒じゃなくて捨て駒の間違いじゃないのか?実際どうなのか知らんが。最悪の言葉を言ってるのは間違いない。

そもそも範頼の事は信用ならんけど、この世界について聞きたいこともある。

俺がそんな事を考えていると、範頼がまた口を開き始めた。



「露骨にそんな嫌な顔しないでよ、せっかくの綺麗な顔が台無しだよ?それよりもさぁ、義経は転生する前に女神に合わなかった?……例えばハヅミとかいう女神にさ」



急に真剣な表情でそんな事を言われ、俺は少し黙ると、ーーー何で、それを知ってるの?と訊いた。

範頼は口角を上げると、やっぱりか。と言い。



「実は義経以外にも、他の転生者たちもミヅハによってこの世界で新しい人生を送っている奴らが何人もいるわけなんだよねー、まあ、普通に暮らしているのは別にいいとして、何で転生者に属性があるのか、どうして神から命令されて動かなきゃいけないのか。俺から言わせてもらえば、転生者の人生って普通の人間からしたら結構ハードじゃね?義経もそう思わない?」



と言われ、確かに転生して過去にタイムスリップしたからって、何で人生イージーモードじゃないのか不満はある。

まあ、ミヅハが言っていた、願いを叶えるためにも、このくらいの対価は仕方ないのかなーとは思う。



俺は行き交う人々を見つめながら、俺はもう一度会いたい人がいるから……と呟いていた。

それを聞いた範頼は、ホント、女神ほど残酷なものはないよな…とボソッと何か言っていたが正直聞き取りづらくて、俺が何か言った?と言うと、範頼はニッと笑い、ホント、女神のおっぱいって最高だよな!と言った。

やっぱコイツ、ド変態のクソの塊だわ。


「ほら、ここが俺のイチオシ嵐山らーめん堂!ここのつけ麺が最高にうまいんだよなー!」



そうこうしているうちに、目的のラーメン屋に着いてしまった。

結局、あまりいい情報は得られなかったけど、他にも転生者は何人かいるみたいだし、そのうち会えるといいな。


「おっちゃん!つけ麺2つで!」


「あいよ!」


「ちょっと待って!俺はつけ麺じゃなくて醤油……」



と言いかけたところで、範頼に止められ、騙されたと思って食ってみ。スゲェうまいから!と言った。

そりゃあ、つけ麺は美味しいと思うけど…もうこの際何でもいいや。


その後、つけ麺を食べ終えた俺たちは、今日から通う寺子屋へと向かっていた。



「ラーメン食った後ってなんか眠くなるんだよなー、なぁ義経、寺子屋行くの明日にしない?」



コイツ…自分から言いだしたくせに何を言っているんだ!

そりゃあ俺だって行きたくないよ、けど俺は範頼に半ば言われたから行くんであって……

俺は足を止めると。



「範頼が行きたくないって言うなら、俺1人で行くよ。寺子屋の場所も大体はわかるし」



と言うと、範頼は俺の肩を掴むと、流石は俺の弟!頑張って来いよ、俺は先に帰ってるから!と言い。

範頼の身体から電気が纏うように現れると、一気に光を放ち、俺は思わず目を瞑り、目を見開いた時には範頼の姿はもうそこにはいなかった。

これがいわゆる、テレポートというやつか。

そう言えば兼房が前に言ってたけど、瞬間移動する際に、属性によって違うんだっけ。という事は範頼の属性は雷って事ね。

え、じゃあ俺はダーク的にその場から消えるの?

何それ、超カッコいいんですけど!

俺も早く覚えたいなー


それから数分歩くこと、寺子屋と書かれた、和風ある感じのとても良い建物が建っていた。

中に入ると、すでに何人の子が座っており、俺も適当に空いている席に座った。


そういえば俺、筆記用具とか何も用意してなかったわ…マジでどうしよう。



「あのっ!……もしかして、寺子屋へ来るのは初めてですか?」



俺が困っていると、隣に座っていた少年が話しかけてくれた。

俺は眉を八の字にすると。


「はい、本当は兄様と一緒に来るはずだったんですけど、道中でお腹を下したみたいで本当にクソ役立たずなもので、仕方なく私1人でここへ来たはいいんですけど、何せ初めてなもので何も用意してなかったんですよね」



と言うと、少年は少し苦笑いしながらも、前の方に紙と筆ペンがあると教えてもらい、お礼を言いながら紙と筆ペンを取りに行った。


紙は何枚必要なんだ?

まあ、適当でいいか。それと筆ペン……


「お、パシ太郎やん!お前の家、貧乏なのに勉強しててええと思っとんのか?まず勉強するよりもジジババの世話と労働力のある仕事でもしとった方がええんやないんか?」



いきなり馬鹿みたいに大きな声を上げるアホが現れると、ギャハハハハーッとなんともアホらしい笑い声を上げ、それに続くように金魚のフンたちの笑い声も聞こえてきた。

俺は自分の席に戻ろうと後ろを振り向くと、そこにはさっき話しかけてくれた少年と、俺の席に勝手に座るアホ猿と金魚のフン2名が立っていた。


俺はそのまま自分の席へ向かうと、隣でギャーギャー騒ぐ躾のなっていない猿の前に立ち、アホ猿は俺の顔を睨みつけながら、なんや、女みてえな顔しやがって、俺に何の…と言う前に、アホ猿の顔面を蹴ってやった。


俺に蹴られたことにより、アホ猿は後ろに倒れ、鼻を抑えながら起き上がると、何すんじゃボケェッ!!!と叫びながら俺の胸倉を掴んで来た。

俺はすました顔で。


「私の席に勝手に座っているから、邪魔だと思ってどかしたまでですよ。そんな事も理解できないチンパンジー以下の馬鹿なんですか?あ、これじゃあチンパンジーが同レベで可哀想ですね。訂正します、蛆虫以下のゴミクズなんですか?」



と言い終わると、アホ猿は更に顔を赤くして今にも俺を殴りそうな勢いだった。

その隣では、さっきの少年があたふたとしており、その後ろでは金魚のフンたちが、アホ猿に、早くそんな貧弱やっちゃえよー!とはやし立てるように言っていた。馬鹿にされてんなー、このボス猿。


金魚のフンたちが後ろで茶化しているのを聞きながら、俺は掴まれた胸倉の腕を少し強く握ったら、ボギッと嫌な音が鳴った。


俺は思わず、あっ!やべぇ…と小さく言うと同時にアホ猿は掴んでいた胸倉を離し、俺も掴んでいたアホ猿の腕を離した。

そしてアホ猿は腕を抑えながら、必死に声を出さないように耐えていた。


その様子に金魚のフンたちはアホ猿に近づき、大丈夫かッ!と差し伸べた手を払い、俺に触るなッ!!と怒鳴った。

俺も少しやりすぎたなーと思い。アホ猿の所まで行き、抑えている右腕を掴んだ。



「おい!女男!何、静馬に触っとんね!!静馬から離れろッ!!!」



坊主頭のクソガキがうるさかったので、俺は坊主頭の顔を睨むと、うっせーな、黙ってろよ。と低い声で言うと、坊主頭は、ひいぃッ!と情けない声を出し、黙ってもう1人の金魚のフンの後ろへと隠れた。

アホ猿は俺を睨みつけながら、気安く触んなッ!!と、まだ威勢はあった。

まあ、こんだけ元気ならまだ大丈夫だな。

俺はアホ猿を無視して、軽く折れたであろう右腕部分に神の治癒のスキルを使い、治してやった。


すると痛みがなくなったアホ猿は、一瞬驚くがハッとした顔で俺を睨みながら押し退けると、覚えてろよ!と捨て台詞を言うと、お礼もなしに寺子屋を出て行ってしまった。

その後を追うように金魚のフンたちも名前を呼びながら寺子屋を出て行った。

今時のガキは礼も言えねぇのかよー。

俺は自分の席に座ろうと前を向いたら、終始見ていた子供たちが、黙るように俺の事を見ていた。



「お騒がせしてすみません。どうぞ、私のことは気にせず、先生が来るまで静かに待ってましょう」



と、いつもの笑顔で言うと、数名の少女が俺を取り囲むように集まって来た。


「静馬たちを追い払うなんて、凄いカッコいいわぁ!」


と、少女たちは目をキラキラさせ、端にいた少女が


「ホンマや!君、顔も美形やしモロうちのタイプやわ!あ、うちの名前は香織で、隣の3人が右から結衣、愛海、希美やで、よろしゅうにー。それで、君の名前はなんて言うん?」


と訊かれた。

名前かー、どうしようかなー、普通に牛若丸でいいか。

偽名考えるのめんどくさいし。

俺はニコッと作り笑いをすると。


「私の名前は牛若丸です。気軽に若とでも呼んでください。どうぞ、こちらこそよろしくお願いします」


と、笑顔で言うと、少女たちはキャッキャキャッキャし始めたので「そろそろ先生が来ますので席に戻った方がいいですよ」と言うと、少女たちは素直に俺の言う事を聞き、ほな、またねーと言いながら少女たちは自分たちの席へと戻っていった。



今まで同じ年代の子たちとあまり話さなかったけど、意外とこの顔立ちってモテるんだな。

人生初のモテ期がきたというのに、なんだろう。あまり嬉しくないな。

相手が子供だからなのか?

まあ、見た目が子供でも中身は28歳のオッサンだから、しゃーねぇな。



「あ、あの……」



さっきアホ猿に弄られていた少年が、少し照れ臭そうにモジモジしながら下を向いていた。



「さっきはありがとう。僕の名前は、桃山柳太朗ももやま りゅうたろうで、みんなから桃太郎って呼ばれてるんだ。よろしくね。……それと1つ聞きたいんだけど、牛若丸くんは……その、神様の生まれ変わりなの?」



桃太郎という少年から神様の生まれ変わりという言葉が出たのは驚いたが、まあ、あの場でスキル使ったら変には思うよな。けど、この歳で転生者の存在を知っている奴はまず少ない。

ここは少し探りを入れてみるか。



「神様とはちょっと違いますが、なぜ桃太郎さんは、私のことを神様なんて思われたのですか?」



俺がそう言うと桃太郎は、純粋な目で俺を見てこう言った。


「1年前に、神様の生まれ変わりの人に助けられたんです。夜だったせいもあって顔は見えなかったんだけど、ただ、水を使うスキルが幻想的で綺麗だったのは覚えているんだよね。

だから僕もあの人みたくなりたくて、強い剣士に憧れてるんです!あ、すみません…長々と」



なんだ、転生者じゃないのね。

それよりも助けた相手は、水属性ってことは範頼じゃないな。

まあ、あんなエロ大魔神に憧れる要素なんてないか。

寧ろあったら大問題だな。




**********




その頃。範頼は、とある大きな一室の部屋で、向かいに座る青年とチェスをしていた。


「ヘックションの助けー!!

うー、花粉の季節って嫌だねー。総司そうじ、テッシュ箱取ってー」



総司と呼ばれた青年は、ニコニコ笑いながらテッシュ箱ではなく、片手に丸い綺麗な水を出現させると。



「テッシュよりも、その汚ったない顔を綺麗な水で洗った方早いと思うよ。というよりくしゃみをする時は手を抑えてください。僕、常識ない人と汚い人は嫌いなんで」



総司がそう言うと、範頼は苦笑いすると。「あー、うん。俺が悪かった。そういえば総司。前から言おうと思ってたんだが、妖魔退治するのは別にいいけど、その際、その場にいる人間の記憶をちゃんと消しておけよなー!後々面倒なわけだし」と言いながらナイトの駒を動かした。


それを聞いた総司は、なお笑顔を崩さず、別に消さなくてもよくない?と言い。

総司はルークの駒を窓ガラスの陽の光に照らしながら、キラキラと光るガラスの駒を見てクスッと笑った。



「もし僕が転生者だとバレて、殺しに来ようとする奴が現れたのなら、僕は全力でソイツを殺すよ……例え相手が女だろうが子供だろうが関係なく、ねぇ」



ナイトを蹴落としながらニコニコ笑う総司の目はどこか笑っていないようにも見えた。

範頼は呆れたように、俺に迷惑のかからない程度にやってよ。と返した。



「そういえば今日でしたよね。範頼さんの弟さんが寺子屋に勉強しに行ってるのって、それじゃあ弟さんも、僕たちと同じく実力のある者か試すわけ?」



総司がそう言うと、範頼はニッと笑い。まーねぇ。と言った。


「いくら可愛い弟だからと言って、そこは総司たちを試したように手加減はしないよ。それに義経は俺の希望の星になりそうだしね」


「ふーん。範頼さんがそこまで期待するなんて、ちょっとからかいたくなっちゃったなー。お、チェックメイト!」



範頼は少し悔しそうに、負けたー!と言うと「ちょっかい出すのはいいが、あまりやり過ぎると嫌われるぞ。

ま、お前が嫌われたことで俺にはノーダメだけどな」と、なぜか自信に満ちた顔で言う範頼。



「流石に範頼さんほどのウザさはやらないよ。さてと、そろそろ屯所とんしょに戻りますか。あまり遅いとまた、土方さんに怒られるから嫌なんだよね」


総司はそう言いながら、ソファーに眠る女性に近づき、優しく頭を撫でた。


弥生やよいちゃん、そろそろ僕帰るけど弥生ちゃんも早く帰った方がいいよ。

じゃなきゃ、あそこに座っている狼が襲うかもしれないからね」



総司がそう言うと、範頼は眉を八の字にさせ、御子様を襲うなんて罰当たりな事は流石にしないよー。と言いつつ「まあ、今の姿の弥生ちゃんはナイスバディの大人だから魅力的でそそるけど、相手は子供だから犯罪に走るのはごめんだよー」と、笑いながら言うが、総司は、へぇーと言いながら目を細めた。



そんな2人の会話に目が覚めたのか、ソファーで眠っていた弥生は起き上がり、ふぁ〜と気の抜けたあくびをすると、まだ眠いわ。と言い、ウトウトし始めた。



「おはよう。弥生ちゃん……うん、まずちゃんと服を着ようか」



総司にそう言われ、弥生は軽く目を擦ると、着物の服は難しくてよく分からないのよね。と言うと、ソファーから起き上がり更に白い肌が露わになるが、弥生は全くもって気にするそぶりを見せないでいた。


その様子に総司は呆れるように、どこで教育を間違えた……。と、小さく呟いた。

総司の気持ちもつゆ知らず、弥生はまた大きなあくびをかくと、ちょっとお風呂入ってくる。と言い歩き出すと、着ていた着物がスルスルと地面に落ち、着物の下には下着一つ付けていないため、つまり全裸という事になる。

しかし、弥生には恥じらいがないため隠すという行為はせず、そのまま浴場へと向かおうとしたところで、総司が着ていた青い羽織を弥生に着せると少し怒ったように。



「弥生!すぐ全裸になるの禁止って言ったでしょ!いくら光属性で大事な部分が見えないからって油断しちゃダメ!もし間違って触れたら1発アウトだから気をつけるんだよ!」



と、真剣に言う総司を見て、範頼はニヤニヤ笑いながら、て事は総司は触った事があるってことか?と訊くと。

範頼の質問に総司は笑顔で、勿論、ガッツリとね。と答えた。


「でもあれは事故とはいえ、僕の称号にはラッキースケベが無い為、一回だけなんだよね。もし弥生ちゃんが合意の上、了承してくれたら最後までしてあげるよ」



総司はニコニコ笑いながらゲス発言を言うと、ニヤニヤ笑っていた範頼は呆れるように。


「狼はどっちなんだか。それに総司をイジってもこれと言って面白くないし、これなら義経イジった方が数倍面白いんだよなー」


と、少し残念がる様子を見せた。

その様子を見ていた弥生は、2人に聞こえない程度で、ホント、男ってバカばっかね。と呟いた。


弥生は2人を無視して、そのまま部屋を出ると誰もいない隣の部屋へ行き、大きなタンスからナイフを取り出すと、自分の指を軽く切り裂いた。



「主人の前に出でよ。瑞獣、竜。……因みに手のひらサイズに現れなかったら消し炭にするわ」



弥生はそう言うと、指先から血を垂れ流した。

垂れた血は、魔法陣の中に吸い込まれて行き、そこから小さな竜が現れた。



「御子様!我輩を呼ぶのはよいが、毎回、小さい部屋に召喚するのはやめて下され。我輩も何千と生きてきたものゆえ、今までの主人より酷い扱いでっせッ!!」


「竜ちゃんの戯言はどうでもいいの。それよりも竜ちゃんに素敵な任務と言う名の命令があるわ。光栄に思いなさい」



弥生の言葉に竜は嫌な顔をすると、寧ろ最悪なんだが……。とうな垂れた。


「それで我輩になんのご命令ですか?」


と訊くと、弥生は妖艶な笑みを見せると。



「そうね。範頼の弟、源義経を監視して欲しいの」



「監視とはまた珍しいですな。もしかして御子様の意中の殿方なのですか?」



竜がそう訊くと弥生は窓の外を見つめると。



「そうね。もしその方が弥生の探している人なら意中ではおさまらないわ。

戯言はここまでよ。早く仕事に行ってちょうだい」



弥生がそう言うと、竜は頭を下げると、主人の仰せのままに。と言い、その場から姿を消した。


「ふぁ〜、眠いわ……流石にこの姿は疲れるわね」


弥生はそう言いながら部屋を後にして浴場へと向かって行くのであった。

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